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第135話 悪趣味

 










 精霊たちは、一つの大きな街を制圧していた。


「やあ、ロメロ。順調らしいですね」


 そこに、穏やかな男の声が聞こえてくる。

 その声音に反して、話しかけられたロメロは露骨に嫌そうに顔をゆがめた。


「スカルバか。ああ、面倒くさい奴が来ちまった」

「私を目の前にして面倒くさいというのはひどいですねぇ。あなたに迷惑をかけた覚えはないのですが……」


 大して気分を害した様子も見せず、スカルバという男は柔和にほほ笑む。


「お前の趣味は悪いからな。近くで見ているだけでも、割としんどい」

「そうですか? 楽しいと思いますよ。私からすれば、あなたのように戦闘に喜びを見出すのは理解できませんが」

「そうかい」


 スカルバの趣味。

 それは、他者を痛めつけ、いたぶり、その反応を楽しむことである。


 自身の行為で相手の表情がゆがむのを見るのが楽しいらしい。

 ロメロにはまったくもって理解できなかったが。


 まあ、否定するつもりもない。

 ロメロは戦闘を行うのが好きだが、スカルバはそれを理解できない。


 どっちもどっちである。


「しかし、異世界侵略。これがようやく始まったのは、本当にうれしいですねぇ。ほら、人工精霊をいたぶっても、何の反応も見せてくれないからつまらないんですよね。まったく……精霊王も、恐怖という感情だけは奪わないであげてほしかったですよ」

「そうかい。わからねえな」


 スカルバは証明するように、近くに立っていた人工精霊をけり倒し、踏みつける。

 かなりの力だ。手加減なんてしていない。


 人工精霊は防ぐことすらできなかったため、あおむけに倒れた際に強く頭を打ち、血を流している。

 頭が揺れて、立つこともままならないだろう。


 さらに、柔らかい腹部を全体重をかけて踏みつけられているため、口から吐しゃ物があふれる。

 それでも、人工精霊は悲鳴すら上げず、また顔を苦痛にゆがめることもしなかった。


 スカルバの趣味はわからないが、確かにロメロも人工精霊には面白みを感じなかった。


「だからこそ、こうして新鮮な感情を見せてくれる人間はたまりません。……いくつかもらっても?」


 そう言ってスカルバが視線を向けるのは、精霊たちに攻め落とされて生き残った街の人々である。

 別に、ロメロは殺すことが好きなわけではない。


 抵抗せずに戦いをしなければ、このように生かして捕らえることもする。

 どうやら、スカルバはその悪辣な趣味にこれらの人々を使いたいらしい。


 会話を聞いていた人々は、恐怖に震え上がる。


「好きにしな。俺にあんたの趣味を止める気はねえし、邪魔する気もねえ。あんたが俺の邪魔をしないんだったらな」

「それじゃあ、何の問題もありませんね。私とあなたは案外うまくやっていけると思うんですよね」

「そりゃあ、あんまりうれしくねえなあ」

「ひどいですねえ。まあ、別にいいですけど」


 苦笑いするスカルバ。

 ロメロが彼のことを止めないということを知って、人々はさらに絶望的な表情を浮かべるのであった。


「さあて、どれにしましょうか……。面白そうな人間を選ぶ必要があるのですが……」


 店に陳列されている商品を眺めるように、スカルバは捕らえられた人々を見回していく。

 どいつもこいつも、まだ何もしていないのに恐怖に顔をゆがめている。


 その表情はとてもいいのだが、自分がその表情にするのが楽しいのである。

 最初から怯えられていては、つまらない。


「んー……おや? もしかして、あなた方はつがいですか?」

「…………っ!」


 しかし、その恐怖に歪んでいないのを、ようやく見つけることができた。

 強くにらみつけ、そして後ろに自分の身体を盾にして誰かを隠している青年。


 隠しているのは、彼の恋人か妻か……。

 スカルバに話しかけられ、キッとにらみつける。


 ああ、悪くない。

 これほど反発心がないと、つまらない。


「答えてくれないのは悲しいですねぇ。……よし、決めました。今日はあなたたちにしましょう」

「な、なにをする!」


 スカルバが彼の身体に隠れていた女を引っ張る。

 男が必死に守ろうとするが、単純な腕力でさえも計り知れないほどの差があった。


 なすすべなく、スカルバの腕の中に女が入る。


「いえ、あなたの目の前で彼女を痛めつけようと思いまして。ほら、大切な人が目の前でいたぶられていたら、二人の反応を楽しめるでしょう? 無力感に打ちひしがれる一方と、苦痛にもだえる一方。……うん、いいです」

「な、なにを言っているんだ……?」


 ゾクリと背筋を凍り付かせる男。

 言っていることはわかっても、理解したくなかった。


 なぜなら、それは自分たちの未来のことだからだ。


「さて、来ていただきましょうか。ああ、いい声で啼いてくれるのを期待しますよ。そこの彼が、血の涙を流すくらいね」

「い、いやっ!」


 目を閉じて必死に抗おうとする女だが、彼女の細腕ではどうすることもできない。

 嗜虐的な笑みを浮かべるスカルバに連れていかれそうになって……。


「や、やめろ! 俺が代わりになる! お前の望みは、どちらにしても果たされるはずだ!」

「ほほう」


 ピタリとスカルバの足が止まった。

 まるで、彼がそんな言葉を発するのを待っていたかのように。


 振り返って男を見るスカルバの顔は、醜悪なまでに歪んでいた。


「確かに、そうですねぇ。いいでしょう。では、あなたを痛めつけることにします。ですが、私はあなたの要求を一つ飲んだ。ですから、あなたも私の要求を一つ飲んでください」

「……なんだ?」


 何を言うのかと、ひどく警戒する男。

 精霊の言うことに逆らうことはできないと知っていても、聞かずにはいられなかった。


 スカルバも尋ねられたことに気分を害した様子はなく、指を立てて説明する。


「そうですね……一時間です。一時間、あなたを拷問します。その時に、私はあなたに問いかけます。『代わりに女性を身代わりに差し出せば、あなたは助けてあげますよ』と」

「なに?」

「その時、あなたが否定すれば、私は彼女を見逃しましょう。しかし、その時あなたが肯定もしくは否定しなければ……彼女を拷問します。ああ、もちろん、あなたは助けてあげますよ」


 にやにやと笑うスカルバ。

 その表情は、常人が思いつく以上におぞましく、欲にまみれていた。


 男の頭に怒りが沸き上がる。


「そんなバカげたことを……! 俺たちをなんだと思っているんだ!!」

「おもちゃですよ、おもちゃ。暇つぶしと趣味のための、ね」

「…………っ!」


 怒鳴りつけてやりたい。

 だが、今はそのような立場でも状況でもないのだ。


 大切な彼女はスカルバの手のうちにいるし、何より自分がここで余計なことを言って彼の気分を害してしまえば、どうなってしまうかわからない。

 ぐっと歯をかみしめ、こらえる。


 その様子を見て、スカルバは楽し気に笑った。


「さて、始めましょうか。どうなるか……楽しみですねぇ」

「……相変わらず、悪趣味な奴だ」


 その言葉を聞いていたロメロは、そう言って背を向けた。

 どうせ、『男も女も助ける気なんてない』くせに。


 分かり切った未来ほどつまらないものはない。

 ロメロはため息をついて、その場を離れるのであった。


「ぎゃああああああああああああ!!」


 背後から聞こえてくる、男の耳をつんざくような悲鳴を無視して。




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