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第131話 なんで我だ!

 










「……済んだか?」


 背後から声をかけてくるのは、バイラヴァだ。

 エスターが天に昇るまでの間、待っていてくれたのだろう。


 涙をぬぐい、ヴィルは振り返る。


「……はい。待っていてくださり、ありがとうございました」

「ふん。別に貴様らの別れを待っていたわけではない。そんなこと、我からすればどうでもいいことだしな」


 そっぽを向くバイラヴァだが、彼が待っていてくれたことは明白である。

 エスターの言う通り、優しい人なのだろう。


 思わず笑いそうになるのだが、そうすると本当に怒ってしまいそうなので、何とか我慢する。


「それで、あたしは殺されるのでしょうか?」


 殺されても、当然だろう。

 自分たちの意思ではないにせよ、異世界からやってきて、妖精たちを殺したのだから。


 覚悟はできていた。


「当然だ。貴様らは異世界からやってきて、この世界を守る重要な妖精を殺害した。それは、当然報いを受けるべきことだ」

「そう、ですね……」


 沈んだ顔を見せるヴィル。


「だが、まあ……そうすると、あいつらがうるさそうだから見逃してやる。感謝しろ」

「え……?」


 しかし、次のバイラヴァの言葉に驚いたように顔を上げる。

 そっぽを向いているバイラヴァ。


 彼が言うあいつらとは……。


「うおー! あの子をいじめるなー!」

「なー!」


 こちらに一斉にワッと飛びかかってきた、妖精たちであった。

 わーっとバイラヴァに襲い掛かる。


 この世界広しと言えども、破壊神にこのようなじゃれ方をできるのは、妖精たちくらいなものだろう。


「私たちの新しい仲間なんだぞー!」

「このイキリエセ神様めー!」

「虐めてないわ! むしろ、貴様らを守ってやって……おい。最後の奴なんて言った。我の前に出てもう一度言ってみろ」


 きゃーきゃーわいわいと楽しげな悲鳴などが聞こえてくる。

 バイラヴァの怒声は本物だが。


 呆然とそれを見ていたヴィル。

 近くにやってきた妖精を視界にとらえると、彼女は深く頭を下げた。


「あの……すみません」

「それは、どの『すみません』になるの? 私たちの仲間を殺したこと? それとも、今あの面白い人から助けたこと?」

「……どちらも、です」


 キョトンと首を傾げながら言う妖精に、ヴィルはそう言葉を詰まらせながら答えた。

 そう、どちらもだ。


 エスターは妖精たちを殺してしまった。

 その血は、自分自身が浴びたからよく分かっている。


 そして、バイラヴァの言葉を信じるのであれば、妖精たちがいるからこそ自分の命を見逃した。

『ありがとう』という言葉はふさわしくないと思った。


 だから、『すみません』だ。


「ふーん。まず、殺したことはあなたじゃないから、何とも言えないよ。あの子たちがあなたを守りたいと思って戦って、死んだしね。それに、助けたことだけど……」


 意外にもシビアというか、淡々としている。

 それに、妖精がニッコリと笑顔を向けてきたので、ヴィルは驚いてしまう。


「仲間なんだから、助けるのは当たり前じゃない!」

「その……仲間というのは……? いえ、そう言っていただけるのは嬉しいのですが……」


 そう言えば、自分を助けるために破壊神に突撃した妖精も、『仲間』という言葉を使っていた。

 唯一の身内であるエスターもいなくなってしまった今、そう言ってくれるのは大変うれしいのだが、微妙に違和感がぬぐえない。


 確かに、それなりの期間を共に過ごしてきたわけだが、少なくとも同類……仲間というほどではなかったと思う。


「え? まだ気づいていないの?」

「…………?」


 驚いたようにこちらを見てくる妖精に、ヴィルは首を傾げる。

 気付いていない?


 いったい、何に気づいていないというのだろうか?


「ほら。あなた、もう『妖精になっている』わよ」

「……え?」


 その言葉を聞いた瞬間、パッとヴィルの身体が輝いた。

 光が収まると、ヴィルの身体は小さく縮まっていた。


 そう、目の前の妖精たちと、同じ程度に。


「ど、どうして……?」

「妖精の血を浴びたからだろうな」

「血を?」


 呆然とするヴィルに声をかけてきたのは、バイラヴァだった。

 人間と同じくらいの背丈であった先ほどまででもかなり威圧感を感じていたのだが、小さくなってしまったため、かなり見下ろされてしまいそれはさらに強くなっていた。


 ……だが、妖精に頬を引っ張られたり噛み付かれたり髪の毛をむしられていたりするので、それほど怖くなかったが。


「あいつらの血を大量に浴びれば、妖精へと変貌する。妖精に限った話ではないが、何かの血を浴び過ぎれば、それになってしまうという噂はいくらでもある。妖精の場合は、それが真実だというだけだ」


 確かに、魔物の血を浴び過ぎれば、魔物に変貌する……という話もある。

 だが、それは所謂都市伝説や作り話といったもので、真実ではないと思っていた。


 妖精の血は、大量に浴びた。

 自分を守ろうとしてくれた妖精たちの血を。


 それが、自分を妖精にしたというのか。


「面白い人ー! なに真面目ぶってんだおらー!」

「クソが!! 我に近づくなあ!!」

「あたしが……妖精に……」


 妖精たちに飛びかかられて怒声を上げるバイラヴァをしり目に、ヴィルはポツリと独り言を漏らす。

 そして、考える。


 自分が妖精になった意味を。

 何の意味もなく、人工精霊から妖精へと変わったとは、とてもじゃないが思えなかった。


 何か、意味があるはずだ。

 意味があって、自分は妖精になった。


 では、その意味とは?

 考える。考えて……答えはすぐに思いついた。


 ワイワイと楽しげ(妖精視点)にしているバイラヴァの元に向かう。

 その雰囲気から何かを察したのだろう。彼もじっとこちらを見下ろしてきていた。


 もはや、恐怖は感じなかった。


「……あたしは、これから妖精を守って……この世界を守ります。お姉ちゃんを怪物にした悪辣な精霊王から、この世界を」

「……ふん。貴様がこれからどうするかは、貴様の自由だ。とにかく、我には関わってくるな」


 ヴィルの決意を、バイラヴァは口ではそう突き放すようなことを言いながらも、否定はしなかった。

 この男の場合、否定をしないということは、間違った選択ではないということだ。


 ヴィルはそれを理解していた。

 だから、笑顔を彼に向ける。


「はい。だから、これから一緒に頑張っていきましょうね!」

「何で我だ! おい! なんだその力は! 止めろおおおおおお!!」


 光の球となって自分の中に入ってこようとするヴィルに絶叫するバイラヴァ。

 楽しげなことをしていると、妖精たちがそれに加わって大変なことになるのであった。




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