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第129話 ごめんやっぱむ――

 










「そんな……こんなことって……」


 ヴィルは声を震わせながら、呆然とする。

 あまりにも、この一瞬で様々なことが起きすぎた。


 自分たちが元は人間であり、精霊王によって人工精霊に作り替えられた存在であること。

 自分たちの両親を殺したのが、精霊王たちであること。


 10号がエスターであり、自身の姉であったこと。

 そして……その姉が、化け物へとなってしまったこと。


 ヴィルのキャパは完全にオーバーしていた。


『ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


 先ほどは一瞬だけ名前を呼んでくれたエスターであるが、もはや怪物の雄叫びしか上げることができなくなっていた。

 口からよだれが飛び、それは地面をも溶かす酸性である。


 ヴィルの腕にかかれば、皮膚が焼けてただれるが……それでも、その場から逃げることもできなかった。


「だって……だって、この人は……」


 自分の、姉なのだ。

 姉から逃げることができようか?


 だから、怪物が黒々とした硬い腕を振り上げた時も、ヴィルはそこから動くこともせず……ただ、自分に振り下ろされたそれを見つめることしかできないのであった。


「ッ!?」


 バチィ! と音が鳴った。

 ヴィルが殴り飛ばされた音ではない。


 彼女はまだ生きていた。

 それは、彼女が逃げたり防いだりしたというわけではない。


 ヴィルとエスターの間に入り込んだ、『彼女たち』のおかげである。


「だいじょーぶ?」

「あ、あなたたち……!」


 彼女たちは、妖精。

 この妖精郷で過ごし、悪戯が好きで、ヴィルとエスターを迎え入れたこの世界の恩人たちである。


 彼女たちは、複数で強力な結界のようなものを展開し、エスターの攻撃を防いでいた。

 この世界を覆うような強大な結界を展開していることから、このように小さ目の結界を作り出すことができるのは理解できる。


 しかし……もともと妖精を手にかけようとして、しかも今は怪物となってしまったエスターである。

 何の躊躇もなく命を奪いに来るだろう。


「どうして逃げていないんですか!? ここは、今とても危険で……!」

「危ないのは分かってるよー」


 それゆえに、ヴィルは妖精を遠ざけようとする。

 だが、彼女たちはニッコリと笑って振り返る。


「でも、君もまだいるし、助けてあげないと」

「楽しかったからね、うん。10号も面白かった」

「だから、頑張って二人とも助けるよ!」

「…………ッ!」


 涙がこぼれる。

 この世界ではない場所で生まれ、味方なんて誰もいなくてもおかしくはない。


 それでも、そんな自分たちを、妖精たちは助けると言ってくれたのである。


『ギョアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


 その優しい気持ちを許さないのが、怪物である。

 耳をつんざくような雄叫びを上げると、怪物は結界に防がれている腕をそのまま強く押し付ける。


 強固なものに拳を強く押し付けていれば、怪物の拳も痛めるはずである。

 それでも、怪物はひたすらに押し続ける。


「……めっちゃバチバチいってるけど大丈夫?」


 妖精の一人がそう声をかける。

 結界が悲鳴を上げていた。


 まるで、放電しているかのように、光が弾けては消える。

 心なしか、怪物の顔が近く見える気がした。


 それは、結界が押し込まれているということで……。

 尋ねられた妖精が、振り返ってニッコリと笑った。


「ごめ。やっぱむ――――――」


 バチィッ! と音を立てて、結界が引きちぎられた。

 そして……呆然と振り返る妖精たちを、怪物は腕の一振りでねじ切ってしまったのだった。


「――――――」


 ヴィルの身体に、ビチャビチャと降りかかる生温かい液体。

 指で掬い取れば、それは真っ赤な血。


 そして、それは間違いなく今まで自分を庇ってくれた妖精たちのもので……。


「あああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 声を張り上げるヴィル。

 喉が悲鳴を上げ、口から血が流れる。


 それでも、ヴィルは声を止めることができなかった。


「もう……もう、止めてください! こんな……こんなことって……あんまりですよ!!」


 大量の涙をこぼしながら、妖精たちの血にまみれながら、ヴィルはそうエスターに懇願する。

 怪物ではなく、確かに存在するであろうエスターの魂に語りかける。


 だが……それは、届くことはない。

 精霊王のセーフティとは、そういうものである。


 たとえ、元家族の声だろうと、届くことはないのだ。


『ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


 腕を振り上げ、ヴィルを睨みつける。

 その鋭い爪や棘に加えて、硬く強靱な腕だ。


 ヴィルの柔らかい身体など、一瞬で血煙に変えてしまうことができるだろう。

 自分の声が届かないことに絶望し、それを見上げ……。


「ちっ。なんだこの状況は……」


 ドン! と凄まじい音と衝撃を作り出しながら、その腕は止められた。

 忌々しそうな声色。


 事実、彼の顔も、心底不快そうに歪められていた。


「あ、なたは……」


 その男は……少し前、妖精に追い立てられて逃げていたどこか頼りなかった男は、チラリとヴィルを見ると、怪物を睨みつけるのであった。


「とりあえず……死ね、ゴミめ」


 次の瞬間、妖精たちを殺戮して猛威を振るっていた怪物が、一撃で爆炎に飲み込まれたのであった。




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