第126話 優しい神様
「……喧嘩、終わったー?」
ひょっこりと顔を出したのは、数人の妖精たちであった。
10号と11号をじっと見つめている。
11号はギョッとして身体を硬直させる。
「い、いたんですか?」
「私たちはどこにでもいる」
「個にして群なのだ」
「っていうか、あんなにドッタンバッタンしていたらそりゃいるよ」
ワイワイと騒ぐ妖精たち。
確かに、ほとんど人も寄りつかない静かな森で、激しい戦闘を行っていれば、気になって集まってくるのも当然だろう。
とくに、妖精たちはその好奇心が異常に強いこともある。
「その、私は……」
バツが悪そうな顔をするのは、10号である。
少し前まで、彼女たちを殺そうとしていたのだから。
流石に、平然と今まで通り交流することができるほど、顔の皮は厚くない。
「まあまあ。過ちは誰にでもあることだよ」
「そーそー。私たちと一緒に悪戯してくれるんだったら、全然問題ないよ」
しかし、妖精たちは気にしていないようにふるまう。
悪戯をするかどうかは話が変わってくるが、許してもらえたことに10号はホッと息を吐く。
「あの面白い人の顔面にこのパイをぶちかますのだ」
「それは許して。本当に死んじゃうわ」
見ただけで身体が硬直してしまうような、圧倒的な力を持つ男を思い出す。
精霊王に刃向うことと同じくらいハードルが高いため、10号は真顔で拒絶するのであった。
その様子を見ていた11号は、うっすらと笑みを浮かべながらその場を離れた。
少し、疲れた。休憩がしたかった。
近くには、綺麗な美しい湖がある。
そのほとりにやってきて、深く息を吐き出す。
「ふー……」
最悪の未来は避けることができた。
まだ、課題はある。
精霊王の命令を、何とかして誤魔化さなければならない。
しかし、今は一息ついてもいいだろう。
姉のような10号を殺さずに済み、そして自分も殺されることはなかった。
もはや、家族のように思っている妖精たちも、死ぬ必要はないのだ。
だから、少し休憩だ。
静かな湖の前で、ボーっとしながら身体を休ませていると、ガサガサと茂みが音を立てる。
妖精が来たのか、それとも10号が追いかけてきたのか。
そう思って振り返れば……。
「貴様は……」
「あっ……」
現れたのは、少し前に見かけ、妖精たちが悪戯を仕掛けたあの男だった。
神と呼ばれていた男は、11号を見ると露骨に嫌そうに顔を歪め、舌打ちをした。
「……悲鳴を上げてあのクソ妖精どもを呼んでみろ。本気で破壊するからな」
自分が嫌というよりも、妖精たちのことが嫌いらしい。
ここで声を上げて、彼を困らせたいわけでもない。
そんな悪戯好きでもない11号は、コクコクと小さく頷く。
ヘタに逆らって殺されてはたまらない。
「あの、どうしてここに……」
しかし、理由は聞かねばならない。
何のためにここにやって来たのか。
それを聞かなければ、不安が取り除かれることはない。
男はこちらをじっと見つめてきて……こちらを見定めているのだろう。
少し息を吐いて、男は口を開いた。
「巡回だ」
「巡回?」
「ああ。癪に障るが……本当に不本意ではあるが、あの妖精どもはこの世界を成り立たせるために重要な立場にいる。だが、それを知らん愚かな人間どもが、あれらを狩ろうとすることがある。そのため、ここに我がいて、抑止をしているのだ」
「なるほど……」
妖精たちが結界を張っているということを、この男も知っているようだ。
そして、その妖精たちを人間が乱獲すれば、その結界は霧散してしまう。
それを防ぐために、彼はここに来ているというのだ。
確かに、この男の支配地で好き勝手しようという愚か者はそうそういないだろう。
「…………」
でも、どうしてここまでのことを話してくれたのか?
なかなか重要な情報であるはずだ。
それなのに、ほぼ初対面と言っていい自分に、どうして……。
男の鋭い目が11号を見据える。
「あとは、そうだな……異世界から来た不埒者どもを、破壊するためだ」
「ッ!?」
飛びあがり、男から距離をとる。
しかし、これが大して意味をなさない行為であることは、彼女も分かっている。
それでも、離れたかったのだ。
11号が警戒心を露わにして構えているというのに、男は先ほどと変わらず自然体のままだ。
つまり、それだけ力の差があるということである。
たとえ、この状況からいきなり戦闘になったとしても、11号を容易く屠れるという自信があるのだ。
「気づいていないと思っていたか? 残念だが、貴様らが異世界から来た不埒者だということは承知済みよ」
「……殺すんですか?」
そう問いかければ、鼻で笑われる。
「貴様の片割れのように妖精を殺そうとしていたら、破壊していた。あの鬱陶しいクソガキどもでも、この世界を守る重要な存在だからな。……本当に遺憾だが」
本当に嫌そうに顔を歪める男。
まあ、かなり悪戯の標的にされているようだし、それも当然かもしれない。
それよりも、聞きたいことがあった。
「……あなたは、異世界のことを……あたしたちのことを知っているんですか?」
今までの世界では、異世界があるということは知られていなかったと記憶している。
だからこそ、不意打ちで侵略をし、電撃戦を仕掛けて一気に勢力範囲を広げるのが、精霊たちの異世界侵略の王道である。
しかし、この男が異世界の存在を知っているのだとしたら、それはできないということになる。
「……まあな。そうあれかしと創られたのだ。当然だろう。それに……」
創られた、という表現に肩を跳ねさせる11号。
もしかして、この男は自分たちと同じで……?
しかし、鋭い目を向けてくるため、すぐにその思考を止めて彼を見返す。
「この世界は、我のものだ。勝手に我のものを盗もうとする輩は、許してはおけん。破壊してやる」
自信満々に獰猛な笑みを浮かべる男。
その大胆不敵な言葉は、思わず笑ってしまっても不思議ではない。
だが……何故か、その男の言葉には、言いようのない説得力があった。
「……精霊王は、倒せませんよ」
「ふん。我に破壊できないものがあるわけないだろ。その仰々しい名前の者も、この世界を狙う者は全て破壊する」
ニヤリと笑う男。
あの絶対的な支配者であり、自分を使役する精霊王。
この男も強大な力を持っているようだが、それでも彼に及ぶとは思えなかった。
しかし、その言葉にも、不思議な力があった。
もしかして、彼がこの世界の守り神なのか?
人々を助け、守る神なのだとしたら……精霊王と彼は、いったいどのような……。
「さて、貴様らだ。この世界にやってきて……ろくでもないことを考えているのだろ? 今までの話を聞いて、自分がどうなるかは分かるな?」
「……はい。ですが、10号は……もう一人の方は、殺さないであげてください。彼女は、死ぬのが誰よりも怖いんです。あたしなら、大丈夫ですから」
11号は自分よりも10号の命乞いをする。
彼女は精霊王に殺されるという恐怖よりも、自分のことを優先してくれたのだ。
こう懇願するのは、当然だろう。
男は11号の顔を見て、ため息をつく。
「……ふん。知ったことではないわ。貴様ももう一人も破壊する……と、言いたいところだが」
「…………?」
「ここで貴様を破壊すれば、クソガキどもが聞きつけて見つかってしまう。忌々しいことだが、見逃すしかない。さっさと行け」
立ち上がり、背を向けて歩き出す男。
結局、自分を害することはなかった。
乱暴な口調と異なり、実際に手を出されることはないため、思わずぽつりとつぶやいてしまう。
「……優しい神様なんですね」
「ブッ飛ばすぞ!!」
それなりに離れていたのに、男は耳ざとく聞きつけて怒声を上げた。
すると、別の妖精たちが声を聴きつけ、「わー!」と一斉に襲い掛かる。
それを見て、男はギョッとして全力でこの場を離れて行ったのであった。
「……やっぱり、優しい神様でしたね」
妖精たちに追い立てられて見えなくなった男を見送り、そんな感想を漏らす11号。
穏やかな笑顔は、この世界に来るまで……妖精と交流を持つまでは、ありえないものだった。
『きゃあああああああああああああああああああああ!!』
「ッ!?」
しかし、その表情は、妖精たちの悲鳴によって凍りつくのであった。
それは、男を追いかけて行った妖精たちのものではない。
後ろ……10号といた妖精たちのものだった。




