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第125話 手を取り合って

 










 血だまりに沈む11号を、10号は悲しげな表情で見下ろしていた。

 もう、彼女の目が自分を捉えることはない。


 ならば、感情を想いのままに発露しても構わないだろう。


「……殺したいわけ、ないじゃない」


 ボソリと本音が漏れてしまう。

 10号が11号のことを妹のように思っていたのは、事実である。


 どこか不器用な彼女の世話をしていたし、これからもずっとしてあげたいと考えていたのだ。

 それが、こんな結末になるなんて……。


「でも、それだけ精霊王が怖いということなのよ。……あれを怖がらないあなたがおかしいのよ、11号ちゃん」


 自分を正当化する。

 そうしなければ、苦楽を共にしてきた同じ人工精霊を殺したということに、耐えられないからである。


「……楽しかったわ、11号ちゃん。今度は、仲良くできたらいいわね」

「どこに……行くんですか……?」


 背を向けて妖精の元へと向かおうとする10号。

 そんな彼女を呼び止めるのは、血だまりに沈む11号であった。


 目を丸くして振り返れば、倒れながらもこちらを見据える彼女の姿があった。

 まだ生きている。


 そのことに、10号の胸は喜びと悲しみが宿っていた。

 妹分が生きていたことへの喜び。


 そして、もう一度妹を傷つけ、殺さなければならない悲しみである。


「……驚いたわ。まだ息があったのね。でも……」


 11号の元へと脚を進める。

 近くで見れば見るほど、もはや彼女は戦えないことが分かる。


 立つことすらままならないのではないだろうか?


「もう、どうしようもないわね。大人しくしていなさいな。少しでもこの世界で生きながらえたいならね。まあ、数分くらいの違いでしかないでしょうけど」


 直接手を下す必要がないのであれば、それにこしたことはない。

 しかし、11号は妖精との交流で浮かべることができるようになった笑顔を向ける。


「ふ、ふふっ……。お忘れですか? あたしには、回復能力があることを……」

「……それだけの傷でも、治すことができるのね。本当、羨ましいわ。あなたが死を恐れない理由も、分かる気がする」


 11号の身体を見れば、完全に回復しきることはできていないようだが、傷などはすでにふさがり始めている。

 だからこそ、出血多量で命を失うこともなかったのだろう。


 ああ、羨ましい。この回復能力があれば、自分だってここまで精霊王に怯えることはなかったかもしれない。


「でも、それを私に教えたのは馬鹿ね。そんなことを聞いたら、確実に息の根を止めようとするに決まっているじゃない」


 冷たく11号を見下ろす。


「私があなたを見逃すと、殺せないと思った? 馬鹿ね。もう、そんな迷いなんて微塵もないわ」


 確かに、11号を殺したくはない。傷つけたくはない。

 だが、そんな迷いはもう払ったのだ。


 おそらく、彼女を殺せば、自分はずっと後悔し続けることになるだろう。

 今までのように、楽しく生きることはできなくなるかもしれない。


 それも、覚悟の上だ。


「私はあなたを殺す。あなたの次は、あの妖精たちよ。それじゃあね、11号ちゃん。死後の世界があるかは分からないけれど、そっちで妖精と仲良くしたらいいわ」


 止めを刺そうと11号を睨みつける10号。

 その殺意も本物のもので、彼女は少しの後11号の命を奪うだろう。


「……あたしは、あなたの言う通り、戦闘能力はあまり付与されていません。そのため、あなたと戦っても、もう勝つことはできないでしょう」

「…………」


 そんな状況で、11号が言葉を発する。

 命乞いのようなものであれば、10号も手を下していたかもしれない。


 しかし、その内容に多少の興味を抱いた彼女は、少し話を聞いてみることにした。


「でも、回復能力。これがあるから、あたしはあなたを止めることができるんです」

「……何を」


 何が言いたいのかわからなかった。

 回復能力は、戦闘で役に立つものではない。


 いや、継戦という意味では計り知れないほどの効果をもたらすが、直接的に相手を打ちのめすことには使えない。

 だからこそ、10号は酷く怪訝そうに顔を歪める。


「妖精というのは、悪戯が大好きです。10号も知っていますよね? そんな彼女たちは、悪戯のためにこんなのも作り出したんですよ?」


 妖精たちが、悪戯好き……というか、悪戯に命を懸けていることは知っている。

 あの近づくことすらはばかられる化け物二人に仕掛け、楽しそうに笑って逃げるほどなのだから。


 それを今話す理由が、10号には分からなかった。


「試作品と言っていましたが、是非体感してみてください」


 ニヤリと笑って懐から水晶のような球を取り出した11号を見て、理解させられたが。

 球は強く煌々と光っていた。


 今までろくに反撃もできなかったのは、魔力を水晶に込め続けていたからもである。


「なっ――――――!?」


 とっさに逃げようとする10号。

 しかし、それは少し遅かった。


 球がカッと光を強め……さらに強烈な光が、炸裂したのであった。

 深い森が光に飲み込まれてしまうほどの、爆弾が破裂したかのような錯覚を覚えるほどだ。


「ああああっ、ぐっ!?」


 目を覆ってのた打ち回る10号。

 その身体が押さえつけられる。


 そして、首筋に当たるひんやりとした冷たい感覚。

 しばしばと痛む目を無理やり開ければ、自分に馬乗りになっていつでも首を搔き切れる体勢になった11号の姿が合った。


「あたしの方が回復が早いんですよ!」


 彼女は珍しく誇らしげに笑っていた。

 それを見て、思わず10号も笑ってしまう。


 そして、彼女に言わなければならない言葉を口に出した。


「……殺しなさい」


 それが、けじめだ。

 殺し合いをした者の、決着が必要である。


 死ぬのは嫌だ。精霊王に地獄の責め苦を与えられるのも嫌だ。

 だが、10号なら……それも、悪くない。


「……はい」


 11号も、それは分かっている。

 あとは、無防備な10号に刃物を突き立てればいいだけの話だ。


 驚くほど簡単だ。

 11号は腕を振り上げ……そして、それを一気に振り下ろした。


 ザスッ! と音が鳴る。


「……当たっていないわよ」


 10号は死んでいなかった。

 その刃物が突き立てられたのは、彼女の身体のすぐ隣の地面だった。


「……殺せません」


 11号はそう言って、刃物から手を離す。

 殺し合いの最中、得物を手放すことは間違いなく下策である。


 しかも、こんなにも接近している時に、それは致命的な隙となる。

 いつ命を奪われてもおかしくない。


「殺さなかったら、私があなたを殺すわ。その後は、妖精も殺すわよ。それでもいいの?」

「よくありません。殺さないでください。あたしも、あなたを殺しません」

「そんな都合のいいことを……!!」


 怒りを強く表す10号。


「少しくらい、都合のいいことを考えてもいいじゃないですか!!」

「…………」


 その怒りを打ち消すほどの、11号の自分よりも強い怒り。

 冷水を浴びせられたかのように、10号の怒りの炎が打ち消される。


「これは、あたしの生まれて初めてのわがままなんです。だから、聞いてください。『お姉ちゃん』……!」

「ッ!!」


 目を大きく見開く。

 すでに、閃光の影響もほとんどなくなっていた。


 10号の目に映るのは、涙を今にもこぼれそうなほど溜めた11号の顔。

 ……まったく、どんな顔をしているのか。


 せっかくの整った顔が、台無しである。

 ふうっと息を吐く。


「……ここで、『お姉ちゃん』かあ。今までずっと言ってくれなかったのに、ズルいなあ」


 ぽつりとつぶやく10号の顔には、笑顔が浮かんでいた。

 全ての重りが外された時のような、穏やかなものだった。


「分かったわ。姉妹喧嘩、お姉ちゃんの負けね」

「10号……!」


 顔を輝かせる11号。


「もうお姉ちゃんと呼んでくれないの?」

「……恥ずかしいので、時々です」

「それで、十分だわ」


 二人は顔を見合わせ、そして笑った。

 意思の相違により殺し合った人工精霊は、こうして再び輝かしい未来へと手を取り合って歩き始めるのである。


 だが……。


『ワシに刃向う人工精霊など、必要ないのう』


 そんな幸せな未来、あるはずがないのだ。




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