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第124話 殺させないで

 










 そもそも、人工精霊に戦闘をすることは想定されていない。

 彼女たちは、人工的に作り出された、精霊のまがい物である。


 本物の精霊と比べれば力は圧倒的に弱くなっている。

 だが、それでも人工精霊が複数作られた理由は、基本的にはその弱い力の彼女たちでも、異世界侵略の際には役に立つからである。


 精霊たちの基準からすれば弱くても、異世界の住人たちからすれば十分すぎるほどの力を持っているのである。

 そのため……。


「ぐっ……!?」


 ドン! と爆音が鳴り響き、大地が揺れる。

 木々がいくつも倒れ、鳥たちが一斉に飛び立つ。


 目の前の視界すら奪われる砂煙から飛び出してきたのは、11号である。

 いくつも傷を負っていて、非常に痛々しい。


「(……おかしい。いくら何でも、こうまでも一方的なのは)」


 11号は眉を寄せて思考をめぐらせる。

 戦いは、10号が圧倒的に優勢だった。


 しかし、11号にとってそれは不可解だ。

 というのも、彼女たちは人工精霊だ。


 性格などに多少の差異はあれど、力などに限っては大して違いはないはずである。

 なぜなら、人工精霊は意図的に人工的に作り出されたものであり、画一的に規格があって、それに基づいて作られているからだ。


 鍛えれば鍛えるほど……なんていうのは、人間に限った話である。

 人工精霊は、機械と同じだ。


 成長はなく、与えられた能力で命令を果たす。

 だというのに、どうしてこんなにも11号が傷だらけになり、10号は無傷でこちらににじり寄ってきているのか。


「不思議かしら? まあ、11号は分からないわよね。知らなくて当然だわ」

「何が、ですか?」


 こうして戦闘を有利に進められているのは当然だと言わんばかりの10号の言葉に、11号が眉を寄せる。

 10号は理由を説明してやる。


「私の方が戦闘を有利に進められている理由よ。何も、私が努力を必死にしたとか、そういうことじゃないの。至極簡単なことよ」


 トントンと自分の胸を手で叩き、そして次に11号に向かって指さす。


「人工精霊の製造で、10号まで……つまり、私まではそれなりの戦闘能力を付与されていて、11号からはそれを大幅に削ったということがあったのよ」

「製造……」


 こうして意思を持ち、言葉を操る者に対して使うには、あまりにも不適切な言葉だろう。

 だが、11号はそれに対して違和感も怒りも抱いていなかった。


 10号の発したその言葉は、適切以外のなにものでもなかったからだ。


「そう。私たちを作ったのは、大元は精霊王でしょ? 精霊王が私を作った後から、方針を転換させたのよ。すなわち、異世界の障害となる者を殺せるほどの戦闘能力を与えるのではなく、今回のように偵察などで役に立つ、間接的な能力を与えるようにね」

「…………」


 心当たりは強すぎるほどにあった。

 この世界に来てから、二人は一切荒事に巻き込まれなかったことがないというわけではない。


 暴漢や賊に襲われたことは何度かるし、魔物という動物とはまた違った生物に襲われたこともある。

 二人は当然自衛のために戦うのだが、もっぱら戦うのは10号であり、そのサポートをするのが11号という役割だった。


 何も考えずにそのような役割分担が為されていたが、それぞれに与えられた能力から鑑みて、それが最も適当だったからである。

 11号は今更になってそれに気づく。


「だから、11号は私にはない能力もいくらかあるでしょ? 身体の形を崩壊させ、光の球となることができ、他人の体内に潜むこともできる。それに、回復能力よね。あれは、私からすると、とてもうらやましいわ」


 ふうっとため息を吐く10号。

 死を最も恐れる彼女からすると、そのリスクを減らせる回復能力は喉から手が出るほどほしい。


「その代わり、私はあなたよりも強い。もともと、あなたは勝てるはずのない戦いに飛び込んでしまったっていうわけ!」

「あっ……!?」


 ガッ! と頬を殴られ、11号は不様に地面を転がる。

 口の中が切れ、血が流れてくる。


 頬は腫れるし、身体中は泥や砂で汚れきっている。

 見上げる先には、そのような傷やダメージが一切入っていない10号の姿があった。


 彼女の顔は、11号を打ちのめす歓喜を浮かべていなかった。

 むしろ、苦しそうに歪んでさえいた。


「……分かったでしょ? あなたじゃあ、私には勝てない。このまま、私に殺される気?」


 10号の口から出たのは、11号を説得する言葉だった。


「ねえ、もういいでしょ? 妖精のために、あなたまで死ぬことなんてないのよ。それに、私は皆殺しにしようなんて一言も言っていないわ。二人……いえ、三人も殺せば十分なのよ。たったの三人よ? それを殺せば、私たちはまた仲の良い関係に戻れるし、二人揃って大手を振って精霊王の元に帰ることができるの。それが、一番幸せな未来じゃない」

「…………」


 10号は、心を冷徹に染めあげることができなかった。

 11号に対する想いを消すことができなかったのである。


 そして、その彼女の想いは、11号にも痛いほど伝わってきていた。


「だから、ね? 私にあなたを殺させないで?」


 懇願する10号。

 戦いを有利に進めているのが、どちらか分からなくなるほどである。


 しばらく、沈黙が流れる。

 ようやく、11号が口を開いた。


「……あたしだって、10号と殺し合いなんてしたいはずがありません」

「だったら……!」


 パッと顔を輝かせる10号。

 この言葉は、11号の本心だった。


 彼女だって、10号が好きだ。その感情の意味も、理解できるようになった。

 殺し合いなんてしたくないし、ましてや自分の手で彼女を殺すなんて考えるだけでも背筋が凍る。


 10号がこんなにも自分のことを想ってくれることも嬉しくて仕方ないし、今にも両手を上げて抱きしめたいほどだ。

 だが……。


 11号は強い目を彼女に向ける。


「でも、自分のために彼女たちを……妖精たちを殺そうとも思いません。絶対に、です」


 だからと言って、妖精たちを殺してやろうと、そうは思えなかった。

 それゆえに、彼女は戦う。10号の前に立ち続ける。


 10号がその言葉を聞いて、一瞬心が強く痛んだように顔を歪めた。

 そして、深く息を吐き出す。


「……そう。そうね。あなたは一度決めたらやけに強情なのよね。感情がないとか言うくせに……って思っていたのを忘れていたわ。もう、何も言わないわ」


 再び、顔を上げて11号を見た彼女の顔には、もはや情なんて一切宿っていなかった。


「――――――死ね」




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