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第123話 密告

 










 破壊神と女神への悪戯から、また月日が流れた。

 その間も、人工精霊と妖精たちの生活は続いている。


 11号は、その生活でどんどんと感情表現が豊かになっていった。

 もはや、機械のように無機質な彼女の姿はなかった。


 妖精たちほど喜怒哀楽が激しいわけではないが、楽しいことがあれば控えめに笑い、嫌なことがあれば小さく頬を膨らませて怒る。

 そんな、『人間らしい』感覚が呼びさまされていた。


 今日も彼女は妖精たちと戯れていた。

 ふと視界の端に10号を捉える。


 最近はどこか沈んだ様子で、あまり会話をする機会もなくなっていた。

 一人で森の方へと入って行くので、11号はこれもいい機会だとついて行く。


 二人きりで、久しぶりに話をしよう。

 話がしたいなんて、昔の自分では決して思わなかったことである。


 その変化を、むず痒く感じながらも、何故だか嬉しかった。


「……どうかしましたか、10号?」


 森の中で立ち止まっていた10号を見つけ、声をかける。

 彼女がボーっとしているのは珍しい。


 ……いや、最近は上の空という状態が多かった。

 だからこそ、心配になって後をつけてきたという理由もあるのだが。


 振り返る10号。

 どこかいつもの彼女と違うような、そんな雰囲気があった。


 笑顔を浮かべているが、どこか空虚だ。


「……ちょうどよかったわ。11号ちゃんも聞いて。とても大事なことだから」

「大事なこと?」


 首を傾げる11号。

 そんな彼女を差し置き、10号は水晶玉のようなものを地面に置く。


 すると、それがパっと光ったと思えば、ザーザーという耳ざわりな音を立たせ始めた。

 それはなんなのか。疑問に首をかしげていた11号であったが、水晶玉から聞こえてきた声に背筋を凍りつかせた。


『ふむ。ワシの声が聞こえておるかな、人工精霊』

「ッ!?」


 ありえない。この声を、この世界で聞くことはありえないはずだ。

 だが、聞き間違うはずもなかった。


 これは、この声は、確かにあの男のものだ。


「せ、精霊王……!」


 驚愕の声を漏らす11号。

 しかし、精霊王は一切それに気づくことはなく、話し始める。


『残念なことに、ワシの声を届けるだけで精一杯じゃ。一方的なものだから、会話はできん。ゆえに、さっさと用件を話すとしよう』


 世界の次元をわたって声を届かせるだけでも、相当の力と技術が必要である。

 しかも、この世界は強固な結界に阻まれている。


 そのせいで、いくら精霊王と言えども、会話を自由にできるようにはできなかったようだ。


『結界を展開する者を突き止めたこと、大義であったぞ。まさか、妖精という簡単に押しつぶせるほどの小さき者が作り出していたとはな。くっくっくっ、分からんものじゃ』

「なっ……!?」


 精霊王の言葉を聞いて、11号は10号を慌てて見る。

 言葉から考えると、精霊王は妖精が結界を作り出していることを知っていた。


 もちろん、自分たちをこの世界に送り込むまでは、知らなかったはずだ。

 ということは……10号が、裏切った。


「ど、どうして報告をしたんですか!? あ、あの時、あなたはあたしと同じ意見で……あたしの考えを尊重してくれると、そう言っていたではありませんか!」

「…………」


 11号に迫られても、10号は返事をしない。

 全ての感情が抜け落ちてしまったような、冷たさを感じるほどの無表情だった。


『さて、本題じゃ。結界の作り手を知ることができても、ワシや精霊はその世界に干渉することはできん。今の結界は、それほど完璧なのじゃ。だから……』


 ザーザーと雑音がひどい中、その言葉だけは明瞭に11号の耳に届いた。


『貴様らで、妖精を少し殺せ』

「…………ッ!?」


 ドクンと心臓が跳ねる。

 不思議なことではない。最初から、精霊王がそのような命令を下していたではないか。


 だというのに、11号は立っていられなくなるほど、身体から力が抜けていく感覚を覚えた。


『皆殺しにせよとは言わん。人工精霊に、それだけの力は与えておらんからな。じゃが、単体ではなく群体で作り出しておるのであれば、数を多少減らせば結界も弱まるじゃろう。その隙に、ワシは無理でも精霊を送り込む。そやつに妖精を皆殺しにさせれば、異世界侵略の開始じゃ』


 ペラペラと精霊王が話しているが、ほとんど耳に入ってこない。

 分かったことは、精霊王が自分たち人工精霊に対して期待なんてしていないということ。


 そして……。


『貴様らの次の命令は、妖精の殺害じゃ。ワシを落胆させんでくれよ』


 妖精を殺すことを、命令したということだった。

 その言葉を最後に、水晶は光を失い、もう精霊王の言葉が聞こえてくることはなかった。


 場が静まり返る。

 11号はショックを受けて立っていられないほどだし、10号は先ほどから何を考えているか分からない無表情のまま立ち尽くしているだけだ。


 しばらくすると、全身に力が少し戻ってくる。

 そうだ。呆けている場合ではない。


 11号は10号の腕を掴み、声を荒げる。


「ど、どうして精霊王に彼女たちのことを報告したんですか!? あたしの考えを尊重すると……お姉さんだからと、そう言ってくれたじゃないですか!!」

「…………」

「それなのに、どうして……!!」


 一向に話をせず、黙り込む10号。

 しかし、どうしてという言葉に、ようやく反応を見せる。


 バッと跳ねあげた顔は、焦燥の色を強くにじませていた。


「もう、年単位で時間が流れているのよ!!」

「ッ!?」


 10号に怒声を浴びせられるということは、11号にとっても初めての経験である。

 思わず身体を震わせてしまう。


 10号は一転して、諭すような穏やかな声音に戻る。


「これ以上悠長にしている時間はないの、11号ちゃん。知っているでしょ? 精霊王は、寛容であっても冷酷よ。ずっと成果を上げられない偵察兵を、そのまま見逃していると思う?」

「で、でも、世界が異なります。いくら精霊王と言えど、あたしたちがこちら側にいる限りは……」


 事実、精霊王はこの世界に声しか届けることしかできていない。

 であるならば、自分たちを殺してしまえるような強烈な干渉はできないと考えるべきだろう。


 しかし、10号は首を横に振る。


「本当にそう思う? あの精霊王が、私たちに一切手出しができないと思う? 確かに、精霊王も直接侵略することができないと認めていたことから、直接的に手を下しにくるとは考えにくいわ。……でも、それ以外の方法で私たちに何もできないと、断言できる?」

「それは……」


 100パーセント安全だと、そう信じることはできなかった。

 それほど、精霊王の力は強大で、絶大なのである。


 一人で一国を容易く滅亡させることのできる精霊。

 そんな精霊を、複数……かなりの数支配しているのが、精霊王である。


 すなわち、彼らを抑え込めるだけの力を持っているということ。

 そうすると、自然と精霊王の力は、一国どころか大陸……いや、世界を滅ぼすことができると考えられて……。


「私はね、11号ちゃん。怖いのよ。精霊王が怖くてたまらない。いつ、あの人の気まぐれで殺されるか、分かったものじゃない。……私も、11号ちゃんみたいに感情が薄かったらよかったのに。じゃあ、死の恐怖におびえることなんてなかったのに」

「…………」


 確かに、11号はそうだろう。

 当時、死の恐怖というものはまったくないと言っていい。


 命令を果たすことこそが存在意義。

 その過程で命尽き果てようとも、何ら問題はない。


 そう思っていた。


「ね、11号ちゃん。妖精を殺しましょう? 殺して、精霊王の元へ帰りましょう? 今回の任務に成功すれば、人工精霊としてはかなり凄いことよ。褒美だってもらえるでしょうし、何だったらもう危険な任務に駆り出されることなく、残りの人生を過ごすことができるかもしれない」

「…………」


 10号は、死ぬのが怖いのだ。

 11号はあっさりと理解した。


 彼女がこんなにも必死になっているのは、死にたくないからだ。


「精霊王も言っていたでしょ? 皆殺しにする必要なんてないの。あまり仲の良くない妖精もいるでしょ? そいつを殺しましょう。2……いや、3体も殺せば十分なはずよ。だから……ね?」


 媚を売るように、必死に懇願してくる10号。

 それを見ても、不様だなんて感想は抱かなかった。


 これが、普通なのだ。

 生命あるものは、全て死を遠ざけ、死から逃げようとする。


 10号も、その例に漏れないというだけだ。

 生きるため、死なないために、彼女は……。


「私と一緒に、妖精を殺しましょう?」


 数年共に生活をし、自分たちを迎え入れてくれた妖精たちを、殺そうと提案してきているだけだ。

 11号はふーっと息を吐く。


 最初ほど混乱はしていなかった。

 10号の話を聞きながら、彼女の状況を推察し……そして、自分の意見をまとめていた。


「……あたしは、あなたのことが好きです、10号。この温かい感情……どういうものかわかりませんでしたが、今は好きだという気持ちだと……理解できます」

「わ、私もよ、11号ちゃん! あなたのことが大好き! だって、私はあなたのお姉さんで……」


 パッと顔を輝かせる10号。

 だが、まだ11号の言葉は続く。


「でも、10号。知っていてくれていますか? この感情を知ることができたのが、この世界に来たからということ。この感情を教えてくれたのが……妖精だということを」

「…………ッ!」


 グッと歯を食いしばる10号。

 もう、11号の言葉の続きが想像できてしまったのである。


 彼女は……。


「だから、10号。ごめんなさい。あたしは、あなたの邪魔をする」

「……そう、そうなのね」


 自分と、敵対する道を選んだのだと。

 自分よりも、この世界の妖精を選んだのだと。


 そう、はっきりと付きつけられたのである。


「11号ちゃん……いや、11号。お前はもう、人工精霊としての矜持すら失ったのね」

「10号……」


 10号の目は、冷たい炎を宿していた。

 憎悪の炎。それは、妹と呼んで可愛がっていた、11号に向けられていた。


「構えなさい。あなたを殺し、妖精を殺す。それを防ぎたいのであれば、必死に抗いなさい」




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