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第122話 悪戯、楽しいでしょ?

 










 一年以上妖精郷で過ごす人工精霊の二人が会話をしている。

 周りに妖精たちはいない。


 話す内容が、彼女たちに聞かせることのできないことだからである。


「……報告、どうしようかしら」


 その内容は、精霊王に対する報告……彼女たちの任務である。

 彼女たちの任務は、この世界を守る結界を展開している者を暴き、そして殺すことである。


 そして、その結界を作り出しているのが、今自分たちと共に生活をしている妖精たちである。


「随分と長くここにいすぎてしまいましたね」


 本来であれば、彼女たちの任務はほぼ達成されたと言っていい。

 あとは、精霊王に情報を伝え、どうするかの判断を待つ。


 殺せと言われれば殺せばいいし、戻って来いと言われれば戻ればいい。

 とりあえず、報告は大前提である。


 しかし、彼女たちはそれをしなかった。


「11号ちゃんは、そんなこと気にせず報告するべきって言うと思っていたわ」

「そう、ですね。そうするべきだと、今でも思っています。ですが……」


 ギュッと胸の前で手を握る。


「あたしの心の中で、そうするべきではないと叫ぶ、もう一人のあたしがいるんです」

「……そっか」


 それから、二人は言葉を発しなかった。

 彼女たちも、答えが出せないでいるのだ。


 存在意義は、精霊王の命令に従うこと。

 しかし、11号は、今はその命令に従いたくないとさえ思っていた。


「10号……」


 黙り込んだ10号の様子を窺う。

 もし、彼女が妖精の情報を流し、彼女たちを殺そうとすれば……自分は、いったいどうするだろうか?


 彼女に味方をして、妖精を滅ぼす?

 それが正しいだろう。間違いではない。


 だが、それを為している自分の姿をイメージすることは、どうしてもできないのであった。

 ごくりと喉を鳴らして10号の反応を待つ。


 下を向いていた彼女が顔を上げれば……そこには、笑顔が浮かんでいた。


「だったら、11号ちゃんを尊重するわ! せっかく自分の意見を11号ちゃんが言ってくれたんだもの」

「……ありがとうございます、10号」


 10号の判断にホッと息をつく。

 そんな彼女を見て、10号はクスクスと大人っぽく笑う。


「ふふっ、気にしないで。私は11号ちゃんのお姉さんなんだから」


 自分よりも早く作られたため、そう言っているのだろう。

 どうしてそんなことにこだわるのかと思っていたが、今ほどそれが良かったと思ったことはない。


 だが……。


「(報告するべきだったかもしれません……)」


 11号は妖精に引っ張られながら、今更そんなことを思うのであった。











 ◆



「来たなっ!!」

「はい?」


 バッと突然空を見上げる男に、女は唖然とする。

 しかし、次の瞬間、彼ら頭上に一気に現れたものがあった。


「き、木の枝が……!」


 それは、いくつもの葉を茂らせた木々の枝であった。

 命の危険があるような落下物ではないが、かなりの量が降ってきており、何もしないで待っていればなかなか面倒なことになるだろう。


「ふん!!」


 しかし、女よりもはるかに速く……まるで、何かが来ることは予見していたかのようだった男が手のひらをかざせば、枝はあっけなく全て吹き飛ばされるのであった。


「流石ですわね。で、でも、これはいったい……」


 相変わらずの実力の既知にパチパチと拍手をしながらも、上に木々がないのにどうして枝が降ってきたのかと困惑する女。

 だが、男はまだ警戒を緩めていなかった。


「まだだ!!」


 男が次に目を向けたのは、波一つ立たせていなかった穏やかな湖である。

 風も優しいもので、軽い波紋を立てることしかないはずだった。


 しかし、男が目を向けると同時、うねりを上げて巨大な波が作られ、それは最初から図っていたかのように男に向かっていくのであった。


「こ、今度は湖が!?」


 自然現象としてはありえない動きに、女は唖然とする。

 しかし、その間にも津波はこちらに迫ってきており、男は右手に渦巻く魔力を集めて撃ち放つ。


「ふんぬぅ!!」


 波の真ん中に魔力が衝突すると、炸裂して津波が吹き飛ばされる。

 水が噴きあがり、上から霧雨のように降り注ぐ。


 ふっと不敵に笑いながら、男は勝利を確信する。


「す、凄いですわ……!」


 次から次へと起こる自然現象ではない不意打ちに、全て完全に対応する男。

 女も対応できないわけではないのだが、どうにも殺意や敵意といったものが込められていないため、一挙動遅れてしまうのは事実だった。


 すると、何やら子供のような幼い声が聞こえてくる。


「くそー!」

「見抜かれたー!」


 驚いてそちらを見れば、人間の子供よりもさらに小さな人が転げまわって悔しがっていた。


「あれは……」


 もしかして、おとぎ話の中に出てくる妖精だろうか?

 実在するというのは知っていたが、見るのは初めてである女は驚きを隠せない。


 一方で、男は初見というわけではないらしく、誇らしげに彼女たちを見下ろしていた。


「ふん、貴様らの小さな頭で考えていることなど、我にはお見通しよ。もう二度とあのような辱めは受けん」

「何かありましたの……?」


 ボキボキと手の骨を鳴らしながら自慢げな男に、女は目を向ける。


「そして、今日が貴様らの命日だ! 粉々に破壊してくれるわ!!」

『きゃー!!』

「ひぃっ!?」


 嬉々として襲い掛かってくる男。

 妖精はどこか楽しげな悲鳴を上げるが、10号はガチの悲鳴である。


 11号は悲鳴こそ漏らしていないものの、恐怖に身体を硬直させていたのは事実だ。

 精霊と同等以上の力を持つ者に襲い掛かられているのである。


 恐ろしさを感じないはずがなかった。


「ま、待ってくださいまし……!」

「待たん! ふはははははっ! 死ねぇぇぇ!!」


 女は彼を止めようとしてくれているのだが、肝心の男は嬉々としていてまったく止める気はない。

 後少しで妖精たちに手が届く。


 そこまで来て……。


「今よ!」

「ぬぉっ!?」


 地面が凍りつく。

 表面を覆ってツルツルと滑りやすくする程度の弱い力だが、男が狼狽するには十分だった。


 勢いよく走っていた男がずっこければ、妖精たちの悪戯は完成する。

 しかし……。


「こんなものぉ……我には効かんわ!」

「あぁっ!?」


 ガツン! と男が地面を踏みしめれば、氷があっけなく弾ける。

 男も滑ることはなくなり、二の脚でしっかりと立ってニヤリと笑う。


「ふっふっふっ。年貢の納め時だな。死ぬがいい」


 歓喜の笑みを浮かべて妖精たちに手を向ける。

 魔力が集まり、それはこの一帯を吹き飛ばすには十分なものだった。


 妖精たちの悪戯は、これで完封である。

 そう思っていたのだが……妖精たちは、嫌な笑みを止めなかった。


「あなたはダメでも、もう一人に悪戯をして余波を作ればいいのよ」

「なに……?」


 目を見張る男。

 もう一人……?


 確か、自分以外にいるのは……。


「ま、まさか……!」


 ハッとして振り返る。

 自分は予見していたこともあり、妖精たちの悪戯を完封した。


 だが、勝手についてきていたあのバカ女神は?


「あああああああああ! バイラヴァ様ああああああああああ!!」


 ひゅばっと宙を滑空してくる女に、男は唖然とする。

 どういう滑り方をしたらそうなるんだ!?


「ぐぇっ!?」


 避けることもできず、男の顔面に女が激突する。

 滑らないように氷を踏み砕いていたが、流石に耐えきれずに仰向けに倒れる。


「も、申し訳ありませんわ! 何だかツルツルして滑ってしまって……!」

「もがもが!」


 いいからさっさと退け!

 そう声を出したいのだが、何か柔らかいものに口を覆われてくぐもった声しか出ない。


「ひゃっ!? く、口を動かさないでくださいまし……!」


 顔を真っ赤にして女は胸を抑える。

 11号から見ても規格外だと思うそれは、手で覆い隠せるほどのものではない。


 男からすればかなり嬉しいことだっただろうに、表情に浮かんでいるのは苛立たしげな怒りしかなかった。


「こ、この馬鹿が! 貴様、神のくせにこんなバカらしい技に引っ掛かりおって……! さっさと退け! 重いわ!」

「お、重くありませんわあ!」


 女としては、重いという言葉は禁句である。

 ギャアギャアと言いあいをする二人。


 そんな彼らの眼前にいつの間にか妖精が現れて、絵を描いていた。

 目を丸くしてその小人を見る二人。


 視線を向けられる妖精は、ニッコリと笑って描き終わった絵を見せつける。

 そこには、顔を寄せ合って満更でもない表情を浮かべ合う二人の姿があった。


 かなり身体を密着させているし、ご丁寧に破壊神と女神と書かれている。


「わひゃー! これを人間の街にばらまくぞー!」

「き、貴様らあああああああああああああああああああああああ!!」

「きゅ、急に動かないでくださいまし!」


 男の怒声が響き渡ると同時、蜘蛛を散らすように妖精たちは逃げ惑う。

 誰を追いかければいいか分からないように四方八方に散っているのが、悪戯に慣れている妖精らしい。


 幸いなことに、女が上に乗っている為すぐに追いかけてくることはできないようだった。


「ほら、逃げるよ!」

「あっ……!」


 呆然としていると、11号は強く腕を引っ張られる。

 妖精に手を引かれて、その勢いのまま走る。


「ねっ? 悪戯、楽しいでしょ?」


 振り返って、ニッコリと笑いかけてくる妖精。

 これが、楽しい?


 振り返れば、上に圧し掛かる女を押しのけようとしている男。

 妖精に対する怨嗟の声を上げているのは、非常に恐ろしい。


 恐ろしいのだが……。


「……ふっ、ふふっ。そう、ですね」


 11号の口角は上がり、笑みがこぼれていた。


「あー! やっと笑ったー!」

「……笑った? あたしがですか?」


 妖精がビシッと指さしてくるので、思わず11号は自分の顔を確かめるように触る。

 笑う? 感情が分からず、喜怒哀楽いずれも感じたことがなかったのに?


「うん! むっつり11号もいいけど、たまには笑ったらいいんじゃない?」

「なーい?」


 いつの間にか、笑顔を見ようと集まっていた妖精たちが皆見上げてきていた。

 コロコロと変わる表情はとても愛らしくて、自分は決してそのようにはなれないと思っていて……。


 だが、それは少し違ったようだ。


「そう、ですね。……気が向いたら、笑うようにします」

「うん!」


 薄くほくそ笑む11号に、妖精たちが笑いかけるのであった。

 この日、人工精霊11号は、初めて笑顔を浮かべたのであった。


「ただ、もうあの人には関わらないように。本当に殺されますよ」

「そのスリルが堪らんですたい」

「…………」


 だが、笑うためとはいえ、妖精たちの悪戯には付き合わないでおこうと心に決める11号であった。


「…………」


 そんな彼女たちを、10号が無表情で見つめているのであった。




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