第120話 ウザいわ!!
「えー! 何で人間を連れてきたの!?」
人工精霊の二人を連れてきた妖精たちは、他の妖精たちに囲まれて正座をしていた。
なんだこのシュールな光景は……。
楽園のような美しい光景に目を奪われていた二人は、今度は別の意味で絶句する。
「どうしても来たいって懇願されたから……」
「そこまではしていないです」
結界の情報を手に入れられるかもしれないからついて来たが、何も妖精郷に来られるだなんて微塵も思っていなかったし、懇願すらしていなかった。
むしろ、許してもらうよう懇願するべきなのは、盗みをした妖精たちの方である。
「ここはばれたらダメなんだよ。人間は怖いからー。すぐに私たちを食べるんだよ!」
「うわー!」
「きゃー!!」
「食べないです」
一人の妖精の言葉に悲鳴を上げて逃げ惑う妖精たち。
11号は呆れた様子すら見せず、無表情にただ冷静に否定していた。
自分たちはもちろんのこと、この世界の人間たちもこの妖精を食べようとする者はごくごく少数だろう。
そんな目を見張るような食文化はなかったはずだ。
しかし、話を聞けば聞くほど、こんな幼い精神年齢の妖精たちに、世界を守るような結界を作り出すことができるのかと思ってしまう。
やはり、自分たちの勘違いなのだろうか?
そんなことを考えていると、妖精が近寄ってきて、まじまじと見上げてくる。
「うーん……でも、確かに普通の人間とは違うね。変な感じ」
「人間の見た目なのに人間じゃない?」
「ふしぎー」
そもそも、人間ではなく人工精霊である。
しかも、この世界を侵略するための偵察要員として派遣された。
もちろん、そんなことを言えるはずもなく、ただただその視線を受け続けることしかできない。
しばらくすると、妖精たちが集まってワイワイガヤガヤと闊達な議論を繰り広げ……一人の妖精がコホンと仰々しく咳払いをし、二人を見上げて言った。
「うーん……じゃあ、滞在を許可します!」
「えぇ……?」
あれだけ難色を示していたというのに、酷い変わり様である。
それに、この美しい妖精郷と、小さくて愛らしい妖精たち。
自分たちにその気はないが、人間の中には強く求める者もいるだろう。
容易に他人を信頼して滞在を許可してもいいのかと、11号は自分たちには好都合なのにもかかわらず、思わず妖精たちが心配になってしまうのであった。
「感謝しなよ、人間もどき」
「ブッ飛ばすわよ」
10号はませた言い方をしている妖精をつまみあげていた。
「しかし、これで結界の情報を手に入れられたら……」
この妖精たちはどうにも精神的に非常に幼い。
悪戯好きの子供そのものである。
そんな彼女たちと交流するのはとても疲れるが、それで最も重要な情報を手に入れられるのであれば……。
「そうね。……今更だけど、こんなのが結界を展開しているとは思えないけどね」
「……それはそうですね」
ワイワイキャッキャッと楽しんでいる妖精たちを見て、思わず二人は笑みをこぼすのであった。
◆
妖精郷に招かれてから、一年ほどが経った。
帰る場所がこの世界にあるわけでもないため、また妖精たちに強く引き留められるため、人工精霊たちはここに留まっていた。
最初は印象もよくなかったが、ずっと交流をしていくうちに、妖精たちが本当に子どものようだと理解した二人。
次第に仲良くなっていき、妖精郷での暮らしにしっかりとなじんできていたころ、一応念のために……と結界のことを妖精たちに聞いてみる。
匂わせる程度ではなくガッツリ直球で聞いたのは、人工精霊たちもまさかこの妖精たちが関与しているとは思ってもいないからである。
「結界? それ、私たちが作ってるやつだよねー?」
「ねー!」
「えぇ……」
まさかのまさかであった。
特に隠すこともせず、あっけらかんと言われたことに11号は唖然とする。
この世界を守る巨大にして強固な結界が、こんな悪ガキ以下の妖精たちに作り上げられているというのか?
「まさか、本当に……」
「どうして作らないといけないかは知らないけど、昔からそうなの。まあ、私たちがいるだけで展開するようなものだし、疲れないからいいんだけどね」
驚く二人の反応が面白いのか、妖精たちは誇らしげに説明をする。
何も特別なことをしているわけではなく、ただ妖精が存在するだけで展開するのが結界である。
「ね。特別何かするわけでもなく、妖精の存在自体が結界を作り出しているんだって。だから、私たちが何かしているっていう考え方もないし」
「うんうん。何であるのかもわからないし」
「よくわかんないや」
ワイワイと楽しげに会話をする妖精たち。
普段はまったく結界のことなんて意識しないものだから、これ幸いと話題にしているようだ。
「妖精の存在が、結界を……」
「…………」
10号と11号は目を合わせる。
存在しているだけで結界を展開できる。
すなわち、存在していなければ……妖精たちを殺してしまえば、その結界は瓦解するのではないか?
出会った当初ならば、躊躇なく実行することができただろう。
しかし、一年以上も交流を深めた今、人工精霊たちは酷く狼狽していた。
いくら自分たちの任務が結界の崩壊だとはいえ、精霊王のためだとはいえ、そこまでできるのか?
楽しく、一緒に生活していた妖精たちを……何の警戒もせずに近寄ってきて、純粋な目で見上げてくる彼女たちを、無遠慮に殺すことができるのか?
「どうして、そんなことを聞いたの?」
「それは……」
クリクリとした大きな目を向けてくる妖精たち。
11号は言葉に詰まる。
おかしい。無感情で無機質で、命令を果たす以外に生きる意味を見いだせなかった自分が、どうしてためらっているのだろうか?
『お前たちを殺して、結界を崩壊させるためだ』と答えればいいではないか。
そうして、何の構えもとっていない妖精たちを殺すことなんて簡単なことだ。
警戒されていればまだしも、無防備な今の彼女たちなんて容易に潰すことができる。
11号は震える手で妖精へと手を伸ばし……。
「はっ! 二人は妖精になろうとしているんだよ! だから、私たちのことを……」
「きゃー! そんなに好かれていたのね!」
「照れるわ」
勝手に話をつなげてワイワイ騒ぎだす妖精たち。
頬に手を当ててくねくねと身体を動かしている者もいれば、何故か誇らしげにドヤ顔をする者もいる。
そんな彼女たちを見ていると、葛藤と苦悩をしていた自分が馬鹿らしくなる。
「……まあ、それでいいです」
ふうっとため息をつく11号。
どうにも、今すぐ殺す、というような気持ちはなくなってしまった。
しかし、これも所詮は選択の先延ばしに過ぎない。
そのことは、彼女もまた重々承知していたのであった。
「でも、人間が妖精になるには怖いことしないとねー」
「怖いこと?」
ぽつりと妖精が呟いた言葉に、少し興味が出る。
そもそも、人間が――――自分たちは人工精霊であるが――――妖精になることができるのか?
また彼女たちが適当なことを言っているのかとも思ったが、どうやらそうでもないらしい。
「私たちの口から言わせる気ー? 恐ろしい子っ!」
「何がですか?」
ブルブルと身を寄せ合って震える妖精。
これは演技などではなく、本当に心から恐れているようであった。
一年ほど一緒に過ごしてきて、殺気立つ魔物にすら平然と近寄って行くほど脳天気な彼女たちが、このような恐怖を明確に露わにしたのは初めてである。
「それはぁ……」
今回もまた隠し立てをするようなつもりはないのだろう。
妖精が理由を話そうと口を開いた瞬間……。
「ねーねー! あの人たち来たよ!」
パッと飛び込んできた別の妖精。
すると、先ほどまで恐怖に震えていたのが嘘のように、妖精たちは一気に沸き立った。
「ホント!? 早くあなたたちもおいで!」
妖精になる方法を説明しようとしていた妖精も、いつの間にか11号の目の前から遠く離れた場所に移動していた。
急な感情の変化に、思わず目を白黒させて尋ねる。
「誰が来たんですか?」
すると、妖精はニッコリと笑って言った。
「とっても楽しい人たちだよ!」
◆
妖精たちに促されて、二人の人工精霊は茂みに隠れるようにする。
何かを待っているようで、妖精たちはそわそわとしている。
とても楽しそうな……悪戯を考える子供の顔である。
しばらく待っていると、小さくではあるが声が聞こえてくる。
「だから! いちいち我についてくるなと言っているだろうが!!」
「そうはいきませんわ! バイラヴァ様の考え方を、少しでもより良いものへと変えてみせますわ!」
「ウザいわ!!」
お世辞にも穏やかではない会話であるとは言えないことを話しながら、二人の人影が近づいてきた。
11号は、茂みから少し顔を出してその人影を覗き見るのであった。




