第12話 止めろ
「さて、どうするか……」
我は村人に招待された家の中で、そう呟いた。
村で一番立派な建物らしいが……うん、何も言うまい。
外ではどんちゃん騒ぎだ。そんなに尖兵に支配されていたのが嫌だったのだろうか?
我もその中に連れ込まれようとしたのだが、流石に拒絶した。
我、そういうフワフワしたの、あんまり好きじゃないし。
あと、歓迎され好意的に見られるというのが気持ち悪くて仕方ない。
我を見たらこう……恐怖を張り付けて絶望してくれた方が嬉しいしウキウキする。
「適当に辺りを破壊しないの?」
そう言うのは、我の中から出てきたヴィルである。
小さな身体で大きな酒瓶をラッパ飲みしている。これが妖精……?
しかも、提案してくる内容が非常にバイオレンス。
いや、妖精って確かに悪戯好きだけど、これ限度越えているだろ。
「いや、それはちょっと風情に欠けるというか……。ほら、我の前に立ちはだかられてなんぼというものだし……」
「……あんたが本気でなりふり構わずこの世界を破壊して征服しようとしたら、多分できるのに。勿体ないわねぇ……」
世界征服したら大陸一つくらいちょうだいよ、と笑うヴィル。邪悪だ……。
そもそも、ちゃんと政治とかする気ないだろ。我もないけど。
まあ、確かに? ヴィルの言う通り、破壊だけだったら簡単にすることができるだろう。
いきなり王都などの諸国の中心人物がいる場所に現れて、その一帯を破壊しまくれば、おそらく我のことをまともに迎撃できる者はいないだろうし。
ただなぁ……なんか、そういうのではないんだよなぁ……。
こう……世界を征服しようとする我と、それを食い止めようとする世界の英雄たち。
その間で繰り広げられる世界の命運をかけた激闘!
こういうのが好き。
「めんどくさっ」
「あの……失礼します」
我を見て露骨に嫌そうに顔を歪めたヴィル。
ガチャリと扉が開いた瞬間、その姿は黒い光となって再び我の中に飛び込んできた。
相変わらず人見知りである。
『ひ、人見知りちゃうわ!』
じゃあ、出て来いよ。
…………無視である。
「ん? ああ、確か……」
チラリと入ってきた者を見れば、我の脚に縋り付いてきた死にかけていた男に寄り添っていた黒髪の少女だった。
「カリーナです。私の兄を助けてくださって、ありがとうございました! 今は包帯でグルグル巻きになっていますが、何とか命は助かりました」
そっか。まあ、良かったんじゃない?
それよりも、だ。
はぁ……こいつも勘違いか。
我が人を助けるために戦うなんてありえるわけがないだろうが。
「いや、別に助けたつもりないから。我、破壊神だから。いつかお前たちも破壊して征服するからな」
「はい! 救世主様!」
こいつ、何も分かってねえ。
ニッコニコの笑顔を披露してくる……カリーナ、だっけ?
ぶっちゃけ、人の名前とかいちいち覚えてられん。
「それで、食事を持ってきたんですけど……」
そう言って彼女が差し出してきたのは、簡素な皿に乗せられたいくつかの種類の料理だった。
ああ、外ではしゃいで祭りをしているのだったか。
「いらん。我、基本的に食事必要じゃないし。貴様らで食べろ」
「あ、あたしたちに分け与えてくれるなんて……! 何も受け取らないで施しを与えてくれるのは、本当に救世主様なのね……」
止めろ。
『救・世・主・様☆』
遊ぶな。
「今、石大工の親父が救世主様の立派な石像を立てるって言っていました! 少々お待ちください!」
「止めろ」
ニコニコと笑いながらなんてこと言っているんだ、この小娘。
我の石像? ……うっ、頭が。
『昔のあいつらを思い出すわねぇ……。あいつらもあんたを気持ち悪いくらい慕っていたし……』
トラウマだ。止めろ。
からかうように笑うヴィルだが、嫌なことを想いださせてくれるな。
我は敵視され、殺意を向けられ、非難される方がいい。それが破壊神らしいし。
逆に受け入れられた方が、なんというかこう……気持ちが悪い。
「でも、何かお返ししないとあたしたちの気が……」
「じゃあ、精霊とやらのことを教えてくれ。我はさっぱりだ」
あまり精霊とやらには興味がないのだが、石像建立阻止のためには致し方ない。
別にこの世界を今誰が支配していようが、再征服するしな。
誰が相手でも関係ない。破壊するだけだ。
『私もさっぱりよ』
テメエ……! あの時知っていると言ったじゃないか……!
「あたしも全部分かっているわけじゃないんですけど、それでよかったらいくらでも」
そう言って、カリーナは話し始めた。
何やら精霊側に一時ついていたことがあったため、他の人よりは詳しいらしい。
……ああ。だから、今あのどんちゃん騒ぎに入っていけていないわけか。
まあ、そこはどうでもいいか。
我はそんなことを考えながら、カリーナの説明を聞いた。
精霊とは、数百年前に別の世界からこの世界に侵攻してきた、異質な存在である。
その力は強大であり、騎士団や魔族はもちろんのこと、勇者や魔王でも勝つことはできなかったらしい。
「…………」
……これがにわかに信じがたい。
勇者や魔王と直接戦った我だからこそ感じることだが、あれだけ強かった二人でも敵わないとなると、精霊は化け物ではないか?
いや、まあ我も勝ったけどね? 精霊よりも強いけどね?
『でも、千年前の時は割とダメージ受けていたわよねー』
うるさい。
……いや、そうか。数百年前に精霊の侵攻が開始されて、我が封印されてからは千年である。
つまり、我の封印後数百年経ってから精霊は侵攻してきたのだろう。
となると、精霊の侵攻に立ち向かった二人と、我と戦った二人は別人の可能性がある。
魔王は分からないが、少なくとも勇者は人間だったから、寿命というものがあるだろうし。
さて、続きだ。
勇者と魔王でも倒すことのできなかった精霊たちを迎え撃ったのが、四大神らしい。
そして、その四大神でも抑えきることができず、この世界は精霊に支配されるようになった。
『……あいつらが負けるって相当じゃない?』
相当だよな。我は一人であいつら倒せるけど。
『めっちゃ頑なでウザっ』
う、ウザいってお前……。
精霊は数こそ少ないけれど、複数体存在する。
そして、まるでお互いが接触し合わないように配慮しているように、それぞれポツポツと散在している……と言われている。
精霊によって嗜好や考え方も違うらしく、この地域を支配下に置いている精霊はめったに人前に姿を現すことがないため、カリーナも知らないとのこと。
ただ、精霊の尖兵が好き勝手やっていたことを見ると……。
『人間に興味がないタイプじゃないかしら? だから、尖兵が好き勝手やっていてもとくに咎めることもなかった。あたしもお酒があれば人間とかどうでもいいし』
酔いどれ妖精とか嫌だ。
しかし、ヴィルの言う通りだろう。
この地域を支配している精霊のように、ちゃんとその地を治めようとする精霊の方が少ないのかもしれない。
「でも、村人たちが労働させられていたのは、精霊の命令らしいんです。あたしも尖兵から伝え聞いただけなのに、結局何を目的にしていたのかはわからないんですけど、穴を長く線のように伸ばしていました」
そう言って、カリーナは締めくくった。
ふーむ……精霊も何かしらの目的はあったはずだ。何の意味もなく、強制労働をさせることもないだろうし……。
……まあ、どうでもいいか。
「精霊だろうが何であろうが、この世界はもともと我のものだ。勝手に我が封印されている間に征服していたのであれば……我が再征服するまでよ」
「はい、救世主様!」
ニッコリと笑うカリーナ。
話聞いてた? 征服するって言ってんの。何で嬉しそうなんだ。
また支配されるというのに、何でこんなに受けいられているのだろうか。
『あんたが精霊よりマシなんでしょ』
……まあ、尖兵みたいなのは作らないし、とくに弱者を虐殺したいわけでもないしな……。
「まあ、とにかく、まずは女神のことを調べてみたいな」
あの慈愛の塊で、誰にでも優しかった女神が、どうして精霊の尖兵によってその力を弱者への暴力と威圧に使われているのか。
なかなか面白そうだろう?
我はニヤリとほくそ笑むのであった。




