第119話 妖精郷
「子供……っていうのもおかしいわよね。それより、もっと小さい」
10号はポツリと呟く。
あまり目の前の事象に強い興味を抱かない11号であるが、彼女もまた目を丸くして小さく震えている少女たちを見ていた。
「ドワーフ? いえ、違いますね」
この世界で集めた、この世界に住む種族を言ってみるが、すぐにそれは自分で否定した。
確かに、ドワーフという種族は背丈が小さいのだが、流石にこれほど小さいわけではない。
目の前で震えている二人は、自分たちの手のひらにでも乗ってしまえそうなほどだ。
「ドワーフみたいな乱暴者と一緒にしないで! 私たちはとってもおしとやかで奇麗なんだから!」
「ねー!」
「おしとやかな人は泥棒なんてしないと思いますが……」
ドワーフと言われたことに腹を立てたのか、先ほどまで怯えていたにもかかわらず、胸を張って誇らしげに振る舞う小人たち。
どうやら、自分たちに対する評価がすこぶる高いようだが、11号たちからすれば失笑ものである。
「泥棒じゃないよ! 悪戯だよ!」
「……何か違いがあるのかしら?」
「さあ? 少なくとも、あたしは分かりません」
プンプンと頬を膨らませて怒りをあらわにする小人に、10号は苦笑いをし、11号は相変わらずの無表情を向ける。
この小人は、悪戯というものに誇りを抱いているらしい。
人工精霊たちからすれば、迷惑以外のなにものでもないのだが。
「それはそうと、よくも私のものを盗んでくれたわね。楽しみにして、残していたのに……」
ゆらりと小人たちに近寄り、怒りをあらわにする10号。
それに対して、ぎょっと驚くのは小人たちだ。
「え!? いらないから残していたんじゃないの!?」
「そんなわけないでしょ!」
いらないと思っていたのに……と愕然とする小人。
最初は怯えて震えていた彼女たちであるが、次第にふてぶてしい態度へと変わっていく。
「もー……そんなに怒らないでよー。うるさい人間だなあ」
「そもそも、私たちは人間じゃ……」
人間という認識を冷静に修正しようとする11号。
そんな彼女の口を、10号は塞ぐ。
「まあまあ、11号ちゃん。わざわざ教えてやる必要はないでしょ」
精霊ということは、あまり知らしめるべきではない。
もちろん、この世界とは異なる世界の住人が侵攻を企んでいるなんてことを知っている者はほとんどいないし、この小人たちならなおさらであるのだが……。
しかし、大きな結界を展開し、精霊たちの侵略を阻んでいる世界である。
警戒するに越したことはない。
「……? よく分からないけど、もう帰っていい?」
「うーん……」
首を傾げる小人。
別に帰ってもらってもいいのだが、自分の取っておいた食べ物を勝手にとられたことは、まだ少し納得のできない10号であった。
すると、そんな様子を見ていた小人たちは、やれやれと首を振る。
「もー、欲しがりだなあ」
「欲しがり……?」
何が言いたいのかと首を傾げる人工精霊たち。
「ほら、私たちについてきなよ。普通の人間とは違うみたいだから、特別大サービスだよ」
「サービス?」
「こっちこっち」
小人たちは少し歩くと、二人に向かって手招きする。
これに対して、すぐに応じることができないのが、偵察隊としての警戒だ。
もしかしたら、これは罠かもしれない。
人間の子供よりもはるかに小さい彼女たちにいったい何ができるのかとも思うが、油断していたとはいえ人工精霊の自分たちに気づかれずに、手元にあったものを盗んでしまったのである。
そうすると、完全に油断するわけにはいかなかった。
「……どうしますか?」
「……ついて行ってもいいと思うわ。このままだと結界の情報も集められないだろうし、それに……」
11号の問いかけに答える10号。
彼女の目はギラリと光り、先を行く小人たちを見据える。
それは、先ほどまでの穏やかな目ではなく、精霊王から使命を与えられた人工精霊としてふさわしいものだった。
「あの子たち、興味深いわ」
「そう、ですね」
ただただ小さいから興味がある、というわけではない。
二人の心には、どこか引っ掛かるような……今の停滞した状況を打開してくれるような、そんな根拠のない期待感が湧き上がっていた。
はたして、小人たちが何かの鍵なのか?
「早くー。別に連れて行ってほしくないの? じゃあ、バイバイ?」
「行くわよ」
「えー……めんどくさ」
露骨に顔を歪めている小人たちを見ると、どうしても期待感が裏切られそうに感じるが。
嫌そうな小人たちの後ろをついて行く。
深い茂みを通ったり、人が歩くことを想定していないけもの道を歩いたり……。
わざとそんな過酷な道を選んでいるのかと問いただしたいくらいだ。
四苦八苦している人工精霊を見てクスクスと楽しげに笑っているため、悪戯心もあるのだろうが、どうにも本当にこの道とも言えない道を歩かなければたどり着けない場所らしい。
「どこに行くんですか?」
「どこって……私たちの住んでいる場所だよ?」
珍しく11号が息を乱しながら問いかければ、キョトンと首を傾げて小人が答える。
むしろ、そこに行きたいからついてきているんだろ? みたいな雰囲気だ。
もちろん、二人はどこに行っているのかさっぱり分からないが。
それでも、二人は小人たちの後ろをついていき、そして……鬱蒼と生い茂っていた木の枝などが視界から一気に消えた。
彼女たちの目の前に広がっていたのは、まさに楽園であった。
澄んだ美しい大きな湖が中心にあり、そこを囲うように木々が生えている。
その木々も枝の上などに小さな鳥の巣のような家が作られている。
湖畔では、自分たちを案内してくれた小人たちの仲間が、楽しげに水を掛け合っている。
「ここ! 妖精郷へようこそ!」
「こそー!」
バッと手を広げて歓迎の意を表す小人……いや、妖精たち。
人工精霊たちは、ただただ唖然とするしかなかったのであった。
「妖精、郷……」




