第117話 人工精霊
長い廊下をカツカツと音を立てて歩く女。
かつてはこの場所も多くの人々が行き来して、身分の高い一族が住んでいたのだが、今ではその名残はまったくない。
栄枯盛衰を感じさせるものなのだが、その女はそのような感傷じみたものを感じることは一切なかった。
喜怒哀楽。ありとあらゆる感情を、彼女は抱かない。
彼女は見た目も気にしない。
長い黒髪だって、本来であれば全部切り捨てたいほどである。
それでも、彼女が髪をたなびかせるほど維持できているのは、彼女に世話を焼くお節介好きがいるからなのだが……それは余談である。
一切の感情を感じさせない無機質な顔だが、だからこそその美しさはゾッとするほどのものがあった。
そんな彼女は歩き続け……そして、目的の場所へとたどり着く。
そこには、彼女の何倍も大きな人影があった。
その前に近づくと、跪いて敬意を示す。
「精霊王様、お呼びに応じて参上いたしました」
『うむ』
その巨大な人影……精霊王は、そんな彼女を見て鷹揚に頷いた。
彼女を呼んだのは、他でもなく、異世界に侵略して征服して回っている勢力の首魁である精霊王であった。
そして、それはすなわち彼女もその勢力の一員だということで……。
『貴様は……11号じゃったか? ご苦労』
精霊王はおぼろげな記憶を探り、呼び出した精霊のことを思い出す。
本来、精霊というのは生殖行為の末に母の胎から生まれるものではない。
突然、自然発生的に生まれるものであり、生まれながらにして名を持っている。
当然、この精霊は11号というのが名ではない。
それには、彼女の特殊な生まれが関係しているのだが……。
「はい。それで、ご用件は?」
『まあ、待て。お前以外にも、もう一人呼んでおるのじゃ。お前に先に話しても構わんが、一緒にした方が手間も省ける』
「差し出がましく申し上げてしまい、申し訳ありません」
精霊王の意向に一切逆らうこともなく、精霊……11号はただ跪いて頭を垂れ続ける。
それからしばらく待っていると、再びその部屋に入ってくる者がいた。
彼女は11号の隣まで来ると、同じく跪いて精霊王に頭を下げる。
「精霊王様。10号、お呼びに応じて参上いたしました」
『うむ、揃ったな。では、説明をしよう』
10号と自称した彼女もまた、精霊である。
彼女を見下ろした精霊王は、説明を始める。
『知ってのとおり、ワシらは異世界へと侵略し、魔素を吸収し続けておる。この世界もそろそろ限界であり……一つ、素晴らしい世界を見つけた。魔素が豊富で……今までに見たことがないほどの含有量じゃ。それこそ、今までの世界とは比べものにならんほどのな』
この世界もまた、精霊に侵略されて敗北した世界である。
そして、彼らはこの世界の魔素を貪っている。
一つの世界から魔素を搾り取れば、次の世界を見つけて侵略する。
そうして、また世界から魔素が枯渇すれば、別の世界へと向かう。
まるで、蝗害である。
『じゃが、忌々しいことに、ワシらの侵入を拒む壁のようなものがある。今のままでは、軍勢を送り込むことはおろか、精霊を一人送ることすらままならん。そこで、じゃ』
こんなことは初めてだ。
世界を覆うような壁があるなんて、今まで侵略したどこにもなかった。
そのため、どうしてあのような結界があるのかは分からない。
それゆえ、彼女たちを呼び寄せたのだ。
『お前ら人工精霊には、偵察に行ってもらう。順塁な精霊ではない人工精霊ならば、何とか送り込むことも可能だろう』
人工精霊。
その名の通り、人工的に作られた精霊である。
名を持たないというのは、それが原因だ。
自然発生的に生まれる精霊ではなく、人工的に機械的に作り出された精霊。
だからこそ、検体番号で呼称されるのであり、そして、11号はそのことに何ら疑問も不満も抱いていなかった。
『お前らに与える命令は、あの忌々しい結界が展開されている原因を突き止め……そして、破壊することじゃ』
「「はっ」」
精霊王の命令を受けて、深く頭を下げる二人の人工精霊。
彼女たちは礼をすると、部屋から出て行くのであった。
『まったく……どこの誰じゃ。このワシの邪魔をするのは……。必ずや地獄を見せてやる』
精霊王の呪詛は、誰にも聞かれることはないのであった。
◆
「はー、怖かったわねえ」
「…………」
廊下を歩きながら、10号が話しかけてくる。
深くため息をつき、疲れたような表情を作っている彼女をじっと見る。
やはり、自分と違ってとても感情表現が豊かだ。
意識しても表情は変わらないのに、10号は意識しなくても表情を変えることができるのである。
同じ人工精霊だというのに、どうしてこうまでも違うのだろうかと、少し疑問に思う。
抱いたのは疑問だけであり、とくに不満や寂しさを覚えることをなかったが。
「あ、11号ちゃんはそんなことなかった?」
じっと見すぎていたからだろう。
視線に気づいた10号が、こちらを見てくる。
その表情は、どこか気遣わしげだ。
優しくて、心配そうにこちらを見てくる彼女を見ていると、やはり自分みたいな無機質な存在とは全然違うと思わせられる。
「……はい。恐ろしい、という感情が理解できませんので」
「そっかー。11号ちゃんは落ち着きがあって大人っぽいわね」
落ち着きがある、というのとは少し違うのではないかと思う。
結局、自分は機械みたいなものだろう。
無感情で、無機質で……そして、命じられたことを淡々とこなす。
そして、そのことに何の疑問もなかった。
「いえ、おそらく、10号が特別なのかと……」
「私が? 何だか特別って言われると照れるわ」
頬をうっすらと赤らめて笑う10号は、とても可愛らしかった。
こうなりたいとは思わないが、11号は彼女のあり方がとても眩しく映った。
自分では、決してこのような反応をすることはできないからだ。
「さて、すっごく大変そうな命令を受けたけど、しっかりと役目を果たさないとね」
「はい。私は、そのために生まれたのですから」
11号が頷けば、10号はどこか寂しげな眼を彼女に向ける。
そこにどのような感情が込められているのか、11号には理解することはできなかった。
「……じゃあ、準備しよっか。一緒にやりましょう」
「はい。では、私が食糧を持ちますので、10号は水などを……」
「あと、服とか色々ね!」
ニッコリと笑う10号に、11号は首を傾げる。
「……必要ですか?」
「必要よ! くっさいのは嫌じゃない!」
くわっと怒りを表す10号。
これにもまた首を傾げる。
「構いませんが……」
匂いなんてどうでもいい。
それで命令を果たすことができなくなるわけでもあるまいし、それこそ泥にまみれたって平然とするだろう。
「構うわよ! もう、私がしっかりお世話しないと11号ちゃんはダメなんだから」
「…………」
プリプリと怒る10号は、11号の腕をひいて歩く。
そんな彼女の後姿を、11号はどこかボーっとしたように見つめていた。
……おかしなことが頭に浮かんだので、すぐにそれを振り払う。
まったく、馬鹿な考えだ。
人工精霊である自分に、そんなことあるはずがないのに。
「ほら、付いてきて!」
「……はい」
まるで、姉のようだと。
そんな考えは、馬鹿げているのだ。
最終章です!
最後までご覧いただけると幸いです。
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