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第115話 もいでやる

 










「うーん……悩ましいですわねぇ」

「悩ましいねぇ」

「……あんたらってホントバカね」


 破壊神の言う三馬鹿が集まって何やら唸っている。

 慈愛と豊穣の女神、水の勇者、魔王。


 その肩書は目を見張るべきものがあるのだが、今は精神的にバイラヴァを苦しめることのできる、ある意味で最強の存在である彼女たち。

 その話し合いに通りかかったのが、なんだかんだと押し切って行動を共にするようになっている精霊ヴェロニカであった。


「あらぁ? どうしたのかしらぁ? 三馬鹿が全員集まってぇ」

「殺すわよ、クソ精霊」

「あら、ヴェロニカさん」


 三馬鹿と言われたことに一瞬で沸騰するヒルデに、まったくもって意に介していないヴィクトリア。

 正反対の対応に、思わず笑みがこぼれる。


「別に、大したことじゃないよ。僕と女神様の問題だしね。魔王はちょっと違うし、精霊もおそらく関係ないんじゃないかな?」

「気になるじゃない。教えてよぉ」


 エステルからは、とくに忌避感や敵意は感じない。

 純粋に関係ないと思っているようなので、ヴェロニカは一歩踏み込む。


「くだらない話よ」


 バッサリと切り捨てるヒルデは、ヴェロニカに対する敵意や隔絶としたものが感じられた。

 この三人の中では、もっとも精霊に敵意を抱いていると言うことができるだろう。


 まあ、ヴェロニカはいちいちその反応に目くじらを立てて激怒するような性格ではないため、衝突することはないが。


「くだらなくありませんわ! わたくしとエステルさんが、いかにしてバイラヴァ様から子種をいただくかという、とても崇高で重要な悩み事ですわ!」

「うんうん。そろそろ、アーサーも産んであげたいしね。ずっと待っているのも、大変だろうから」


 ヴィクトリアが誇らしげに胸を張って言えば、エステルも頷きながら追随する。

 その言葉に首を傾げたヴェロニカは、ポンと手を叩いて得心がいく。


「……えーとぉ。突き詰めればぁ、神様とえっちなことがしたいのねぇ?」


 そう言えば、ヴィクトリアは恥ずかしいですわーと身体をくねくねさせて照れている。

 一方で、エステルはキョトンとして首を傾げる。


「いや、別に? 子種さえくれるなら……」

「勇者ちゃんは本当に昔から変わったわよねぇ」


 数百年前に出会った時は、どんな些細なことでも……それこそ、キスという言葉で顔を赤くするような少女だったのに、今ではこんなに擦れてしまって……。

 まあ、アラニスによってあれだけのことをされていたのだから、こうなるのも当然と言えるが。


「あんたらが変えたくせに、何を言っているのよ」


 呆れたようにため息を吐くヒルデ。

 そもそも、数百年前の時点でエステルは一度死んでいるほど長生きをしているので、あわあわと慌てることはなかっただろう。


「ヴェロニカさんは、何か良い案がありますの?」

「うーん……どうかしらねぇ」


 ヴィクトリアに言われて、少し考えてみる。

 普通の男ならば、簡単にその気にさせることができるだろう。


 それだけの魅力を、ここにいる者たちは持ち合わせている。

 ヴェロニカも太鼓判を押すほどだ。


 しかし、相手は世界征服のことしか頭にない破壊神である。

 その魅力が伝わっているかと問われれば……なかなか伝わっていないと答えるのが適切だろう。


 さて、ヴェロニカは今でこそバイラヴァたちと行動を共にしているとはいえ、そもそも非常に構ってちゃんである。

 自分がスリルのある退屈でない生活を送るためだけに、かつて世界中が多大な犠牲と労力を要して封印した破壊神を解放するほどである。


 だからこそ……彼女は、バイラヴァにとって都合の悪いことを彼女たちに吹き込んだ。


「やっぱりぃ、色仕掛けよぉ。神様も男よぉ? そういった欲がある(かもしれない)わぁ」

「なるほどですわ!」


 大事な所は隠して言うヴェロニカに、ヴィクトリアは何ら不信感を抱くことなく納得した。

 自分が精霊にされてきた仕打ちは忘れてしまったのだろうかと思うくらい、脳天気だった。


「…………」


 一方で、その言葉を聞いたエステルはペタペタと自分の胸を触る。

 まったくないというわけではなく、確かに女性らしさを表す起伏はある。


 残念ながら、ここにいる者たちに囲まれてしまえば、どうしても見劣りしてしまうが。

 それ以上に、彼女の魅力は安産型の臀部なのだが……ヒルデはそんな彼女を見てニヤニヤと厭らしく笑った。


「あんたは無理よ。そのお子様スタイルじゃね」

「ぶっ殺す」

「(困り果てる神様もぉ、いいわよねぇ)」


 取っ組み合いを始めた二人を横目に、ヴェロニカはそんなことを考えていた。

 もう、バイラヴァがすることならば何でも壺に入る。


 彼が心底困って狼狽する様子は、想像するだけで背筋がゾクゾクする。

 恍惚とした表情を浮かべていたヴェロニカであったが……。


「じゃあ、お手本をお願いしますわ!」

「…………え?」


 ヴィクトリアの言葉に、凍りついた。

 お手本? 何の?


「そりゃあ、言いだしっぺだもん。やり方を見せてくれないとね」

「さっさとやりなさい、精霊」


 いつの間にか取っ組み合いを終えたエステルとヒルデが近づいてきていた。

 二人ともめちゃくちゃボロボロである。


 少なくとも、バイラヴァを魅了することはできないだろうと思う程度には乱れていた。


「えぇっとぉ……神様はいないみたいだしぃ、今日は残念だけどぉ……」


 さて困った。

 ヴェロニカはバイラヴァを困らせようと思って言ったことなので、まさか自分がやる羽目になるとは思ってもいなかった。


 というか、色仕掛けってなんだ。

 そんなの、したことないし、無理じゃん。


 断る理由に、バイラヴァの不在を上げる。

 いなければ、どうすることもできない。色仕掛けもできない。


 うまく言い訳ができた。

 そう思っていたヴェロニカだったが……。


「あっ、ちょうどいいところに。バイラヴァ様あああ!!」


 ヴィクトリアが唐突に顔を上げ、両腕を振って猛然と走り出した先にはバイラヴァが歩いていた。

 ……遠い場所で、表情さえ見て取れないほどの距離なのに、どうして一瞬で彼を見つけ出すことができたのか。犬か?


 それに、バイラヴァもバイラヴァだ。

 このタイミングで現れるとは……流石は精霊の天敵。


「あっ、逃げた」

「でしょうね」


 遠い場所を見つめるエステルとヒルデが声を上げる。

 バイラヴァが迫るヴィクトリアを知覚すると同時、全力ダッシュで逃げ出したのである。


 速い。そして、必死だった。

 破壊神の逃亡。普通なら考えられないようなことが、目の前では実際に起きていた。


「何で逃げますのおおおおお!?」


 猛然とバイラヴァを追いかけはじめるヴィクトリア。

 背後からの全力タックルにより、遠い場所で破壊神を押し倒していた。


「ほら、精霊。出番よ。無知なあたしたちに見せてちょうだい。それとも……」


 そんな様子を遠巻きに眺めながら、ヒルデは口を開く。

 あの精霊を……自分を苦しめた精霊をいたぶることができることに喜びを感じつつ。


「あんなことを言っておいて、まさか自分はできないなんてことは言わないわよねぇ?」

「…………ッ」


 あからさまな挑発だ。つまらない、聞く耳を持たない方がいいほどのもの。

 しかし、ヴェロニカはバイラヴァに向かって一歩踏み出した。


 どんな些細なことでも、やはり挑発されれば腹立たしいのだ。


「クソ! 歩くルートを間違えた……!!」

「さあ、ヴェロニカさん! 見せてくださいまし!」


 後悔しながら必死に逃げようとしているバイラヴァの背中にコアラのように張り付き、ヴィクトリアは満面の笑みをヴェロニカに向ける。

 すると、貴様もこいつの味方か、と鬼の形相で破壊神に睨みつけられる。


 違う、違うのだ。だが、ここで否定しても、疑心暗鬼のバイラヴァが信じることはないだろう。

 諦めて弁明することはしなかった。


「ええい、暑苦しい! 抱き着くな、馬鹿女神!」

「馬鹿と言う方が馬鹿ってヴィルさんが言っていましたわ!」

「その発言自体が馬鹿なんだよ!!」


 ギャアギャアと激しい攻防を繰り広げる二人。

 ぽつんと置いていかれるような感覚になるので、自分もここにいることをアピールするため、咳払いをする。


「えーとぉ……こほんこほん」

「なんだ貴様。また我と一戦交えようというのか? 望むところだ」


 ギラリとバイラヴァの鋭い目がヴェロニカを見据える。

 ああ、この目はいい。そうだと答えれば、躊躇なく自分を殺しにくるだろう。


 なんて刺激的だろうか?

 数百年の退屈は、ようやっと報われたのである。


「神様ぁ……」

「…………?」


 だから、彼女は少し勇気を出して、三馬鹿に見本を見せてやる。

 前かがみに背を倒し、豊満な胸の深い谷間を見せつけるようにして……。


「ぱふぱふ、するぅ?」

「もいでやる」


 渾身の言葉を聞いて能面のような顔を作ったバイラヴァが手を伸ばした次の瞬間、普段のヴェロニカからは決して聞かれないような甲高い悲鳴が飛び出したのであった。




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