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第113話 面倒くさいし

 










「……まさか、あんたもここに来るなんてね。最悪。バイラの中で引きこもってお酒飲んでいたらよかった……」


 がっくりと肩を落とすヴィル。

 我の中で酒を飲むのは禁止だぞ、この酔いどれ妖精め。


 貴様が吐いたとき、我の中がどうなっているのか気になって仕方ないからな。

 ヴィルの冷たい言葉を受けて、精霊王はとても楽しげに笑う。


『くっくっくっ。ワシのことをこいつ呼ばわりか。千年前とは偉い違いじゃのう? あの時のように、ワシのことを精霊王様とは呼んでくれんのか?』

「今呼ぶ理由はまったくないわね。もう、あたしはあんたの手駒じゃないんだし」


 そっぽを向くヴィルに、精霊王はうんうんと頷く。


『うむ、それは確かにそうじゃのう。あの時、お前がワシの手元から離れて行ったのは、寂しかったのう……』

「思ってもいないことを言うのは、本当に得意ね」

『いや、実際にお前がいなくなったのは困ったぞ。もっともワシに忠実で、かつ有用な手駒だったからのう』


 二人だけしか分からない会話。

 いや、我は多少の事情は知っているが、それこそ女神とヴェロニカは何のことだかちんぷんかんぷんだろう。


 ヴェロニカは興味なさそうに欠伸をしているし、女神は……こ、こいつ……寝てやがる……。


「……思い出話がしたいのであれば、二人でしていろ。我はもう帰る」


 我も二人の関係性に興味はないので、そう言って背を向ける。

 今日は疲れた……。休息なんて必要ない神なのに、今はとにかく休みたかった。


 それに、女神も今はスヤスヤと眠っている。置いて帰ろう。


「はい、帰りますわ!」


 いつの間にかぱちくりと目を開けていた女神が、我の背中にぴったりと付いてきていた。

 ば、馬鹿な……。


「そうねぇ。神様の住んでいるところぉ、楽しみだわぁ」


 そして、当たり前のようにその後ろに付いてきているヴェロニカ。

 何平然と付いて来ようとしているんだ? 冗談だろ?


 まさか、三馬鹿プラス精霊になるのか?

 …………冗談だろ? 二回目だが。


『くくっ。なんじゃ、自分の女の知らない過去が不快か? まあ、確かにワシと11号はただならぬ関係じゃったが……』


 何やらこちらを刺激するような言葉を選んで語ってくる精霊王。

 いや、我の女とかじゃないし……。


 我を怒らせたいようだが、流石にそんな挑発では……。


「手駒と気に食わないくそじじいの関係でしょ。というか、バイラにそんな挑発は通用しないわよ。むしろ、『お前は弱い』的な単純なことでブチ切れるから、そっちの方がいいわ」


 どうしてツボに入るようなことを教えているのか。


「それに、あたしとバイラはそんな関係じゃないわよ」


 そう言うと、ヴィルは精霊王に対して教示するように指をさす。


「あたしにとってバイラは必要で、バイラにとってあたしは必要。不可欠なパートナーの関係なのよ。その辺に転がっているくだらない恋愛関係なんかとは、一緒にしてほしくないわ」

『ふーむ……随分と懐いておるようじゃなあ。まったく、羨ましいことだ』


 ヴィルの返答に、眩しいものを見るように目を細める精霊王。


「……で? 本当にもういいか?」


 これ以上、精霊王と話すこともない。

 こいつは、今何かしらの方法でエドガーに憑依しているだけであり、ここで破壊しても本体が無事な限り何の意味もないだろう。


 それに、エドガーの身体を使って何かをすることも、もうできないだろうしな。

 奴の身体を見て、我はそう判断する。


『おお、そうじゃな。一応、伝えたいことがあるから来たのじゃ。それをさっさと言わんとな。この身体も、もう持たん』


 我の予想と精霊王の言葉が、ぴったりと一致する。

 エドガーの目から、ドロリと血が流れる。


 目だけではない。鼻、耳、口。穴という穴から血が流れ出す。

 この身体で、どうやって活動するというのか。


 だからこそ、我が破壊する意味はないのである。


『憑依とはいえ、ワシを中に入れておればこうなるか。風船に大量の水を内包させたようなものじゃ。容量を越えれば、パンッと破裂する。それだけのことじゃ』


 要するに、エドガーの身体は精霊王という強大な存在を受け入れることができなかったのである。

 無理やり憑依され、そして身体を壊される。


 精霊王が、王として相応しいか激しく疑問であるが……まあ、関係ないしな。


「そいつが生きようが死のうが知ったことではない。さっさと用件を伝えろ」

『うむ。まあ、大したことではないのじゃが……』


 じゃあ、もう帰ってもいいか?

 大したことじゃないんだったら、もういいだろう?


『近々、ワシ自ら精霊の軍勢を率いて、この世界を征服する』


 ……大したことじゃないか。


『この世界の魔素は魅力的じゃ。ワシや精霊……そして、世界を癒すことができる。それゆえ、お前のものにされてはたまらんのだよ、破壊神』


 溢れ出す威圧感は、エドガーのそれとは比べものにはならない。

 なるほど、精霊たちの王というのもうなずけるだけのものがある。


 だが……その程度で我がひくとでも思っているのだろうか?


「ふんっ、愚か者め。この世界は、我が暗黒と混沌を齎さなければならんのだ。その邪魔をするのであれば、貴様も破壊する。それだけだ」

『くっくっくっ。威勢のいいことだ。いつまでそのような口が利けるのか、楽しみじゃな』


 ニヤリと笑って応えれば、精霊王も笑って応えてくる。

 おそらく、それが我と精霊との最後の戦いになるだろう。


 精霊王を破壊し、二度とこの世界に精霊が侵攻できなくする。

 ……この世界に暗黒と混沌を齎すのは、まだ少し時間が必要なようだな。


『おお。この身体も限界か。まあ、メッセンジャーとしてはよくやったわい』


 バチュッと水っぽい音を立てて潰れたのは、エドガーの目である。

 精霊王の言う通り、もう限界なのだろう。


 精霊王のためにこの世界に来て、我と戦って……最後はその精霊王に使われて、死ぬ。

 ……さて、こいつは幸せだったのだろうか?


 まあ、どうでもいいことだ。


『ではな、破壊神。それに、11号。近々直接会おう』


 ……面倒くさい。

 そして、エドガーの身体は潰れて崩れ落ちる。


 もう喋ることはない。精霊王も、本体に戻ったのだろう。

 とにかく、今回のことは、ようやく終わったのである。


 ……疲れた。


「…………精霊王、ね」


 ヴィルのポツリと呟いた言葉が、静かな湖に響くのであった。

 面倒くさいし、聞かなかったことにしよう。




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