第112話 ぶっ壊してやる!!
「……で、終わりだ。貴様、まったく大したことがないな。この世界に侵略していた精霊どもの方が、まだ手ごたえがあったぞ」
「ば、馬鹿な……!? 精霊の私をこうまでも一方的に……! こ、これが神なのか……!?」
戦いは、非常にあっさりと終わっていた。
見せ場なんてない。激しい戦闘なんてない。
一瞬で、勝負は決まった。
破壊神バイラヴァの勝利である。
地面に突っ伏して、全身をボロボロにしながら信じられないと驚愕の表情を浮かべているエドガー。
しかし、驚いているのは彼だけであり、当人であるバイラヴァはもちろんのこと、その戦闘を見ていたヴィルもヴィクトリアも……そして、ヴェロニカも想像通りの現実を受け止めていた。
「……心配の必要ぉ、本当にまったくいらなかったわねぇ」
少し心配していたのはヴェロニカだが、それも余計なお世話であったことが明白である。
やれやれと苦笑するその笑顔は、いつもの退廃的な色気も含んでいなかった。
「さて、流石の我ももう疲れた。さっさと死んでくれ」
動ける様子のないエドガーに、バイラヴァは無慈悲な止めを刺そうとする。
これに慌てるのはエドガーだ。
「ま、待て! 私を殺せば、精霊王が……!」
「もうそういうのはいいから。文句があるなら、直接ここに来てみろ。破壊してやるだけだ」
命乞いなんて聞きたくもない。
今日はもう疲れたのだ。さっさと終わりにして、休ませてくれ。
究極的には睡眠さえ必要ない神であるが、ヴェロニカのこともあって心身ともに疲弊していた。
そのため、すぐさまエドガーを破壊しようとして……。
『ほほう。ならば、出向いてやるとしようかの』
エドガーの口から、今までの彼の声音とは違ってしわがれた声が出てきて、バイラヴァは攻撃を止めた。
先ほどとはまったく異なる、異質な雰囲気。
姿かたちはエドガーそのものなのだが、間違いなくそれはエドガーではなかった。
「貴様……」
目を丸くするバイラヴァ。
憑依と言うべきだろうか?
エドガーの身体には、何かが乗り移っていた。
殺伐とした雰囲気が流れる中、それをじっと見ていたヴィクトリアが一言。
「えぇ……。何か変な演技していますの……」
そうじゃない。
『違う。ワシが乗り移ったのじゃ。ワシは精霊王。精霊たちを統べ、あらゆる世界を支配する絶対の王よ』
エドガーに乗り移った精霊王が、威厳たっぷりに答える。
溢れ出す威圧感も、先ほどまでの彼とは比べものにならない。
それこそが、彼が精霊たちの王であることを示していた。
誰でも……それこそ、赤子でさえも理解できてしまうほどのことなのだが……。
「現実逃避からか、とんでもない妄言を吐き出しましたわよ……。バイラヴァ様、どうしますの?」
『違う。妄言ではない』
バイラヴァの裾をクイクイと引っ張って、ヤバいものを見る目でエドガーを見据えるヴィクトリア。
流石の精霊王も、それには反論しなければならない。
恐れられるのも怒りをぶつけられるのも構わないが、軽蔑と侮蔑を向けられるのは我慢できない。
「コントなら他所でやれ」
『違うわ! 貴様の管理がしっかりできていないからじゃろうが!!』
「どうして我がこれを管理せねばならんのだ!!」
無慈悲なバイラヴァの言葉に激怒する精霊王。
そんな彼の反撃に、一瞬で沸点を突破する破壊神。
『貴様の女じゃろう!!』
「ぶっ壊してやる!!」
最初は挨拶だけのつもりであった精霊王。
ヴェロニカとの戦闘などで疲弊していた破壊神。
二人はそれぞれのハードルを飛び越え、目の前の愚か者を消滅させんと力をほとばしらせる。
そのきっかけが、ヴィクトリアという恐ろしくくだらないことなのは残念である。
睨み合う二人を羨ましそうに見つめるのは、ヴェロニカである。
彼女からすれば、とても楽しそうに会話をしているように見えているのだ。
彼女だけだが。
「あのぉ……神様ぁ。精霊王はおじいちゃんよぉ? そんなのとイチャイチャするんだったらぁ、私と遊びましょぉ?」
「遊んでいないし、遊ばん!!」
バイラヴァの精神的疲弊は、凄まじいものとなっていた。
常人であれば、精神的なもので命を落としていても不思議ではないほどに。
『ふむ、ヴェロニカか。まだ生きておったか。エドガーには、ちゃんと屠るだけのものを与えておいたはずじゃが……』
精霊王もこの雰囲気をあまりよろしくないと判断し、矛先をヴェロニカに向ける。
彼女を殺すように仕向けたのは、精霊王であることは間違いない。
一応とはいえ、自分の主人にそのようなことを言われて、ヴェロニカは……大してショックを受けていなかった。
「おあいにく様ねぇ。神様が私を助けてくれたわぁ」
「我じゃない。妖精だ」
抱き着いてくるヴェロニカを必死に引き離そうとするバイラヴァ。
精霊王は妖精という言葉に、目を丸くする。
『ふむ、妖精……。なるほど、忌々しい奴らよ。結界だけではなく、この期に及んでもワシの邪魔をするのだからな。……だが、お前は妖精とは少し違うじゃろう?』
精霊王が見据えるのは、ヴィルだ。
それに対して、ヴィルも普段のコロコロと変わる表情を氷のようにして、視線を合わせる。なるほど、ふてぶてしい限りだ。
だが、それこそが、千年以上前から知っている彼女の姿である。
精霊王は、思わず笑みをこぼす。
『くっくっくっ。懐かしい顔じゃ。まさか、ここでお前と会うことができるとはのう。なあ? 11号』
「…………」
その問いかけに、ヴィルが答えることはなかった。




