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第111話 倒すことはできないわ

 










「妖精、ですか?」

『うむ、そうじゃ。あの世界を守護する者、それが妖精。何とも鬱陶しい羽虫どもよ』


 側近にそう声をかける巨大な影。

 彼こそが精霊王。強力無比な精霊たちを従える王である。


 豊かな髭を撫でながら、深いため息をつく。


『奴らの力で結界が張られ、そのせいで精霊を送り込むことができんでおる。世界の守護者、それが妖精じゃ』


 あの世界が他の侵略した世界と違うのは、そこを守るように展開されてある結界である。

 あれが壁となり、精霊たちの侵入を許さない。


 そして、それを作り出しているのが、その世界に住まう妖精。

 彼らの存在が、世界を守護しているのである。


『あの異世界に侵攻するためには、奴らが邪魔で仕方ない。だからこそ、色々と謀略で妖精の数を減らしていったのじゃが……どうにも、そのもくろみに気づく者がおってのう。一時はその策略も失敗したかに思えたが……』


 もちろん、あれだけ豊富な魔素を含有している世界を諦めるわけにはいかない。

 精霊王は、あの世界に住まう人間や魔族に妖精の魅力を伝えた。


 美しい容姿と羽。観賞用に飼えば、どれほど美しいペットになるだろうか。

 また、妖精を『加工』すれば、彼らの強大な力を自分のもののように振るうことができる。


 異世界からそう人々や魔族を諭せば、面白いように彼らは妖精を乱獲していった。

 彼らが妖精の力を手にしても、何ら問題ない。


 妖精たちが世界を守護していることなんて、誰も知らなかったのだから、力を手に入れて結界を作ろうなんて思いもしない。

 それに、異世界からの脅威があるから、その力を世界のために使え! なんて言われたとしても、欲にまみれて妖精を乱獲するような連中が従うはずもない。


 この時点で、精霊王の策は成ったのである。

 しかし、それが一時的に抑えられた時があった。


 それは、一人の男がそれを食い止めようとしていたようだが……。


『ふはははっ! あの世界の馬鹿共め! 自らその者を潰し、また妖精狩りじゃ! その行為が自分たちの首を絞めていることにも気づかんとは、救いようのない愚か者よ』


 笑いが止まらない。

 その男を潰したことによって、また妖精狩りが進み、結果として結界がどんどんと弱まっていくのである。


 自分たちを正義と信じ、自らの首を絞めていることに気づかないのは、異世界から覗き見る精霊王は愉快で仕方ない。


『まあ、そんなことがあって、今では精霊を送り込めるほど結界が弱まったというわけじゃ。奴らには、生き残った数少ない妖精を抹殺するように命令しておる。……まあ、どれだけそれに忠実にするかは知らんがな。とくに、ヴェロニカなんぞはワシを毛嫌いしておるからのう。絶対にしないじゃろうな』


 ニヤリと笑う精霊王。

 ヴェロニカもそろそろだろう。


 今までよく使った道具だったが、処分もしっかりしなければならない。


『しかし、妖精を守護する者か……。ふははっ、面白い。一度、ワシも会ってみたいものじゃな』











 ◆



「ん、げほっ、げほっ……!」


 ずっと止まっていた息をようやくできたような、そんな感じがする。

 荒くなる息は、なかなか収まる様子がない。


 身体を襲う激痛は、未だに消えることはない。

 しかし、彼女は……ヴェロニカは、目を覚ました。


「あ、起きた? いやー、あたしが回復してあげたとはいえ、すぐに意識を取り戻すなんて流石精霊よね」


 ひょっこりと視界に現れたのは、それなりに至近距離でも全身を捉えられるような小さな身体。

 人間よりもはるかに小さな体躯は、ヴェロニカたちが精霊王から強く言いつけられていた抹殺対象そのものだった。


「……妖精ぇ? まだ生き残りがいたのねぇ」

「あんたも同じこと言うのね。まったく、失礼だわ」


 妖精。この世界を守るために、結界を作り出していた存在。

 ヴェロニカは精霊王への反発から参加しなかったが、精霊たちは世界侵略と同時に妖精の抹殺を進めていった。


 この場所も、妖精たちが多く集まっていた秘境であったが、もはやここにいた妖精たちは皆殺しにされている。

 もう二度と目にすることはないと思っていた存在に、驚くのも無理はない。


「……神様はぁ?」

「バイラ? ほら、あっちよ」


 ヴィルに誘導されて視線を向ければ、こちらに背を向けてエドガーと対峙するバイラヴァの姿がある。

 破壊神に守られている形になっていることに、大きな違和感とむず痒さを覚えつつも、ヴェロニカは立ち上がろうとする。


「私と戦ってぇ、毒も受けているはずよぉ。助けに行かないと……!」


 バイラヴァが万全の状態であれば、全てを任せて寝ていてもよかったかもしれない。

 だが、今の彼はそれからほど遠い。


 自分との戦闘で、彼は血みどろになって神としての本来の力を出した。

 それにくわえて、猛毒である。


 心身の消耗は、想像を絶するものだろう。

 だからこそ、ヴェロニカは助太刀に動こうとするのだが、それをヴィルが制止する。


「は? 必要ないわよ。あんた、バイラと直接戦って分からなかったの?」


 何を馬鹿なことをしようとしているのか。

 ヴェロニカの行動を本当に理解できないようで、眉をひそめている。


「一介の精霊ごときじゃあ、バイラがどれだけ弱っていても倒すことはできないわ」

「……神様ぁ」


 ヴィルの声音にあったのは、バイラヴァに対する絶対的な信頼。

 彼が負けるはずがないと、心の底から信じ切っている。


 それを受けて、ヴェロニカは足手まといにしかならない今、彼の隣に立とうとはしなくなった。

 しかし、切なげに声を漏らしてしまうのであった。




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