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第109話 素直

 










 力の集合体から、また人型を形作る。

 そして、軽く一息。


「ふー……。最近、それなりに力を出さなければならんことが多いな」


 舐めているというわけではないが、この破壊神としての本来の力は別に発揮しなくてもどうにかなっていたのが実情だ。

 千年前の大戦でも、結局最終決戦の時しかあの姿になることはなかったしな。


 とはいえ、相手は精霊である。

 流石はこの世界をごく少数で支配してしまった精霊ということができるだろう。


 我も力を発揮しなければ、倒すことができないということだ。


「お疲れ様ですわー!」


 そんなことを考えていると、飛び込んでくるのが女神だ。

 何の疑いもなく抱き着いてくるので、頭を鷲掴みにしてやる。


 身長差があるため、ブランと吊るされる形になるのだが、女神は平気そうだ。


「……あら? おかしいですわね?」

「……なんだ? 怪我ならしていないぞ」


 不思議そうに首を傾げて、我の全身を凝視する女神。

 おそらく、精霊ヴェロニカとの戦闘で傷だらけになっていたはずなのに、無傷の状態となっている我を訝しでいるのだろう。


 血みどろにはなっていたが、すでに回復している。

 というより、そもそも神は不死の存在である。


 いつかの女神のように、常時魔素を吸い取られ続けていればいずれは消滅してしまうだろうが、逆に言えば、そのような事態に陥ることのない限り、消滅することもないのである。

 そのため、どれほどのダメージを負おうが、問題ない。


 ……まあ、痛覚はあるし、それに耐えられなければある意味では死を迎えることになるのだが。

 しかし、まさか女神が我の心配をするとは……。


 本当、千年前からでは考えられないことである。

 思わず目を丸くしていれば……。


「いえ、戦いの後は色々と昂ると思って、子種をいただく準備をしていたんですの……」

「よし。お前はもう黙れ。我が喋って良いと言うまで喋るな」

「はいですわ!」


 ……無駄に素直だ。

 そして、いつもの馬鹿女神だ。早くどっかに行ってほしい。


『……ここが元に戻るまで、どれくらいかかるかしら』


 ヴィルにしては、珍しく沈んだ声音だ。

 まあ、彼女にとってここがとても大事な場所であることは間違いない。


 そこが死んでいたのだから、感傷的になってもおかしくはないだろう。

 ……まさか、我に励ませと、そういうことなのか?


「……我は破壊神だぞ」


 思わずボソリと不満が漏れるが、すぐに我の中にいるヴィルに語りかける。

 さあな。少なくとも、貴様の思い描いている過去の光景が見られることは、それこそ千年後でもないだろう。


 ここにいたあの鬱陶しい連中は、皆死んだようだからな。


『……そうね』


 ……まあ、昔ほどとはいかないが、多少は回復するだろう。

 我の中でウジウジとするな。萎える。


「……何で我がこんな気を遣わないとならんのだ!!」

「わっ! び、ビックリしましたわぁ……」


 地面を怒りのあまり踏み抜けば、ビクッと身体を震わせる女神。

 今回ばかりはすまんかった。今回ばかりな。基本、全部貴様が悪いから。


『……よし、わかったわ! お酒飲んで吹っ切れるわ!』


 ……飲むのは今回に限り許すが、吐くなよ?

 せっかく元気になりそうなのだ。


 ここで否定して鬱々としたら、また面倒だ。

 ため息をつくと……。


『分かっているわよろろろろろろろろろろろろろろ』


 分かってないだろうが!!

 直後だろ! 忠告して直後だろうが!!


 いったい、我の中ではどうなっているんだ?

 一度も見たことがないし、これからも見ることはできないだろうから、気になって仕方ない。


 ……本当にゲロまみれになっていたら、タダでは済まさんぞ……!


「さて、帰るか」


 気持ちを切り替えて、我はそう言葉にする。

 我の目的は、ついに達成された。


 全ての精霊を破壊することが、できたのである。

 いずれ、この情報は世界中を駆け巡ることだろう。


 そして、世界中の人々はしかと認識するはずだ。

 この世界に、破壊神が復活したことを。


 無礼にもこの世界を支配していた精霊を全て破壊した後、次はこの世界である。

 この世界を征服し、暗黒と混沌を齎す。


 それこそが……。


「破壊神様の、再征服だ」

「あらぁ、凄いわぁ。私もお手伝いして応援するわよぉ」


 ニヤリと嗤えば、背中に重圧がかかってくる。

 柔らかい感触と、生温かい人肌。


 そして、決して我とは違う甘ったるい匂いに、ふっとかけられる生温かい息。

 チラリと見れば、女神は未だに正座して『待て』の状態である。


 ……うむ。


「なに平然と我にへばりついている?」


 ぎょっとして振り向けば、そこにいたのは破壊したはずの精霊ヴェロニカだった。

 なんだこいつ!? どうして隙だらけだった我を攻撃せず、抱き着いてきているのだ!? 馬鹿か!?


「何だ貴様! 死んだのではなかったのか!?」


 手心を加えたとか、そんなことは一切ない。

 確実に殺すつもりで、攻撃をした。


 そして、それは命中し、手ごたえもあった。

 確かに破壊したはずなのだが……!?


「ぎりっぎりのところで『無効化』が間に合ったのよぉ。でもぉ、もう力はすっからかんで何もできないわぁ」


 我の疑問に、相変わらず気味の悪い退廃的な笑みを浮かべて答える精霊。

 ちっ。面倒な能力だな、『無効化』は。


 だが、力がないというのであれば、好都合だ。


「そうか。なら、もう一度殺してやろう」

「待って待ってぇ。今は神様に刃向おうなんて考えていないわぁ。十分楽しめたものぉ」


 ニコニコと笑う精霊だが、その言葉にまったくもって安心できない。

 今はってことは、いつか刃向うつもりなんじゃないか。


 まあ、かつては激しい戦争を繰り広げながら今では我の傘下に収まろうとしている三馬鹿よりはマシだが。

 やはり、後顧の憂いはここで絶っておくべきだろう。


 いざ世界に暗黒と混沌を齎そうとした時に、後ろから刺されてはたまらない。

 我の顔を見てどうにも旗色が悪いことを悟ったのか、精霊は色々と提案してくる。


「色々お手伝いするからぁ……ねぇ?」

「いらん」

「私のことも好きにしていいわよぉ?」

「いらん」


 次から次へと提案してくる精霊だが、どれもこれもいらん。

 まったく魅力がない。


「わたくしもいいですわよ!」

「女神、黙ってろ」

「はいですわ!」


 悪乗りしてくる女神を睨みつけると、すぐに黙り込む。

 素直なことはいいことだ、うむ。


 千年前に戻ってくれたら、さらに言うことはないぞ。


「とにかく、貴様はここで死ね。生かしておいたら、後々面倒なことになりそうだ」


 魔力で攻撃したら、また無効化されかねない。

 力はもう残っていないと言っているが、精霊の言葉をそのまま信用する者なんていない。


 何かしら物理的な方法で息の根を止めなければ……。


「あらぁ……困ったわぁ。こんなにも楽しくて刺激的なことを知ってしまったんだものぉ。まだ死にたくないわぁ。だからぁ……逃げさせてもらうわよぉ!」

「させるか!」


 ヘラヘラと笑って黒い蝶を展開する精霊。

 こいつは面倒くさそうだ。ここで仕留めてやる!


 精霊の元まで一気に接近し、手が届きそうになり……。


『ああ、させん。お前はここで死ぬんだ、ヴェロニカ』

「――――――え?」


 ズブリ、と彼女の腹部から長い剣が突き出たのであった。




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