第104話 執着の瞬間
ヴィクトリアから破壊神という名を聞いてから、ヴェロニカの心にはその名前がこびりついていた。
とはいえ、彼女はもう期待はしていない。
どれほど期待しても、裏切られることしかなかったからである。
しかし、それはどんどんと変わっていく。
「……僕を倒したからと言って、この世界で好き勝手できると思わない方がいいんじゃないかな? 何よりも恐ろしく、強い奴がいるからね」
世界と人々のために黄泉から戻ってきて、そして裏切られた水の勇者エステルがそう言った。
彼女もまた、破壊神のことを伝えた。
「せいぜい調子に乗っていればいいわ。むしろ、あたしを屈服させてくれて感謝しているほどよ。あの化け物が復活した時、世界のために戦わなくて済んだんだから」
神々を除けば間違いなく最強の存在である魔王ヒルデがそう言った。
彼女もまた、破壊神のことを口にする。
この世界でも有数の強者たちが、こぞって名を上げる破壊神。
興味がどんどんと出てくるのは、当然と言えた。
「……破壊神ってぇ、そんなに凄いのかしらぁ? だったらぁ、どうして今出てこないのぉ?」
伝え聞く破壊神の性格からすると、今まで出てこない方がおかしい。
そのため、ヴェロニカは退屈しのぎに破壊神のことを調べてみることにした。
そして、知ったのはその破壊神は千年前に大きな……世界を巻き込む大戦争を引き起こし、封印されたということだった。
だが、ヴェロニカが興味を持ったのは、それ以前の話。
破壊神の、強大な力である。
世界を変革し、全てを破壊するとてつもない神の力。
伝承で伝え聞くだけでも、相当のものであることが連想できる。
「へぇ……いいわねぇ。一回負けているからぁ、どんなものか分からないけれどぉ……」
ベロリと真っ赤な舌で艶やかな唇を舐め上げる。
「退屈しのぎにはなりそうだわぁ」
この世界の人間たちからも忘れ去られていた破壊神のことを、ヴェロニカは研究しつくした。
古い書物を漁り、当時を知る長命の魔族などから尋問し……彼女はついに見つけた。
そこは、異質な雰囲気があった。
人が一切寄りつかない、神秘性すら感じられる秘境。
木々が生い茂り、緑豊かな森の奥。
人の手が入らないがために、魔物や動物なども多く生息しているこの場所。
だが、そこだけは違った。
緑がなく、土色がむき出しになっている。
騒がしいほどの様々な魔物や動物の鳴き声が、一切聞こえてこない。
耳がおかしくなってしまいそうなほどの沈黙。音が一切ない。
「これも破壊神の影響かしらねぇ」
土地が、死んでいる。
ヴェロニカはそれを強く実感していた。
雰囲気も、背筋にゾクゾクとしたものが走るような……意味不明な不快感があった。
それでも、彼女はわざと無視して、前へと進む。
そうして、ヴェロニカはついに破壊神の墓標へとたどり着く。
「封印ねぇ。相当強いものだけれどぉ……まあ、時間は有り余っているわぁ」
非常に強固な封印で、精霊であるヴェロニカでも目を見張るべきものがあった。
神々が魔素を搾りだし、存在すら危うくなるほどの力を込めた封印である。
異世界を侵略し、個で大陸を滅ぼすことができる精霊の力を以てしても、この封印を容易に解くことはできなかった。
だが、時間をかければ……封印を弱めることはできる。
何も、完全に解除してやる必要はない。
その必要があるのであれば、破壊神も期待外れだというだけの話だ。
ある程度まで弱めてやろう。
そこから抜け出せるかどうかは、破壊神の力次第だ。
そして、それだけの力があるのであれば……多少なりとも、自分を楽しませることはできるかもしれない。
「私が出してあげるからぁ、私を楽しませてねぇ?」
凄惨な笑みに応える者は、もちろん誰もいなかった。
◆
それから、ヴェロニカは甲斐甲斐しく封印を弱めて行った。
月日は気が遠くなるほど長いものが流れた。
数百年の時を懸けて、ゆっくりゆっくりと封印を解いていく。
さながら、強固な鉄の鎖に水を垂らし、錆びさせて腐らせ、脆くさせていくかの如く。
また、一応は仲間である他の精霊にばれるわけにもいかなかった。
まあ、こちらは大丈夫だ。
この世界を征服し、魔素を搾り取っている今、今までのようにそれぞれ干渉しあわないことを暗黙の了解にして、好き勝手やっている。
ヴェニアミンは人体実験、アラニスはキメラの交配、マルエラは魔王として君臨。
そして、自分は……破壊神の復活。
「ホントぉ、好き勝手しているわねぇ」
自分も含んでいるが、思わず苦笑してしまう。
そんなことを考えながら、今日も破壊神バイラヴァの墓標へと向かおうとして……。
「ッ!?」
ゴウッと吹き荒れた暴風に、ヴェロニカの動きは止められてしまう。
立ち止まって両脚を地面に縫い付けていなければ、遥か後方に吹き飛ばされてしまう。
それほどの魔力の暴風だった。
そして、その禍々しさと暴力性である。
それは、まともな者が発することのできないもので……。
「あはっ……あははははははははっ!!」
ヴェロニカは歓喜した。
これが、破壊神のものだと、直感で悟ったからである。
「もしかしてぇ、もしかしてぇ! やっと出てきてくれたのぉ?」
クルクルと楽しげに回るヴェロニカ。
その蕩けきった笑顔は、見る者を魅了して腰砕けにするほど退廃的なほの暗い色気に満ちたものだった。
それに当てられてか、近くにあった木々が腐って枯れていく。
ボトボトと空を飛んでいた鳥が落下し、地面にぶつかる。
そのおぞましい光景の中、ヴェロニカは鼻歌を歌いながら、スキップをするという上機嫌で歩いて行くのであった。
次に彼女が止まったのは、とある村にいた男を捉えてからである。
あれが破壊神であると、彼女は感じ取っていた。
しかし……全身が高揚するような喜びは、彼女の中で湧き上がっていなかった。
とはいえ、思っていたよりもしょぼいというような落胆もない。
『分からない』のだ。
実力を見るだけで計ることができない。
こんなことは初めてだった。
「うーん……どうなのかしらぁ? 確かに他の有象無象とは違うようだけどぉ……」
存在感というか、オーラはある。
だが、溢れるような雰囲気……それこそ、精霊王はそこにいるだけで押しつぶされるような力がある。
バイラヴァには、それがないのだ。
「もしかしてぇ、期待外れなのかしらぁ……」
うーんと悩むヴェロニカ。
そう判断せざるを得ない。
ため息を吐く。
つまらないのであれば……ここで殺してしまおう。
数百年も時間をかけてこれなのだから、鬱憤晴らしにそれくらいしてもいいだろう。
遠く離れた場所。決してばれることはないはずの距離。
そこから一撃で仕留めようと、狙撃するための魔力を高め……。
「あっ――――――!?」
バチリと、バイラヴァと目があった。
次の瞬間、彼女の華奢な身体には凄まじい衝撃が襲い掛かり、はるか後方へと一気に吹き飛ばされることになったのであった。
遠く遠くまで飛ばされ、もはや破壊神の姿を捉えることはできないほど吹き飛ばされ……木々に引っ掛かり、ようやく止まることができた。
常人であれば、すでに命を落としているであろう衝撃だった。
しかし、ヴェロニカは……。
「あはぁぁぁ……♡」
これまでにないほどの、退廃的で満面の笑みを浮かべているのであった。
真っ赤な頬と蕩けた目は、とてもじゃないが死に至るほどの攻撃を受けた直後とは思えない。
とても高性能の麻薬を嗅いだような、そんな様子である。
「神様ぁ……!」
ドロリと聞くだけで腰が砕けてしまいそうな、おぞましい色気に満ちた声。
この瞬間から、ヴェロニカはただひたすらに破壊神バイラヴァのことを想う毎日が始まったのである。
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