とりとねこのぬいぐるみにおみやげを買ってあげた話。
※会社員のマキさんの家には、ふこふこ動いてぴそぴそ喋る白いとりと三毛のねこのぬいぐるみが同居しています。
「うん、分かった。はーい、それじゃあねー」
電話を切って、スマホに表示された時刻を見ると夜の十時過ぎ。
もうこんな時間かあ。結構長電話しちゃったなあ。
そんなことを考えながらとりとねこを見ると、ふたり並んでクッションにぽこりとはまって大好きなバラエティ番組を見ている。
ほんとにテレビ、好きだなあ。
私はごろんと横になる。
最近はテレビなんてほとんど見ないな。このふたりが一生懸命見てるから、一応ずっとつけてはいるけど。
「あはははは」
「うふふふふ」
また笑ってる。楽しそうだなあ。
「ねこくん、この人は今から“そしたらそれはちゃうやろって言われまして”って言うよ」
「えー、言わないよー」
『そしたらそれはちゃうやろって言われまして』
「ほんとだ、言ったー! とりさん、どうして分かるの!?」
「ふふふ。なにせぼくは毎日この人の番組を見ているからね。ぼくの中にはもうこの人の話がすっかりインプットされているのさ」
とりは得意そう。そうか、そんなにテレビばっかり見てるのか。
「そうなんだ、すごーい!」
ねこは素直に驚いてるけど、あなたもいつも一緒におんなじテレビ番組見てるでしょ。どうしてインプットされてないの。
「それに、実はこの人はお昼の番組にも出ているのさ。そのときに同じ話をしていたよ」
「えー! そうだったのー!?」
じゃあこのタレントさんのネタ管理が甘いんだね。っていうかねこも同じ話を聞いてるはずでしょ。
「すごいや、とりさん!」
「そうだろう、ねこくん!」
すごいすごい言いすぎて、あんまりすごくなくなってきた。少しは謙遜しなさい。
寝転がってスマホをいじりながら頭の中でそんなことをツッコんでいると、急にふたりが静かになった。
「ん?」
顔を上げると、いつのまにかふたりは私の方を見ていた。
「マキさんや」
「な、何よ」
いつもは呼び捨てのくせに。
こうやって、とりが突然「さん」付けで私を呼ぶときは、経験上ろくなことを言い出さない。
「今ぼくたちのことを、かわいいくせにくだらないテレビ番組に夢中になってるかわいくて無邪気でかわいい一級化繊だなあ、と思っていただろう」
「思っていたでしょう」
ねこも追随する。
自分たちのことを何度かわいいって言うの。
「テレビ楽しんでたじゃない。違うの?」
「ふっふっふ」
とりは手羽で自分のお腹を叩いた。しゃりしゃりと中のビーズの音がする。
「目はテレビを見ていたが、耳はちゃんと聞いていたよ、今の電話」
とりは自分の耳が本来あるであろうあたりを手羽でぽふぽふと叩く。もちろんぬいぐるみなので何もないけど。
「マキ。君は今度の週末、高校時代の友達のアヤと二人で一泊の温泉旅行に行こうとしているね」
「しているね。……え、そうなの?」
ねこが得意そうに追随したあとでびっくりしている。
「あー、うん」
あんなに熱心にテレビ見てたくせに。よく聞いてたな。
「そうなんだ! じゃあ準備しないと!」
ねこが慌ててビー玉とかレシートとかのがらくたをちっちゃい布の袋に入れはじめるのを、とりが冷静に止める。
「落ち着くんだ、ねこくん。ぼくらは一緒に温泉旅行には行けない」
「がーん! どうして!?」
「なぜなら、アヤがいるところでは僕らは単なるもの言わぬかわいいぬいぐるみと化してしまうからさ」
「そういえばそうだった!」
自分たちの設定を思い出したねこがうろたえる。
※とりとねこは、マキさんの前以外では動かないし喋らないのです。
「だがせっかくの温泉旅行、留守番のわれわれもその楽しさを少しでも味わいたいじゃないか」
「味わいたい!」
「だからここは、おみやげで手を打とうじゃないか」
とりはふこりと私を見上げた。
「素敵なおみやげを買ってきてくれ、マキ」
「おみやげ!」
ねこが目を輝かせた(ように見えた。実際はねこの目は黒い糸の刺繍なので光ったりする機能はない)。
「ぼくにも! マキ、ぼくにもおみやげ!」
「おみやげねえ……まあ、買ってきてもいいんだけど」
「やったー!」
「ひゅー!」
とりとねこは、ふこふことハイタッチ。
別にいいけど、でもぬいぐるみに何のおみやげを買えばいいんだろう。
「どんなおみやげが欲しいとか、あるの?」
「ぼく、木刀!」
「ぼく、名前の入ったキーホルダー!」
えぇー。
「絶対いやです。昭和の修学旅行生みたいなおみやげのリクエストはやめてください」
「なんだと? 失礼な」
とりはふこりと胸を張る。
「昭和のおみやげといえば、ペナントと相場が決まってるんだ」
何だ、その偏った知識。
「とりさん、ペナントってなにー?」
「ペナントっていうのは三角形の布切れだ。壁に貼ることで部屋の防御力を高める効果がある」
「へー」
「適当なこと言わないで。ねこくんもすぐ信じないで」
「ちっ」
「ちぇー」
「とにかく、まあ何かは買ってくるから。お留守番よろしくね」
「お、もうこんな時間じゃないか。ねこくん、美術館探訪の番組が始まるぞ」
「わーい。見よう見よう」
人の言うことに返事もせず、とりとねこは言いたいことだけ言うとまたふこふことクッションの上に戻っていく。
「今日の美術館は豪華だねえ」
「いつかはぼくらもこんなところに飾られたいものだな」
「そうだね! そしたらぼく、入館料三倍とるよ!」
「ふふふ、夢は膨らむな」
その会話、噛み合ってるのかな。
私は、そろそろ寝る準備でもするかと立ち上がった。
*****
「ただいまー……」
温泉旅行、楽しかった。ちょっと疲れたけど。
自宅のドアを開けると、部屋の壁一面に三角形の紙が貼りつけられていた。
全部、謎の幾何学模様みたいなのが描かれている。
たまにとりとねこの自画像っぽい絵も描かれている。
っていうか、私の付箋!
こんなことに使わないで!
「何、これ!」
「おお、これはこれはマキ嬢」
とりとねこが部屋の奥からふっこりと姿を現した。
「ペナントの館へようこそ」
「ようこそ」
ねこがぴこりと手を出す。
「入館料は三倍です」
何の。
「まったくもう。ちょっと留守にすると、すぐめちゃくちゃするんだから」
完全にヤバい人の部屋になってるじゃない。
「片付ける方の身にもなってよねー」
靴を脱いで床に荷物を下ろすと、目敏いとりがすぐにビニール袋に気付いた。
「お? お?」
ちらちらとこっちを見ながら、ふこりふこりとビニール袋に近づいてくる。
「マキさん、これは何かね。見慣れない袋だが」
「新入りのビニール袋だ!」
ねこも気付いてビニール袋に突撃する。
「おらー、新入りぃ! とりさんに挨拶しろやああ」
「やめなさい」
私がさっと袋を持ち上げると、ねこはそのまま部屋を駆け抜けてベッドの下に突っ込んでいった。
「うわー」
「ああっ、ねこくん!」
「ふたりともそんなことしてると、おみやげあげないよ」
「おみやげ!」
「そうだった!」
とりと、埃を頭に乗せてベッドの下から出てきたねこも慌てて私の前に並ぶ。
「ください、おみやげを!」
「おみやげを我らの手に!」
一生懸命手を伸ばすふたり。私は旅行鞄のチャックを開けた。
「あれ、こっちのビニール袋じゃないのか」
「そっちは職場用。ふたりのはこっち。はい、どうぞ」
私は小さな紙袋をふたりに手渡す。
「おー!」
「おおお!」
ばりばりばり。ああ、そんなにすぐに破いて。
「あー! これはー!」
とりが私のおみやげを高々と掲げる。
「……何だ?」
「ペンライトだよ。ほら、ここのスイッチを押すと」
LEDライトがぴかりと光る。
「おおお!!」
「ぼくのは!? これは何!?」
ねこが一生懸命自分のおみやげを頭に乗せている。
「あー、これはね」
ぽちっ。ぴろりろりろりん。
ピンク色のハート形のおもちゃの真ん中のスイッチを押すと、電子音の音楽が流れ始める。私たちが行った温泉とゆかりのある歌手のヒット曲らしい。
「おー! 音がする!」
「ねこくん!」
「とりさん!」
ふたりはがっしりと手と手(羽)を掴み合った。
「行こう、探検に!」
「おー!」
「ふたりとも、ほどほどにねー」
ふたりはライトを照らしながらベッドの下に潜り込んでいく。
「見える! 鳥目のぼくにも見えるぞ!」
ベッドの下から、とりの嬉しそうな声がする。
「地下にはこんな世界が広がっていたのか! あっ、こんなところになくしたと思っていたクリップが! あれ? ねこくんとはぐれてしまった。ねこくん、どこだー!」
ぴろりろりんりん。
「この音は! こっちから聞こえてきたぞ!」
「とりさん!」
「ねこくん! その音で居場所が分かったよ!」
「あはははは」
「うふふふふ」
楽しそうで何より。
さて。
荷物の片づけと、付箋剥がし。どっちから始めようかな。
……とりあえず、ちょっと横になろう。
だいたいそのまま寝落ちしたりするんだけど、ちょっとだけ許して。
とりとねこの楽しそうな声を聞きながら、ごろりと横になると、心地よい疲れとともにすぐに意識がすうっと遠ざかった。




