【旅立ち】レミルの宣言 ― 仲間が集う
教会上層部の小会議室は、静寂そのものだった。
白い石壁に囲まれ、冷たい光だけが高窓から斜めに差し込んでいる。光が落とす影までもが規則正しく、息をすれば乱してしまいそうなほど。
円卓にはセラ司祭と補佐司祭が二名。
壁際には無言の警備騎士。
レミルは、その中央に立たされていた。丸裸にされた心臓だけが、静寂の中でやけに大きく脈打っている気がした。
ここにいる全員が彼女を“審査している”。
その事実が、胸の奥に重たく沈んでいた。
沈黙は長く伸びた。
耐えきれないほど張りつめ、ひとつの言葉で割れてしまうような緊張。
レミルは、唇を湿らせる。
喉が凍りついたように動かなかったが、それでも声を絞り出した。
「……私は、登りたい」
補佐司祭たちが小さく息を呑む。
だがレミルは続けた。
「──あの崖のてっぺんまで。
自分の足で」
声は震えた。それでも表情だけは、固く、動かなかった。
これは“与えられた台本”ではない。
誰の期待にも沿わない、彼女自身の言葉だった。
その瞬間、室内の空気が微かに揺れた。
「危険すぎます!」
「儀式がまだ終わっていないのですよ、レミル様!」
「沈黙の谷へ向かうなど──」
補佐司祭たちが慌ただしく声を重ねる。
自分たちの描いた物語から外れることを、許せないと言わんばかりに。
だが、セラだけが違った。
白銀の睫を伏せ、わずかに笑みを浮かべた。
それは優しさではなく、“価値の算定を終えた”者の静かな微笑。
「……よいでしょう」
一同が息を飲む。
「巡礼として、あなたの登攀を認めます」
レミルの心臓が、ひときわ大きく跳ねた。
許された──。
だがその言葉が、鉄の鎖のように聞こえたのはなぜだろう。
セラは穏やかな声で続けた。
「あなたが再び崖を登ると知れば、民は喜ぶでしょう。
“試練を越える娘”の物語は、信仰を支えますから」
その声音には、喜びも悲しみもなかった。
ただ事実として“使える”と告げる響き。
レミルは悟る。
彼女にとって、自分は生身の人間ではない。
──神話素材だ。
レミルは胸の奥で、小さく拳を握った。
たとえ利用されるとしても、それでも、自分の足で歩く道だけは選びたかった。
セラは、淡く微笑む。
「さあ、巡礼の準備を始めましょう。
あなたの“物語”を、美しく整えるために」
レミルは表情を変えずに、ただ黙ってその言葉を聞いた。
誰にも知られないところで、小さな反抗の火が、確かに灯っていた。
セラは、卓上の書類に一瞥を落とすと、
微塵の迷いもなく言葉を放った。
「巡礼には、三名の同行をつけます。
──役割の異なる、三人を」
その声音は、あらかじめ答えを知っている者の静けさだった。
レミルは瞬きもできずに立ち尽くす。
“同行”と名づけられているが、その実は監視であると、誰よりも強く理解していた。
セラはまず、一人目の名を挙げる。
◆1. 修女リゼル
「支援魔導士、修女リゼル」
扉が開き、白い修道服に身を包んだ少女が現れる。
柔らかい笑顔。胸元で握りしめられた小さな祈祷書。
その目に宿っていたのは──純粋すぎる敬意。
「レミル様……っ。ほんとうに……生きて……!」
声が震え、涙がこぼれそうになる。
レミルは戸惑い、視線を逸らした。
セラは淡々と付け加える。
「彼女はあなたを“神の導き人”と信じています。
祈りであなたを支えるでしょう」
──支えるという名の、信仰による枷。
レミルは息をひとつ飲む。
◆2. 騎士カイン
「二人目。断罪執行騎士、カイン」
鉄靴の音が床に重く響く。
現れた男は騎士の鎧に身を包み、兜を脇に抱えていた。
鋭い眼差し──だがその奥底に、浅く沈んでいる影がある。
カインはレミルの前に立つと、片膝をついた。
「……俺は、あなたを落とした。
その責を背負うための同行です」
短い言葉。
だが、刃が胸に触れるような痛さがあった。
セラが静かに断言する。
「彼には、あなたの護衛と──行動の記録を命じています」
“護衛兼監視”。
まるで二重の鉄鎖のようだった。
◆3. 技師エルゴ
「三人目。登攀技師、エルゴ」
扉の向こうから、工具のぶつかる金属音が聞こえた。
黒い作業服に、乱雑な髪。肩には奇妙な装置を背負った青年が現れる。
「やあ。君が“落下して生還した娘”か」
「興味あるね。重力痕のデータ、ぜひ見せてほしい」
目に宿っているのは宗教的な敬意ではなく、
純粋な好奇心──そして揺るぎない無信仰。
レミルは思わず眉を寄せた。
セラはそんな彼を見ても微動だにしない。
「彼の技術は旅に必須です。
そして何より……あなたの“力”を観察する者が必要です」
エルゴは苦笑し、肩をすくめる。
「まあ、監視って呼ばれても文句言わないよ。
面白ければ、だけどね」
レミルの胸の中で、冷えた何かが軋んだ。
◆三者三様の“異なる意志”
信仰。
罪。
好奇心。
三つの目的が、レミルを中心に重なった。
決して調和しない三者が、同じ道を歩む。
その旅がどうなるかは、ここにいる誰も予測できない。
ただ一人、セラを除いて。
司祭長は静かに手を組み、淡く微笑んだ。
「これで、あなたの巡礼は盤石なものとなるでしょう。
──レミル。
あなたの“物語”は、さらに深まります」
レミルは震えた息を押し殺す。
これは自分の望んだ旅ではない。
だが、その中で“自分の足で立つ”ことだけは決して捨てない。
そう決意した瞬間、
三者の視線が重なり、緊張だけが室内に満ちていった。
巡礼宿の小さな中庭。
風に揺れる草の匂いと、礼拝堂から微かに漏れる聖歌の残響。
レミルは深呼吸し、気持ちを整えてからそこへ足を踏み入れた。
──その瞬間、白い影が勢いよく駆け寄ってくる。
「レミル様っ!」
若い修女が、祈祷書を胸に抱いて立っていた。
柔らかな金髪。幼さの残る頬。
だがその瞳だけは、燃えるような信仰の色を宿している。
修女リゼル。
支援魔導士であり、セラが指名した“同行者”の一人だ。
「……あなたが、リゼル?」
「はいっ! お会いできて、光栄……いえ、幸福です!」
息を切らしながらも、その表情は満面の喜びに満ちていた。
まるで失われた聖 relic を見つけた信徒のように。
レミルは慌てて手を挙げる。
「そんな、大げさな……私は、ただの……」
その言葉を遮るように、リゼルは一歩踏み出した。
「レミル様はきっと、神に選ばれた方です!」
声は震え、熱を帯びていた。
その純度の高さに、レミルは思わず後ずさる。
「私は……その奇跡を身近で見届けたいのです。
あなたの歩む道を、祈りで支えたい……!」
「待って。私は……奇跡なんかじゃ──」
否定の言葉が口をついて出た瞬間、
リゼルの表情はふっと柔らかく、しかし確信に満ちた微笑みに変わった。
「レミル様がどう思おうと……
私は、あなたを“神の手が触れた人”だと感じるのです」
その優しさは刃だった。
悪意も、押し付けもない。
ただ“善意だけで人を縛る鎖”。
「……感じる、って……そんな、勝手な……」
レミルはうまく言葉を継げない。
胸の奥の痛いところを、無造作に撫でられているようだった。
リゼルはその戸惑いを全く理解していない。
むしろ嬉しそうに、祈祷書を差し出してくる。
「この旅で、レミル様の奇跡がまた現れるのではないかと思うと……
胸が熱くなるのです。
どうか、その瞬間を隣で見させてください!」
レミルの“人としての苦しみ”への想像は、一欠片もない。
ただ、輝かしい像としてのレミルを見つめている。
「……私は、奇跡を起こしたわけじゃない。
ただ落ちて、生きて、戻ってきただけ」
必死の否定。
だがリゼルはふんわりと首を傾げ、
まるで幼子をなだめるように言う。
「ええ。だからこそ、奇跡なのです」
──息が詰まった。
純粋で、疑わない瞳。
あまりにもまっすぐで、逃げ場がない。
その優しさは、セラの策略よりも、
騎士の剣よりも強くレミルを追い詰めていく。
リゼルは両手を胸の前でそっと合わせ、囁いた。
「レミル様。
どうか……私に、あなたを信じさせてください」
レミルの心に、ひどく居心地の悪い温度が広がる。
──圧力は、やさしさの顔をしていた。
巡礼隊の集合時間より少し早く、
レミルは大聖堂裏の訓練場に立っていた。
朝靄の残る石畳。
誰もいないはずのその場で、ひとつの影が黙々と剣を振っている。
──カイン。
断罪執行人。
そして、かつてレミルをあの崖へと突き落とした男。
剣の軌跡は冷たく正確だった。
罪人を切り捨てるためだけに研ぎ澄まされた動き。
だが、その背中には微かな鈍色の重さが宿っている。
「……ここにいたのね」
レミルが声をかけると、
カインは振り向きもせずに剣を収めた。
鞘に収まる音が、妙に重く響く。
「巡礼に同行せよとの命だ。準備はできている」
短い言葉。
その声に感情はほとんどない……ように聞こえる。
だが、レミルの姿を見た瞬間、
わずかに視線が揺れた。
避けるようでいて、離れられないような。
そんな歪な距離感。
「カイン……あなた、私を見張るために?」
「監視も護衛も、職務のうちだ」
ぴたりとした無表情。その冷たさ。
しかしレミルは気づいてしまう。
──その奥に、沈んだ色があることを。
「……あの時のこと、覚えてるわよね」
カインの指が鞘の上でわずかに固まる。
沈黙の後、低い声が落ちた。
「忘れたことはない」
「なら……どうして、あなたが同行者に?」
問いかけは、ほんの少しだけ責める響きをもつ。
それを聞くと、カインはようやく顔を上げた。
射抜くような瞳。
けれど、どこか壊れかけた硬さが滲んでいる。
「……あの時の判断が正しかったのか、確かめたい」
それは告白にも似た声だった。
「司祭の命は絶対だ。
だが──俺は、あの瞬間……迷った」
レミルは息を呑む。
「もし、俺の手が間違っていたのなら……
それを知る義務がある。
そして、もしまた同じ危機が訪れるなら……
俺は“今度こそ”お前を落とさない」
その言葉は、誓いにも、贖罪にも、自己弁護にも聞こえた。
「……保護したいの?
それとも、贖いたいだけ?」
レミルが問う。
カインの眉がかすかに動いた。
「どちらか一つとは言えん。
俺は……二つの挟間にいる」
職務への忠誠。
そして、罪悪感。
剣よりも重く鋭いその狭間に、
カインはずっと立ち続けているのだ。
彼はふと、レミルの肩越しに遠い崖を見た。
その表情は、まるで傷口を押さえるような痛みを宿していた。
「お前があの崖を望むなら……
俺はその道を切り開く。
ただし──」
視線が真正面からレミルを捕らえる。
「二度と、あの時のような選択はしない。
俺自身の判断で、お前を守る」
レミルは胸の奥に、鈍い熱を感じた。
まだ信じられない。
許したわけでもない。
けれど──
“この男は、もう二度と自分を手放すつもりはないのだ”
そんな気配だけは、確かに伝わってくる。
緊張と罪悪と沈黙の影。
その全てを背負いながら、
カインはレミルの“もっとも危険で、もっとも堅い盾”になろうとしていた。
大聖堂を離れ、町外れへ向かうと、
空気の匂いが違ってくる。
礼拝の香油も、祈りの静けさもない。
代わりに、鉄と油と焦げかけた魔導触媒の匂いが漂っている。
そこに、奇妙な工房があった。
壁には半分だけ完成した翼の骨格。
机には歯車と魔石が無造作に散らばり、
床には「絶対に触るな」の札がついた失敗作らしい球体が転がっている。
レミルが足を踏み入れた瞬間、
奥の作業机から声が飛んだ。
「そっち触んな! 爆ぜるとめんどくせぇ!」
油まみれの手袋をはめた青年──エルゴが顔を出した。
乱れた前髪。
どこか楽しそうな目。
そして背中には、巨大な登攀器具らしき試作品。
見るからに“教会の空気”とは正反対の男だった。
「……あんたが、あの《落ちても死ななかった娘》か?」
まるで珍しい鉱石でも見つけたかのような視線。
レミルは少し身を強張らせる。
「私は……ただ、生きただけよ」
「生きただけぇ? 一〇〇メルトの崖から、だろ?
普通なら原型ねぇよ」
エルゴはレミルの周囲をぐるりと回り込み、
肩や背中のあたりを観察するように目を細めた。
「ほらな、やっぱりだ」
「……何が?」
「重力反転の痕、だよ。
落下したはずなのに、一部の外傷のつき方が逆向き。
つまり──“落ちなかった瞬間”が混ざってる」
レミルは息をのんだ。
「そんなこと……」
「普通は起きねぇ。実験じゃ再現もムリ。
だから面白ぇ」
その声は狂気ではなく“純粋な興味”で満ちている。
魔術でも神意でもなく、ただ原因を知るための興味。
「エルゴ技師。
巡礼に同行してほしい」
セラの補佐司祭が端で言うと、
エルゴは鼻で笑った。
「巡礼? 神意? 奇跡?
ハッ、笑わせんなよ。
俺はそんなもん信じねぇ」
「では、不参加で?」
補佐司祭が勝ち誇ったように言う。
だがエルゴは肩をすくめて笑う。
「いや、行くさ。
この娘の身体に何が起こったのか、
自分の眼で確かめるまでは帰れねぇ」
そして、レミルに向き直る。
「安心しろよ。解剖したりはしねぇ。
生きて動いてるほうが面白いデータになるからな」
「……全然安心できないわ」
「ま、そう言うな。
あんたが登りたいってんなら、
俺がその足を補助してやる。
神でも奇跡でもねぇ、純粋な技術でな」
油と歯車の匂い。
信仰と無縁の価値観。
皮肉屋でありながら、人間としては妙に誠実な眼。
エルゴは、レミルの旅に
“科学という異物”を持ち込む存在だった。
信仰を信じる者たちとの会話は、
常に彼が火種になるだろう。
だが同時に──
“登攀”という行為を実現可能にする唯一の技術者。
レミルの旅は、この瞬間、完全に形を持ち始めた。
大聖堂の出発門には、
朝の光が冷たく差し込んでいた。
静寂を切り裂くように、石床に杖と甲冑の音が重なる。
セラ司祭が一歩前に出て、
四人を順に見回す。
「これで、巡礼の一行が揃いました。」
その声音は、祝福とも命令ともつかない。
ただ状況を“確定”させる響きだけがあった。
■リゼルの視線 ― 熱すぎる純粋さ
「レミル様……!」
リゼルは胸の前で祈りの指を組み、
まるで神像を前にしたかのような目で見つめてくる。
光をそのまま閉じ込めたような、純粋すぎる瞳。
尊敬、憧憬、崇拝──そのどれでもあり、どれでもない過剰な熱。
(この子は……私じゃなくて、“奇跡のレミル”を見てる)
レミルは胸の奥がそっと軋むのを感じた。
■カインの視線 ― 過去の重さ
隣に立つ騎士カインは、
硬い表情の裏に沈んだ影を抱えていた。
崖でレミルを落とした者――
その罪をまとった瞳。
謝罪の言葉を探しながら、
しかし職務ゆえに言えない不器用な沈黙が漂う。
視線がぶつかった瞬間、
カインはわずかに目をそらした。
(……見てるのは、罪を犯した自分自身の影。
私そのものじゃない)
■エルゴの視線 ― 冷たい好奇心
「よぉ、実験体──じゃねぇや、巡礼者サマ」
エルゴは軽口を叩きながらレミルを頭の先から足先まで眺め回す。
観察、分析、推測。
その視線は温かくも冷たくもない。
ただ“理解したい未知”を見る科学者の目。
(この人も……私じゃなくて、“不可解な現象”を見てる)
■四つの視線が交錯する瞬間
崇拝。
罪。
好奇。
その中心に、レミルがいた。
(まただ……
どこへ行っても、私は“私”じゃなくなる)
胸が締めつけられる。
逃げ場のない感覚。
だがその苦しさが、むしろ彼女の決意を研ぎ澄ました。
(だから、登るんだ。
私の言葉で、私の足で──
“私自身の物語”を取り戻すために)
■出発直前の“呪いの祝福”
セラが、静かにレミルの前へ歩み出た。
「どうか、あなたの物語が……
神の御心に沿いますように。」
一見、優しい祈り。
しかしその響きは、
“逸脱を許さない”という鋭い縛りのようだった。
レミルは、胸の奥にひやりとした痛みを感じる。
けれど息を吸い込み、震えを押しとどめて言った。
「……自分の物語は、自分で選ぶ。」
その言葉はかすかに震えていたが、
決して折れてはいなかった。
四人の視線が、同時にレミルへ向く。
その中心で、彼女はわずかに足を踏み出す。
こうして、巡礼の旅は始まった。
大聖堂の門が開き、
ひんやりとした外気が四人のあいだを抜けていく。
それは“旅立ちの風”であるはずなのに、
レミルには、どこか鎖の音のようにも聞こえた。
■レミルの目的が、静かに形を得る
リゼルの崇拝。
カインの罪。
エルゴの好奇。
そして、セラが織る“神の物語”。
そのすべてが、レミルという一人の少女を
**「偶像」**へと縛りつけようとする。
だからこそレミルの胸に、
明確な目的が宿りはじめていた。
(私は……私を取り戻したい。
誰の物語でもない、“私自身”でいたい)
その願いはまだ弱く、頼りない火だ。
だが確かに、燃えはじめている。
■セラの存在は、見えない鎖として機能する
セラの言葉は、祈りの形をしていた。
だがレミルには、それが鋭い指示に聞こえていた。
“あなたは奇跡であり続けなさい。
あなたの物語は、私が定める筋書きに沿うのです。”
セラ本人が一切、力を振るわなくても、
その影響はレミルの背に重く降りかかる。
逃げようとしても、
彼女の視線が追いかけてくるような圧。
見えない枷──それが、セラの力だった。
■三人の仲間が物語を押し動かす“衝突のエンジン”になる
三人は誰一人として、
レミルの“答え”を知らない。
だがそれぞれが信じる“答え”を、
レミルの上に載せようとする。
リゼルは信じる。
カインは悔いる。
エルゴは疑う。
価値観の三点が、旅の中で常にぶつかり、
レミルを揺さぶり、押し、支え、引き裂く。
その度に、レミルは自分自身の輪郭を
少しずつ、取り戻していくのだ。
■登攀の旅は、「四人それぞれの価値観」の旅になる
崖を登る旅は、
単なる“高さとの戦い”ではない。
信仰、罪、理性、意志。
四つの価値観が互いに干渉し、
ぶつかり合いながら進む“精神の旅”となる。
だからこそ、この旅はただの冒険ではなくなる。
誰もが、それぞれの心を抱えたまま
見えない崖を登っていく物語となる。
レミルは背に荷を背負い、深く息を吸う。
(ここから始まるんだ。
私の物語が──私だけの足で、歩き出す)
その足取りはまだ不確かで、
震えが混じっていた。
だが確かに、前へ向かっていた。




