第80話 すごく幸せな時間
甘い味のいちご飴を舐めながら、私は、秋人の隣を並んで歩く。
さっき買った焼きそばは、すぐに食べ終わってしまったみたい。今の秋人は、笑顔でイカ焼きにかぶりついている。
あぁ――楽しいな、と思った。
秋人に嫌われちゃうのは、すごく怖い。彼のことを傷つけてしまうのは、もっともっと怖い。
でも、それ以上に……やっぱり、秋人の隣は居心地が良かった。
彼と一緒にお祭り会場を回る時間は、最高に幸せだった。
「ね、秋人っ」
「ん? どうしたんだ、恋歌」
「ふふっ、なんでもないっ。秋人、秋人っ」
彼の名前を呼ぶだけで、すごく心があったかくなる。
秋人は……さっきまでは、少し様子がヘンだった。何かに苦しんでいるような顔をしていた。私のせいなのかなって思って、私は私のことを責めた。
だけど。今の秋人は、とても楽しそうにしてくれていた。
もしかしたら、私に気を遣ってくれているだけなのかもしれない。私といるのは本当は辛いのに、でも、私のために笑顔を作ってくれているのかもしれない。
だって――秋人は、優しいから。
いつだって彼は、私の味方でいてくれた。どんなときだって、私を支えてくれた。
そんな秋人と一緒に、花火を見ることができる――あぁ、すごく幸せだな。私なんかには、もったいないくらいに。
「恋歌。そろそろ、場所取り行くか?」
「あ――うんっ、行きたい」
空の色は、とっくに真っ黒になっていた。
けれど、会場を彩る提灯のおかげで、その夜空がきらきらと輝いて見えた。
綺麗だなって思う――こんな中で見る花火は、きっと、とても綺麗なんだろうな。
秋人も、私と同じことを思ってくれるかな? それとも……お前のほうが綺麗だよ、なんて言われちゃったりして。
「ふふっ……えへっ、えへへへへっ……」
「お、おい恋歌。顔、めちゃくちゃニヤけてるぞ……?」
「えっ――あっ、ご、ごめんね……ごめん、なさい……」
「謝ることじゃないって。恋歌のそういう顔、ひさびさに見たからさ。なんか、懐かしいなって思って」
秋人は微笑んだ。どこか、いつもより大人びた笑顔だった気がした。
――カッコいいな、と思う。
今日だけで私は、何度、秋人に見惚れてしまったのだろうか。
彼を迎えに行ったときの、少し照れくさそうな彼の顔を。水族館で見た、ちょっと子供っぽい横顔を。焼きそばを美味しそうに食べるときの、くしゃっとした笑顔を。
ぜんぶ、すごく可愛くて。それと同じくらい、魅力的で。
やっぱり私は、秋人のことが好きなんだ……って、何度も何度も私は再確認した。
「てか、そろそろ急がないとな。ネットの情報だと、あっちの公園のほうが隠れスポットって書いてあったけど――」
と、秋人がスマホを取り出した、そのときだった。
私の視界の端っこに……小さな男の子を、見つけた。
たぶん、まだ七歳とか八歳とか、そのくらいの年齢だと思う。
そんな男の子が、呆然とした様子で立ち尽くしていた。周囲には、保護者らしき人物の姿は見えない。
どうしたのかな、と思う。私は秋人の表情を伺ってから、その子のほうへと駆け寄っていた。
「ね、ボク。どうしたの?」
しゃがんで、その男の子と視線の位置を合わせる。
するとその子は、わずかに視線を下げてしまう。……いきなり話しかけたせいで、驚かせてしまったのだろうか。
「どうしたんだ、恋歌。って、その子……」
「うん。たぶん……迷子かな、って思う」
私がそう呟くと、男の子は、こくりと小さく頷いた。
どうやら私の推測は合っていたみたいだ。秋人のほうを見ると、彼もまた心配そうな顔つきを浮かべていた。……やっぱり秋人は優しいな、と思う。
「どうする、恋歌。とりあえず、迷子センターに連れて行くべきだよな?」
「う、うん。そうだね……」
「よし、それじゃあ行くか。場所、たぶんあっちのほうだよな?」
秋人はそう言ってくれた、けど――今は、いったい何時なんだろうか。
花火は、あとどのくらいで始まるのかな?
……せっかくだもん。良い場所で見たいなって思っちゃうのは、私のわがままなのかな。
「――秋人、大丈夫っ。私が連れてくから、秋人は先に場所取りに行ってて?」
「え? いや、俺も一緒に行くって。それで俺と恋歌がはぐれたら元も子もないし」
「ううん、安心して? 私――秋人のことを見つけるのだけは、すごく自信あるからっ」
強がりでも何でもなく、私は心からそう思っていた。
だって、昔からそうだったから。
私はずっと、秋人のことを目で追い続けてきた。すれ違っちゃったこともあるけれど――今は、絶対に大丈夫だと思う。私ならぜったいに、秋人のことを探し出せる。そんな自信が、私にはあった。
「……わかった。恋歌がそう言うなら、先に場所を取っとくよ。だいたいの場所はメッセージで送るから、ちょいちょいスマホ確認してくれるか?」
「うんっ。じゃあ、秋人――また、あとでね?」
人混みの中へと去っていく秋人の背中を見送りながら、私は迷子の男の子へと視線を戻して、前屈みになりながら「行こっか」と声をかけた。
こくり、と頷いてくれたのを確認してから、私たちもまた、人混みの中を歩きはじめる。
……本当なら、手とか繋いであげたほうが良いのかもしれない。でも――秋人と以外の男のひとには、あまり肌を触らせたくなかった。
その男の子が私の後ろをてくてくと着いてきているのを確認しながら、私は迷子センターのほうへと向かう。




