表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

65/89

第63話 今までと、これからと

「――――恋歌は、さ。俺のことが、好きなのか……?」


 そう自然と尋ねてから、俺は自分自身に驚いていた。

 遅れて、慌てて手を塞ぐ。

 だけど文字通り、何もかもが遅かった。

 恋歌のきょとんとした顔が、やがて赤く染まっていく。その光景が、さっきの俺の言葉が届いてしまったことを裏付けていて。


「あ――そ、そのっ、違うんだ! えっと、これは……っ!!」


 何が違うのだろうか。俺自身も、俺が何を言っているのかわからない。

 でも――だって、そうじゃないか。

 球技大会の放課後。あの河川敷で恋歌にかけられた言葉は、俺の鼓膜へと強烈に焼きつけられている。

 それからの恋歌の態度。ツンとした態度はなくなり、異様に距離感は近くなり、俺を甘やかすような言動が増えて。

 

「……俺、さ。ずっと、恋歌に嫌われてるんだと思ってたんだ」


 あの日。放課後に、恋歌は俺の陰口を言っていて。

 その数日後には、目の前で、はっきりと大嫌いだと告げられて。

 だから俺は、彼女から距離を置くことに決めた。恋歌のために、自分のために。お互いの心を守るためには、それが最適策だと思ったから。


「でも……あのとき、言ってくれたよな。あれは、ぜんぶ強がりだったんだ、ってさ……」


 正直。あのときの恋歌の言葉を、俺は純粋な気持ちで受け入れることができなかった。

 大嫌い、大好き。好きになる要素なんてゼロ、ダメなところも好き――今までとは真逆の言葉に、感情を大きく揺さぶられた。信じることを躊躇ってしまった。


 だけど。

 今なら、はっきりと言い切ることができる。

 

「恋歌。――今まで、ごめん」

 

 俺の、せいだ。

 何もかもが――俺の、勘違いだったのだ。 


「俺、恋歌と距離を置くだなんて言い出したり、苗字で呼ぶようにしたり……きっと、何度も傷つけちゃったよな。だから――本当に、ごめん」


 ――冷静に考えれば、すぐにわかることだったじゃないか。

 本当に大嫌いな相手なら、毎日、お弁当なんて作ってくれるか?

 勉強を優しく教えてくれたり、風邪の看病に来てくれたりするか?


「……謝って許されることじゃないのはわかってる。でも、どうしても……こうしないと、俺の気が済まなかったんだ」


 そうこうしているうちに、列が動く。

 俺たちは気づけば、前から二番目にまで来ていた。

 ……しまったな。気まずい空気を中和させるどころか、より気まずくさせてしまった。自分のコミュニケーション能力の圧倒的な低さには、もはや呆れることしかできない。


「つまり、その……俺はもう、二度と恋歌と距離を取ろうなんて考えない。だから恋歌も、今まで通りで大丈夫だからな?」


 俺たちのひとつ前のカップルが、きゃっきゃと何かを楽しそうに喋っている。

 仲睦まじい光景だった。……少しだけ、羨ましいなと思った。


「バカ秋人とか、ダメ人間とか。そういうのじゃ、べつに恋歌を嫌いになったりしないからさ。これからは遠慮なく、どうぞ今までみたいに俺を罵ってくれ」

 

 なんてふうに、冗談交じりに告げると同時。

 浮き輪に座ってスタンバイを終えたカップルが、勢いよくスライダーを落ちていく。きゃあ、という甲高い声がプールに響く。

 次の方どうぞぉ。係員の、やる気のない案内。


「よ、よし。俺たちの番だぞ、恋歌」


「う、うん……」


 係員の指示に従って、俺たちは浮き輪をソリのようにして腰を下ろした。

 しかし瀬名に借りたこの浮き輪は、ひとり用のサイズだ。本来は想定していなかったであろう使い方をしているのだから、

 ……ぎゅっ、と恋歌に密着される。彼女のやわらかい身体が、すべすべの肌が、俺の背中に抱きついてくる。


 恋歌は、今、どんな顔をしているのだろう。

 俺の謝罪に呆れているだろうか。怒っているだろうか。それとも――、


「ね、秋人――」


 ホイッスルが鳴る。出発してください、の合図だった。

 同時。水の流れに身を任せて、俺たちはスライダーを滑り落ちていった。

 背中から聞こえるのは、恋歌の、楽しそうな甲高い声。想像していたよりも早い落下速度に、うわあ、と俺も思わず情けない悲鳴を上げてしまう。



「――――秋人。大好きだよ?」


 

 ざばあんっ!! ……スライダーの加速に従って、プールの水面へと急降下。

 激しく上がる水飛沫の音と、ざわざわとした周囲の喋り声。


 そんな、騒がしい夏の中で――恋歌の囁くような声だけが、俺の鼓膜を震わせていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
あー!良いですなぁ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ