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第54話 じつは、私……

 今日も私は、いっぱい秋人と話すことができた。

 彼の家に朝から押しかけるのは、ちょっと勇気が必要だったけど……このくらいしないと、鈴北さんには敵わないもんね。

 

 昨日、鈴北さんと別れたあとに本屋さんで買った『高校生のための恋愛攻略本』によると、男の子は、自分に尽くしてくれる女の子が好きらしい。

 ……最初は、ほんとかなって思った。迷惑だって思われちゃうんじゃないかって怖くもなった。


 だけど。秋人は今日、たくさん私に「ありがとう」って言ってくれた。そのたびに、何度も私に笑顔を見せてくれた。私の大好きな、あの笑顔を。

 ――嬉しかった。早起きをして作ったお弁当も、美味しいって言ってくれた。しかも、ほんとはお弁当を渡すだけのつもりだったのに、今日は一緒にお昼を食べることができた。……どうして鈴北さんが秋人以外の友達と食べることにしたのかは、私にはわからないけど。


(……秋人。もっと尽くしてあげれば、私のことを好きになってくれるのかな……?)


 本に書いてあったとおり、こうやって私がたくさん秋人に尽くしてあげれば、私のことを意識してくれるようになるかな。

 でも――そういうのとは関係なく、今日は、すごく幸せだったなって思う。


 昔から、秋人にはだらしないところがたくさんあった。私はそんな彼のことを、「ダメ人間」ってふうに言ってしまっていた。……やっぱり私って、酷い幼なじみだね。

 だけど、本当は――秋人のお世話をしてあげる時間が、私は昔から大好きだった。

 秋人に頼ってもらえるのが嬉しかった。ありがとうって言ってもらえると、胸がすごくあったかくなった。……そんな自分の気持ちを隠すために、私は今まで、あんなふうな態度を取り続けてしまっていたのだ。

 

 最近の秋人は、私に迷惑をかけないようにって、いろんなことを自分で頑張るようになった。

 偉いなって思った。かっこいいなって胸がきゅんとした。でも……それと同じくらい、寂しいなって感じてしまう私がいた。


 まあ、つまり。

 私は――頑張る秋人も、ダメな秋人も。

 どっちの秋人のことも、すごく大好きだってことなんだと思う。


「……おーい、恋歌? もしもし、生きてるかぁ?」


 と、英樹の声がした。

 同時、はっと私は我に返る――つい秋人のことで頭がいっぱいになって、周りのことを考えられなくなってしまっていた。


 時刻は夜。私たちは今、いつものファミレスに集まっている。

 といっても、この場に秋人はいない。瀬名、英樹、勇利――みんなのことを、私がメッセージで呼び出したのだ。


「ご、ごめん英樹。ちょっと考えごとしちゃってて……」


「ふふっ、恋歌ってば。ほっぺ、赤くなってるよ? どんな考えごとだったのか、あたし、気になっちゃうなぁ」


 くすくすと楽しそうに笑う瀬名。

 私は慌てて、頬を両手で覆う。……たしかに、ちょっと熱くなっちゃってるかも。


「それにしても、珍しいな恋歌。お前から呼び出しがあるなんてな」


 などと言いながら勇利は、やっぱり当然のように勉強道具をテーブルに広げていた。……勇利だなぁ、なんて思う。


「えっと、ね? その……今日は、みんなに話があって……」


 ごくん。と、私は息を呑み込んだ。

 ……やっぱり、いざってなると緊張するな。

 でも――これも、鈴北さんに勝つためだもん。

 鈴北さんは、恋愛は戦争だってふうに話していた。

 だったらまずは、頼れる味方を確保しないと。だから、


「じつは、私……す、好きなひとがっ、できたの……っ!」


 勇気を振り絞って、そう告げる。

 熱かった顔が、もっと熱くなる。……みんなの顔が、恥ずかしくて見れないな。


「えっ――だ、誰っ!? ねえ恋歌っ、誰が誰を好きになったって!?」


「おおおっ、落ち着け瀬名っ!! ととと、とりあえず水飲め、水!」


 隣の席の瀬名は、私の肩をぐらぐらと揺らしてくる。

 正面の英樹は、ガタガタと手を震わせてコップを自分の口へと運ぼうとしていた。

 勇利は……ぺらり、とテキストのページをめくった。


「えっと……ね? その、私が好きになったひと、は……っ」


「ま、待って恋歌っ! こここっ、心の準備が――」


「わ、私……っ、じつは――秋人のことが、好きになっちゃったの……っ!」


 吸った息を、ぜんぶ吐き出すくらいの声で。

 私は――大好きな彼の名前を、みんなに告げる。

 するとみんなは、ぽかんとした顔で固まって、


「…………はあ。聞いて損したぜ」


「なっ、なんでよ!?」


 やれやれと肩をすくめる英樹。瀬名は瀬名で、なんとも言えない微妙な苦笑いを浮かべていた。

 あれ……思ってた反応と、ちょっと違うかも。

 もっとびっくりされるかなって思っていたけれど、すっかり三人とも、なんともない様子で落ち着いてしまっている。


「もー、脅かさないでよ恋歌っ。あたしたちの知らないうちに、秋人くん以外のひとを好きになっちゃったのかと思っちゃったじゃん」


「そうだぜ恋歌。ほら、ついこないだまでお前ら、距離ができてただろ? その隙に、まさかの寝取られ展開でもあったのかと……」

 

「ね、ねとられ……? それ、どういう意味なの……?」


「あぁ。寝取られというのはだな――」


「勇利、お口チャック! てか英樹もっ、恋歌にヘンな言葉教えないでってば!」


 ぷんぷんと怒り出す瀬名。

 なんだか……私だけ、置いてけぼりって感じだった。


「ね、ねえ、みんな……その、私、秋人のことが、好きで……」


「おう。だろうな」


「え? だ、だから、秋人のことが、好きになっちゃって……」


「うん。それで?」


「それで、じゃなくて……っ、私、秋人のことが、好きになったんだよ……?」


「あぁ。そんなこと、小二のころから知っているが」


 英樹、瀬名、勇利。

 みんな、同時にうんうんと頷くだけで。


「――――えっ!? そ、そうなの……っ!?」


 私だけが、ひとり。

 びっくりして、声を出してしまっていた……。

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