第11話 新しい日常
土日を挟んで、月曜日の朝。
俺はひとりで学校へと向かいながら、ふわあ、とあくびを漏らした。
あと数日で四月も終わる。ついこないだ二年生になったばかりだというのに、もう来月の今ごろには中間テストの時期だ。
「……今回は、ひとりで勉強しないとな」
いつもテストの期間が迫るたびに、恋歌は親身になって俺に勉強を教えてくれた。
『あんたの成績が酷いと、幼なじみの私まで恥ずかしいでしょ』……なんて、そんなことを言われたっけ。
だけど今回は、もう恋歌には頼れない。せめて赤点だけは取らないようにしなければ。
◇◇◇
学校に行くと、クラスメイトたちから一瞬だけ視線を向けられる。
だが彼らは、すぐに各々のグループでの雑談に戻っていった。
俺は今まで毎朝、恋歌と一緒に登校をしていた。それが無くなったことが物珍しいのだろうが、まあ、かといって何日も興味が続くような事柄でもない。すでに彼らは、俺と恋歌が別々に登校してくる光景を当たり前のものとして認識しつつある様子だった。
「やっほ、綾田っち! おはよっ」
と、自分の机に向かおうとすると、鈴北さんに声をかけられる。
「おはよう、鈴北さん」
「ねね、綾田っち。エンフィルの新キャラの立ち絵、見た!?」
「もちろん。ひさびさに正統派の美少女路線って感じのキャラが来たね」
「だねぇ。綾田っち、ゼッタイ引くでしょ?」
「うっ……か、完全に趣味がバレてるな……」
「あははっ、だと思った! 綾田っちの好みってわかりやすいよね~!」
そのまま俺は自分の席につき、鈴北さんとのエンフィルトークを楽しんだ。
……クラスメイトたちからの視線が、ふたたび俺に集まる。しかも今度は、しばらく見られっぱなしだった。「藤咲さんの次は鈴北さんかよ」「綾田のヤツ、意外とモテるのか?」と、褒めてるのか失礼なのかよくわからない呟きが聞こえてくる。
と、部活を終えて戻ってきたらしい英樹が俺たちのほうに寄ってきて、
「よっ、秋人。鈴北さんもおはよう」
「あれ、ヒデキチじゃん! やっほ、もしかして綾田っちに用事?」
「ま、そんなとこだ。秋人、ちょいと耳を貸せ」
「ん?」
言われるがままに、俺は英樹の声に耳を傾ける。
英樹は俺の耳もとに口を近づけて、
「秋人。あんまり浮気ばっかりしてると、またお姫様の機嫌を損ねるぞ」
「……は? 何の話だよ……?」
「いや、お前なぁ……はあ。まあいいや、忘れてくれ」
そう言うと英樹は俺から離れて、やれやれと肩をすくめる。
いったい何が言いたかったのだろう、英樹は。
浮気? お姫様? ……ダメだ。さっぱり意味がわからない。英樹のやつ、急に厨二病でも発症したのだろうか。
◇◇◇
朝のホームルームと四限までの授業を終えて、昼休み。
今日も俺はレタスとツナのサンドを手に、食堂へと向かう。
目的地は、幼なじみたちの待つテラス席……ではなく、室内のテーブル席。
と、向かった先では、すでに鈴北さんがカレーパンを食べはじめていた。
「お待たせ、鈴北さん」
「んぐっ……えへへ。綾田っち、今日もサンドイッチ?」
もぐもぐごくん、と鈴北さんがカレーパンを食べ進める。
ちなみに鈴北さんは四限目の授業を終えると同時に、50m走を思わせる超絶スタートダッシュで購買へと走り出していた。ものすごいカレーパンへの執念である。……こないだは残していたくせに。ギャルって不思議な生き物だな、と心から思う。
「綾田っちも男の子なんだから、もっといっぱい食べたらいいのにっ。そんなんじゃ今より細くなっちゃうよ?」
「太るよりいいんじゃないかな。ま、前はもっと食べてたんだけど……」
「あ、ウチも知ってるよ。恋歌っちの手作り弁当でしょ?」
そう改めて言われると、なんというか、こう、むず痒い。
俺は味気ないサンドイッチを口に運びながら、
「……まあ、べつに何でもいいだろ。それより鈴北さん、エンフィルの素材調達イベントやった? あれの期限、今日までだった気がするけど」
「あっ、ヤバ! ちょ、綾田っち手伝って!!」
「そんな気がしたよ。じゃ、起動するから招待よろしく」
そうして俺は、鈴北さんとエンフィルをしながら昼休みを過ごした。
恋歌の手料理を食べられなくなったのは、正直、いまだに寂しい。だけどまあ、これはこれで悪くないな、と俺は思えていた。
◇◇◇
放課後。
帰ろうと思って席を立ち上がると、またしても鈴北さんに声をかけられる。
「綾田っち! 帰ろ~っ!」
ぶんぶんと手を振ってくるギャル系の美少女。その綺麗な金髪のサイドテールが、ふりふりと犬の尻尾のように揺れる。
「ね、綾田っち。さっきはありがとねっ、イベントの手伝い」
「いいけど、貸しにさせてもらうからな。次の周回系イベは俺のを手伝ってもらう」
「えぇ~! って……えへへ、まあいいけどっ。綾田っちとエンフィルやるの楽しいし」
にこっと眩しい笑顔を向けてくる鈴北さん。……危ない、惚れてしまうところだった。
と、俺と鈴北さんが教室から出ようとしたところで、水泳部に向かったはずの瀬名がダッシュで戻ってくる。
「あっ、秋人くん! いきなりごめんっ、千円! 千円貸してっ!」
「……瀬名。とりあえず理由を言え」
「先輩にこないだご飯代立て替えてもらったんだけど、お財布忘れちゃって! 明日ぜったい返すから、お願いっ!」
「又貸しじゃねぇか。ま、何でもいいけどさ」
俺は財布から千円札を一枚取り出し、「ほらよ」と瀬名に渡す。
すると瀬名は「ありがとっ、それじゃ!」とだけ言って、Uターンをして廊下を駆け抜けていった。
「……相変わらず嵐みたいなヤツだな、瀬名は」
「ふふっ、せなりんって面白いよねぇ。可愛いし」
その後も鈴北さんと色んな会話をしながら、俺たちは下校した。
……そういえば今日、恋歌とは一言も話さなかったな。
なんだか悲しいような気もするが、まあ、これで良いのだろう。恋歌から距離を置くという俺の誓いが、順調に形になりつつあるわけだし。
きっと恋歌は今ごろ、大嫌いな俺と口を利かずに済んで喜んでいるだろう。
そう考えると、ちょっとした達成感のようなものが湧き上がってきた。




