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第9話 オタクに優しいギャル

「そういうわけだからさっ、綾田っち! お昼、ウチと一緒に食べない?」


 ぐいっと顔をこちらに近づけてくる鈴北さん。

 ……距離が近い。香水か何かの良い匂いがする。


「あー……いや、気持ちは嬉しいんだけどさ。俺、約束あって……」


「あ、そっか。綾田っち、いつもせなりんたちと食べてるもんねっ」


「せなりんって……まあでも、うん。そういうことだから、俺はここで――」


 と、英樹たち幼なじみが待つテラス席へと向かおうとしたところで。

 俺の腕を、ぎゅっと鈴北さんの手が掴んできた。


「――え? すっ、鈴北さん?」 


「まあまあ、いいじゃんいいじゃん! せなりんにはウチからメッセ送っとくからさ、たまにはウチと食べよっ! ね?」


 鈴北さんの手はやわらかくて、すべすべで……もし恋歌と出会ってなかったら、たぶん俺はこの瞬間に鈴北さんのことを好きになっていただろうな。


「ほらっ、行くよ綾田っち! 席、早くしないと埋まっちゃうよ?」


「いやっ、俺は……っ!」


 そのまま鈴北さんは俺の腕を引っ張って、無理やり食堂の座席まで移動しはじめた。

 ……これは断れそうにないな。ギャルって怖い、と改めて思う。


   ◇◇◇


「――で、綾田っち。エンフィルの話するなら、アレからだよね?」


「アレ?」


「そう、アレだよアレっ。まずは、お互いの最推しを開示するのだよっ!」


 俺の向かい側に座った鈴北さんが、ちょっとふざけた言い回しとともに笑顔を浮かべた。

 エンフィルには、個性豊かなキャラクターが百人近く登場する。それがエンフィル最大の魅力であり、世界的な人気を得た秘訣といえるだろう。

 そしてエンフィルプレイヤーたちの大半は、そんなキャラクターたちの中でも自分の好みにドストライクな、いわゆる推しキャラと出会うのだ。

 俺も例外ではない。その推しキャラを強化するために、どれだけのお小遣いを注ぎ込んだか……。


「ウチの推しはね……ふふふっ、レルガント伯爵っ!」


「あー、レルガント。人気だよなぁ、去年のイベントもめちゃくちゃカッコ良かったし」


「おっ、さすがは綾田っち! 伯爵様の魅力がわかるとは、良い目をしてますなぁ」


 ふっふっふっ、と、なぜかドヤ顔をしてくる鈴北さん。

 ……余談だが鈴北さんは、もぐもぐとカレーパンを食べ進めていた。先着十名、購買名物のカレーパン。すごいな、と思う。


「それで、綾田っちは?」


「お、俺は、その……」


 俺は鈴北さんから目線を逸らして、ごくんとサンドイッチを飲み込みながら、

 

「……ガ、ガルザー」


「え? ガルザー?」


「な、なんだよ。べつにいいだろ、男が推しでも」


「そうだけどさっ。ガルザー大人気だし、好きなのはわかるよ? ウチも五番目くらいの推しだし。でも――」


 じとっとした視線になる鈴北さん。

 彼女はじぃっと俺の目を見つめはじめて、


「――綾田っち。じつはウチ、とある特殊能力があるんだよねぇ」


「の、能力? えっと、なんの話……?」


「それはね。相手が最推しを隠したのを見抜く能力」


 そう言うと鈴北さんは、突如、素早く俺のほうに手を伸ばしてきた。

 そのまま鮮やかに机の上の俺のスマホを奪った彼女は、ぽちぽちと勝手に操作をはじめてしまう。


「ちょ、ちょっと! 鈴北さん、何してんの!?」


「ふふふっ。綾田っちのエンフィルを起動しちゃえば推しキャラがわかるじゃん大作戦」


「作戦でも何でもないからっ! ただのプライバシーの侵害だから、それっ!」


 スマホをつけっぱなしにしてことを激しく悔やむ。これじゃあパスワードが意味を成さない。

 ……数秒後。鈴北さんは俺のエンフィルを起動したのか、にやにやと笑みをこぼして、


「ほら、やっぱりっ。綾田っちの最推し、ガルザーじゃないじゃん」


 そう言って鈴北さんは、俺のエンフィルの画面をこちらに見せつけてきた。

 ゲーム上には、どう考えてもダントツで育成に力が注がれている美少女キャラの姿が。


「なるほどねぇ。綾田っち、サーナちゃんが最推しなんだ?」

 

「ぐ、恥ずい……! 下手に誤魔化そうとしたせいで、二倍恥ずい……っ!」


 サーナ。それが俺の、エンフィルの推しキャラだ。

 心優しい少女であるサーナだが……彼女は、ネット上で行われた“童貞の好きそうなキャラランキング”にて堂々の一位を飾っている。そんなサーナが推しだとクラスメイトの女子にバレたくないと思った俺は、違うキャラが推しだと偽る作戦に出たのだ。

 ……が、それが完膚なきまでに裏目に出てしまった。泣きたい。


「ふふっ、べつにいいじゃん。サーナちゃん可愛いし、恥ずかしがらなくて良いと思うよ、ウチは」


 そんな俺の心境とは裏腹に、まるで聖母のような微笑みを浮かべる鈴北さん。

 オタクに優しいギャルって、本当にオタクに優しいんだな。感激である。


「てかっ、綾田っちのサーナちゃん強っ! この防具の強化ポイント、理論値じゃない!?」


「……おぉ、それに気づくのか。鈴北さん、本当にエンフィルが好きなんだな」


「だから、最初からそう言ってるじゃんかっ。でもウチの友達にはゲーム好きとかいないから、誰とも話せなくてモヤってたんだよねぇ」


 なるほど、それで俺に話しかけたのか。ギャルの行動力、半端ないな。


「というわけだからさっ、綾田っち! これからもさ、ウチとエンフィルの話しようよ! あと、マルチとかも! ね、いいでしょ?」


 きらきらと目を輝かせて言ってくる鈴北さん。

 その太陽のような光を前に、陰の存在である俺が耐えられるはずもなく。


「……わかったよ。じゃあまあ、とりあえずフレンド登録しとくか」


「やたっ! えへへっ、リア友のフレンド初めてだ~っ!」


 鈴北さんにスマホを返してもらった俺は、彼女をフレンドに登録。

 その後も俺と鈴北さんは、しばらくエンフィルの話で盛り上がった。

 そして昼休みが終わる直前になると、鈴北さんは「あ、そうだ」と呟いて、


「次って体育だよね? ヤバ、着替え行かなきゃじゃん!」


 と、鈴北さんは慌てて立ち上がり、


「じゃ、ウチは先に戻っちゃうね! また話そうね、綾田っち!」


「お、おう。気をつけてな」


「うん! そのカレーパンの残り、あげる!」


「え? いやっ、鈴北さん――」


 しかし俺の呼び止めには応じず、鈴北さんは颯爽と走り去っていってしまう。

 この場には、鈴北さんの香水の残り香と、食べかけのカレーパンが。

 残りをあげる、と言われたが……いやいや。めちゃくちゃ間接キスになるんだが。


「これがギャル、か。怖い……」


 とはいえ食べずに捨てるわけにもいかず、俺は仕方なく鈴北さんの残したカレーパンを口の中に放り込んだ。

 念願の絶品カレーパンからは、なぜか甘い味がしたような気がした。

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