56話
「とても優しい方なので、ノエール様はあなたを捕らえたりしないっすよ」
「そんな言葉、信じられるものか。珍しいオオカミだと言われ、だんなとはぐれ、私たちは必死で人間から逃げてきた……やっと見つけたこの森でさえ、人間に襲われたのだ」
その重い声に、ラテも息を呑む。
けれど、このままでは――このままでは、母オオカミの命が危ない。もし手遅れになったら、この子オオカミは一人ぼっちになってしまう。
「つべこべ言わずに、僕の治療を受けろ! 《ヒール!》」
オオカミの気持ちは、わかる。
人間に襲われてきたのなら、怖くて当然だ。
でも――大怪我を放置しながら必死に子供を守り、言葉を紡ぐ母オオカミを、僕は放っておけなかった。
ヒール――回復魔法が放たれた瞬間、森じゅうが眩い光に包まれた。その強い輝きに、ラテも、母オオカミも、子供も――そして魔法をかけた僕自身まで、あまりの眩しさに目を閉じた。
その光がおさまり、そっと目を開けると、みんなの視線が僕にあっまっていた。
「ハハ。いやぁ……まいったね。こんなに光るなんて……思わなかった。ごめん、ラテ、眩しかったよね?」
「はい、眩しかったっす。でも、この光……誰かが気づくかもしれないっす」
――誰かが気がつく?
「ラテ、ほんと? うわ、それはまずいかも。でも、ラテ見てよ」
僕は指をさす。そこには、さっきまで血に染まっていたはずの、母オオカミが元の姿に戻っていた。
「母ちゃん……」
子供のオオカミが涙を流して、飛びつく。
「すごい、オオカミの大怪我が治ってるっす」
「うん。……でも、よかった。ちゃんと治って」
うんうん。《ヒール》はやっぱり万能だった。
すごく喜びたいところだが、森中に走った光が誰かを呼んでしまっているのなら、立ち止まってはいられないか。
「ノエール様、急いでここを離れましょうっす。光を見た誰かが来たら……ノエール様が原因だって、きっとバレるっす」
ラテの言葉に僕は頷く。
「……やっぱり、まずいか。うん、確かにそうだよね。じゃあ、オオカミさんたちも一緒に移動しよう。もしよかったら、僕の屋敷に来ませんか? まだ空いてる部屋もあるし」
僕はそっと、オオカミの親子に手を差し伸べた。
その僕の行動に、母オオカミは一瞬びくりとして子供のオオカミを後ろに隠し、戸惑いながらも口を開いた。
「……本当に、いいのですか? でも、私たちの存在が知られたら、人間に狙われる」
「そのときは、僕とラテで全力で守ります」
「守るって、あなたも人間でしょう?」
「そうですね、僕は人間ですが。それでも、襲ってくるほうが悪いと思います。だから僕は、あなたたちを守ります」




