51話
洞窟に行ってから、一週間が経った。
温室のコーヒーの木と畑の米は、試行錯誤の連続ながらも、少しずつ成果を上げている。米は実ってきたが、粒は少なく、一合にも満たない。これは畑が小さいせいかもしれない。
「なかなか、コーヒーの木が育たないっす。俺っちの力不足です……」
「いや、ラテは一生懸命やってる。そもそも難しいんだと思うよ」
以前、神様に教わった育て方では、コーヒーの木は暑すぎても寒すぎてもだめで、温度管理に加えて湿度や光、風通しも必要だという。温室とはいえ、簡単なことではない。
「ほら畑の、米も少しずつ収穫量が増えてきてるし。コーヒーは、焦らず気長に育てていこう」
「……はいっす」
畑仕事を終え、僕たちは昼食の準備をしていた。そこへ、黒猫が屋敷の方から歩いてきた。艶やかな毛並みをした猫。どこかの飼い猫が、逃げてきたようにも見える。
「あ、黒丸? どうしてここに? チェルシー様は?」
とラテが声をかけたが、黒猫は見向きもせず。
「ノエールさん、チェルシー様は薬作りでお忙しいため、本日は私が『スライム液入りゴミ箱』をお届けに参りました」
僕に頭を下げ、黒猫は自分のアイテムボックスを開け、中から魔法がかけられた大きな蓋付きの木造の箱を取り出した。
――これが、スライム液入りのゴミ箱か。
「いまから、使い方を説明しますね。まず蓋を開け、溶かしたいゴミを入れます。中のスライム液がゆっくりと分解します。繰り返し使えますが、中の液が茶色く変色したら交換時です」
「了解。茶色くなったら替え時だね。ありがとう。チェルシーにもお礼を伝えて」
「承知しました。それでは、失礼いたします」
黒猫はもう一度、頭を下げ、静かに立ち去った。その後ろ姿を、ラテは眉をひそめながらじっと見つめている。……あの黒猫と何かあったのだろうか。チェルシーの使い魔だったから、あの猫とも関わりは深いはずだが。
いまは聞かず、ラテが話してくれたときに聞こう。
「さあ、ノエール様。さっそく使ってみましょう!」
「そうだね。たとえば……カップラーメンの容器、溶けるかな?」
ラテと話しながら蓋を開けると、中にはスライム液がなみなみと入っていた。僕はアイテムボックスから、使い終えたカップラーメンの容器を取り出し、そっと落とす。
――ジュワッ。
一瞬で容器が消える。あまりの速さに、ぞっとした。もし、自分が誤ってこの中に落ちたら……一瞬で消えてしまうのでは?
「ノエール様、ご安心を。チェルシーの魔法で、人や動物など生き物は溶けないようになっています。溶けるのはゴミだけです」
「え、そうなの? ……いま、落ちたらどうしようって、本気で考えたよ。それにしても、すごいね。ほんとに一瞬で消えた」
「消えたっす」
僕とラテは、面白がりながらゴミを次々と「スライム液入りゴミ箱」に入れて溶かした。




