38話
たまにはテントではなく、屋敷の部屋で寝ようと、それぞれの部屋へ戻った。
夜も更け、屋敷はしんと静まり返っていた――そのとき、僕の耳元で誰かが囁いた。
「我は、生姜焼きを所望する」
低く、響くような声だった。思わず目を覚ますが、部屋を見渡したが、部屋には誰もいない。あれは夢だったのか? いや、確かに聞こえた。
……まさか幽霊?
翌朝、畑で作業しながらラテに話す。
「なあ、昨日の夜さ、幽霊が耳元で囁いてきたんだよ」
「幽霊っすか? どんなこと言ってたっす?」
「『我は、生姜焼きを所望する』って……低音のいい声で」
「渋い幽霊っすね。その幽霊は、生姜焼きが好きなんすかね」
「好きとかそういう問題か……。供えた方がいいのか? でもカレーに使っちゃって、豚肉があんまり残ってないんだ」
ジャガイモの種を植えながら呟くと、ラテは楽しそうに笑った。
「だったら、その幽霊にお願いしてみるっすよ。『生姜焼きにはお肉が必要です』って、そしたら諦めるっす」
「祟られたりしないかな……」
「大丈夫っす」
「ほんとうに?」
「ほんとうっす!」
そんな軽口を叩き合って、その夜も僕は幽霊が気になり、屋敷の部屋で寝ることにした。
――その深夜。
「我は、生姜焼きを所望する」
再び、あの声が耳元に響いた。僕は意を決して返事をする。
「……生姜焼きを作るには、お肉が必要です。生姜焼きを作れるほど、お肉がありません」.
「なに? 肉が無いだと? よかろう。数日待つがいい!」
まさか、本当に返事が返ってくるとは。しかも、自分で肉を調達するとまで言ってきた。
「幽霊が肉を持ってくる……? どうやって?」
翌朝、畑でその話をラテにすると、彼はにやにやしながら言った。
「それは楽しみっすね!」
「おい、何か知ってるだろ」
「……秘密っす」
そう言って、教えてくれなかった。ここで、ご主人様を出すのも嫌だから、僕はラテの言葉を信じて幽霊(?)を待つことにした。
――が、その夜から、あの声は二度と聞こえなかった。
まさか、本当にお肉を調達しに行ったのか? 幽霊なのに、狩りでもしてるのか?
そんな疑問を抱えて数日後――
畑で作業していた僕たちのもとに、屋敷からチェルシーが現れた。その彼女の横には、軍服をまとい、角を二本とお尻に尻尾を生やした、渋い男性が立っている。
あ、転移鏡から出来たのか。
彼女はにこやか僕に近付いた。
「ノエールに頼まれていた、お肉を持ってきたわよ!」
「えっ……お肉?」
「我が狩ってきた。生姜焼きを所望する」
――ま、まさか。
この声……幽霊じゃなかったのか!?




