36話
師匠、黒丸、叔父様――と、知らない人の名前を挙げる二人。彼らは僕に会いたいという。でも、チェルシー。僕たちはまだ知り合って間もないし、ポンとポーションを渡すなんて、不用心じゃないか?
それに、僕の料理を褒めてくれるのは嬉しい。だけど、見たこともない魔法を使って、食べたことのない料理を作る僕を、変だとは思わないのか? 普通なら、不審がるはずだ。
……そのことを聞くのにも、勇気がいる。でも、これからずっと一緒に過ごすのなら、わだかまりは解いておいた方がいい。
僕は心を決めて、食べ終えたカレー皿を片付けながら、口を開いた。
「ラテ、チェルシー。聞きたいことがあるんだけど」
「なんすか?」
「なに? 薬の作り方が知りたいの?」
「それも気になるけど……あのさ、二人は僕のこと、変だとか、気味が悪いって思わない?」
その問いに、二人はきょとんとした顔を見せた。
「よくわからないっすが、別に思わないっすよ」
「そうね。ノエールのこと、面白いとは思ってるけど、気味が悪いなんて思ったことないわ。それに、ノエールは悪い人じゃなさそうだもの」
「……悪い人じゃないかどうかなんて、そんなのわからないよ」
前の人生では、人付き合いが難しかった。いつの間にか嫌われていて、陰口を叩かれて……「僕は何をしたんだ?」と思うことばかりだった。疲れ果てて、僕は一人でキャンプをするようになった。それが、唯一の癒しだった。
「まあ、ノエールがもし悪い人だったり、私たちを傷つけるような人なら……そのときは口が悪くなるかもしれないけど、ちゃんと消せるから。長く生きてると、色んな経験をして、それなりの術も身に付けているの」
「そっすね。ノエール様が話せないことがあるように、俺っちもまだ話してないこと、あるっす。でも――」
「楽しいなら、それでいいの」
「そうっす! ノエール様が俺っちを必要としてくれて、優しくて……だから俺っち、毎日が楽しいっす!」
二人の言葉に、僕はカレー皿を持ったまま、思わず立ち尽くした。
「……そう、なんだ」
嘘じゃない。少なくとも、僕にはそう思えた。二人とも、心からそう言ってくれている。
だけど、それを素直に信じられない自分もいる。疑ってるわけじゃない。ただ、色々あって、信じ方を忘れてしまっただけなんだと思う。
「……ありがとう」
そう言って僕は皿を持ち、屋敷の中のキッチンへ向かった。その後ろから、「手伝うっす!」とラテとチェルシーがついてくる。
「ノエール様は不思議っすけど、そこがいいんすよ。だって、普通の人はあんなに美味しい、カレーとか作れないっすから!」
「ふふっ、それに、料理してるときのノエール、とっても楽しそうなんだもの。ああいう顔、見ると嬉しくなるわ」
僕の何気ない日常を、二人はちゃんと見てくれている。そう思うと、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「……じゃあ、たくさん料理を作ろうかな。魔法も、バンバン使うから」
「やったっす! でも、眩しいのは程々にて欲しいっす」
「それは、おいおい修行すればいいわ。私はもっと美味しいものが食べられて、魔法も見られるなんて最高よ! ……って、このキッチン、かわいい!」
新しくなったキッチンに目を輝かせるチェルシー。その姿を見て、僕はふと、思う。
この二人の前なら――もう、気にせず魔法を使ってもいいのかもしれない。




