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第1話『おっさん、脅威に気づく』

「どうだ、一杯やんねぇか?」

「いや、まだ昼間だよ?」


 町へ戻った時点でまだ昼を過ぎたあたりであるが、ジールたちは今から一杯やるようだ。


「何言ってんだトシキさんよぉ。早朝依頼は昼間っから飲めるのがいいんだろうがよ」


 ギルド併設の酒場には、ともに森へ行った冒険者の大半が既に酒を飲み始めていた。


「そんなんだからおっさん臭くなるんじゃないの?」

「ぐぬぬ……。じゃあ一緒におっさん臭くなろうじゃねーかよぅ」

「いや、俺はもう充分おっさんだからいいよ。それに、ちょっと用事があるから今日は失礼するわ」


 敏樹が歩き出すと、ロロアもその後にくっついていきながら、ジールに軽く頭を下げた。


「むむ、じゃあシーラたちはどうだ?」

「あー、悪いけどあたしら今日が初依頼でね。疲れたから帰って休むわ」

「ぐぬ……。じゃあ今度付き合えよー」

「ま、気が向いたらねー」


 行きの馬車では少々険悪だったふたりだが、ともに依頼をこなすうちにある程度距離が縮まったようである。

 シーラたちの男嫌いもそこまで深刻なものではないらしく、敏樹はそのやりとりを軽く耳にしながら少し安心していた。


「で、“ちょっと用事がある”ってなに?」


 敏樹とロロアがギルドを出たあと、シーラらが駆け寄ってきた。

 メリダとライリーもすこし早足で距離を詰める。


「ん? あぁ、そうだな。シーラたちには話しといた方がいいか。あとで俺らの部屋にきてもらっていいか?」

「あいよー」


 敏樹らは昨夜から部屋のグレードを下げていた。

 シーラたちは一部屋一泊1万G、長期利用の場合はひと月20万Gというあのホテルで最もグレードの低い3人部屋に変更していた。

 敏樹は部屋風呂がどうしても欲しかったので、少しグレードの高い部屋を要求したところ、1泊3万G、ひと月70万Gの部屋に変更していた。

 宿泊費はとくに期限なくドハティ商会が持ってくれるという話だったので、とりあえずひと月だけお世話になることにした。


 シーラたちの部屋は寝室とちょっとしたスペース、洗面台と簡易シャワー、トイレがあるだけの狭い部屋だった。

 対して敏樹らの部屋はシングルサイズのベッドがふたつ置かれた寝室に加え、十畳ほどのリビングがある少し広い部屋なので、集まるとしたらこちらのほうが都合がいい。


 敏樹らはギルドからホテルまでの道すがら、適当な屋台を覗いては串焼きやサンドイッチといったものをテイクアウトし、リビングのテーブルに広げて昼食としていた。


「じゃあそろそろ本題に入るか。これを見てくれ」


 敏樹がタブレットPCをテーブルに置くと、ロロアやシーラたちはそれを上からのぞき込んだ。

 敏樹はこれまでに何度もタブレットPCを使っており、ある程度の機能はシーラたちにも伝えてある。

 さすがに『スキル習得』については黙っているが、『情報閲覧』に関しては山賊討伐をより確実にするため、機能の一部を明かして情報を共有していたのだ。

 現在モニターには森を上空から撮ったような映像が映し出されていた。


「これは?」

「ヌネアの森。俺らが今日行ったところから2キロぐらい南かな」


 敏樹は画面をピンチアウトし、ある一点をズームしていく。

 そしてそこには真っ黒な人影が映し出された。


「これは……オーク?」


 オークというには少々スマートなシルエットだが、カメラアングルを変えて顔を見るに間違いなくそれはオークだった。腰に毛皮のようなものだけを巻いた格好で、槍を持ってたたずむそのオークは、肌の色が真っ黒だった。


「……やばくない? もしかしてエンペラークラス?」

「いや、身長は2メートルもないからそれはない。たぶん変異種」

「だとしても、この肌の色は危険ですわね」

「ん、正直怖い」


 魔物の中には上位種というものが存在する場合がある。

 たとえばオークの場合だと、通常のオークの上にハイオークというものが存在する。

 ハイオークは通常のオークよりも戦闘能力が高く、身体も一回りほど大きい。

 そして、少し肌が褐色に近い色になる。

 ハイオークの上にはオークリーダーが存在し、戦闘能力や身体的特徴はハイオークに近いが、ハイオーク以下の眷属を数匹ほど指揮統率できるという特徴がある。

 その上にはオークジェネラルがおり、ハイオークやオークリーダーより一回り体が大きく、より濃い褐色の肌を持ち、より高い戦闘能力と下位の眷属を従える能力を持っている。

 さらにその上にはオークロード、オークキング、オークエンペラーがおり、上位に行くほど戦闘能力が高く、身体は大きくなり、肌の色は黒に近くなっていく。

 オークエンペラーともなるともはや魔王級の存在であり、身の丈は5メートルほど、漆黒の肌を持ち、1匹で街を壊滅できるほどの強さがあるうえに、万を超える眷属を率いるような、災厄の権化となる。


 タブレットPCに映し出されたオークは、肌は真っ黒だが体格はそれほどでもないため、敏樹は変異種と判断したのだった。

 ただ、その肌の色からするに、オークエンペラー並の能力を持っている可能性が考えられる。


「で、おっさんどうすんの?」

「ちょっと様子を見に行こうかと」

「トシキさんっ!?」


 そのロロアの叫びは悲鳴のようだった。


「あー、おっさん。これはさすがに無謀だわ。ギルドに報告した方がいいと思う」

「そうかも。でも俺なら不意打ちでなんとかできそうなんだよなぁ」


 〈影の王〉レベルもそこそこあがっているので、こっそり近づいてとどめを刺すくらいのことはできそうである。

 敏樹としてはこの黒いオークが動き出して、ロロアの故郷である集落や、ファランたちの住むこのヘイダの町に何らかの被害を出す前になんとかしたいと考えていた。

 そして自分ならなんとかできるのではないかという自信もあった。


「なぁ、あれなんだ?」


 敏樹が唐突に部屋の入り口を指さして言うと、その場にいた全員がそちらを見た。

 全員の視線が外れた隙に、敏樹は〈影の王〉を発動する。


「なんだよおっさん、なんも……、え?」

「あ、あれ? トシキさん?」


 敏樹を見失ったロロアたちがあわてて部屋の中をキョロキョロ見回し始める。


「まさか、転移で移動されたんじゃ?」

「ん、ありうる」

「そんなぁ……、トシキさん」

「いや、ここにいるから」


 と、数秒ほどで〈影の王〉を解除し、敏樹は姿を現した。


「うわっ!! おっさん、いつの間に……?」

「いや、ここから一歩も動いてない」

「「「「えっ!?」」」」


 全員の驚いた反応に、敏樹がいたずらっぽくほほ笑む。


「とまぁ、こんな感じで俺は隠密行動が得意なわけよ。だからこっそり近づいてサクッとな」


 ロロアは相変わらず心配そうな表情だが、シーラは半ば諦めたようにため息をつき、メリダとライリーは感心したようにうなずいている。


「どうやらあたしらがゾロゾロついっていっても足手まといっぽいね」

「そうですわね。今回はお留守番ということで」

「ん、普通に怖いし」

「悪いな」


 シーラたちは納得してくれたようだが、ロロアは相変わらず心配そうにしている。


「ごめん、今回はひとりのほうが……」

「……わかってます」


 つらそうに目を伏せたロロアは、しばらくうつむいたあと顔を上げ、敏樹の手を取った。


「無理は、しないでくださいね……!?」


 絞り出すようにそう告げたロロアに対し、敏樹は笑顔でうなずくのだった。


**********


 ヘイダの町を出て街道から離れた敏樹は、オフロードバイクに乗って目的地を目指した。

 森に入ってからもしばらくはバイクに乗っていたが、森の中はこちらで鍛えられた身体能力をもって走ったほうが速そうだったので、途中でバイクを降り、黒いオークのいる場所を目指してひた走る。

 時々『情報閲覧』で黒いオークの現状を確認したが、相変わらず槍を片手にたたずんでいるだけだった。


「ここからは慎重に……」


 黒いオークから200メートルほど離れた場所から、敏樹は〈影の王〉を全力で発動させた。

 そして慎重かつ迅速に移動し、1分程度で黒いオークの背後に忍び寄ることができた。


(悪いな、恨みはないんだが……)


 別にこの黒いオークが何かをしたわけでもない。

 もしかしたらこのまま放っておいても問題ないのかも知れない。

 しかし万が一町や集落で暴れられたら、大惨事になることは間違いないだろう。

 知らなければどうということもなかったのだが、知ってしまった以上、無視できる存在ではない。


(苦しまないよう、せめて一撃で……)


 敏樹は手に片手斧槍を握っていた。相手の身長は2メートル弱。

 大きいといえば大きいが、見上げるほどではない。


(充分、届くっ……!!)


 敏樹は静かに片手斧槍を振り上げ、延髄めがけて全力で振り下ろそうとした。


「っ!?」


 その瞬間、振り返った黒いオークと目が合った。

 そして腹に激痛が走り、視線を落とす。


「が……はぁっ……!!」


 振り返ると同時に繰り出された黒いオークの槍が、深々と腹に突き刺さっているのが見えた。


次回は10/28予定です

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