剣を交えた結末
アレイスはガームに言う。
「悪いが早めに決着を着けさせてもらう……」
「望むところだ。こっちにも時間がないものでな」
アレイスの言葉にガームは意味深な言葉を返した。
深く追求したいところだが、敢えてそれ以上の言葉を交わさず剣を構えた。
数々の戦闘を繰り返し、成長と遂げてきたアレイスだが、今初めてガームとの戦闘に心底震えた。それは恐怖から来る震えではなく、ガームをライバル視することから来る震えだった。
「行くぞ!」
振り抜いたアレイスの剣は、疾風の如く素早くガームの甲冑を捉えた。よろけるガームではあったが、直ぐ様体勢を整えアレイスに大剣を斬り付ける。しかし、狙いがいまいち定まらず、アレイスは意図も簡単に躱した。
「ちょこまかと……」
「そっちこそ……俺の一撃を喰らって反撃に転じるとは……」
お互いの実力を認め合い、戦闘は更に激化した。
「アレイス殿、見たところ本気には見えぬが、何か技を隠しているのではないか?」
ガームは、アレイスが備え持った力の半分も出していないことを見抜いた。
「さすがはガームだ。力の半分も出し切ってはいない……」
「なんだと? 強がりを……」
「強がりではない……本当だ」
「ならば、見せてみよ。その真の力と言うものを……」
アレイスは心の矛盾を感じていた。
もっとガームとの戦闘を楽しみたい。
しかし、早く先へと進まなくてはいけない。早く戦闘を終わらせるということは、せっかく出来たライバルの死を意味していたからだ。
「ガーム……わかった。その望み叶えてやろう……」
アレイスはそれに答えるかのように、残像魔斬鉄の構えを見せる。
対するガームは、アレイスの放つ技を待つかのように身構える。
――二人の間に生暖かい空気が流れる。
イシュケル達は、これで戦いに終止符が打たれるだろうと予想していた。
アレイスの履いている鞣し革のブーツが、宮殿の床を捉える。
「喰らえ――っ! 残像魔斬鉄――っ!」
その声は宮殿内に広がり、エコーとなりこだました。
何十にも見える剣は、的確にガームを捉えていく。
――一つ。
――二つ。
――三つ。
残像が残る七本の剣のうち、三つがガームを襲う。
「ぐぁぁぁ」
必死に防ごうとするも、ガームは無惨にも甲冑ごと引き裂かれた。そして、砕け散った甲冑の間からは、腐りかけた肉体が顔を出した。
「これは……」
「アレイス殿……これが、私の肉体……。そう、私はこの世の者ではない……。亡者なのだ」
ガームは腐りかけた肉体を抑え、尚も大剣を構える。
「頼むアレイス殿。私には時間がない……もうすぐこの肉体も滅んでしまうだろう。その前に、一つだけ願いを聞いてもらえぬか?」
ガームは訴えかけるように言葉を並べた。
「いいだろう……」
アレイスに迷いはなかった。たとえ敵でも、嘘偽りのないガームの瞳に、自分が出来る限りのことを叶えてやりたいと思ったのだ。
「忝ない……この宮殿の先には、世界を闇に包んだ主――“時を越えし者”が潜んでいる……。言わば我らが主だ。しかし、私は主のやり方に疑問を抱いていた……。その疑問を抱えたままここの門番を努めていたわけだが、今アレイス殿と剣を交えてようやくわかった。仲間を思いやる心、真の強さとはなんたるかを……アレイス殿、お主とは味方として出会いたかった」
「なれるさ、今からでも……」
アレイスは言葉少なに思いの丈を述べた。
「嬉しいことを言ってくれる……しかし、それは叶わぬこと。裏切りは重罪なのだ……。頼む、私を殺してくれ……そして、時を越えし者をなき者にし再び世界に光を与えてくれ……」
「ガーム……」
アレイスは言葉を失った。
そして、ガームは大剣を床に投げ捨て、丸腰の状態になった。
「ガーム……せめて大剣を持ってくれないか……」
「アレイス殿……こういう形でしか、私は自分を表現出来ぬのだ……」
アレイスの言葉を待たずガームは駆け寄る。
そして、アレイスの持つ嘆きの剣を素手で掴み取った。掴んだ両手からは夥しい血が流れる。
純粋な血液とは違う――言わば死臭が辺りに立ち込める。
ガームはその剣を自らの喉元に当て、深く斬り裂いた。
「ガーム――っ!」
アレイスがそう呼ぶも、ガームは二度と立ち上がることはなかった。
「こんな形でしかわかりあえないと言うのか!」
アレイスは瞳に涙を浮かべ、ガームの血糊が付着した剣を床に打ち付けた。
「アレイス……ガームの願いは我らの願い。この先に答えが待っている……」
「父上……」
アレイスはイシュケルの言葉で我に返り、黒き三人衆を手厚く弔うと今一度世界を救おうと決心した。
そして、一行は宮殿の奥へと進んだ。
◇◇◇◇◇◇
宮殿の抜けると、見慣れた風景が広がっていた。殺伐とはしているが、紛れもなくここは魔界……。真新しいイシュケル魔城が、それを物語っていた。
「ここは魔界?」
「そのようだな。確かガームが言っていた。黒き三人衆は異界と魔界を守る門番だと……」
頑強な岩肌から望む先には、ガルラ牢獄も見える。
アレイス達はそこから滑り落ちるように平地へと着地した。
「しかし父上、俺達の住んでる魔界とはだいぶ違うようですが……」
「それはそうだろう……もともと魔族は影の存在。平和とはおよそ無縁だからな」
平和な魔界しか知らないアレイスは、戸惑いを隠せなかった。
「ガルラ牢獄があるということは、大量の人々が虐殺されている恐れがある……時を越えし者も気になるが、まずはガルラ牢獄へ赴きたい」
イシュケルの意見に賛同し、一行はガルラ牢獄を目指すことにした。
泥濘があり痩せた大地は、猛毒と屍で形成されていた。
もともと毒に耐性のあるアレイスとイシュケルは問題なかったが、睦月とミネルヴァは徐々に体力を奪われていった。
「睦月、ミネルヴァ、大丈夫か?」
「大丈夫よ」
「私も何とか大丈夫です」
始めのうちは二人とも気丈に振る舞っていたが、次第に口数が減り、遂にはアレイスとイシュケルに遅れをとりだした。
「無理をするな。さぁ、乗れ」
アレイスは睦月の前にしゃがみこみ、背中を向ける。
「おんぶしてくれるの?」
睦月は顔を赤らめた。
「何度も言わせるな。早く」
「う、うん……」
睦月はアレイスの背中に、愛を感じた。度重なる戦闘に気持ちが離れていったと感じていたが、やはりアレイスが好きだと認識したのだ。
ミネルヴァもイシュケルにおぶさり、毒々しい大地を抜けた。
正直ミネルヴァもアレイスにおぶさりたかったが、睦月の気持ちを知っている以上、自分の気持ちを押し殺していた。
そして、アレイス達はガルラ牢獄へと辿り着いた。
「おらぁ、働け! 屍になりたい奴はどいつだ?」
一つ目の魔物が人々に鞭を振るう。
「す、すみません……」
「気に食わんな~。殺すぞ!」
一つ目の魔物は鞭を振るった人を担ぎ上げ、頭の角で串刺しにした。
「人間とは儚いものだな……さぁ、次はどいつだ。死にたい奴は名乗り出ろ!」
その光景は正に地獄絵図だった。
「先の戦いで、このような虐殺が行われていたとは……」
ジュラリスを葬ったこの地で、このような行為があったことを、イシュケルは初めて知った。
「止めさせなくては……」
イシュケルが言うよりも先に、アレイスは駆け出していた。
「おい、一つ目野郎! やめろ!」
「何だ貴様! このワシをサイクロプスと知ってのことか?」
サイクロプスは鞭を投げ捨て、立て掛けてあった金棒を持ち上げた。
「サイクロプス? 知らないな。今すぐ人々を解放するんだ!」
奴隷として働く人々は、怪訝そうな面持ちで任された仕事をこなす。まるで、魂を抜かれた死人のようにひたすらと。
助けに入るアレイスにも、期待せず無関心だ。
「見てみろ! 誰もお前に期待なんかしちゃいない。ま、こいつらがここで学んだ唯一の長所だな。小僧、生きて帰れると思うなよ」
サイクロプスは金棒を振り回し襲い掛かってくる。力任せに振り上げる金棒は、隙だらけだ。
アレイスはやれやれと言わんばかりに剣を構える。
「頭の悪い奴に限って、自信過剰になる……」
「言わせておけば! 骨ごと砕いてやるわ!」
見た目からして、軽く一貫はあるであろう金棒は大地に叩き付けられた。
アレイスはあっさりと金棒を躱し、サイクロプスの背後に回る。
「何処へ消えやがった」
サイクロプスは背後にいるアレイスに未だ気付かない。
溜め息混じりにアレイスは言う。
「ここだ。お前みたいな雑魚……久しぶりに見たぞ」
アレイスは振り向くサイクロプスの強靭な肉体を、二度、三度と斬り付け肉の塊にした。
「さぁ、皆。もう自由だ。ここから逃げるんだ……」
ほとんどの人々は礼も言わず逃げ帰ったが、一人だけアレイスのもとに駆け寄った青年がいた。
年齢的にはアレイスと然程変わらない好青年だ。
「助かった。ありがとう。しかし、これであのお方も黙っちゃいないだろうな。あとは任せた。頑張れよ」
青年はそう言うと、そそくさと逃げ帰った。
「あのお方……。時を越えし者のことか……」
アレイスは剣に付着したサイクロプスの血糊を拭き取ると、ガルラ牢獄内部に侵入した。




