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魔王が育てた勇者が牙を剥く  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第七章 更なる力は限界を越えて
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剣を交えた結末

 アレイスはガームに言う。


「悪いが早めに決着を着けさせてもらう……」


「望むところだ。こっちにも時間がないものでな」


 アレイスの言葉にガームは意味深な言葉を返した。

 深く追求したいところだが、敢えてそれ以上の言葉を交わさず剣を構えた。

 数々の戦闘を繰り返し、成長と遂げてきたアレイスだが、今初めてガームとの戦闘に心底震えた。それは恐怖から来る震えではなく、ガームをライバル視することから来る震えだった。


「行くぞ!」


 振り抜いたアレイスの剣は、疾風の如く素早くガームの甲冑を捉えた。よろけるガームではあったが、直ぐ様体勢を整えアレイスに大剣を斬り付ける。しかし、狙いがいまいち定まらず、アレイスは意図も簡単に躱した。


「ちょこまかと……」


「そっちこそ……俺の一撃を喰らって反撃に転じるとは……」


 お互いの実力を認め合い、戦闘は更に激化した。


「アレイス殿、見たところ本気には見えぬが、何か技を隠しているのではないか?」


 ガームは、アレイスが備え持った力の半分も出していないことを見抜いた。


「さすがはガームだ。力の半分も出し切ってはいない……」


「なんだと? 強がりを……」


「強がりではない……本当だ」


「ならば、見せてみよ。その真の力と言うものを……」


 アレイスは心の矛盾を感じていた。

もっとガームとの戦闘を楽しみたい。

しかし、早く先へと進まなくてはいけない。早く戦闘を終わらせるということは、せっかく出来たライバルの死を意味していたからだ。


「ガーム……わかった。その望み叶えてやろう……」


 アレイスはそれに答えるかのように、残像魔斬鉄の構えを見せる。

 対するガームは、アレイスの放つ技を待つかのように身構える。


――二人の間に生暖かい空気が流れる。


 イシュケル達は、これで戦いに終止符が打たれるだろうと予想していた。



 アレイスの履いている鞣し革のブーツが、宮殿の床を捉える。



「喰らえ――っ! 残像魔斬鉄――っ!」



 その声は宮殿内に広がり、エコーとなりこだました。

 何十にも見える剣は、的確にガームを捉えていく。



――一つ。


――二つ。


――三つ。



 残像が残る七本の剣のうち、三つがガームを襲う。



「ぐぁぁぁ」



 必死に防ごうとするも、ガームは無惨にも甲冑ごと引き裂かれた。そして、砕け散った甲冑の間からは、腐りかけた肉体が顔を出した。


「これは……」


「アレイス殿……これが、私の肉体……。そう、私はこの世の者ではない……。亡者なのだ」


 ガームは腐りかけた肉体を抑え、尚も大剣を構える。


「頼むアレイス殿。私には時間がない……もうすぐこの肉体も滅んでしまうだろう。その前に、一つだけ願いを聞いてもらえぬか?」


 ガームは訴えかけるように言葉を並べた。


「いいだろう……」


 アレイスに迷いはなかった。たとえ敵でも、嘘偽りのないガームの瞳に、自分が出来る限りのことを叶えてやりたいと思ったのだ。


「忝ない……この宮殿の先には、世界を闇に包んだ主――“時を越えし者”が潜んでいる……。言わば我らが主だ。しかし、私は主のやり方に疑問を抱いていた……。その疑問を抱えたままここの門番を努めていたわけだが、今アレイス殿と剣を交えてようやくわかった。仲間を思いやる心、真の強さとはなんたるかを……アレイス殿、お主とは味方として出会いたかった」


「なれるさ、今からでも……」


 アレイスは言葉少なに思いの丈を述べた。


「嬉しいことを言ってくれる……しかし、それは叶わぬこと。裏切りは重罪なのだ……。頼む、私を殺してくれ……そして、時を越えし者をなき者にし再び世界に光を与えてくれ……」


「ガーム……」


 アレイスは言葉を失った。


 そして、ガームは大剣を床に投げ捨て、丸腰の状態になった。


「ガーム……せめて大剣を持ってくれないか……」


「アレイス殿……こういう形でしか、私は自分を表現出来ぬのだ……」


 アレイスの言葉を待たずガームは駆け寄る。

 そして、アレイスの持つ嘆きの剣を素手で掴み取った。掴んだ両手からは夥しい血が流れる。

 純粋な血液とは違う――言わば死臭が辺りに立ち込める。

 ガームはその剣を自らの喉元に当て、深く斬り裂いた。


「ガーム――っ!」


 アレイスがそう呼ぶも、ガームは二度と立ち上がることはなかった。


「こんな形でしかわかりあえないと言うのか!」


 アレイスは瞳に涙を浮かべ、ガームの血糊が付着した剣を床に打ち付けた。


「アレイス……ガームの願いは我らの願い。この先に答えが待っている……」


「父上……」


 アレイスはイシュケルの言葉で我に返り、黒き三人衆を手厚く弔うと今一度世界を救おうと決心した。



 そして、一行は宮殿の奥へと進んだ。




◇◇◇◇◇◇




 宮殿の抜けると、見慣れた風景が広がっていた。殺伐とはしているが、紛れもなくここは魔界……。真新しいイシュケル魔城が、それを物語っていた。


「ここは魔界?」


「そのようだな。確かガームが言っていた。黒き三人衆は異界と魔界を守る門番だと……」


 頑強な岩肌から望む先には、ガルラ牢獄も見える。

 アレイス達はそこから滑り落ちるように平地へと着地した。


「しかし父上、俺達の住んでる魔界とはだいぶ違うようですが……」


「それはそうだろう……もともと魔族は影の存在。平和とはおよそ無縁だからな」


 平和な魔界しか知らないアレイスは、戸惑いを隠せなかった。


「ガルラ牢獄があるということは、大量の人々が虐殺されている恐れがある……時を越えし者も気になるが、まずはガルラ牢獄へ赴きたい」


 イシュケルの意見に賛同し、一行はガルラ牢獄を目指すことにした。

 泥濘ぬかるみがあり痩せた大地は、猛毒と屍で形成されていた。

 もともと毒に耐性のあるアレイスとイシュケルは問題なかったが、睦月とミネルヴァは徐々に体力を奪われていった。


「睦月、ミネルヴァ、大丈夫か?」


「大丈夫よ」


「私も何とか大丈夫です」


 始めのうちは二人とも気丈に振る舞っていたが、次第に口数が減り、遂にはアレイスとイシュケルに遅れをとりだした。


「無理をするな。さぁ、乗れ」


 アレイスは睦月の前にしゃがみこみ、背中を向ける。


「おんぶしてくれるの?」


 睦月は顔を赤らめた。


「何度も言わせるな。早く」


「う、うん……」


 睦月はアレイスの背中に、愛を感じた。度重なる戦闘に気持ちが離れていったと感じていたが、やはりアレイスが好きだと認識したのだ。

 ミネルヴァもイシュケルにおぶさり、毒々しい大地を抜けた。

 正直ミネルヴァもアレイスにおぶさりたかったが、睦月の気持ちを知っている以上、自分の気持ちを押し殺していた。


 そして、アレイス達はガルラ牢獄へと辿り着いた。





「おらぁ、働け! 屍になりたい奴はどいつだ?」


 一つ目の魔物が人々に鞭を振るう。


「す、すみません……」


「気に食わんな~。殺すぞ!」


 一つ目の魔物は鞭を振るった人を担ぎ上げ、頭の角で串刺しにした。


「人間とは儚いものだな……さぁ、次はどいつだ。死にたい奴は名乗り出ろ!」


 その光景は正に地獄絵図だった。


「先の戦いで、このような虐殺が行われていたとは……」


 ジュラリスを葬ったこの地で、このような行為があったことを、イシュケルは初めて知った。


「止めさせなくては……」


 イシュケルが言うよりも先に、アレイスは駆け出していた。


「おい、一つ目野郎! やめろ!」


「何だ貴様! このワシをサイクロプスと知ってのことか?」


 サイクロプスは鞭を投げ捨て、立て掛けてあった金棒を持ち上げた。


「サイクロプス? 知らないな。今すぐ人々を解放するんだ!」


 奴隷として働く人々は、怪訝そうな面持ちで任された仕事をこなす。まるで、魂を抜かれた死人のようにひたすらと。

 助けに入るアレイスにも、期待せず無関心だ。


「見てみろ! 誰もお前に期待なんかしちゃいない。ま、こいつらがここで学んだ唯一の長所だな。小僧、生きて帰れると思うなよ」


 サイクロプスは金棒を振り回し襲い掛かってくる。力任せに振り上げる金棒は、隙だらけだ。

 アレイスはやれやれと言わんばかりに剣を構える。


「頭の悪い奴に限って、自信過剰になる……」


「言わせておけば! 骨ごと砕いてやるわ!」


 見た目からして、軽く一貫はあるであろう金棒は大地に叩き付けられた。

 アレイスはあっさりと金棒を躱し、サイクロプスの背後に回る。


「何処へ消えやがった」


 サイクロプスは背後にいるアレイスに未だ気付かない。

 溜め息混じりにアレイスは言う。


「ここだ。お前みたいな雑魚……久しぶりに見たぞ」


 アレイスは振り向くサイクロプスの強靭な肉体を、二度、三度と斬り付け肉の塊にした。


「さぁ、皆。もう自由だ。ここから逃げるんだ……」


 ほとんどの人々は礼も言わず逃げ帰ったが、一人だけアレイスのもとに駆け寄った青年がいた。

 年齢的にはアレイスと然程変わらない好青年だ。


「助かった。ありがとう。しかし、これであのお方も黙っちゃいないだろうな。あとは任せた。頑張れよ」


 青年はそう言うと、そそくさと逃げ帰った。


「あのお方……。時を越えし者のことか……」


 アレイスは剣に付着したサイクロプスの血糊を拭き取ると、ガルラ牢獄内部に侵入した。

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