確執が呼んだ禍
騎馬四天王の一人“青龍”を倒したことで、海は穏やかになり漁も再開された。
港街には活気が戻り、市場には新鮮な魚介類がところ狭しと 立ち並ぶ。
一方のアレイス達は、大海原に駆け出す準備をしていた。
「父上、怪我の具合はどうですか?」
「息子に心配されるとは、私も落ちぶれたか……」
「そういう意味では……」
「まぁ、いい……。ところで、船の準備はどうなっている?」
「今、睦月とミネルヴァが、漁師のところに船の相談に行っています」
「そうか、では船の準備ができ次第、旅立つぞ」
「はい」
アレイスとイシュケルは心が弾んでいた。これから待ち受けているだろう強敵より、一緒に冒険出来る喜びの方が勝っていたからである。
程なくして、睦月とミネルヴァが戻ってきた。何やらこの二人も浮かれていた。
そんな二人を見て、イシュケルが渇を入れる。
「これは、旅行ではないのだぞ! 気を引き締めるがいい」
イシュケルとてこんなことは言いたくなかった。だが、ちょっとした気の緩みで命を落としかねない。だからこそ、厳しく言い添えたのである。
港へ向かうと、漁師達が定置網のメンテナンスに汗を流していた。その中に、先日助けた漁師の姿もあった。
約束通り彼が船を出してくれるらしい。
「もう出るのか? 船の準備は整っている。汚い船だがその辺はご愛嬌だ。さぁ、乗ってくれ」
確かにお世辞にも綺麗な船とは言えないが、長年この漁師が大事に乗ってきた船だということは一目でわかる。
継ぎ接ぎされ修復された外観が、それをもの語っていた。
「何処に行くんだ?」
漁師は誇らしげに舵を切る。
「アルタイトに向かってくれ」
「アルタイト? まぁ、いいが……あそこは……」
漁師は何か言いたげな態度を示すも、それ以上何も語らなかった。
先日までの荒れた海とは裏腹に、何処までも波は穏やかだった。ただ一つ言うならば、この漆黒の闇が取り払われたならどんなにいいことか。アレイス達はそう思ったが、敢えて言わなかった。
暗黒の海を突き進むと、街の灯りがぼんやりと見え始める。そこがアルタイトの街だ。
「さぁ、着いたぞ。それじゃ、達者でな!」
漁師はアレイス達を船から降ろすと、そそくさと逃げるように港街に帰っていった。さっきの言動といい、この態度といい多少の疑問を抱いたが、目的の為だと目を瞑った。
「さぁ、行くぞ!」
イシュケルを先頭にアルタイトの街中に入っていく。
現代のアルタイトと違って、街はまだこじんまりとしていた。
象徴とも言うべき中央広場の噴水はもう存在していたが、街を取り囲む外壁は建設中であった。
「父上、アルタイトって、こんなにも小さな街だったんですね。人もまばらで今とは大違いですよ」
「そうだな……これから発展していくのであろう」
アレイス達は一息つく為、中央広場の噴水へ向かった。
そこで異様な光景を目の当たりにした。噴水から流れ出る紫色の液体。異臭を放つ液体は、明らかに飲み水に適していないのがわかる。
「何だ……この水は……」
アレイスは思わず声を上げた。
するとそれに気付いた痩せ細った街の男性が、アレイスに向かって言う。
「旅のお方よ、早急にこの街から立ち去るがいい。この街は“騎馬四天王白虎”の配下にある。飲み水も白虎に汚染されこの通りだ。とても人の住める環境ではない……」
男性は息を切らしながら、懸命に伝えた。
辺りを見渡すと、皆痩せ細り病に冒されているようだった。
アレイスがその男性に質問をしようとしたその時、街中は慌ただしくなってきた。
「白虎の部下達がやってきたようだ。早く……早く逃げなさい……」
「ケケケッ――っ! 人間ども。食事に来てやったぞ!」
一体のガーゴイルが禍々しい翼をはためかせながら空からやって来た。するとそれに続くように何十体……いや百体は越えるであろうガーゴイルの群れがやって来た。
「キャャ――っ!」
「逃げても無駄だ。大人しくしろ!」
ガーゴイルは若い女性の頭を鷲掴みすると、咽を鳴らしながら一気に丸飲みした。
「ゲフッ。美味だ、美味。お、あそこにも美味そうな奴らがいるぞ! 皆、喰っちまおうぜ!」
ガーゴイル達はアレイス達の存在に気付き、飛び掛かって来た。
「許せない……」
アレイスは鞘から剣を抜き取り、ガーゴイルへ向け一目散に駆け出した。
「抵抗する人間が、まだいたのか? 面白い……俺達が相手になってやるぜ!」
ガーゴイル達の群れは洗練された爪を目一杯広げ、アレイスに狙いを定めた。
「そんなもの俺には効かない! 纏めて相手になるぜ!」
「アレイス、無理をするな!」
しかし、イシュケルの忠告を無視してアレイスは突出する。
「やむを得ん。我々も行くぞ!」
慌ててイシュケル達も戦闘に加わる。
――が、しかし、その必要はなかった。
「残像魔斬鉄――っ!」
幾重にも広がる閃光が、ガーゴイル達をすり抜ける。
「ぐはっ!」
「ぐえっ!」
「どぁ!」
アレイスに襲って来たガーゴイル約五十体程が、無惨にも切り裂かれたのだ。
それはほんの数秒……一瞬のことだった。
「こ、これは……一体」
イシュケルはアレイスの桁違いの戦闘能力に、唖然とした。
「イシュケル、アレイスはあの技で……青龍をたった一撃で倒したんです」
「本当か? ミネルヴァ……我々があれほど苦戦した青龍を一撃で……」
自分が気絶していたうちに、そんなことがあったとは知らず、イシュケルは言葉を失った。
尚もアレイスは、残りのガーゴイルに詰め寄る。
「さぁ、死にたい奴はどいつだ? かかって来い!」
アレイスは容赦なくガーゴイル達に剣を向ける。
「く、くそぅ。野郎ども、撤退だ――っ! 早急に白虎様に報告せねば」
残りのガーゴイル達は、慌てて空へと撤退していった。
「チッ、腑抜けが!」
アレイスは逃げ惑う一体のガーゴイルに指先を向け、衝撃波を放つ。
「死ね!」
「どはっ……」
ガーゴイルは丸焦げになり、空から落ちて来た。
「くそが……」
アレイスは丸焦げになったガーゴイルを足蹴にした。
「アレイス、もうよすんだ。そいつはもう死んでいる。何もそこまで……」
「父上は甘い! このような敵は徹底的に痛め付けないといけないのです」
「貴様、この私に歯向かうというのか?」
イシュケルは、今まで見せたことのない悲しい表情を見せた。
「やらなきゃ、こっちがやられるんだ……それが“戦い”なんだ……」
「お前の答えはそれか……ならば、もう一緒に旅は出来ん……さらばだ」
イシュケルは背中に哀愁を漂わせ、一人街の外へと消えていった。
「アレイス……追わなくていいの?」
「いいんだ睦月……あんな、わからず屋のこと……」
――やらなきゃ、やられるんだ。俺は世界を救いたい……何としても……。
イシュケルの悲痛な叫びは届かず、二人の間に大きな確執が生まれてしまった。
――このことがきっかけで、物語は大きく動き出す。
ガーゴイルの群れを追い払ったものの、イシュケルと別れてしまったアレイス達。このことが、後に悲劇を生むことになろうとは知るよしもなかった。
静まり返るアルタイトの街は、再び動き出す。
聞くところによると、白虎がこの街に来てから飲み水が汚染され、疫病が感染拡大しているとのことだ。そして、弱った街の人々を魔物達が定期的に喰らいに来るらしい。やはり、騎馬四天王が一枚咬んでいたという訳だ。
一通り情報収集を終えたアレイス達は、白虎を撃退すべく策を練っていた。
「このまま四天王をのさばらせる訳にはいかない」
「それはそうと、本当にいいの? アレイス……」
「何がだ?」
「惚けないで! イシュケルに謝ってよ」
「睦月……男には譲れない時があるんだ。わかってくれ……」
「……。アレイス、何か変わったね……」
「俺は何も変わってなどいない! 父上が腑抜けだから……」
「イシュケルを悪く言うアレイスなんて嫌いよ! もういい!」
「勝手にしろ!」
「お願い、二人共ケンカはやめて下さい」
ここに来て、イシュケルを含む四人の心はバラバラになっていた。ほんの少しの食い違いが、絆に溝を作っていったのである。
◇◇◇◇◇◇
――一方、イシュケルサイド。
イシュケルは一人アルタイトを離れ、彷徨っていた。
「さて、どうしたものか……」
イシュケルは過去の戒めを嘆いていた。
自分自身も魔王として数々の殺生をしてきた訳だが、我が子にはそうなって欲しくないという矛盾と葛藤していた。
そんなことを考えていると、偶然魔物達の拠点を発見した。
「あれは?」
先程逃げ帰ったガーゴイル達の中心に、一際異彩を放ち白い毛並みを持つ虎の魔物。
その魔物は黒き天馬に股がり、ガーゴイル達に怒号を上げていた。
イシュケルは物陰に隠れ、その様子を伺う。
「何――っ? 人間相手に逃げ帰って来ただと?」
「しかし、白虎様。奴はとてつもない戦闘能力を持つ故、我々ではとても……」
「言い訳するのか? 恥を知れ!」
白虎は持っていた長刀で、半ば強引にガーゴイルの首を跳ねた。
「貴様らとて同じことだ。死にたくなかったら、逃げるような真似はやめるんだな……その死体は始末しておけ! 見苦しい」
「ははっ……」
ガーゴイル達は白虎に恐れをなし、手際よく分断されたガーゴイルの死体を片付けた。
――何と言うことを……。
その様子を一部始終見ていたイシュケルは、アレイス達に報告せねばと思い立ち去ろうとした。
――しまった!
動揺するあまり、草木を踏む音を立ててしまったのだ。
「ん~? 何かいるのか? 出てこい! さもなくば、命はないぞ!」
白虎は懐に隠していたナイフを、イシュケルのいる方向に投げ付けた。
イシュケルは素手でナイフを掴み取り、お返しとばかりに白虎に倍の速さで投げ返す。
ナイフは白虎の頬を掠めた。白虎は流れ落ちる鮮血を指でなぞる。
「いい度胸だ……我を騎馬四天王と知っての愚行か? 出てこい!」
圧倒的不利な状況にも拘わらず、イシュケルは白虎の前に姿を晒した。
「貴様が白虎か?」
「ほう、我を知っているのか? ならば何故楯突く?」
「貴様のような奴を、野放しには出来ないからな?」
「大した自信だな? ガーゴイルどもよ、こいつを血祭りにするのだ。行け――っ!」
「ケケケッ。覚悟はいいか?」
十体あまりのガーゴイル達が、イシュケルに襲い掛かる。自分達の命も危ぶまれる為、ガーゴイル達も必死だ。
「貴様らなど、相手にならん!」
イシュケルは脇を締めながら刀を構え、迫り来るガーゴイルを次から次へと一刀両断していく。
「ほう、思ったよりやるようだな。ガーゴイルどもよ、下がれ。貴様らでは無理だ。我が自ら行こう……」
白虎は黒き天馬の手綱を手繰り寄せ、イシュケルの前に立ちはだかった。
精神を研ぎ澄まし、イシュケルは刀を構える。
まずは小手調べとばかりに、白虎に斬り掛かった。黒き天馬に乗った白虎は、それよりも速く長刀を振り回す。
天馬に乗った分、機動力は白虎が一枚上手だ。だが、それ故小回りが効かないのを、イシュケルは見逃さなかった。
白虎の長刀を受け流し、振り向き様に天馬を叩き斬る。
「ヒヒィィーン!」
叩き斬った脇腹から天馬は臓物をさらけ出し、前足を上げ悶え苦しんだ。
白虎は天馬を宥めるも、身を投げ出され落馬した。
「貴様――っ! よくも、天馬を……」
騎馬四天王の命とも言える天馬を失い、白虎は激怒した。
「口ほどにもないな……青龍のほうが、よっぽど強かった」
「何だと? 貴様……青龍を倒したというのか? 信じられん……」
「倒したのは私ではないがな……」
「何だ、貴様ではないのか……笑わせるな! 何れにせよ、貴様には死んでもらう……さぁ、屍を晒せ!」
白虎は白い毛並みを揺らしながら、長刀を構えた。




