時を越えて追う者
◇◇◇◇◇◇
――一方その頃……。
イシュケルとウッディは、アレイス達を探して呪いの鏡の部屋に来ていた。
「ここにもいないか……アレイスよ、何処に行ったと言うのだ」
イシュケルは見付からないアレイス達に、不安と苛立ちを隠せずにいた。
「おい、イシュケル。見て見ろよ。この鏡だけ赤く光っているぞ」
ウッディはその赤く光る鏡に手を翳した。
「その鏡に触れてはいかん!」
「な、なんだって? うぉぉぉ……」
ウッディはイシュケルが忠告する前に鏡に触れ、その中へと吸い込まれていった。
「ちっ、面倒なことを…………ま、まさか、アレイス達も? やむを得ん……確かめに行くとするか……」
イシュケルも鏡に触れ、ウッディの後を追った。
◇◇◇◇◇◇
「おぉ、イシュケル。お前も来たのか? 何か、変な所に来ちまったけど、ここは何処だ?」
ウッディは驚く様子もなく、淡々とそう話した。
「以前、聞いたことがある……ここは恐らく――過去の人間界……」
イシュケルがそう言い添えると、さすがにウッディも慌てふためいた。
「過去の人間界だって? そんな馬鹿なことがあるのか?」
「信じられぬというなら、その目で確かめるんだな……見て見ろ! 早速、お客さんだ……」
過去の人間界に降りたって間もない二人の前に、ゴブリン達が取り囲んでいた。
「また、変な奴らが来たぞ! 一人は不味そうだが、一人は旨そうだ」
ゴブリン達の群の一匹が言う。
「また? どういうことだ?」
「恐らくアレイス達のことを言っているのであろう。兎に角、片付けるぞウッディ。やれるか?」
「俺をみくびるなよ!」
イシュケルはロンクソードを鞘から引き抜き、ウッディは木製の杖を掲げた。
「行くぞ!」
「おうよ!」
イシュケルもウッディも、久しぶりの戦闘に胸を踊らせた。
イシュケルはバーストタイプにチェンジし、取り囲むゴブリン達を回転切りで一気に葬る。
ウッディも負けてはいない。その無詠唱の魔法は健在だ。
両手から放たれる炎の魔法は、的確にゴブリン達を仕留めていった。
「腕は鈍ってはいないようだな?」
「イシュケル、お前の方こそ!」
「ふっ……言ってくれる……一気に畳み掛けるぞ!」
イシュケルは左右から迫り来るゴブリンを、ロンクソードと鋭い爪で何体ものゴブリンを同時に切り裂いていく。
ウッディもまた、魔法を放ちつつ、杖でもゴブリン達を叩き落としていった。
「ざっとこんなもんか?」
「だな?」
二人の立つ草原に、再び静寂が訪れた。
辺りにはゴブリン達の死体が転がり、焼け焦げた臭気が漂った。
「イシュケル、お前の言っていたことは本当らしいな……魔物達が襲ってくるなんて、あり得ない話だ」
「そういうことだ……そして、恐らくアレイス達も、この過去の世界に来ているであろう……」
「なんだって?」
イシュケルの言葉にウッディはその後の言葉を失った。
「ウッディ……二人を探しに行くぞ。過去を変えることは許されない……」
「なんか、面倒なことになったな? まぁ、いいや。身体も少し鈍っていたところだ」
イシュケルとウッディは、アレイス達を追って草原を突き進んだ。
◇◇◇◇◇◇
――一方、アレイス達はシルキーベールの街に向かっていた。
「……そうなんですか。未来から……」
「信じがたい話かも知れないけど、そうなんだ」
アレイスはシルキーベールに向かう途中、全ての経緯をミネルヴァに話した。
「私、信じます。アレイス達が嘘をついているとは、思えません」
「ありがとう。信じてくれて」
険しい山々を抜けると、広い大地が見えて来くる。
「あそこに見えるのが、シルキーベールの街です」
ミネルヴァは、久しぶりの故郷に喜びを隠せずにいた。
騎馬隊に襲撃され、街を滅茶苦茶にされても、やはり帰るべき場所があるということは幸せなのだろう。
そこへポツリと睦月が言う。
「アレイス……変だと思わない? あたし達の世界では、こんなところに街なんてなかったよね?」
「言われてみれば確かにそうだ。僕達の世界では――何もない更地になっていたはずだ……」
アレイスと睦月は、現実と過去のギャップに驚愕した。
その事実を知ったミネルヴァは、足を止めた。
「う、嘘ですよね? シルキーベールの街がなくなってるなんて……ねぇ、嘘ですよね?」
ミネルヴァはアレイス達に掴みかかり、泣き叫んだ。
「ミネルヴァ……嘘じゃない……未来にシルキーベールは存在しないんだ……」
出来れば伝えたくない事実を、突き付けながらアレイスは言う。睦月もどうしたらいいかわからず、ただただ嗚咽を放つミネルヴァの背中を擦ることしか出来なかった。
「ミネルヴァ……可能性は低いかも知れないけど、聞いてくれ。その事実を僕達が知っているということは、未来を変えれるということでもあるんじゃないか?」
「気休めは、やめて下さい……余計に虚しくなります」
そこに“バチン”とこの状況下に、似つかわしくない音が漏れる。気付けば睦月が、ミネルヴァに平手打ちを繰り出していた。
「やってみなきゃ、わからないじゃない。やりもしないで、決め付けるなんて、最低よ。私達がいるじゃない」
愛情のこもった睦月の平手打ちは、ミネルヴァに泣くのをやめさせた。最後の大粒の涙を拭うと、ミネルヴァは自分の足で大地に立った。
「そうですよね……やりもしないで、決め付けるのは、よくないですよね。アレイス……睦月……ありがとう」
ミネルヴァは眉毛をキリッとし、凜とした表情を見せる。現実を受け止めるには時間が掛かるだろうが、ミネルヴァの決心にアレイス達は感服した。
そんな長い会話を経て、いよいよシルキーベールの街は姿を現す。
街を守る頑強だった筈の壁は打ち砕かれ、民家は焼き払われていた。その光景を目の当たりにしたアレイス達は言葉を失った。
しかし、どうだろう? そんな状況にも拘わらず、奴隷から解放された人々は復興に取り組んでいたのだ。
「……皆、生きようと頑張っていますね……」
ミネルヴァは絞り出すような声で言った。
「あぁ。皆、必死で生きようとしている。この手と、この足と、この身体があれば出来ないことはない……怖いのは諦めるということだ……」
「うん。アレイス、ありがとう」
ミネルヴァは不意に背伸びをして、アレイスの頬にキスをした。睦月はそれに焼きもちを妬いてか、視線を反らした。
荒れ果てたシルキーベールの街は、もはや廃墟と化していた。その街の片隅にひっそりと佇む民家が、ミネルヴァの家だった。
辛うじて原型は留めていたが、長期間住むには心許ないくらいに朽ち果てていた。
「ここが私の……家」
ミネルヴァは生まれ育ったその家をまじまじと眺めた後、アレイス達を招き入れた。
あの忌まわしき嵐の夜のまま時は止まり、食器や、飾られた写真だけが虚しく転がっていた。
――そして……。
両親の寝室には、既に白骨化した二つの亡骸が散乱していた。思わず目を背けたくなる光景だが、ミネルヴァは涙一つ見せず、両親の骨を一つ一つ集めた。一通り集め終わると、小さな壺にその骨を砕き納めた。
「すみません……死人が出た家に泊めるのは心苦しいのですが、どうか繕いで下さい……今、飲み物を準備しますね」
「すまない……」
アレイス達は木製の椅子に腰を降ろした。
裕福だった生活とは思えず、それでも家族が支え合い、生きて来たのだと認識させられた。
「今、何か作りますね……」
ミネルヴァは気丈に振る舞い、粗食ではあるが温かいスープをもてなした。ミネルヴァの精一杯の誠意だ。
「明日、旅立つ前に、父と母を弔いたいのですが……」
「そうだな。それがいい」
前向きに動き出すミネルヴァに、アレイスは賛同した。
――そして、夜は更けていった。
◇◇◇◇◇◇
――一方、イシュケル達はレインチェリーに辿り着いていた。
「こんな夜更けにレインチェリーに旅人とは……」
イシュケルとウッディが最初に出くわした人物は、アレイス達と同じ老婆ベリーであった。
「ここが、レインチェリーだと?」
「まさか、お前さん達も道に迷われたか?」
「お前さん達もって、俺達の他に誰か来たのか?」
ウッディはベリーの襟足を掴み上げ、声を張った。
「く、苦しい……」
「ウッディ、落ち着け! すまない、ご無礼した」
イシュケルに抑止され、ウッディは我に返った。
「十五、六歳くらいの二人の少年と少女が突然現れ、ゴブリン達からこの村を救ってくれたのじゃ」
「間違いないな、イシュケル……」
「あぁ」
更にイシュケルは続けて言った。
「名前は、アレイスと睦月では?」
「はて、その通りじゃが、何故……」
「俺達の子供なんだよ!」
ウッディはまたも身を乗り出した。
「その子達は、何処へ行った?」
ウッディを宥めながら、イシュケルはベリーに尋ねた。
「確か……港街がどうとか……」
「ウッディ行くぞ!」
「おう! 婆さんありがとうな!」
「休んでいかんのか?」
ベリーがそう言う頃には、イシュケル達の姿は見えなくなっていた。




