最後の審判
イシュケルの髪の色が、金色から青に変わる。
「この一撃に賭ける……」
それに伴い嘆きの剣は細身の剣に姿を変えた。
マデュラの炎の魔法は、空間を敷き詰めるかの如く放たれる。しかし、スピードタイプにチェンジしたイシュケルにとって、その炎の波は止まっているかのように見えた。
一気にマデュラに詰め寄る。一点を見据え、剣を振り抜く準備に取り掛かかった。
「見えた……」
――今だ、イシュケル。テクニックタイプにチェンジだ。
マデュラの懐に飛び込むと同時に、タイプチェンジを試みる。
「喰らえ、マデュラ! 魔斬鉄!」
――刹那。
「甘いわ! そんな幼稚な作戦、私が見抜けぬとでも思ったか?」
「ぐはっ……」
マデュラは魔斬鉄を繰り出す直前に、イシュケルの頭上に杖を叩きおろした。その場に倒れ込むイシュケルに、マデュラは言い放った。
「観念しないさい。どう足掻いても、私には勝てない……生け贄になるのだ。今ならまだ間に合います。さぁ、イシュケル様。ご決断を……。私も貴方を殺したくない……」
マデュラは荒んだ目でイシュケルを見下ろす。
「くっ……」
ようやく立ち上がったイシュケルは、鋭い眼光を放ちながらこう言った。
「ふざけるな! 俺こそ、魔王に相応しい男。魔王じゃないならば、魔王になるまでだ。マデュラよ、これが、俺の答えだ!」
イシュケルは剣を振り上げ、無防備なマデュラを斬り付けた。
「ぐわっ。わかりました……どうしても、抵抗すると言うのですね? ならば、イシュケル! お前に未来はない。今すぐ、消してやろう」
マデュラは再び手のひらから次々と炎を放つ。イシュケルはそれを予知していたかのように、身軽にステップを踏みつつ体勢を整える。
「俺が……俺こそが、真の魔王だ。誰にも邪魔はさせん。マデュラよ、お前には感謝する。本当の俺を導き出してくれたからな」
イシュケルがそう言い放ち気合いを入れると、途端に空気に振動が伝わり城全体が犇めく。更にイシュケルが気合いを入れると、今度は蒼白いオーラがイシュケルを包み、髪の色が紫に変化した。
「まさか……これは……そんな筈はない」
マデュラが驚くのも無理はない。その紫色の髪――蒼白いオーラは、高ランクの魔族を証明するタイプチェンジ。即ち、パワー、スピード、テクニック全てを兼ね備えた“バーストタイプ”だったからだ。
「何て清々しいんだ。力が満ち溢れてくる……」
イシュケルはゆっくりとマデュラに近付いた。
「ひぃ……寄るな!」
マデュラは恐怖に包まれながら、炎の魔法を放つ。
「無駄だ。こんな低レベルな魔法など、避けるまでもないわ」
イシュケルはマデュラの放つ炎の魔法を片手で払い除ける。
「無駄だと、言ったはずだ。死ねぃ!」
「ゆ、許してくれ~。私は、あの御方の復活を手助けしたまで……」
マデュラは膝づき虚ろな表情でイシュケルを見上げた。
「この後に及んで、命乞いか? 見苦しいぞ、マデュラよ。魔族なら、魔族らしく死ぬがいい……魔斬鉄!」
「ぐはっ……」
イシュケルの放った魔斬鉄は、マデュラを真っ二つに斬り裂いた。
「汚ない死体だ。嘆きの剣よ、思う存分血を吸うがよい」
――不味い血だ。だが、贅沢は言えんな。はっはっはっ。
「お前も言うようになったな。フハハハッ」
イシュケルと嘆きの剣の不気味な笑い声が、ここルビデスパレスに響き渡った。
イシュケルは、通常の姿に戻り王座にもたれ掛かった。目の前には、嘆きの剣が喰い尽くしたマデュラの屍が横たわる。
――ゲフッ。不味かったが、空腹は紛れた。イシュケルよ、これからどうするのだ?
真紅に染まった嘆きの剣が、イシュケルに問い掛けた。
「マデュラが言っていた、あの御方という奴の存在が気になる。魔王は俺一人で良い。そう思わぬか? 嘆きの剣よ」
――成る程……そのあの御方という奴が復活する前に叩くという訳か?
嘆きの剣は興味深そうにイシュケルを見つめた。
「甘いな、嘆きの剣よ。俺はそいつを探しだし、復活した後に戦いたい」
マデュラとの戦いで覚醒したイシュケルは、戦いに貪欲になっていた。
「俺こそが、真の魔王だ。そいつが復活したら叩きのめしてやる。勿論、イセリナ達もな」
イシュケルはマデュラの血液が付着した嘆きの剣を拭いながら、更に、
「嘆きの剣よ、あの御方という奴について、何か情報はないか?」
と、嘆きの剣に尋ねた。
――う~む。知らんな。一度魔界に戻る必要があるようだな。
イシュケルは嘆きの剣の意見に同調すると、鞘へ収めた。
「面白くなってきたな……」
そう言って不敵な笑みを浮かべると、比較的ランクの高いモンスター数匹にルビデスパレスの警備を任せ、魔界にあるイシュケル城に向かった。
◇◇◇◇◇◇
――ここは、魔界の最果てにある禁断の地。
魔界に住む、極一部のエリートのみが踏み入れることが出来る地だ。尤も、以前は誰でも侵入は可能だっが。しかし、古の戦いの後、何者かに殺傷能力のある結界がはられ、低ランクの魔族はそれに耐えられない為、結果的にエリートのみが踏み入れることが可能と伝えられていた。
更にその禁断の地の中心部に、佇む牢獄があった。かつて、何千人もの人間が魔族によって処刑された場所だ。
多くの人間達の亡骸は誰にも弔われず、長い月日の間に風化が始まっていた。そして、その牢獄に禍々しい棺は奉納されていた。
一年中、日の光を浴びることなくクレセント(三日月)の光だけが妖しくその棺を照らしていた。
「ぐぉぉぉ。生け贄はまだか……。何やら、私がいない間に好き勝手暴れている輩がいるようだな……」
地の底から響くようなその声の主は、自らの復活を今か今かと待ち望んでいた。
「復活はまだ無理か……今度こそ、全てを根絶やしにしてやる……」
禁断の地にあるこの牢獄で、確かに命ある全てのものに対する脅威が復活しようとしていた。




