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邪悪な笑みを浮かべて

 レインチェリー唯一の宿屋ということもあり、部屋は一部屋しか確保出来なかった。

 部屋の出窓からは活気が戻った街が一望でき、夜の冷たい風が入ってくる。


「いい風ね……」


 イセリナは窓際に座り、ぼんやりとしていた。その横で暁とウッディは、賑やかにチェスをしていた。


「チェックメイト~!」


「だぁ~。また負けた。暁、もう一回!」


「何度やっても同じ。出直して来い!」


 イセリナは、二人を見て微笑ましく思った。


「あ~。暁、強すぎんだよ。外行って頭冷やしてくるぜ!」


「あぁ、そうしろ」


 ウッディが部屋を出て行くと、イセリナは暁に問い掛けた。


「暁の好きな人って誰?」


 暁はアクビをしながら身体を伸ばし終わると、ニヤニヤしながら言った。


「教えて欲しい?」


 そう言われると、『うん』としか答えようのないイセリナは『うん』と答えた。


「やだ、教えてやんな~い」


 イセリナが一瞬ムッとした態度を取りながら睨むと、暁は真顔で言い添えた。


「僕のは……無理だから……」


 遠い目をする暁に、何て言葉を掛けたらいいのか考えていると、ウッディが外から帰ってきた。


「二人共、何話してんだ?」


「内緒だよ、内緒。女の子同士の秘密。ねぇ、イセリナ?」


「う、うん」


 今の会話の中で、何となく暁の好きな人がわかったイセリナは、暁に話を合わせた。


――暁、頑張って。応援するよ。


 イセリナは心の中で、暁の恋の成功を祈った。


「さぁ、明日に備えてもう寝ましょう。ウッディはベッドの下で寝てね?」


「マジかよ! イセリナは酷いな」


「当たり前でしょ」


「せっかく二人の間で寝れると思ったのに……」


「何考えてんだよ、スケベ!」


 ウッディの前だと、素直になれない暁だった。そんな光景を見てイセリナは、羨ましく思っていた。



――翌日。



 眠い目を擦る二人に、イセリナは切り出した。


「これから先……情報を集めるのに、アルタイトの街に行こうと思うの。あれだけ規模の大きい街なら、伝説の武具の情報も手に入るはずよ」


 イセリナは、伝説の武具を再び集め始めれば、いずれイシュケルと会えると思い提案した。


「賛成~。そうと決まったら、さっそく港街に行こうよ。定期船が出てるはずだよ」


「二人がそう言うなら、俺は構わないぜ」


「決まったようね」


 三人は遅い朝食を済ませると、レインチェリーを旅立ち港街に赴いた。




◇◇◇◇◇◇




 ――一方魔王サイド


「イシュケル様、イセリナ達はアルタイトに向かうようです」


 マデュラは世界地図を広げ、アルタイトの位置を指差した。


「イセリナ達は、海を越えるつもりか?」


「そのようです。イシュケル様、早急にモンスターを……」


 マデュラはイシュケルに黒龍石を渡し、モンスターを呼び出す準備に取り掛かった。


「さぁ、イシュケル様。準備が整いました」


「うむ。では、始めるぞ」


 イシュケルは黒龍石を魔方陣に掲げ、魔界ゲートに向かって祈りを捧げた。以前より魔力が増したことで、短時間でモンスターを呼び出すことに成功した。

 魔界ゲートからは水飛沫を上げながら巨大な爪を持ったドラゴンが現れた。


「我が名はシードラゴン。呼び出して頂き光栄に存じます」


「イシュケル様、これは好都合ですぞ。シードラゴンは海での戦いは負けなしと言われています。船でアルタイトに向かう勇者どもを狙えば、あるいは……」


 マデュラは目を輝かせて言ったが、イシュケルは複雑な思いだった。


「マデュラ、このシードラゴンはそんなに強いのか?」


「そりゃあ、もう」


「そうか……ならばこれを喰らえ!」


 イシュケルは強く念じ、シードラゴンに向け衝撃波を放った。


「な、何をなさいます」


「まぁ、見てろ!」


 イシュケルの放った衝撃波は、シードラゴンの額の前で増幅すると四方八方に拡散した。シードラゴンは瞬時にそれを察知し、蒼く光る鱗を盾に弾き返した。


「成る程……面白い」


「イシュケル様……認めてもらえたようで」


「自惚れるな」


 イシュケルはシードラゴンの実力を確認すると、続けて指令を下した。


「シードラゴンよ、敵は勇者どもだ。いい結果を待っているぞ!」


「承知」


 シードラゴンはマデュラの手によって大海原へと転送された。


「ところで、イシュケル様。修行の件ですが、如何なさいますか?」


「マデュラよ、メニューはお前に任せる」


「わかりました。では、こちらへ」


 話を終えるとマデュラは、王座に飾れた趣味の悪い宝石を調べた。するとそこに隠し階段が現れた。


「これは……」


 イシュケルが驚いていると、


「イシュケル様、こちらへ」


と、その階段へ案内した。

 階段を降りるとそこは、四畳ほどの狭い空間が広がっている。


「イシュケル様には、ここで一日過ごしてもらいます」


「こんな狭いところで?」


 イシュケルは思わず疑いを掛け、聞き返した。


「ここはまどいのといいまして、本人にとって不都合な幻覚が襲ってきます。見事その幻覚に打ち勝った時は、驚くほど強靭な肉体と魔力が手に入ると言われています。イシュケル様、如何なさいますか? 決めるのはイシュケル様、ご本人です」


 イシュケルに迷いはなかった。二つ返事でマデュラに返すと、惑いの間での修行に合意した。


「それでは、二十四時間後お会いしましょう。ご武運を……」


 マデュラはそう言い残すと、階段をかけ登り入り口を塞いだ。戻ることは許されない。何もない空間に残されたイシュケルは、特にやることもなくただ目を閉じた。


「俺は何をすればいいのだ。幻覚とは何なのだ……」


 独り言を発していると、誰かがイシュケルに囁いてきた。


「お前のせいだ! お前が悪い」


 イシュケルの瞼の裏に現れた黒い影が、激しく罵倒する。何か言い返そうとするが、声は出ない。


「お前は生きる価値がない。死ねばいい……」


 更に現れた別の黒い影が、イシュケルに言い放つ。


――くっ、誰なんだ?


「お前を許せない。消えろ」


――やめろ……やめてくれ。


 イシュケルは心の中で何度も叫んだが、その声は黒い影達によってかき消された。次第に呼吸することさえ困難になり、意識が飛びそうになる。必死で瞼を開けようとするが、それさえも困難だ。

 やがて黒い影達は、手出しの出来ないイシュケルに纏わりつき、身体を引きちぎるかのように強く絡み付く。


「苦しめ、もがけ」


――許してくれ……。


「許すはずないでしょ」


 イシュケルは聞き覚えのある声に反応した。


「イセリナ……そこにいるのか?」


 今まで出なかった声が出た。それと同時に、黒い影が正体を現した。黒い影の主は、暁、ウッディ、そしてイセリナだったのである。


「皆、どうしたんだ? 何故、俺を責める」


 そう発するイシュケルに、イセリナは答えた。


「お前は、敵だ。私達の敵だ」


「違う! 俺は、俺は…………」



 何か言葉を紡ごうとしたその時、イヤな脂汗が眉間を流れた。


「イシュケル様、イシュケル様? お気を確かに」


「マ、マデュラ……か……」


 イシュケルが気が付くと、そこには後ろに腕を回したマデュラが立っていた。


「気が付きましたか? 約束の一日が経ちました。大丈夫ですか?」


「俺は大丈夫だ。それより、もう一日が過ぎたのか?」


「はい、もうすぐ夜明けです。ではイシュケル様? これをお飲み喉を潤してください」


 マデュラは銀色に輝く盃に注がれた緑色の液体を差し出した。喉が渇いたイシュケルは、それを一気に飲み干した。


「うぬぬぬ……」


 イシュケルの体内から、凄まじいエネルギーと魔力が満ち溢れた。


「俺は何を迷っていたのだ。憎い……勇者どもが憎い。イセリナめ、殺してやる……」


 イシュケルは有り余る魔力を解放した。それと引き換えに、イセリナ達と過ごした日々……イセリナへの想いが吹き飛び、変わって憎悪が増幅した。


「マデュラよ、俺はイセリナ達が憎い……。一刻も早く根絶やしにするのだ」


 そこには過去のイシュケルの面影はなく、魔王本来の邪悪なイシュケルだけがいた。


「イシュケル様、仰せのままに……」


――どうやら、うまくいったようですね。


 イシュケルはマデュラの思惑にハメられ、記憶を失ったとも知らずに、イセリナ達への逆襲を誓った。

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