エージェントMの潜入作戦-第三者視点ー
ジェラルドとキースの凸凹コンビが採掘場に突入する少し前。
教会が運営する炭鉱の前に怪しい人影がポツンとあった。その影は商人の身なりをしており、異国の出身なのかこの辺ではあまり見かけない彫が深い顔立ちに浅黒い肌の色の男だった。
商人の格好をしている上に見るからに外国人風の男。到底こんな所に用があるようには見えない。どう好意的に見ても、せいぜい道に迷ったようにしか見えない場違いな格好なのだが、更にその格好で辺りをキョロキョロと見回しているものだから、不審人物として通報されても何ら違和感が無かった。
実はこの男はこの国………アルメリア王国の情報局に務める言わば「スパイ」であるのだが、以前は別の国でスパイをやっていた男であった。しかしとある任務で失敗しアルメリア王国に捉えられた所をとある人物によってリクルートされ、今の地位に就いたのだった。とはいえ、スパイだというのにまるで素人のような動きを繰り返している。
過去に捕らわれた事があるという時点で、力量はあまり高くないのであろう事が伺える。
男は暫く怪しい挙動を繰り返して辺りを警戒すると、満足したのか警戒行動を止めて胸元にしまってある無線機に手を伸ばした。
魔石で動くソレは国のブラックボックスと呼ばれる技術で作られた物で、一般人が手に入れられるような代物ではなかった。
「アーテステス、エージェントMデスドウゾ」
トランシーバーのボタンを押しながら話しかけること数回。
無言を破ってようやく相手の声が無線機から返ってきた。
『こちらGHQ、目標地点に到達したか?どうぞ』
「目標地点ニ到達シマシタ。指示ヲ仰ギタイノデスガ一言イイデスカドウゾ」
『了解、一言どうぞ』
「この無駄なイントネーションで喋るの疲れるのでもう止めます。っていうか、何でこんな無駄な指示をするんですか!しかもエージェントMってそもそもなんですか!」
突然カタコト発音だった商人の言葉が流暢になった。この喋り方が素らしい。
「スパイといえば個性的というのは相場が決まっているのだ。そしてエージェントMというのはコードネームだよ」
「最近王都で流行ってる、魔道映写機による娯楽映像施設、”映画館”とかいったかな?
そこでやってた劇場作品の脇役から名前を拝借したんだよ。たしか”マン・イン・ブラック”とか言ってたような??まぁ、いいや。それよりもだ!
まったく、君のその見た目は完璧だというのに喋りだしたとたんに個性が無いなんて悲劇じゃないか!そんなのは私の美学に反するのでね。君の見た目に相応しいコードネームと、異国人がカタコトで話す、なんていうすばらしい個性を考えてあげたんじゃないか。感謝したまえ」
「いやいやいや!そもそも答えになってないし、不満に思ってる事はそれだけじゃないですからね!
市場で十字架振り回させたりとか、訳の分からない怪しい商法で聖書売りつけさせたりとか、一体僕に何をさせたいんですかっ!しかも人にやらせておいてゲラゲラ笑ってたでしょう!?まったく信じられないっ!」
商人風の男はそういって頭を抱えだしてしまった。
「はっはっは、まぁいいじゃないか。
それに君ほどスパイという職業に向いてな………ごほん、任務に忠実な男は居ないと思ったからね。僕の暇つぶしにちょうどいい面白い玩………もとい有能な手足だと思ったのさ」
「ちょ………今向いてないとか面白い玩具って言わな「気のせいさ!」
商人風の男をさえぎってトランシーバーが声を届けた。
「まぁ、命を救ってくれたことには感謝しますけどね。危うく銃殺になるところでしたし」
男はアルメリア王国に侵入し捕らえられた当時を思い出したのか、じんわりと滲む汗を乱暴にぬぐった。
「ん?銃殺?何を言っているんだい?
今時スパイ罪くらいで”銃殺”だなんて時代錯誤なことはやってないよ。
まぁ実際の話は、あまりにも人権団体の連中が生命を粗末にするなと騒ぎ立てるもんで、やるにやれなくなったんだ」
トランシーバーの向こう側ではため息が漏れていた。
「そうか、すっかり忘れてた!前にいくつか説明してくれましたよね。世間体をはばかるってやつだ。ただ、その代わりいろんなやり方があるとか。たとえば鹿狩りに行って、普段熊なんか出やしないのに突然キラーベアーが現れるとか、友人と3人で魔道船に乗ってクルージングに出かけたら何故か二人しか帰ってこなかったとか」
「まぁ、肯定も否定もしないとだけ言っておこう。さて、話を戻すけど、今までの経緯を報告してもらえるかな?」
話が脱線しまくったところで修正を入れる自称GHQ。
「………以前話したとおり、法王はどうか知りませんがセクト教のあの枢機卿は黒ですね。前回、進入した施設の中に人体実験を行っている事を臭わせる書類を見つけました。
その時見つかって騒ぎになったので詳細は分かりませんでしたが、恐らく何らかの邪法の研究をしているとみて間違いないですね………というかエドワード王子。GHQって何ですか?何かヤバイ薬でもキめてるんじゃないですよね?」
いつもの破天荒ぶりを知る男は自称GHQと名乗る男に対して突っ込みを入れる。
「こらっ!私の事は、ちゃんとGHQと呼びたまえ!こういうのは雰囲気ってやつが大事なんだからな。ちなみにGHQってのはGeneral Headquarters(連合国最高司令官総司令部)の略だ。
もしGHQが言いづらかったら連合国軍最高司令官と呼んでくれても良いぞ。ハッハッハ。ちなみに何でソレをチョイスしたかってのは、何となく格好良い響きにあこがれただけで特に意味は無い!」
無線の向こうでは能天気な笑い声が木霊した。
エドワード・フォン・アルメリア・シュバリエ
この国の第一王子で、前回の武道大会決勝戦にてジェラルド・マクラレンに負けた男である。
放蕩王子として名高いエドワード王子は過去、数々の寄行・王城からの脱走をしており問題王子として名高い男である。
最近もシルヴィア王妃に説教という名の体罰込みの拷問を受けていたが、王族のみに伝わる有事の際の城の秘密通路を、あろうことか脱走経路にし逃亡したばかりであった。
「GHQ………アンタの場合は『Go Home Quickly(早く家に帰れ)』の間違いじゃねぇのか?」
と、男は王子の現状況(国から脱走した挙句、厄介ごとにクビを突っ込んでいる)を鑑みながら鋭い突っ込みを王子に放った。
しかし当の本人も、まさか脱走した話が大きくなり、今まさにシルビア女王の権限でもって現在では国際指名手配されているとは露とも知らない能天気ぶりであった。
王子を追う面子は、危機管理チームを率いるギニアス・ヴァン・エルガー宰相を筆頭に護衛任務失敗で面子を潰されたアンドレイ・ペトロフ将軍以下スペシャルフォース精鋭部隊、復讐に燃えるチャーリー・ベラチーニ一等書記官、貴族院の大物政治家であるゲオルグ・ヴィクター率いる通常任務では決して動くことは無い貴族院精鋭部隊までも含む”王子探索大隊”が編成。
王子探索どころか、国の威信まで賭けた前代未聞の危機管理チーム指揮による王国史始まって以来の”ローラー作戦”が展開されようとしていた!
「ハハハ、ようやく冗談を言えるようになったか!!うんうん、君は真面目すぎる嫌いがあるからねぇ。そのくらいが丁度良いよ!!ハッハッハー!」
「………もう良いです。とにかく前回の潜入で少しだけ明らかになった、この坑道が怪しいので潜入します。また何かありましたら連絡しますね」
そう言って片言喋りを自称GHQ、もといエドワード王子の許可を取らずに勝手に戻した商人風のスパイはレアメタル採掘場に潜入したのであった。




