表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第8章 戦時の大和~1944年
99/182

第95話 覇号作戦(中)

 第95話『覇号作戦(中)』



 1944年5月3日

 ソビエト社会主義共和国連邦/ハバロフスク地方


 ハバロフスク近郊。大日本帝国海軍の河用砲艦『伏見』は、水曜日の朝の喧騒に包まれていた。ウスリー川が奏でる穏やかなせせらぎ、軽やかな風、鳥の囀り。そして三式陸上攻撃機『銀河』による――爆撃音。その間には、火砲の咆哮や歩兵の悲鳴も入り混じっていた。……いつも通りの水曜日の朝。少なくとも、この砲艦『伏見』艦長を務める前田豪海軍中佐は、そのように思っていた。

 大日本帝国海軍最後の砲艦とされる“伏見型砲艦”の第1番艦たる『伏見』は、その名に秘めたる栄光に恥じぬ威風堂々とした走りを見せていた。主砲たる40口径7.6cm高角砲は朝陽に煌めき、やや混濁した川面には、その艦影が投射されている。春一番の猛風を受けてマストは揺れ、川は波打った。艦首はいよいよその速度を増し、ウスリー川を軽快に切り裂きながら進む。そんな伏見には心地の良い風が入ってくる。そんな風を甲板上で待ち侘びていたのが、機関室の面々であった。油塗れに汗塗れ、おまけに垢塗れときた彼らは、その風を送り込んでくる一つの暗雲を見つけ、顔を綻ばせた。

 その理由は数分後、明らかになった。眼前に漂っていた暗雲はやがて頭上を覆い、雨を降らせ始めたのだ。そんな春雨に歓喜の声を上げるのが、機関員を始めとする下士官の面々であった。シャワー室などという設備に恵まれない彼らは、こういった雨降りに期待してその身を清めるのである。各砲艦によっても任務期間は異なるが、伏見も1~2週間で母港へと帰投できるわけではない。故に自然のシャワーを彼らは渇望するのであった。

 「いやぁ! こいつは気持ちがいいや!」

 年配の機関員は豆粒のような石鹸を手に握り締め、笑みを漏らした。無論、全裸である。砲艦勤務で鍛え上げられた体躯を惜しげもなく見せ付ける彼は、1週間振りの行水であった。

 「だがねぇ……あんさん。こんなんやったら、飛行機は使い物にならんで?」

 と、そう言うのは兵庫出身の水兵である。彼はハバロフスク上空を覆い尽くす黒雲を指し、心配そうな表情を浮かべていた。

 「おうよ、だからこその“伏見”じゃねえか!」

 機関員はそう反論する。航空主兵主義一色の帝国海軍内では、砲艦は『下駄船』と侮蔑の対象となっている。しかし、航空機が使えなくなった今、砲艦は航空機に代わる主戦力としてその火力を如何なく発揮できる権利が与えられたのである。

 「しかしね、この伏見に積まれとんのは7.6cm高角砲やないか」

 「それで十分! 伏見の本領は速力だからな」機関員は言った。「17ノットの快足をなめるんじゃねぇぞ? コイツの足に敵う河用砲艦はそうはいねぇ!」

 水兵はやれやれと首を振った。

 「こいつは噂やがなぁ……このウスリー川には“ヌシ”がおるらしい」

 「ヌシ?」

 機関員は首を傾げた。

 「そうや、ヌシや。なんでもソイツは、5インチ近い主砲を持っとるらしくてな。しかもその艦形か独特らしい。そんで付いた異名が“円盤戦艦”や」

 「円盤戦艦? なんだそりゃ」

 機関員はますます訳が分からなくなり、首を傾げた。

 「艦形がその名の通り円盤みたいらしい。ワイが聞いたんわ、それだけや」

 


 豪雨は降り止まぬどころか、より一層強さを増していた。砲艦『伏見』はその只中を2隻の僚艦を引き連れて航行中であった。2隻はいずれも満州国海軍の艦籍で、伏見同様の砲艦であった。その名は『定辺』と『親仁』。満州国海軍『江防艦隊』の主力艦である。

 「12cmの高角砲……ごっついなぁ……」

 兵庫出身の水兵は砲艦『親仁』の主砲12cm連装高角砲を見据え、言った。

 「へんッ、ありゃあただのハリボテさ。支那の船に見惚れてんじゃねえ」

 年配の機関員は川面に向かって唾を吐いた。

 「へへ……焼きもちやな?」

 「何気持ち悪いこと言ってやがるッ!?」

 「……楽しそうだな、西機関上等兵曹」

 水兵の悪ふざけに声を荒げる機関員の背後から響いたのは、砲術長のどすの効いた声だった。

 「はッ! 砲術長。申し訳ありませんでしたッ!!」

 2人は瞬時に姿勢を整え、直立不動の体勢を取った。

 「谷上等兵曹!」砲術長の凄みの効いた声が甲板上に轟いた。「貴様はそんなに満州海軍の『親仁』が好きか。ならば俺が推薦状を出し、貴様をあの艦の乗員にしてやろうか?」

 谷は即座に首を振った。

 「いえ、申し訳ありませんでしたッ!」

 「それは本当だな?」

 「勿論でありますッ! 本当でありますッ!」

 谷の悲鳴にも似た声を聞いた砲術長はその視線を西に向けた。

 「西機関上等兵曹! 貴様はどうだ?」

 「いえ、私は伏見の乗員でありたく願いますッ!」

 西の声には熱意がこもっていた。そんな熱意を見透かしたのか、砲術長は静かに頷いた。

 「今回は見逃してやるが、以後は許さんからな?」

 「はッ! 申し訳ありませんでしたぁッ!!」

 2人の天を衝く返答に気を良くした砲術長は、笑みを漏らした。

 「ところで谷上等兵曹。“円盤戦艦”の話をしていたな?」

 「はッ!」

 「詳しく聞きたい」

 「はッ! 私が聞いておりますのは、その“円盤戦艦”が5インチ近い砲を持っていることと、その艦形が円盤のようだという事でありますッ!」

 砲術長は静かに頷いた。

 「そうか。だが、その話には2つ誤りがある」砲術長は言った。「1つは5インチではなく、12インチだという事。そしてもう1つは、その艦形が楕円に近い……ということだ。ソ連海軍の河用砲艦『オピト』はな……」

 砲術長の言葉に2人は唖然とした。

 「じゅ……12インチでありますか!?」

 12インチ――即ち“30.5cm主砲”は完全に2人の予想を凌駕する代物であった。いくら韋駄天の伏見といった所で火力の差は歴然。高角砲で弩級艦砲を相手取るのは、自殺行為以外の何物でもなかった。

 「勝算は薄い。だが、やらねばならぬ。それが軍人だ」

 そんな砲術長の言葉に、土気色だった西の顔は次第に明るくなった。

 「やりましょう……やってやりましょうッ! それが帝国海軍人でありますッ!!」

 興奮に声を震わせながら西は言った。

 「うむ、そう――いや……待て」

 急に小声になった砲術長の顔を西が呆然と見つめていると、頭上をすっぽりと覆い尽くした黒雲が降り頻らせる豪雨の先に、一隻の艦影が浮かび上がってきた。まるで桶のようなその艦影には、3本の煙突が伸び生えている。摩訶不思議、奇々怪々と言わざるを得ないその艦影は次第に濃くなり、やがてその全貌を明らかにした。

 そう、それはソ連海軍アムール河川艦隊の旗艦『オピト』だった。



 アンドレイ・ポポフ中将。ロシア帝国海軍に現れたこの奇才は、水上で砲を安定して撃つにはどうすれば良いか? という問題に熱心に打ち込んだ人物であった。この問題に対し、帝国海軍の奇才と謳われる金田秀次郎中佐は、『50万t戦艦』という空想戦艦案を打ち立てた。これは艦が波の動揺に関わらず艦体を水平に保つためには、太平洋の波の波長よりも大きくしようということで生まれた戦艦である。しかし、結果としてこの条件を満たすべく導き出されたのが、幅91m以上、全長601m以上、排水量に至っては50万tという途方もないスペックだった。

 ポポフ中将が打ち立てたのは、もっとユニークなアイデアであった。艦を安定させる上で理想的な艦形を考えた彼は、“円形”こそがもっとも艦を安定させる形だという結論を導き出したのである。かくして生まれたのが――『ノブゴロド』だった。

 俗に“円盤戦艦”、“円形砲艦”と渾名されるこの『ノブゴロド』は、ポポフ中将が自身の主張の正しさを証明すべく建造された第1番艦であった。船体中央に28cm単装主砲を2門置き、その中心に棒墻が聳え立つ。艦は円形で、6基の蒸気機関で動かされていた。だが、機動性は最悪。河用及び沿岸防御用に建造されたノブゴロドだが、円形という艦形から直進性が無に等しく、川の中ではくるくると回るだけしか出来なかったという。しかし動かなければ、確かに砲撃の精度は高くはあったが、それは同時に『ノブゴロド』の存在意義を否定するに等しかった。戦艦とは浮き砲台であるが、浮き砲台とは一線を画している。だからこそ戦艦は戦艦であり、浮き砲台は浮き砲台なのだ。

 しかしノブゴロドは、ただの浮き砲台でしかなかったのだ。

 結局、ノブゴロドは失敗であった。しかしポポフはこれにめげず、第2番艦の建造を推し進める。こうして誕生したのが、自身の名を持つ円盤戦艦『ヴァイス・アドミラル・ポポフ』であった。

 だが残念な所、この『ヴァイス・アドミラル・ポポフ』も失敗作に違い無かった。少なくとも、自走式の浮き砲台といわれればそうかもしれなかったが、戦艦ではなかった。結局、ヴァイス・アドミラル・ポポフは中途半端な結果を残したまま1910年代、任を解かれて解体された。

 しかしポポフの円盤戦艦計画には、もう一つの姉妹艦があった。『リヴァディア』である。ロシア皇帝の求めに応じて設計、建造された同艦は史実では1880年代頃に完成、今物語では1890年代に完成した皇帝専用の艦艇である。排水量4,420t、全長71m以上、全幅46m以上。ボイラー8基に往復動機関3基を搭載しており、最大速力は15ノット程度だった。

 今物語においてリヴァディアは全く異なった運命を歩んでいた。1930年代、監獄船『オピト』として生まれ変わった同艦は、対日国境戦に備えた河川砲艦としての改装が決定するのだ。そして1943年の『日ソ戦』開戦以降はアムール河川艦隊に編入。以後、河川艦隊の旗艦を務め、帝国海軍の侵入を阻止する防人として、警備の一手を担ってきた。艦齢50年超の超高齢艦だが、30.5cm主砲という強力な火力に加え、いくつかの対空砲を有する“河川要塞”と化していた。

 


 「奴は動いていない」

 砲艦『伏見』艦橋。双眼鏡を手に持ち、前田艦長は訝しげに言った。

 「どういうことでしょうか……?」

 「簡単なことだ、奴には油が無い。だから浮き砲台のような役割を担ってるんだろう」

 1944年、ソ連極東方面軍は慢性的な燃料不足に悩まされていた。戦車は固定砲台としてのみ機能し、航空機は空を飛ばず、トラックはその役目を軍馬に取って代わられて――冬を越すため、その数は著しく減少していたが――いた。艦艇も例外ではない。ハバロフスク唯一の水上戦力であるアムール河川艦隊はその大半の艦艇が油不足によって動かず、繋留されていたのだ。

 「敵艦は例の“デカブツ”です」

 砲術長は言った。

 「……だろうな」前田は渋面を浮かべ、頷いた。

 「艦長」いつにもなく砲術長の声は震えていた。「デカブツは12インチの砲を有していると聞きました。この『伏見』――それに『定辺』や『親仁』でも、あれに対抗するのは無理でしょう。火力が違い過ぎます」

 「……何が言いたい?」

 前田は眉を顰めた。

 「……」砲術長は躊躇いながらも口を開いた。「“後退”の選択肢もあるのでは……と」

 砲術長がそう言ったのは、何も自己の保身や負け戦を戦うことに不満を抱いていたからではない。西と谷、この2人の下士官と言葉を交わした彼は、自らの我儘で部下を死なせたくない――と思い至ったのである。砲艦『伏見』には主砲と言えど、水鉄砲のようなものしか積まれていない。敗北は必至である。だからこそ、救える命は救わねばならない。砲術長はそう考えていた。

 「砲術長」

 一間の静寂の後、前田は静かに口を開いた。「俺もそれは考えた。だが勝機が無いわけではない。俺は一分の望みさえあれば、どんな困難であろうと立ち向かうと決めているんだ」

 前田は本気だった。彼の瞳、彼の言葉、彼の熱意がそれを物語っている。

 「……了解しました、艦長」

 砲術長は静かに告げ、『オピト』の艦影に視線を向けた。



 ――砲艦『伏見』は直走る。2隻の同胞を引っ提げて、ウスリー川の暗い川面を滑るように疾駆する。上甲板からは色鮮やかな光が飛び交い、耳を聾する轟音が川面を渡って響き渡る。

 「主砲8cm高角砲、撃ち方始めッ!!」

 その巨体は震え、湧き立つ波濤を弾き飛ばした。刹那、解き放たれた8cm砲弾は漆黒の空を切り裂き、豪雨の中で砲撃音を反響させている。叫び声のようだが、どこか遠くの、もっと広々とした所から響いてくるかのような――砲撃音。砲弾は楕円のような船体を持つ砲艦『オピト』の後部甲板に直撃し、対空砲を吹き飛ばした。

 「砲撃が来るぞぉッ!!」

 伏見の砲撃に応えるようにオピトは主砲30.5cm2基を駆動させた。オピトは動かない。これが先ほどの伏見による40口径7.6cm高角砲の砲撃を受ける要因となったわけだが、同時にオピトの砲撃の精度を上げる要因にも成り得た。

 30.5cm主砲による鋼鉄の応酬を受けたのは伏見ではなく、満州国海軍の砲艦『親仁』であった。290t級砲艦である親仁は、その船体中央部を30.5cm砲弾によって貫かれたのだ。ぐちゃぐちゃに引き千切られた船体の隙間から、紅蓮の炎が幾筋にも噴き出し、重油の黒い飛沫が飛び散らせた。

 「…………」

 前田と艦橋の一同が息を呑んで見つめる中、致命傷を負った親仁は、天を衝くような末期の悲鳴を上げながら、後ろによろめき、沈み始めた。艦首を高らかに掲げ、松明と化した親仁にもはや助かり得る余地は無かった。

 「残された手は一つしかない」

 30.5cm砲の威力を目の当たりとした前田は、砲術長の顔を見て言った。「対艦戦闘ォォォッ!! 『ロサ弾』用意ッ! 撃ち方始めッッッ!!」

 ロサ弾――正式名を“四式噴進焼霰弾”というこの噴進弾は、史実では1944年に制式採用された。航空戦艦『伊勢』『日向』や空母、さらには特攻兵器『震洋』にも搭載されたこの兵器は、今物語では1943年には既に制式採用されており、防空戦艦を中心に配備が進んでいた。史実1945年には敵艦隊への特攻攻撃の要として使われる筈だったそれは今、砲艦伏見に配備されていたのだ。

 「ロサ弾用意ッ! 撃ち方始めぇぇぇぇぇッ!!」

 砲術長が復唱し、伝声管を通じて後部甲板の水兵達に伝えられた。

 「ロサ弾用意ッ! 谷上等兵曹、遅れを取るなよッ!」

 「はいな!」

 刹那、架台に積まれた計16発のロサ弾は、遂に漆黒に染まった上空へと解き放たれた。白い噴煙と紅い噴炎が重なり、交じり合い、豪雨を切り裂く。放物線を描きながら空を舞った。計16発の12.7cm噴進弾は、吸い込まれるようにして砲艦オピトの前部甲板へと着弾した。

 天を突き破らんばかりの爆音が轟いたのは、その刹那であった。30.5cm主砲を有し、『円盤戦艦』と称されるオピトだが、元はロシア皇帝専用のヨットであり、軍艦とは訳が違った。元来、装甲というものを有しておらず、現在に至っても表面に張り付けただけに過ぎない。その中核を構成するのは木板であり、鋼ではなかったのだ。故にオピトはよく燃えた。

 「……どうだ」

 前田は低く張りつめた声で呟いた。オピトは紅く染まった。だが、豪雨が取り巻く不気味な艦影は、一向に川面から下へと沈もうとはしなかった。むしろ、力強かった。主砲たる30.5cm砲は天を仰ぎ見ながら聳え立ち、その砲身をこちらに向けている。噴進弾は噴進弾に過ぎない――ということだった。

 「艦長ッ!」

 砲術長は悲鳴にも似た声を上げた。

 「責任は取る。いや……取らせてくれ」

 オピトの艦影を見据えつつ、前田は言った。

 


 数十分後、砲艦伏見は水中に没した。12インチ砲の衝撃は伏見のマストを一撃で粉砕し、また機関部をも破壊した。誘爆に次ぐ誘爆、炎上に次ぐ炎上を続ける伏見にもはやオピトと対峙する選択肢は残されてはいなかった。乗員達はその身をウスリー川へと投げ出し、生き残った僚艦『定辺』に助けられた。

 しかしその中に艦長前田の姿は無い。彼は燃え盛る艦橋の中に残り、艦と運命を共にする道を決めたのだ。炎と水に包まれる砲艦伏見の艦橋の中で、彼は――敬礼をした。

 

 

 

 

 

ご意見・ご感想等お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ