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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第7章 戦時の大和~1943年
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第83話 オホーツク海海戦(前)

 第83話『オホーツク海海戦(前)』

 

 

 1943年9月4日

 東京府/千代田区


 前日、9月3日。日本海に展開していた第一護衛艦隊及び各艦隊所属の潜水艦は、7月上旬から開始した通商路破壊作戦の中でも最大の損失を出した。派遣されていた潜水艦のうち、10分の1が哨戒から戻ってこないか、定時連絡が途絶えてしまったのだ。これまで圧倒的優位に立っていた帝国海軍連合艦隊としては、これは由々しき事態だった。連合艦隊司令長官の吉田善吾大将は、すぐさま各艦隊の司令長官ならびに軍令部幹部達を招集、状況把握と分析、そして今後の方針決定を定めるための軍事会議を開いたのである。そのため、霞ヶ関の海軍省へ一堂に会すこととなった。

 「この戦いはまだまだ終わらない」

 吉田大将は話しながら帽を取り、長机の上に置いた。「我々はこれまで、十分な程に軍務を果たしたし、今後も果たす。しかしながら、開戦したばかりだというのに、この損失は見過ごせないものだ。陛下から賜った軍艦と皇民を多大に失う訳にはいかん」

 彼は周囲の提督達に顔を向け、ひとりひとりの目を見ながら思った。これは敗北ではない。彼らの表情は戦意の昂りに紅潮し、冷静ながらも鼻息荒い。むしろ勝利と言ってもいい。戦意高揚は、強大なソ連軍に対しては最大の対抗手段なのだ。それは、史実の無意味極まりない『精神論』に由来するかもしれないが、それでも勝利に繋がるのなら……と吉田は静かに頷いた。

 「伊藤参謀長。状況説明を」

 「はッ!」

 吉田の振りに、伊藤整一中将はさっと立ち上がった。連合艦隊司令部の頭脳たる彼は、年齢の割によく締った体格を維持している。聡明な顔つきを浮かべ、炯々と瞳を輝かせながら、伊藤は口を開く。

 「本日0900時、ソ連沿岸州ウラジオストクから総数30隻を超す大艦隊の出撃が確認されました。そして同時に、ソ連第1極東方面軍が樺太にその戦力を集結させているという情報も入っています。おそらく、ソ連軍は樺太及び千島に対して、攻勢を仕掛ける気なのでしょう。今回の艦隊出撃も、おそらくその洋上支援だと思われます」ざわつく一同を視線で制しながら、伊藤は続けた。「そして、その艦隊の陣容は、戦艦3、空母4、巡洋艦3、駆逐艦25。そして――航空戦艦1」

 1943年1月時点でのソ連太平洋艦隊は戦艦を1隻も保有しておらず、空母1隻、巡洋艦2隻、駆逐艦15隻、潜水艦91隻、小艦艇多数、それに航空機が600機程度で構成される艦隊だった。数十隻の空母、戦艦、巡洋艦を保有する連合艦隊とはお世辞にも戦えない弱小艦隊だった訳だ。しかしそれが8ヶ月後、突如として倍以上の戦力になったのである。

 「な……なんという規模だ」第一航空艦隊司令官の塚原二四三中将は呻いた。「一体、どこからそんな戦力が沸いて出てきたんだ。まさか喜望岬やウラジオストクからではあるまい」

 伊藤は頷いた。「その予想ですが、2つの線が考えられます。1つは北極海ルートですが――」

 北極海ルートは、共産主義を謳って成立したソ連にとって、太平洋方面等への回航には欠かせない航路だった。そのため、連邦成立の1922年以降、その開発が進んでいる。1935年にはこの北極海航路が正式に開通し、商船も利用を始めた。また1936年には、バルト艦隊の一部がこの航路を通じて太平洋艦隊に編入されている。

 「これはドイツ海軍や英海軍の哨戒網が厳しく、気付かれないようにしてここまで到達出来たのは、難しいかと思われます」

 1942年以降、この北極海航路にはドイツ海軍の厳しい哨戒網が敷かれており、巡洋戦艦『シャルンホルスト』や重巡洋艦『アドミラル・ヒッパー』が出張っていた。また多数のUボートも展開しており、監視の目は易しくはなかった筈だ。しかしソ連海軍はこれらの哨戒網に引っ掛からず、30隻以上の大艦隊を回航させたというのは、考えられない話だった。

 「では、2つ目の線は?」

 そう訊いたのは、海上護衛総隊司令長官たる藤伊一中将だった。彼は訝しげな表情を浮かべ、腕を組んで座っていた。

 「これはメキシコに派遣した『帝機関』諜報員からの報告なのですが……」伊藤は言い淀んだ。「先月8月、パナマ運河を通過する多数の軍艦を遠巻きながら確認したそうです。最初はアメリカ海軍のものと我々も思い、ハワイに戦力が増強されるのではと考えました。ところが、その軍艦の艦首旗には――赤地に金で鎌と鎚が描かれていたと」

 伊藤の衝撃の情報に、一同は言葉を失った。なんと自由主義国家アメリカが、もっとも憎むべき敵である筈の共産主義国家ソ連を支援しているというのだ。

 「まさか……それは本当か?」

 「本当です」第四艦隊司令長官井上成美中将の問いに、伊藤は答えた。「当初、我々も耳を疑う報告でした。諜報員……といっても、地元のメキシコ人を雇ったものですから、金欲しさに途方もない情報を掴ませたのだと解釈してしまったのです。そして偽情報として書類の山に埋もれてしまったのです」

 「ほぅ……」その話を聞いていた藤伊は唸った。「情報が上がらなかった――と。これは大問題だな。すぐに担当の者を呼び出して事実確認を行わせる必要がありそうだな。それと、『帝機関』内での再度の意識改革も」

 「はい」伊藤は頷いた。「ですが、事実だとは――」

 「しかし中将、それなら納得もいく。サンディエゴかアラスカで補給して、北回りルートで行けば、こちらの哨戒網でも捉え切れないからな。真珠湾の時も、北回りルートで成功したしな」

 「まあ、過ぎたことを考える時間はたっぷりある。だが今は、差し迫った問題について語る時ではないかな?」塚原が割って入った。「先ほど言った“航空戦艦”についてだ。機動艦隊を率いる俺としては、具体的な情報が欲しい」

 伊藤は頷いた。「回航された艦隊の主力艦です。情報によれば、『オクチャブルスカヤ・レヴォリューツィヤ』という艦名らしいですが……」

 『オクチャブルスカヤ・レヴォリューツィヤ』と言えば、史実のソ連海軍が保有する弩級戦艦『ガングート』の新名のことだ。しかし今物語では、航空戦艦『オクチャブルスカヤ・レヴォリューツィヤ』として1943年7月に日の目を迎えた。この『オクチャブルスカヤ・レヴォリューツィヤ』級航空戦艦は、1930年代、米国の造船会社であるギブス&コックス社によって設計・建造された航空戦艦である。

 その性能諸元は――


 『オクチャブルスカヤ・レヴォリューツィヤ級航空戦艦』性能諸元


 基準排水量:62,000t

 全長:290.0m

 全幅:42.6m

 吃水:11.8m

 機関

  主缶:B&W式重油専焼缶×12基

  主機:蒸気タービン×4基4軸

  出力:230,000hp馬力

 最高速力:32.0ノット

 航続距離:15ノットにて8,000海浬以上

 兵装

  50口径40.6cmMk.2連装砲×4基8門

  38口径12.7cmMk.12高角砲×12基

  60口径ボフォース40mm4連装高角機関砲×20基  

  78口径エリコンFF20mm機関砲×25基

 航空機搭載数:42機(常用)

       :4機(補用)

 装甲

  飛行甲板:100mm

  舷側:127mm

 

 1930年代、ソ連政府が提示した“62,000t級戦艦”の回答として、米国の造船設計会社であるギブス&コックス社が提出したのがこの『オクチャブルスカヤ・レヴォリューツィヤ』級航空戦艦の設計案だった。40.6cm連装砲塔4基8門という欧州列強海軍が羨む口径を誇り、また最大46機の航空機の搭載が可能というこの航空戦艦は、戦艦『ポルタワ』の空母化等でその影響力を伸ばしつつあったソ連海軍航空主兵派の働き掛けにより、承認されることとなった。こうして採用された62,000t級航空戦艦は、米国国内において設計・建造されることが決定し、ソ連海軍は艦載機や搭載艦砲、機関等にアメリカ独自の新機軸技術が搭載されることを大いに喜んだ。ロシア帝国時代からそうだが、海軍は他国の新技術の導入に積極的だったからである。

 その艦形は『モンタナ』級に酷似したもので、機関配置は『ノースカロライナ』級を踏襲したスタイルを取っており、主砲塔4基の頭上に配置された飛行甲板は、『レキシントン』級航空母艦のそれを思わせる。上に飛行甲板、下に船体が存在し、その間に4基の主砲塔が挟まれた形で搭載されているという、その独特なスタイルもあいまって、オクチャブルスカヤ・レヴォリューツィヤ級航空戦艦は『キメラ』の異名を取ることとなる。

 「その航空戦艦だが、『ミッドウェー』級に酷似しているそうだな」

 そう言ったのは藤伊だ。未来からの逆行者である彼は、1945年に就役することとなる米海軍の最新鋭超弩級空母、『ミッドウェー』級航空母艦の存在をよく知っていた。このソ連海軍の航空戦艦は、まさにその『ミッドウェー』級の飛行甲板をレキシントン級のものに付け替え、飛行甲板と船体の間に40.6cm連装砲を搭載した――という艦形をしていたのだ。

 「しかし航空機の搭載量は乏しいらしいです。まぁ、41cm砲なんて搭載していれば、当然ですが」

 伊藤は呆れた様子で言った。イギリスに発注し、太平洋戦争で戦果を挙げた『金剛』型戦艦の最大の強みは、その高速性云々よりも使い勝手が良かったことだ。旧式艦で、いつでも退役させることが出来たからこそ喪失を恐れず、縦横無尽に運用出来たのである。しかしこのソ連海軍の米国製航空戦艦は、まさに戦艦『大和』のような使い勝手の悪さに苛まれ、また設計自体から失敗しているという“不幸艦”というに相応しき軍艦だった。モンタナの火力と、ミッドウェーの航空打撃力を足して2で割って、相殺したような軍艦なのである。

 無論、ソ連海軍内部でそのことに気付かない者は居なかった。ソ連海軍総司令官であるニコライ・クズネツォフ海軍元帥は、このオクチャブルスカヤ・レヴォリューツィヤ級航空戦艦の2番艦を完全な航空母艦として完成させる旨をスターリンに具申し、なんとか承認させていた。そして1943年4月から米国ではその改装が進んでおり、100機以上の航空機を搭載可能な格納庫設置のため、大幅な艦形変更が進められていた。しかし1番艦は『9月の嵐作戦』に投入出来るようにと改装が見送られ、ウラジオストクへと回航されてしまっていた。

 「40機程度なら、その航空戦艦はさしたる脅威ではなかろう」

 吉田は顎を擦りながら言った。

 「そうとも限りません。もしアメリカがソ連と強い協力関係にあるのだとしたら、おそらく艦載機も提供しているでしょう。場合によっては、パイロットも含めてかもしれません」伊藤は言った。「事実、満州戦線ではB-17の存在が確認されています。F6F――とまではいかないでしょうが、F4Fといった米海軍の機体が配備されているやもしれません」

 うむ……と吉田は唸りつつ腕を組んだ。「それは厄介だな。しかしF4Fなら『紫電』の敵ではなかろう」

 「それは確かに」塚原は頷いた。「しかし吉田長官、紫電は艦載型よりも局地型の方に生産が優先されております。それに満州戦線は予断を許さない戦況ですので、空母に配備出来る数も揃っておりません。当面は、零戦が主力の座をどくことはないでしょう」

 ううむ……と吉田は増々唸った。

 「しかし我々には強力な助っ人がおります。先日、シンガポールより出撃したイギリス東洋艦隊です。あと1日もすれば日本海に到達します」

 「おお、そうであった」

 伊藤の助け舟に吉田は笑みを漏らした。「確か『プリンス・オブ・ウェールズ』や『レパルス』が居た筈だな。しかし航空戦力は欠けていると聞いたが」

 「長官の仰る通りです。空母の多くは欧州戦線に引き抜かれて、『イラストリアス』が1隻しか残っておりません。しかし、それはソ連海軍にしても同じことでしょう。空母4隻と航空戦艦1隻であれば、こちらの方が航空戦力では優位に立てます。砲戦力は言うまでもないでしょう」

 伊藤の言葉に一同は頷いた。戦艦『大和』、『武蔵』を始め、『長門』、『陸奥』の弩級戦艦も万全の態勢を整えている。ここに英海軍が誇る新鋭戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』や巡洋戦艦『レパルス』が加われば、勝利したも同然だろう。

 「しかし情報によると、『ソビエツキー・ソユーズ』の存在も確認されているのではなかったか?」

 藤伊が心配そうに言うそのソ連海軍の超弩級戦艦は、レニングラード海軍工廠から誕生した1番艦『ソビエツキー・ソユーズ』のことだ。この戦艦は同級艦3隻だけでも1940年度ソ連国家予算の3分の1を占める建造費が掛かっているといい、ソ連海軍は史実、このソビエツキー・ソユーズ級戦艦を8隻も建造しようと計画していた。しかし今物語では『オクチャブルスカヤ・レヴォリューツィヤ』級航空戦艦2隻とこのソビエツキー・ソユーズ級戦艦4隻の建艦計画を立てていた。回航された大艦隊のなかにはこの戦艦の姿も含まれており、油断はできなかった。

 「だが、航空機が使えれば楽に始末出来るだろう。心配ない」

 「いえ……それが……」

 航空機によってかの『大和』が撃沈されたという史実を知る井上は、楽観視してそう言ったが、伊藤はそこに待ったをかける。「中央気象台からの報告によると、ソ連太平洋艦隊が展開する海域では、濃い海霧が発生しているようです」

 それは先日にあたる8月21日、東北へと上陸し猛威を振るった“台風21号”の影響だった。この熱帯低気圧によって樺太近海に湿った空気が滞留し、寒気とぶつかって海霧へと変化したのだ。特にソ連海軍の艦隊が展開しているとされる樺太東海岸の近海ではこの海霧の発生が多く、年間40日近くがこの海霧の発生する日になるという。海霧の停滞は各日ごとに差はあるが、長ければ1日中霧に包まれたままという日さえあった。

 「それでは、航空機が使えないではないか……」

 塚原は唖然としながら言った。折角の大海戦が霧で、しかも自分の出番がないというのだから、当然の反応だった。また塚原を始め、航空主兵派の多くは深い溜息を漏らし、意気消沈していた。 

 「こうなると、頼みの綱は戦艦だが……」井上は唸った。「不安だな。電探の性能は信頼に足るとはいえ、“見えない敵”となると……」

 「それは敵も同じことだ」

 吉田は意気消沈する航空主兵派を見兼ねて言った。「こちらには電探もあれば、優秀な見張り員もおる。だが露助には、その両方も備えておらん。これで考えれば、結果は明らかではないか」

 「しかし長官、ある潜水艦からの報告によれば、敵も電探を保有しているとか」井上は言った。「そうなると、勝負は分からなくなりますよ。いや、むしろ日米の技術力の勝負になるやもしれません」

 日米の技術力の勝負。それは帝国海軍にとって、危険な勝負だった。いくら米国の技術を模写し、実用化したとはいえ、はたして本家に勝てるのだろうか。少しでも米国の国力・工業力の水準を知っている人間ならば、不安になるのは当然だ。

 「うむ……おのれアメリカめ!」

 吉田は憤然としてアメリカという国を罵った。利益のためには信念さえ捻じ曲げてしまうという、卑怯者の国。今回の一件を通して、吉田はその考えを固めた。



 「断じてソ連の……アメリカの思い通りにはさせん」吉田はそう呟き、立ち上がった。「明朝0600、イギリス東洋艦隊と合流して、我が連合艦隊は出撃する。各員合戦準備を済ませるように。話は以上である」

 


 1943年9月4日、こうして『オホーツク海海戦』は始まりを迎えた。


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