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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第7章 戦時の大和~1943年
84/182

第82話 一松二馬鹿三ドン亀

 第82話『一松二馬鹿三ドン亀』

 

 

 1943年9月3日

 大日本帝国/日本海


 ロシア海軍の提督アーダム・J・クルーゼンシュテルンにその名を冠された西太平洋の緑海――『日本海』は鎖国解禁の1866年から今日にかけて、大日本帝国を支える重要な生命線の一つだった。東アジアの島国に過ぎない日本がアジア随一の帝国足り得たのも、この海があってのことだった。1894年の『日清戦争』に端を発する中国大陸への帝国主義政策も、『日露戦争』で劣勢にあった日本側がバルト艦隊に圧勝し、戦争での主導権を回復させていったのも、この海あってのことであり、この海がなく陸続きだったならば、今頃は『元寇』等の歴史的背景を経て、中国の属領の一部に過ぎなかったかもしれない。

 しかし同時に、この海はこの時代の日本の成長を著しく阻害する障害にもなっていた。1943年7月以降、軍港都市ウラジオストクを拠点とするソ連太平洋艦隊が不穏な動きを見せ始めていたのだ。太平洋艦隊に所属する90隻以上の潜水艦が日本海と東シナ海を中心に展開、日本の領海を平然と侵犯するところから最近ではシーレーンの妨害にまで及んでいた。朝鮮半島や満州国、そして東南アジアのEU植民地領に資源等を依存している大日本帝国としては、これは許し難い問題だった。

 7月下旬から8月下旬に渡り、帝国海軍連合艦隊所属の『海上護衛総隊』は、ソ連太平洋艦隊による領海侵犯が行われる該当海域に潜水艦・駆逐艦・護衛空母からなる『第一護衛艦隊』を派遣し、約1ヶ月に渡るソ連海軍潜水艦駆逐計画を開始した。既にフィンランドの『冬戦争』の時点で両国は宣戦布告をしていたから、これは国際上も問題は無かった。

 第一護衛艦隊――ソ連海軍には『イノヴェルチ』(異端者)、イギリス海軍からは『シャーク・ハンター』(鮫狩人)と呼ばれ、はたまたドイツ海軍には『イェーガー・シャンツェ』(狩人の巣)と称されていたこの帝国海軍初の通商路護衛艦隊は、護衛空母1隻を中核として海防艦や駆逐艦を複数隻随伴させる『護衛空母群』を1個単位で編成させ、それを9月時点で12個運用していた。

 これらの護衛空母群、潜水艦部隊、陸上航空部隊の尽力あって、1ヶ月に渡る潜水艦掃討作戦は、ソ連海軍側に潜水艦12隻の喪失、及び18隻の使用不可能なまでに大破させることに成功した。無論、第一護衛艦隊側も、駆逐艦4隻・海防艦2隻・潜水艦2隻が撃沈された。虎の子の護衛空母を失わなかったのが、不幸中の幸いと言えたが、決して護衛空母に損害がなかった訳ではない。『葛西』型護衛空母3隻が中破及び小破と、潜水艦28隻の無力化の代償は高く付いていたのだ。


 

 そして9月1日、その日も第一護衛艦隊は日本近海におけるソ連海軍潜水艦掃討作戦を遂行していた。日本海では、帝国海軍の2個護衛空母群が展開している。空一面に垂れ込めた果てしない暗雲と底知れぬ海は、まさに“怪物”そのものだった。『海は怪物』とはよく言うが、まさにそれなのだ。そして怪物に喰われぬよう、精一杯の努力を成すのが、帝国海軍の新方針によって生まれ変わった『ダメージコントロール・チーム』や新型電探、ソナーの電子機器の類だった。

 「ふむ。さらば、日本……か」

 駆逐艦『松』艦橋。日本列島の輪郭が見えなくなったのを見て、そう呟いたのは駆逐艦『松』艦長の村重賢少佐だった。痩せ型猫背のいかにも優男だが、それも無理はなかった。彼は元大学教師で、1942年の戦時徴兵後は帝国海軍の技術部門でその手腕を揮っていた。そして1943年2月、電探やソナーによる通商路防衛戦の期待のホープとして、新型駆逐艦『松』の艦長に抜擢されたのである。

 その『松』型駆逐艦は、帝国海軍が新たに建造した新型駆逐艦であった。全長100m、全幅9.35m、基準排水量1,350t、最高速力は28.3ノットと一等駆逐艦としては鈍足である。ほぼ直線の平べったく長細い船体や角張った直線状艦尾と、これまでの帝国海軍駆逐艦とは異なった、機能美のみを追求したデザインが印象的な艦であった。

 そしてその兵装は40口径八九式12cm連装高角砲1基・40口径八九式12.7cm単装高角砲1基を主砲として、60口径ボ式40mm機関砲1基、60口径九六式25mm3連装機銃4基、25mm連装機銃8基、九三式4連装61cm魚雷発射管1基、爆雷投射機2基及び爆雷投下軌条2基、ヘッジホッグ1基である。見て分かるように『艦隊決戦型』駆逐艦の生命線ともいえる雷装は魚雷発射管1基のみで、その代わりとしてボフォース40mm機関砲やヘッジホッグ対潜迫撃砲といった、欧州の優秀な対空・対潜兵器を搭載していた。

 排水量1,000t以上という『一等駆逐艦』である松型駆逐艦だが、その最高速力は27.3ノットと非常に鈍足、しかも雷装が61cm魚雷発射管1基しかないという駆逐艦で、これまでの『艦隊決戦型』駆逐艦と比べれば圧倒的に異なった艦だった。それ故、史実では『駆逐艦ではない駆逐艦』とその存在を罵られ、蔑まれる存在となっていた。その理由は、前述の速力や雷装、砲熕兵器が貧弱だったことが挙げられる。これらは艦隊決戦型駆逐艦としては生命線ともいえる重要な要素で、確かにこれを欠いた松型駆逐艦は、艦隊決戦型駆逐艦としては駄作と言わざるを得ない駆逐艦だった。

 しかしその一方で、対潜・対空戦闘に重点を置いた『通商路護衛型』駆逐艦としては、非常に優秀な駆逐艦でもあった。事実、この松型駆逐艦はその目的を優先して造られた戦時急造艦である。船体は生産性を考慮して直線状となっており、その建造にはブロック工法・電気溶接を採用している。また、ダメコン対策として『シフト配置方式』を採用し、艦の生存性向上に努めていた。

 また、一等駆逐艦として“三式一号電波探信儀”や“三式二号電波探信儀”、そして“三式水中聴音機”といった最新鋭電子機器も装備していた。新型電探たる三式一号、二号電波探信儀は米海軍のSC対空レーダーとSG対水上レーダーを基に開発された物である。これは『夢幻の艦隊』から鹵獲された両レーダーを手本に1937年から開発され、1943年2月に制式採用となった。だが、その開発は容易なものではなく、科学後進国の日本がこれを量産するのは非常に難しかった。しかしEU諸国の協力を経て、科学・工業基盤を整えた今物語の大日本帝国では、何とか統一した品質のものを生産することが出来ていた。そしてそれらは、『松』型駆逐艦に優先して配備されることとなった。

 何故、簡易量産型駆逐艦の松型にその電探が配備されることになったかというと、それは人材の補助が大きな理由だった。戦時徴兵に移り、民間の商船員や一般市民を中心として乗せられることとなった松型では圧倒的に人間の技術・経験が乏しく、帝国海軍のベテラン見張り員のように夜間でも3万メートル先の艦影を捕捉するなどという荒業は、出来る筈もなかった。そこでその技術と経験の差を電探で補い、通商路破壊戦を円滑に進めようと考えた訳である。

 また、帝国海軍内で依然として『科学不信』が尾を引いていることもその要因にあった。これは帝国海軍最大の弊害で、流石の『大和会』も完全に払拭することは出来なかったのだ。そこで『陽炎』型や『秋月』型といった新鋭駆逐艦に搭載せず、簡易駆逐艦である松型に載せようと考えたのである。視力4.0の目を持つ見張り員は一度失えば二度と戻っては来ないが、電探なら短期間にいくらでも補充が出来る。『人』の力を重視する帝国海軍としては、以外なほど合理的な考えだった。しかし戦争という名の“駆け引き”においては、それこそが勝利に繋がる要因なのだ。結果的に科学不信派の横槍は、思わぬ形で功を奏したのである。

 「聴音機に感あり! 右20度、正面ですッ!?」

 駆逐艦『松』艦橋。水中聴音機を耳に押し当てた水測員は、背筋をゾクッとさせながら出し抜けに叫んだ。

 「ほう、正面から真っ向勝負ときたか。どうやら敵潜の艦長は武士道精神を重んじているらしい」村重はふと呟き、低く唸った。「だが、俺は現実主義者だ。二式対潜噴進砲用意!」

 二式24連装対潜噴進砲は、英海軍の『ヘッジホッグ』対潜迫撃砲のライセンス国産品である。帝国海軍としては初の前投対潜兵器でもあった。史実では連合国海軍で敬愛され、枢軸国側では潜水艦を脅かす悪魔として恐れられていた。

 「二式対潜噴進砲用意!」

 「よし、撃ち方始めッ!」

 出し抜けに飛び出した村重の号令とともに、二式対潜噴進砲は咆哮した。24連装の二式対潜噴進弾がシュパシュパと独特な発射音を放ちながら、飛翔する。まるで麦畑を蹂躙せんとする、イナゴの群れのようだ。孤を描くようにして宙を舞った後、24発の二式対潜噴進弾は鉛色の空を背にぶわっと広がっていった。そして、暗くぼやけた蒼茫に怒涛の如く降り注ぐ。

 暫しの静寂と沈黙の後、前方の海面から突き刺すような甲高い衝撃音が迸った。次々と水柱が立ち上がった。刹那、蒼かった筈の海面が徐々に黒ずんできて、何かの破片のようなものが漂い始めた。重油だ。潜水艦の燃料であり、糧である。

 『右10度、漂流物確認!!』

 見張り員の声は歓喜に満ちていた。当然だろう。駆逐艦にとって潜水艦は標的であり、宿敵でもあったからだ。双方の兵装、戦術、技量によってその優位は逆転する。そして今回は、駆逐艦『松』にその軍配が挙がったのである。

 「水測員、圧壊音は確認出来たか?」

 「い……いえ。目下、確認中であります」

 海面に重油と破片が上がっただけで小躍りする見張り員や幕僚達とは異なり、村重は冷静だった。彼は現実主義者であり、科学者でもあり、軍人でもあった。爆雷攻撃を受けた潜水艦が機転を利かせて重油を流し、自艦が撃沈されたものとして駆逐艦の目を欺くという戦法を、彼は知っていたのだ。しかも彼は、この二式対潜噴進砲――ヘッジホッグ――の攻撃力では、潜水艦を一発で撃破出来る確率はそれほど高くないことも知っていた。

 「では、このまま敵潜側面に回り込む。続けて爆雷攻撃用意!」

 「は……はッ! 爆雷攻撃用意!」

 艦長村重の右隣に立っていた副長は、慌てて復唱した。

 数分後、駆逐艦松は自身の出せる限りの速力を絞り出し、重油漂う海域へと突っ走った。敵潜の前方でのろのろと航行するなど、魚雷を撃ち込んでくださいと言っているようなものだったからだ。敵潜の潜伏海域へと到達した駆逐艦松は、艦尾から後方目がけて多数の爆雷を投下、海中に潜んでいると思われる敵潜に攻撃を仕掛けた。

 間も無くして、艦尾の海面から爆雷攻撃による猛烈な水柱が立ち始めた。

 「圧壊音……確認! 圧壊音確認しました!!」

 水測員が歓喜の声を上げた。続け様、見張り員によりさらなる重油の流出と、潜水艦の破片が報告されると、村重はようやくホッと胸を撫で下ろした。

 「艦長、やりましたね」

 副長は目を輝かせながら言った。

 「ああ……やった。やったよ」村重は帽を取り、団扇代わりに振りながら言った。「これでよかったんだ。人ってのは、死ぬべき時があるもんだからな。かの国は、スターリンという一人の独裁者によって支配されている。奴は国というものをまるで玩具のように扱い、気に入らない人間には罪さえ着せるという話だ。それを思えば……」

 村重は感慨深く俯くと言った。「武士道精神を重んじて、真っ向勝負を挑んできた敵潜の艦長は、武人としての最期を迎えられた……それが敵に対して、1番の手向けって奴じゃないかな?」

 副長が重々しく頷くと、村重は呟いた。

 「今日は弔い……明日は祝杯だ」

 

 

 通商路破壊戦をコンセプトとして設計・建造された『伊二〇〇』型潜水艦。その記念すべき1番艦、『伊二〇〇』潜水艦の艦長を務める柴田昌彦少佐は、潜望鏡を通じて映り込む光景に目をパチパチさせて、思わず口を開いた。心臓はしきりにその鼓動を高め、室温40度の艦内だというのに背筋に寒気が走った。

 潜水艦という外界より隔たれたその空間では、秒数などという細かな単位がその命を繋ぐ要素であった。しかしいまや柴田にとって、その時間さえ意味がなくなってしまったようだ。逃げろ……逃げろ……と、なにか本能的な、直感的なものが彼の心に叫んでいたのだ。

 「艦長。あれは……」

 航海長である阿倍大尉は、汗塗れにした顔を近付けてきた。しかしその表情は、蒼褪めたものだった。彼もまた、潜望鏡を通じてその光景を覗いてしまった人間の一人であった。

 「空母……いや、戦艦か? 艦種が全く分からん」

 柴田は低く唸ると、再び潜望鏡を覗き込んだ。そこには、複数の艦影とその中央を疾駆する一隻の巨大軍艦の姿があった。しかしその艦影は、一見して空母に見えるのだが、よくよく見るとその飛行甲板の下に4基の巨大な砲塔が確認出来た。これを空母として認識するならば、飛行甲板と船体の間に4基の砲塔がサンドされた形で存在しているものと想像してほしい。またこれを戦艦として見るならば、艦橋等の上部構造物を取っ払い、主砲塔の頭上に全通式飛行甲板と艦橋を乗っけてしまった代物といえた。

 「どう報告すれば……?」

 「うむ……やはり空母だろう。全通式の飛行甲板を備えているのなら」

 柴田と阿倍が編み出した結論は、結果的には誤ったものだった。何故なら、ソ連海軍ではこれを『航空戦艦』として定めているからだ。しかも、その搭載された40.6cm連装主砲塔4基は伊達ではなく、正真正銘の、『航空戦艦』というに相応しき艦だった。

 「潜望鏡下げ。1番から4番魚雷発射用――」

 「て……敵機接近!」

 「何だと!?」

 柴田は唖然として電探員を見据えた。「どういうことだ。もう見つかってしまったのか!?」

 「分かりません。しかし位置の把握が適確すぎます。敵は優秀な見張り員か、若しくは電探・聴音機を持っているのではないでしょうか?」

 「まさか……露助が――」

 「敵機、航空魚雷投下。本艦に接近中ッ!」

 突如、必死になって押し殺した声が艦内に谺する。

 「回避行動を取れ! 面舵20!」

 「面舵ー20!」

 航海長阿倍の復唱とともに、伊二〇〇潜水艦の艦首は右舷に傾いた。逆流する海流を切り裂き、白き波濤を築きながら、艦体をギシギシと鳴らして伊二〇〇は回避行動を取った。が、それは既に遅すぎた。4本の500kg航空魚雷は鮮やかな航跡を描きながら扇状に広がり、そのうちの2本が伊二〇〇の艦体をもろに直撃したのである。数万ガロンの海水が艦内に流れ込み、柴田以下60名余りの乗員達が波に足を掬われた。艦内では、連鎖的に爆発・火災・圧壊が発生し、その艦体は悲痛な声を上げていた。

 そして数十分後、伊二〇〇は真っ二つに割れ――撃沈した。

 

 

 その日、同海域では対潜哨戒機『東海』と対空哨戒機『深山改』が警戒中だった。これは、黒海・バルト・北海等の別艦隊から増派された潜水艦と、西からシベリア鉄道で運ばれてきた航空機がウラジオストックに集結していたことを受けての警戒任務だった。そのため、迂闊にウラジオストックに近付けられなくなった海防艦・駆逐艦などは護衛空母の補給に伴って各軍港に帰投しており、第一護衛艦隊司令長官の藤伊一中将は自艦隊を含めた陸上航空隊に哨戒・迎撃機の手配を要請していた。

 東海と深山改はペアとなって警戒にあたっていた。東海は低高度を航行しながら三式一号磁気探知機『KMX』でソ連海軍の紅鮫をあぶり出し、深山改は三式六号空機上電探『H-6』を利用し、淀んだ空に潜む赤い翼に電子の網を張った。

 深山改だが、史実では『バカ鳥』という不名誉な蔑称が付けられていた4発陸上攻撃機だった。全長、全幅はB-29に匹敵し、ペイロードも他の帝国陸海軍機に比べれば圧倒的な容量を誇っていた機なのだが、当時の帝国海軍が提唱する『機動力』においては全くといって良い程に駄目な航空機だった。鈍重な機体、貧弱なエンジン、複雑な機体構造による整備性の悪さが災いし、電気系統や機体運動性能に複数の不備が生じた深山は、『バカ鳥』の渾名通りの酷い性能を見せ付けるばかりで、帝国海軍のお荷物になりつつあった。その真価が発揮されたのは1943年、米海軍に南方で通商破壊戦を行われ、補給線が限られつつある時代のことだった。武装を全て外した深山は、爆撃機ではなく輸送機としての歴史をスタートさせる。

 今物語での深山改は、その機体性能自体は向上し、一定の運動性能を得るに至ったが、それでも爆撃機としての運用はなく、輸送機や対潜・対空哨戒機等に改造されて用いられていた。

 対空哨戒機『深山改』の運用方法は専ら、3機の東海とペアを組ませ、対空・対潜捜索網を形成することにあった。東海3機が海中に潜む敵潜を探る間、深山改は周辺空域から接近する敵機が居ないか目を光らせておくのだ。万一、深山改の機上電探が敵機の存在を確認したら、その情報を最寄の海軍航空隊か護衛空母群に報告し、対処させる。そうして哨戒機の喪失を防ぎつつ、常に監視網を築いておくのが、この組み合わせのねらいだった。

 ところがこの日、いつも通り潜水艦掃討作戦に従事していた深山改と東海は、思わぬ敵の存在を暴いてしまう。

 「おい……そんなまさか……」

 深山改機内。三式六号空機上電探『H-6』の電探士官は、普段と変わらぬ一日を過ごしていた筈だった。早朝に宮城県松島飛行場から飛び立ち、第一護衛艦隊司令部が指定した該当空域で哨戒・索敵任務を遂行する。

 ところがどうしたことか、電探の網には視界に捉え切れぬ程の敵機がかかり、それを気にするでもなく驀進していたのだ。これまで電探士官が一度に捉えた輝点――つまりは敵機の数は、せいぜいが10に満たないものだった。敵機とは一度交戦になったこともある。その時は護衛空母所属の零戦隊に助けれて事なきを得たが、今回は護衛空母1隻程度の戦力では相手に出来ない数であるのは明らかだ。

 「見ろ、大艦隊だ!」

 予期せぬ敵大艦隊との邂逅を果たしてしまった深山改は、急ぎ松島航空隊司令部に向けて報告をすると転進、対潜任務を行っていた東海3機とともに、陸地目指して一目散に退却した。

 


 

 

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