第71話 5月決戦(中)
第71話『5月決戦(中)』
1943年5月12日
フィンランド/カレリア地峡
戦車第一師団長の星野利元中将は双眼鏡を携え、戦火が燃え盛るフィンランドの大地をただただ整然と眺めていた。そこは南東の方角、ちょうどここから20キロほど先のタリ-イハンタラ街道中腹の森林地帯だ。帝国陸軍の情報部によれば、そこにソ連第7軍が大規模な野営地を形成して陣取っているらしい。その頭上を覆う青空には、白の色彩を添えるパステルのような飛行機雲と、小豆のような爆撃機の大群の姿が広がっていた。そしてその小豆のような爆撃機からは、胡麻粒大の爆弾が切れ目無く降り注いでいた。
それはEU(ヨーロッパ同盟)空軍の特別航空軍団だった。今から数分前、この戦車第一師団司令部の上空をけたたましい轟音を立てながら通過した。地を這う戦車第一師団の兵士達は、頭上を駆る爆撃機の大編隊に終始唖然としながら傍観していたが、そのうち地平線の向こう側に爆撃の轟音が聞こえ始めると、そうもしていられないと戦闘準備に戻った。
ドイツ軍の第2SS装甲師団、第7装甲師団。フィンランドの第1機甲師団とともに決戦地イハンタラ中央部の防衛を担う戦車第一師団は、史実、1942年6月に『ノモンハン事件』でも活躍した“第一戦車団”を基幹に満州国寧安で編成され、『機甲軍』に所属していた。この機甲軍は3個戦車師団からなる新たな軍団で、満州東部国境の防衛を担うための軍団だった。戦車第一師団もその軍団隷下の師団の1つとして、この有事に満州防衛を担うかと思いきや、帝国陸軍上層部は『遣欧陸軍』の主力機甲戦力として機甲軍から抽出、このフィンランド戦線に送り込んだのである。そしてこの派兵のため、新型砲戦車である『三式砲戦車』――が配備されていた。
「閣下!」
星野が双眼鏡を下ろすのを待っていたかのようなタイミングで、通信兵の戸部上等兵が遣欧陸軍司令部からの緊急電文を持って駆けつけた。遣欧司令部情報部からの報告によると、ソ連軍3個戦車旅団と2個狙撃兵師団がタリ-イハンタラ街道を西に向かって驀進中で、この陣地から15キロ地点にまで迫っているという。さらに後方の3個戦車旅団と1個狙撃兵師団がタリ川を渡ってポルティンホイッカ交差点に到着している。だが、ルーデルも所属する第2急降下爆撃航空団の奮戦により、1個戦車旅団は戦力が4分の1まで削られている。さらに渡河中にタリ川に架かる橋を爆撃された――という嬉しいオマケまで付いていた。これによって、先行していたソ連軍部隊と渡河を終えた部隊は本隊と孤立してしまったことになる。
「砲戦車隊と第二独立臼砲大隊の準備は?」
「抜かりなく進行しております。閣下」
電文を手に持ち星野が訊くと、それに出し抜けに答えたのは辻政信中佐だった。『帝機関』付参謀にして、戦車第一師団の“自称”参謀として司令部に入り浸るこの男を何故、山下中将や陸軍上層部が許しているのか? 星野には理解に苦しむ所だった。しかし事務処理能力と作戦起案能力は桁外れに高く、しかも天皇陛下の直轄組織である『帝機関』参謀というために、追い出すことも出来ずにいるのもまた事実だった。
「まさにここが正念場。突き崩されれば、後はありませんからな」
辻はそう言い、西の地平線に一瞥をくれた。
「うむ……そうだな。今一度、兵達に訓示の一つでも垂れてやるべきか」
不思議だが、この男には逆らえない所がある。階級は3つも下なのに、だ。それは例え上官だろうと誰だろうと、清々しいほどの尊大さを崩さないことと、その眼鏡の先の瞳の奥底に隠された“野心”への情熱――が起因するのだろう。史実でも、辻という男は陸軍だろうが海軍だろうが、自身が“否”と判断したものには容赦なく噛み付き、その信念のためならば戦争の最前線にも自ら出っ張ったのである。
「閣下。私も砲戦車の部隊と共に戦場へ行っても宜しいでしょうか?」
辻の言葉があまりにも以外だったもので、星野は思わず面喰らってしまった。最前線――それも、数百台の戦車と数万名の怒り狂った歩兵達が跋扈する大地に自ら足を運びたいというのは、“蛮勇”か。それとも“愚か”――というべきことなのだろう。
「それは一向に構わんが……貴様はそれで良いのか?」
一寸先は闇――とはよく言ったもの。今日の戦場では、榴弾によって身を吹き飛ばされることもあれば、流れ弾が飛んできて知らず知らずにその生涯を終えてしまうこともある。そして、そんな戦場で生命を賭けて戦う者達の中で、唯一無二の“安全”を勝ち取ることが出来る数少ない人間こそが参謀なのだ。参謀は最前線に向かうことは命令されないが、最前線へと視察することは望まれる。勿論、自ら進んでその危険を冒した参謀も多い。そして同時に、それを望んで死んだ参謀も数多く存在する。辻もそれは分かっている筈だが彼は今、敢えてそれを望んでいるのだ。それが何故かは、凡人には理解し得ぬものだった。
辻は頷いた。「しかし第一聯隊に所属する砲戦車隊の指揮権とまではいかなくとも、発言権ぐらいは頂けませんでしょうか? 決して、第一聯隊の小松大佐にはご迷惑は掛けませんので」
戦車第一聯隊は一式中戦車と三式砲戦車が配備された新鋭部隊だ。その練度は桁外れに高く、これまでにもカレリア地峡戦線でソ連陸軍の2個戦車大隊を壊滅に至らしめた実績を持つ。
そして現在、その戦車第一聯隊の指揮を執っているのが、帝国陸軍の小松信治大佐だった。陸軍士官学校、陸軍大学校と、とんとん拍子に卒業したエリートで、その後は千葉戦車兵学校教官に着任するなど、機甲畑を歩む事となる。1943年2月、この『冬戦争』に合わせて着任したという、そんな新米聯隊長の小松大佐だったが、聯隊の誰もが認める存在だった。それは“エリート”という肩書きのみならず、一人の軍人としての、並々ならぬ才能を認めていたのである。
「辻中佐。同行するとあらば、聯隊の輪を乱さぬようにな」
小柄だが毅然とした小松は言った。「貴様には砲戦車隊に属してもらう。だからこそ、砲戦車の性能ぐらいは知っておくべきだろうな」
小松にそう言われ、砲戦車隊の駐車地に連れられた。そこには、十数台程度の三式砲戦車が肩を並べて鎮座している。それを見た辻は目を丸くし、新型砲戦車に感動した。
その新型砲戦車の性能諸元は――。
■『三式砲戦車』性能諸元
全長:7.42m
車体長:5.94m
全幅:3.04m
全高:2.71m
重量:35.6t
懸架方式:トーションバー式懸架装置
速度:40km
行動距離:220km
兵装
主砲:一式88mm戦車砲×1
(弾薬搭載量:40~60発)
副兵装:二式12.7mm車載重機関砲×1
(弾薬搭載量:1000発)
装甲
(砲塔)
防盾:75mm 側面:32mm
後面:45mm
(車体)
前面:33mm 側面:25mm
後面:19mm 上面:12mm
エンジン
ハ9乙川崎九八式発動機改造
液冷V型12気筒ガソリンエンジン
乗員:5名
『三式砲戦車』開発のきっかけとなるのは、仮想敵国の主力戦車『M4』と『T-34』への対抗心だった。M4中戦車への対抗車両として開発された『一式中戦車』『一式砲戦車』は確かに75mm戦車砲を搭載するという史実に無い大火力を手に入れていたが、それは工業大国アメリカのM4中戦車に拮抗する戦車を開発出来たに過ぎない。もう1つの工業大国、ソ連の新型中戦車『T-34』はさらに強力な火砲と強固な装甲を備え、帝国陸軍は依然として自分達が設定した仮想敵国の戦車に勝てないでいたのだ。陸軍はこの凶悪無比なT-34を一撃で撃破する存在を欲した。
そこで白羽の矢が立ったのが『88mm高射砲』だった。1939年、ドイツからのライセンス生産権を得て、国内生産が始まっていた1940年、帝国陸軍はこの88mm高射砲を戦車砲として流用、M4中戦車をベースに開発された一式中戦車の車体に搭載し、1942年9月に日の目を見ることとなった。1943年、先行生産が進められていたこの新型砲戦車は『三式砲戦車』として制式採用され、冬戦争真っ只中のフィンランドへと、20輌近くが送られる。
「主砲の88mm戦車砲は、ドイツの『ヤークトパンター』や『ティーガー』でも見られる強力な火砲だ。試算によればだが、ソ連のT-34を2000m以上の距離から射貫できる」
小松は三式砲戦車の重厚な車体を叩きながら言った。M4中戦車のコピー品ともいえる一式中戦車の車体を流用しているせいか、その風貌はどこかしらM-36『ジャクソン』駆逐戦車に似ていた。
「素晴らしい……」
辻は唖然として言った。
「あぁ。そうだ。だがな、残念ながら貴様が搭乗するのはあれだ」
そう言いながら小松が指差した先にあったのは、小柄な戦車だった。
「九七式? なんでこんな所に?」
九七式中戦車――通称『チハ』。本来、1937年に帝国陸軍で大々的に生産され、配備される筈だったこの戦車だが、『大和会』の介入によってそれは頓挫する。ただ、1941年に完成予定の一式中戦車のつなぎとして少数生産が細々と行われ、満州国に配備されていたという。しかし結局、総生産台数は40台余りと少なく、『一式中戦車』が配備されるようになると、満州国から内地防衛へと回されるようになっていた。
「三式砲戦車の配備で間に合わなかった分を補うために送られてきたものだ」小松は言った。「一式中や三式砲に比べると格段に性能は悪いが、T-26程度なら十分に対抗出来るだろう……」
戦車の専門家ではない辻だが、小松の言葉が虚偽のものであることは薄々感付いていた。確かに九七式の主砲は57mmでT-26は45mmだから、口径は九七式の方が勝っている。車体装甲でもそれは同じだろう。しかし実際の所、九七式の主砲貫通力は1000mでは12mmと、T-26の15mmの主装甲を貫くことはできず、しかも有効射程においてはT-26の方に分があった。
これらの条件から分析すれば、確か一対一なら両者は拮抗するだろう。だがしかし、物量を武器とするソ連軍が果たして九七式1台にT-26を1台だけぶつけてくるだろうか? 辻はそう思いつつ、九七式中戦車の車体を見据えていた。
ドイツ武装親衛隊第2SS装甲師団のⅥ号戦車『ティーガー』がタリ-イハンタラ街道を勇ましく驀進するのを、辻政信中佐は双眼鏡越しに夢中で眺めた。最新鋭の機甲部隊の戦闘をこんな特等席――九七式中戦車『チハ』のリベット打ち砲塔――から眺めることになろうとは、信じ難かった。ソ連第7軍の第35軽戦車旅団はまだ戦車一台も姿を現していなかったが、ティーガーが誇る56口径88mm戦車砲KwK36にかかれば、ソ連のT-34とてひとたまりもないだろう。
そんな中、T-26軽戦車が一台、鬱蒼と茂る針葉樹林の小道から飛び出してきた。操縦手は全速力でギアを鳴らしながら、ティーガーの群れに突進した。元々、物量によって敵を圧倒するというソ連軍の基本戦術をとっていたT-26だが、EU空軍の大攻勢によって部隊の大多数を失っていたため、その行動は支離滅裂だった。ソ連兵お決まりの銃剣突撃さながらに、その45mmの戦車砲をティーガーに突き刺そうとでもいうのだろうか? 辻は双眼鏡の焦点をT-26に合わせながら思った。
刹那、双眼鏡に映っていた筈のT-26は、真っ赤な火の玉へとその姿を豹変させた。ティーガーの88mm戦車砲弾はT-26のリベット装甲をいとも簡単に撃ち砕き、その車内から甲高い爆音が漏れ出した。車体の孔という孔から爆炎が噴き出し、砲塔が飛び出すと横ざまに旋回しながら林の中に落ちた。あまりにも脆い。まるでT-26がミニカーのように見える。
「にしても……ソ連軍もソ連軍だ。これでは、守り甲斐もありゃせんではないか」
辻はそうひとりごちると、再び双眼鏡を構えた。林道が白い靄のようなものに覆われつつある。霧ではない。おそらく、ソ連軍の発煙筒が生み出したものだろう。
辻は無線で砲兵隊の支援を乞うべきか悩んだ。今後のことを考えると、物資の無駄遣いは良くない。それに誤射などに巻き込まれることも考えられるだろう。そもそも、このティーガー戦車に対抗できる戦車をソ連軍が今現在、保有しているかどうかも疑わしかった。
数十輌のティーガーが88mm主砲の照準を各々の持ち場に従って定めている中、5輌のT-28が林の中から躍り出た。おそらく第20重戦車旅団のものだろう。第1陣のT-26に従って、物量で攻めてくるらしい。5輌はそれぞれ散開して移動しつつ、前方に展開している1輌のティーガーに狙いを定めていた。23.7口径76.2mm戦車砲を擁するこの旧式中戦車は、この凶悪無比なEU軍戦車に対抗すべく20mm装甲板を増設され、50mmの前面装甲を有している。15mmのT-26のことを考えれば、大きな前進といえるだろう。
だが、それでも現実は非情だった。ティーガーの88mm戦車砲はさらに強靭な前面装甲を誇るM4、T-34、チャーチル歩兵戦車のいずれも1500m以上の距離から撃ち抜くことができたのだ。そして同時に、76.2mm戦車砲を有するこれらの中戦車はいずれもティーガーの前面装甲を撃ち抜けないという事実が存在する。たとえ零距離射撃を行えたとしても――だ。傷はつけられても砲弾は弾かれてしまう。
しかしいずれの戦車もそうだが、弱点が無い訳ではない。履帯を破壊するなどは軽戦車でも可能だし、側面装甲は500m以内ならば貫通することもできる。チームプレイとその時の運によっては、勝機は確かに存在するのである。
だが突然、T-28は殿となる車輌を1輌残し、前線から後退し始めた。当然ながらそのT-28は撃破されたが、2輌のT-28の戦線離脱を許す結果となってしまった。ティーガーの砲手達は後退した方向めがけて集中砲火を浴びせ掛けたが、煙のせいで視界を遮られているので命中率は低い。
それから数分後、新たな戦車が姿を見せ始めた。T-28ではない。ソ連陸軍の主力重戦車『KV-1』と、それに姿が酷似しながらもさらに巨大な砲を備えた新型重戦車『KV-85』である。KV-85はソ連陸軍の85mm高射砲を戦車砲に流用した『D-5T』を搭載した重戦車で、最新型の『IS-1』『IS-2』重戦車のつなぎとして生産されている。
前衛に20輌近いT-34-85中戦車――85mm砲を搭載したT-34――を付けたこの重戦車群は、不気味な駆動音を立てながら驀進する。徒党を組むT-34-85が85mm戦車砲を吼え立たせ、前方のティーガー戦車がぐらりとたじろいた。不敗神話を誇っていたティーガーも、T-34-85の猛攻の前には敗北を喫することもある――という証明だった。刹那、ティーガーの車内で大爆発が起き、後部ハッチから猛烈な業火が噴き出した。
燃え上がるティーガーを背に、T-34-85は前進する。KV-85重戦車は勿体振った様子でタリ-イハンタラ街道を闊歩している。KV-1はあえてアウトレンジ射撃を敢行した。1400m先から放たれたKV-1戦車の砲弾は孤を描くように宙を舞うと、中堅を担っていたⅣ号戦車に飛び込んで大爆発を引き起こした。
Ⅴ号戦車『パンター』が前進し、Ⅳ号戦車が後退する。ティーガーは同じように88mm戦車砲を搭載した『ナースホルン』、『ヤークトパンター』駆逐戦車とともに前進して、88mm戦車砲弾の鋼の洗礼をT-34-85に浴びせた。数輌が爆発し、炎上した。1輌は戦闘地域の中間地点で擱座し、敵味方の砲弾入り乱れる中で死の恐怖を味わっている。
ドイツ陸軍の反撃を受けたT-34-85のうち、13輌は炎上していたが、残りはティーガー戦車隊との間合いを詰めていた。ティーガー戦車隊は5輌を喪失、3輌が損害を受けていた。だが、今戦っている相手は第20重戦車旅団に所属する3個戦車大隊のうちの1個戦車大隊に過ぎない。残り2個戦車大隊が合流しようものなら、さしものティーガーも太刀打ちできなくなるだろう。ティーガーの乗員達は、EU空軍とJu87『シュトゥーカ』のパイロット達の健闘を祈った。
そんな祈りをぶち壊すかのような大攻撃が敢行されたのは、ちょうどその時だった。ML-20-152mm加農榴弾砲が火山噴火のような砲撃音を響かせ、152mm砲弾が空へと飛び立って宙を舞い、甲高い風切り音を轟かせてティーガー戦車隊の前方に着弾した。ミニサイズの火山が噴火したかのような爆煙と衝撃が生じ、ティーガーの1輌が前面装甲板を粉砕されて大破した。何事かと辻が双眼鏡の焦点を四方に巡らせると、街道の奥部に潜む“巨人”――『SU-152』自走砲の存在を突き止めた。
SU-152の到着は事態の深刻さを伝えていた。ティーガーは本国でも急ピッチで生産が進められているが、このフィンランドまで運ぶとなると一苦労という代物だった。故に第2SS装甲師団でも所有台数が限られており、現在、ここに配備されているのが保有する全戦力だった。
「くそッ! 空軍は何をしてやがるッ!?」
Ⅴ号戦車『パンター』の車内。射撃手のディートリッヒSS上等兵は外部の惨状を目の当たりにして言った。
「黙れディートリッヒ。戦闘に集中しろ」
車長であり戦車エースであるエルンスト・バルクマンSS伍長は言った。眼前にはT-34、後ろにはKV-1、そして森の奥にはSU-152。最悪と言わざるを得ない現状だったが、ここで愚痴ても敵戦車が炎上する訳ではない。少なくとも、自分達の手によっては……。
「フォイア(発射)!!」
パンターは砲撃を続行する。けたたましい爆音が空を切り裂き、パンター主砲より放たれた75mm徹甲弾が先行するT-34-85の側面部を射貫した。ソ連製の中戦車は鮮紅な炎を噴き出し、辺りを真っ赤に染めながら沈黙した。さながら、共産圏を拡張しているかのようだ。血と肉と炎という名の紅き共産圏を。
そんな激戦が繰り広げられる中、煙幕と森林に紛れてT-26が奇襲的に出没するようになっていた。T-26は物量を武器に4輌単位で1チームを編成し、敵戦車の弱点ともいえる足回りを集中的に狙ってきていた。これまではただただ戦力を投入するばかりだったという、人海戦術ともいえない稚拙な戦術に頼ってきたソ連軍のことを考えると信じられない進歩といえる。この戦法によってパンターの1輌がやられ、前進も後退もできずにどうしようもなくなっている。そこをT-34-85とKV-85が止めを刺していた。
優勢に傾きつつあったソ連軍だが、それはいとも簡単に崩れ落ちた。第2SS装甲師団を援護すべく、後方待機を続けていた第1001臼砲突撃中隊――通称『シュトゥルムティーガー中隊』がその重い腰を上げたのだ。『シュトゥルムティーガー』突撃砲は5.4口径38cmロケット臼砲を備えた怪物で、重量345Kg×長さ1.5mのロケット推進式高性能榴弾を約6キロ先まで飛ばす能力があった。但し発射速度は遅く、速射性は劣悪だった。そのくせ、総生産台数は18輌と実用性に欠ける兵器だった。だが、その破壊力は申し分ないことは確かである。
6輌のシュトゥルムティーガーから放たれた総重量345Kgの高性能榴弾6発は、耳を聾するような咆哮とともに解き放たれた。鈍い風切り音を立てながら空を舞い、アーチ状の孤を描きながら地面に落下した。
最初の一斉射撃は功を奏した。6発のうち3発が敵陣のど真ん中に着弾し、T-26戦車3輌がまるで玩具かなにかのように吹き飛んだ。得体の知れない力によって掴まれ、放り投げられたかのようにも見える。その周辺にいたT-26やT-34-85は砲撃による衝撃波を受け、動けなくなっていた。また、着弾しなかった3発だったが、遥か後方のSU-152自走砲陣地にそのうちの1発が着弾しており、SU-152自走砲2輌が撃破されていた。
このように圧倒的な火力を有するシュトゥルムティーガーだったが、戦争には不向きな兵器といえた。前述したように速射性に欠け、また砲弾重量345Kgととても重く、運搬にも一苦労だった。その破壊力は確かに魅力的なものだったが、米軍なら空爆で、ソ連軍なら量産性に富んだ自走砲を何十輌も並べた方が合理的だろう。ドイツ軍にしても、Ⅳ号戦車を基に開発された『ブルムベア』等にシュトゥルムティーガーの製造・維持費を回した方が何倍も効率的に自走砲火力を運用できるだろう。シュトゥルムティーガーは戦争において必要となる『質』と『量』の関係において、『質』を追求し過ぎた兵器といえるのだ。
しかし、この戦場においてはシュトゥルムティーガーは奮闘した。第2斉射では、T-26が3輌、T-34-85が1輌、KV-1が1輌撃破され、ついにソ連軍側のT-34-85中戦車隊は殲滅された。後はちょこまかと戦場を動き回るT-26と、KV-1・KV-85重戦車を残すのみだ。
白い尾を曳きながら飛翔するシュトゥルムティーガーの砲弾を目で追いながら、辻政信中佐は無線に手を掛けた。彼が搭乗するのは九七式中戦車の指揮車だ。通常の三式砲戦車よりも通信能力に特化している。それが辻にこの戦車に乗車するのを決めさせたのかは定かでは無いが、この戦闘前、彼は嬉々として九七式中戦車に乗り込んでいた。
「小松大佐。お話があります」
『なんだ、辻中佐?』
雑音混じりに戦車第一聯隊長小松の声が響く。
「“総攻撃”を要請します。総攻撃です」
暫しの沈黙。そして、不機嫌な声が始まる。
『……辻中佐。貴様、何を考えとる?』
「敵はもうすぐ後退するでしょう。ここで前進して、持てる火力を全て食らわせてやるべきです」辻は言った。
『辻中佐。我々は予備戦力だ。後方待機もれっきとした軍務のうちだ』小松は言った。『それに何故、敵が後退すると分かるのだ? 確固たる証拠があるのだろうな?』
辻は頷いた。「臼砲による支援砲撃によって、敵部隊の右翼が壊滅しています。それに全体の被害も大きい。おそらく、近いうちに後退して、後方部隊と合流して再攻勢に転じるでしょう。しかし、そこで我が軍が攻勢に入れば、敵は多大な戦力喪失に戦線撤退を余儀なくされるでしょう。そうすれば、ドイツ軍に補給と再編成の猶予を与えることができます」
小松は唸った。『それでも、同意しかねる』
「では……乗車する九七式だけでも前線に参加します」
『なッ!?』
小松は驚嘆した。88mm戦車砲を搭載した三式砲戦車ならともかく、豆鉄砲しか持たないような戦車で何ができるというのだ。犬死ぐらいしかできないのが目に見えてるではないか。ハッタリだ。
『辻中佐。貴様、本気か?』
「本気ですとも」辻は凄みのある声で言った。「では」
車内から身を乗り出し、砲塔から上半身を出した小松は前進する九七式中戦車の姿を捉えた。T-26軽戦車1輌にも手こずっているような九七式中戦車が、怪物じみた戦車が跳梁跋扈するヨーロッパ戦線で何を出来るというのだ。小松はフィンランド到着後の『冬戦争』参入で身に染みるほどそのことを味わっていた。アジアでは中戦車でも、こちらでは軽戦車にも満たない。軽装甲車両と呼んだ方がいいだろう。そんな九七式中戦車が今、最新鋭の三式砲戦車を差し置いて戦線参加を果たそうとしている。その事実は、小松の“戦車乗り”としてのプライドが許さなかった。
『……分かった。辻中佐、貴様の提案を受け入れよう』
小松は言い、無線を第一聯隊の各戦車に合わせた。『全車、突撃用意。俺の合図に合わせて突撃しろよ』
第一聯隊は前進を開始、指定のポジションまで到達すると、全戦車が停止した。
『辻中佐。突撃の合図は貴様に任せる。しくじるなよ』
小松が言うと、辻は静かに頷いた。彼は双眼鏡で敵戦車の姿を眺め、タイミングを見計らう。双眼鏡にはKV-85が映っている。重厚な車体は前進、後退、前進、後退と小移動を続けていたが、次の瞬間、KV-85の車体が交戦距離から大きく後退し始め、T-26が前へと躍り出た。
「突撃! 突撃! 突撃ィィイィィィィッ!!」
『全車、突撃開始! 撃ち方始めッ!!』
帝国陸軍戦車第一師団の戦車第一聯隊は、ついに総攻撃を開始した。すぐさま轟音を立てて、三式砲戦車と支援部隊である第二独立臼砲中大隊の九八式臼砲による一斉射撃が開始される。甲高い音を立て、自分の頭上を無数の砲弾が稲妻のように空を切っていくのが、辻には見えた。
さっと振り向いて敵軍に双眼鏡の焦点を合わせると、次の瞬間、レンズ一杯に眩い閃光が迸った。敵軍陣地の至るところで爆発が起きたのだ。大地が爆発の衝撃で膨れ上がり、T-26が放り上げられた。KV-85は砲塔を失い、延々と炎を噴き上げている。
そして第二斉射。この一斉射撃によって放たれた無数の砲火は後退しかけたソ連軍第30軽戦車師団の1個大隊を完全に殲滅し、第20重戦車旅団に甚大な被害を与えることとなった。
こうして2個戦車旅団を壊滅に追い込まれたソ連第7軍は、出端を大きく挫かれてのスタートとなった。それまでのEU空軍の大攻勢によって全体戦力の2割を喪失、今回のタリ-イハンタラ街道中央部での戦闘では2個戦車旅団の喪失と損害は著しかったが、もはや彼らに残された時間は少なかった。スターリンの粛清の嵐が迫っているのだ。追い詰められたソ連第7軍は後退し、戦力の再編成を図り、再度の攻勢を目論んでいたが、帝国陸軍第十八師団を始めとする左翼部隊は――それを許さなかった。
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