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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第5章 戦前の大和~1941年
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第47話 新高山登ラズ(前)

 第47話『新高山登ラズ(前)』

 

 

 【1941年11月、私は厳寒なる海の上に居た。それはかつて、南雲司令長官が6隻の空母を率いて日本を発った地であり、帝国の未来の瓦解が確定した歴史的な月であった。――『新高山登レ』。そんな電文から始まった5年間に及ぶ戦争は、私にとっても周囲の人々にとっても、大切な『何か』を多く失う結果となるのだが、それは終わり頃に気付いたことである。我々が介入した新たな歴史においては、身の程を弁える人間は若干ながらも増えたかに思えた】


 (伊藤整一口述回顧録第12部第1章『新高山登レ』より抜粋)

 

 

 1941年11月26日

 北海道/択捉島

 

 ――灰色の幽霊(グレイ・ゴースト)

 太平洋戦争期、東京ローズからそう呼ばれていた重巡洋艦『ペンサコーラ』は、鉛色の厚い雲に覆われた単冠湾の下、70隻近くに及ぶ別の“幽霊”とともに鎮座していた。択捉島は単冠湾と言えば、史実、6隻の正規空母を基幹とする帝国海軍の南雲機動艦隊が集結し、ハワイ諸島に向けて出発した地であるが、その華々しい艦隊とは裏腹に寂しい土地柄であった。岸壁が岩肌を惜しげも無く晒し、鼠色の海面は――荒れていた。

 そんなまるで世界のはてのような単冠湾だが、大小様々な艦艇が犇めき合っていた。しかもその大半は米海軍の艦艇だった訳で、被弾、風雨、潮と、長年に蓄積してきた疲労は大きい。老朽化避けられず、船体は時折、悲鳴が如き物音を響かせていた。

 『第八艦隊』――と、称されるこの艦隊の特徴はそれだった。即ち、米海軍の旧式艦艇が中核を担い、世間には知られる事を許されない艦隊である。単冠湾が集結地点に選ばれたのも、他の国籍の艦船が来ることが無いであろう、厳寒で人里離れた僻地であったからだ。南雲機動艦隊が此処を集結地点に選んだ理由も――且つハワイから最短距離であった――それだった。

 水平線上から僅かに漏れる曙光が第八艦隊の旗艦『ペンサコーラ』の前部甲板を照らしめる。艦橋の司令長官席に座っていた藤伊一中将は立ち上がり、窓辺に立ってそれを見張った。出発の時である。

 

 

 第八艦隊の旗艦『ペンサコーラ』は、かつての米海軍籍重巡洋艦であり、太平洋戦争期には数多の戦闘に参加した歴戦の軍艦であった。1941年は11月29日、マニラへの輸送船団護衛の任務で帝国海軍機動艦隊の魔手――真珠湾奇襲――を逃れた所からその輝かしい戦歴は始まり、ミッドウェー海戦、ソロモン諸島の戦い、南太平洋海戦、ルンガ沖夜戦、レイテ沖海戦と続いた後、硫黄島・沖縄の上陸支援作戦に従軍した。結局、最期を戦闘中に迎えるに至らなかったペンサコーラは、同級の姉妹艦『ソルトレイクシティ』とともに、ビキニ環礁にて行われる原爆実験の標的艦に指定された。

 しかしそれでもペンサコーラは沈まなかった。2度の核実験を耐え抜いた不屈の巡洋艦は、それから2年後にワシントン州の沖合――祖国の海底で永久の眠りにつくこととなる。だが、その運命は時空転移によって覆されることとなった。

 現在、ペンサコーラはこのねじくれた歴史の中で、第八艦隊の旗艦としての第2の人生を歩んでいた。ペンサコーラ級重巡の2隻は『第七艦隊』『第八艦隊』それぞれの旗艦に白羽の矢を立てられ、第七艦隊にはソルトレイクシティ、第八艦隊にはご存知の様にペンサコーラがあてがえられた。以後この2つの艦隊は、司令部と司令長官がこの重巡とともに交代することで、艦隊の名は変わった。同艦艇・同人員によって編成されたこの第七・第八艦隊は一方の司令部と一部の戦闘艦が英気を養うことで、艦隊の指揮統制網を常に万全に保てる――という訳だ。

 「閣下、第十一水雷戦隊は全艦抜錨完了、湾外への航行を開始しました」参謀長の原忠一少将は折り目正しく言った。原は海軍兵学校39期生で、伊藤とは同期にあたる。その日本人離れした体格から『キングコング』と渾名され、珊瑚海海戦で奮闘した彼のことを伊藤は良く知っていた。しかし、逆行して中将階級を戴いた藤伊一中将として原を相手にしてみれば、そういう訳にもいかないのだ。あくまでも部下として、後輩として接しなければならない。

 「十一水雷戦は発つか……」藤伊は言った。「では、我々も素早く湾外へと出ようか。君も見ての通り、寒気が強まってきている。時化が強くなり、海面がより一層荒れれば燃料やら物資が予定以上に消費され、帰還するどころか目的地に到達することさえ出来なくなるだろう」

 「そのことなのですが、閣下」原は言った。「将官を始め、艦隊に所属する人間全てが目的地や本作戦の意図を未だ伝えられていません。既にその不安が高まり、士気にも影響し始めております」

 「その軍服のことは聞かないのか?」藤伊は訊いた。

 「米海軍の軍服です」原は言った。「それ以上には聞きませぬ。連合艦隊司令部の意図を探る気も御座いませぬし、閣下が何をお考えなのかも……」

 原のその言葉は、藤伊に対してその真実を告げて欲しいことを暗示していた。彼等は『第八艦隊』に属してはいるが、徹底的な防諜によってその艦隊のことを殆ど知らなかった。米海軍の軍服に星条旗、帝国海軍とは異なった艦艇と、奇妙さや不安を覚える点は多々ある。しかし、上層部が説明してくれないので、その感情は積もるばかりだった。

 「原参謀長」藤伊は言った。「我々は本日0900をもって単冠湾を発ち、一路――ハワイへ向かう」藤伊は踵を返し、背後に一列で整列していた幕僚達の顔を見た。皆、動揺の色を隠せないようだ。「その目的は同艦隊の演習並びに米海軍への威圧にあり。ワシントンより報届いたる後、とある一文が東京通信隊より発せられる」

 「とある一文とは?」

 藤伊は再び窓辺に立ち、外を見据えた。

 「『新高山登レ』」藤伊は言った。「それがゴーサインだ」


 

 その時期、EU――『ヨーロッパ同盟』と米ソとの対立は激しさを増していた。双方は限定的な経済制裁、軍事衝突を繰り返し、文化の崩壊が続けられた。それはEU準加盟国の大日本帝国にとっても例外的ではなく、米国による経済制裁は目前にまで迫っていたのである。

 「石油はともかく、屑鉄は現在でも米国に依存している」藤伊は言った。「ワシントンに向かった野村大使と来栖特使に頑張って貰わんと、再来年頃からは軍艦の建造が遅れてしまうだろう。海軍はそれを重くみている」

 「となると、今回の作戦もそれが本筋ですな」

 藤伊は頷いた。「実行されるとは思えんがな。何しろ、我が方の艦隊は旧式艦ばかりの老齢艦隊だ。船が年寄りで、司令長官たる私も60を過ぎた老いぼれだからな」藤伊は言った。「基幹となる空母は『サラトガ』、『インディペンデンス』、そして『天城』のたった3隻だ。どう頑張っても一航艦には勝てんよ」

 と、藤伊は言うものの、第八艦隊は強力な艦隊だった。各艦は米国製の最新鋭レーダー、射撃管制装置、通信機器、そして5インチ砲やボフォース40mm機関砲を備える。更に2隻の空母はその搭載数では史実の南雲機動艦隊に及ばないかもしれないが、零戦を軽く屠ってしまうF6F『ヘルキャット』を始め、新鋭の航空機が配備されていた。また、空母に乗艦するのは2年前の『ノモンハン事件』でも活躍した帝国海軍特別第零航空隊――通称『特零空』である。元陸軍航空兵でトータル71機の撃墜数を誇るトップエース篠原――『東洋のリヒトホーフェン』――を始め、実戦や過酷な訓練を耐え抜いた歴戦の猛者達が揃う精鋭航空隊だ。一般機動部隊の2倍は良い働きをしてくれることだろう。

 

 

 

 

 

 

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