第173話 揺籃の冬(中)
第173話『揺籃の冬(中)』
1947年11月26日
イギリス/ロンドン
俗に言う『太平洋戦争』――または『日米戦争』――の1年目終盤、同戦争では緒戦期と位置付けられるこの時期、日米両軍は北方戦線にその大部分の兵力を傾注し、戦線は泥沼の様相を呈しつつあった。米陸軍北方方面軍は総司令官ジョージ・S・パットン陸軍大将による指揮の下、大兵力を以て半島を南下。一方、大日本帝国陸軍カムチャッカ方面軍は総司令官である栗林忠道陸軍大将の指揮によって、その兵力を後退・再編制しつつ、首都ペトロパブロフスク・カムチャツキーを基軸に要塞防衛網を築き上げた。この両軍による兵力の集中化は結果として一時的な停戦状態を生み出したが、それは同年10月、ニューメキシコ州にて原爆実験――通称『トリニティ実験』を成功させた米国には好都合だった。米国は開戦以来、戦時体制下における国内産業の拡大によって生産力向上を果たしており、ワシントンのハリー・S・トルーマンはそれを背景に北方軍の増強、更に『原子爆弾』の量産化を指示する。
そして同年11月15日、米国はB-29によって世界初の原爆投下を実行し、世界に大きな衝撃を与えた。その威力は絶大で、報道管制によりその被害が最小限に伏せられていた大日本帝国のメディアでさえ、その『原子爆弾』がこれまでの想像を遥かに超える、凶悪無比の兵器であると伝えた。海外メディアであれば尚更であった。EU各国はこの恐るべき新型爆弾の投下の報を聞き、震え上がるとともにこれまで無視し続けてきた米国に対し、一種の危機感を覚えたのである。結果的に原爆で世界を恐怖させた米国は、その思惑として世界各国の動きを牽制するとともに、各国世論に反米・対米感情を植え付け、名実ともに“世界の敵”となった。
しかし1週間後の11月22日、事態は一転する。大日本帝国が米国本土に対し、『原子爆弾』を投下したのである。大日本帝国は米国同様、その新型爆弾の威力を詳細に説明するとともに、今後自国からの原爆先制使用を禁じるという『原爆先制使用禁止宣誓』を世界に向け、発信した。このニュースは瞬く間に米国、EU諸国、中立国へと伝わり、世界の人々は1週間前に米国に対して向けた感情を再び呼び起こしてしまうこととなった。特に大日本帝国の原爆保有を知らなかったEU各国は、上から下から空前絶後の大騒ぎとなってしまう。何しろそれは都市1つを壊滅させる――と喧伝する爆弾であり、それを有しているのがヨーロッパ人でなくアジア人だったからである。それは欧州とアジアの間にあるとされる“越えられない壁”――を容赦無く突き崩す一大事件であった。
1947年11月22日、大日本帝国は世界に向けて『原爆先制使用禁止宣誓』を声明として表明したが、同時に英仏独伊を始め、EU全加盟国(準加盟国・オブザーバー国含む)に対してもその原爆使用についての謝意と、使用に至るまでの詳細な経緯を表明していた。EU各国はこの事態を重く受け止めていただけに、この大日本帝国によるこの行為に当惑していた。以前からの3国同盟国たるドイツ、イタリアはこの表明に対して一定の評価を下したものの、イギリスやフランス、そしてその両国寄り(主に植民地国等)の加盟国は、この大日本帝国の表明を不十分だと指摘し、12月上旬を目途にパリのEU本部にて『緊急会合』を開き、そこでこの一連の騒動について追及すべきだと主張した。そしてそれは、大日本帝国がEU――即ち『ヨーロッパ同盟』から除籍される可能性を秘めた会合となりそうだった。
事件から4日後となる1947年11月26日、英仏両国政府によるスケジュール調整の結果、イギリスのロンドンにて急遽、英仏首脳会談が実現することとなった。26日午後、ロンドン郊外のクロイドン飛行場に1機の仏政府旅客機が降り立った。その搭乗者はフランス首相エドゥアール・ダラティエその人であった。ダラティエは英政府公用車へと移り、そこからロンドン中心部へと向かった。
その行き先、英仏首脳会談の舞台となるのは、ロンドンの“ダウニング街第10番地”――俗に『ナンバー10』と呼ばれる英首相官邸であった。英国政府の中枢――ウェストミンスター宮殿(国会議事堂)や官庁の立ち並ぶウェストミンスター地区に聳えるその官邸は、1682年に英国貴族院議員サー・ジョージ・ダウニングが今の『ダウニング街』となる地域の土地を購入したことからその歴史は始まる。後に彼はダウニング街を築き、その両側に15軒の家を建設した。そしてそれから時は流れて1732年、イギリス国王ジョージ2世は、当時の英首相であるサー・ロバート・ウォルポールにダウニング街10番地を与え、ウォルポールはその10番地の邸宅の一つに居住していたのだが、彼はその邸宅を自分の私有物とせず、首相官邸とするようジョージ2世に働き掛ける。そしてそれがジョージ2世に認められ、ダウニング街10番地は“英首相官邸”となった。そしてそれは、今日に至るまで歴代首相達の官邸として使用されることとなったのだ。
こうした歴史背景を持つダウニング街10番地だが、実は史実のサッチャー政権以前までは、その邸宅前の通りは普通の道として一般車両も通行することが可能となっていた。現在、その通りの出入口には鉄格子が築かれ、警官が配置されて警備にあたっている。今物語ではその対処は更に早く、1940年には英首相ネヴィル・チェンバレン、ウィンストン・チャーチルの暗殺を契機に、通りの封鎖と警備の強化が図られており、今回の英仏首相会談では更に警備面での増強が行われていた。それだけ両首相の暗殺が英国のセキュリティ体制に大きな影響を与えた――ということである。
かくして警備強化が図られたダウニング街10番地。その首相官邸の首相執務室には、現英首相にしてEU(ヨーロッパ同盟)議長を兼任するアンソニー・イーデンと、仏首相エドゥアール・ダラティエの姿があった。イーデンは1941年以来、第1次・第2次と英首相を6年以上に渡って歴任し続けてきた政治家であり、そのEUにおける影響力は絶大であった。『欧ソ戦争』以降、EU(ヨーロッパ同盟)軍を実質掌握しているのはドイツ第3帝国のアドルフ・ヒトラー総統であるが、経済・政治面を支配するのはこのイーデン――そして大英帝国であった。今や世界経済の中心地となっているのはアメリカ・ニューヨークの“ウォール街”ではなく、イギリス・ロンドンの“シティ・オブ・ロンドン”であり、世界的に価値を持つ通貨は信用を失ったドルやマルク――ドイツでは戦費・『ヴェルサイユ体制)後の国家復興のために積み重ねてきた負債のため、インフレが続いていた――ではなく“ポンド”だった。イギリスはその経済力を背景に、赤字が続く植民地経営の立て直しを図り、現植民地国・旧植民地国を含めた英連邦加盟国における実質的な決定権を握っていたのだ。それは結果として加盟国の『多数決』によって政策方針や予算等が決まるEUにおいて、多大な影響力を握っているに他ならないことでもあった。あくまで『軍事独裁帝国』ではなく、『民主主義共同体』を謳うEUは、言い換えれば“金”や“権力”によって融通の利く組織なのだ。
「――イーデン首相、お久し振りです」
被っていた帽を取り、ダラティエは軽くお辞儀をした。
「首相。お気になさらず、我が家のつもりでリラックスしていって下さい」
とイーデンは気さくに返事を返すと、ダラティエを自身が座る席の前に置かれたもう一つの席へと案内した。その後、数名の給仕がSPとともに入室し、2人の下に湯気の立った紅茶を差し出した。インド、ダージリン南部産茶葉を用いて作られた琥珀色のダージリンティー、そして焼き立てのジンジャーブレッドを載せた白皿がテーブルに並べられる。それを2人の首相は食しつつ、会談を進めていった。
「……イーデン首相。貴方もご承知の通りですが、先日、大日本帝国が米国に対し、『原子爆弾』を投下しました」ダラティエはダージリンティーの汲まれたカップを皿に戻し、真剣な表情で語る。「そして以後、他国からの先制攻撃を受けない限り、原爆投下は行わない……と声明を発表した」
「その通りですな」
「そう、しかしそのような言葉、信じられますか?」
訝しげな表情を浮かべ、ダラティエは言った。
「……私としては、信用に欠けると思っています」とイーデンは返す。「正直な話、EUという組織において、アジア各国が影響力を持つ――というのは、ドイツやイタリアのようなファシズムが横行するよりも深刻な問題と捉えるべきでしょう。仮にアジアにおけるEUのどこか一国でも常任加盟国の仲間入りでもしようものならば、それはアジアの主権を認めることとなり、植民地国の蜂起や抵抗運動が加速する。それは経済面で未だ足元が盤石でない我が国にとっても、重大な問題へと発展してしまう」
イーデンは目を瞑り、顎をしゃくった。
「ダラティエ首相。貴方の意見はどうです?」
「私も首相と同意見です。アジアが力を持つということは、EU(ヨーロッパ同盟)という組織の根本を揺るがす問題ですからな。これを認めてしまっては、EUの存在意義を問われてしまうでしょう」ダラティエは言った。「ましてや大日本帝国のような東洋の一辺境国にして、独伊のようなファシズム国家がアジアの覇権を握ろうとしない、という確証など得られる筈がありません。例え大日本帝国が原爆を使用しないといっても、その原爆の存在をちらつかせてアジアやヨーロッパの加盟国を恫喝し、しいては原爆を背景に戦争を仕掛けてくるやもしれません」
「それは考え過ぎだとは思わんか?」
とイーデンは言った。流石にかの国がEUに反旗を翻すとは考え難い、とイーデンは考えたのだ。それは自国を含めた欧州各国の国力への慢心、そして『原子爆弾』という未知なる兵器への認識の低さからきた考えだが、ドイツ・イタリアとの関係を鑑みても『日英同盟』を永劫として続行したい大日本帝国としては願ったり叶ったりの考えだった。
「……いえ、そうは思えませんな」ダラティエはかぶりを振った。「今や大日本帝国とは、EUにおける『内なる敵』なのです」
ダラティエはそう言った。彼は典型的なヨーロッパ人の考え方として、欧州とアジアには根本的な格差――“越えられない壁”があると認識していた。しかしそんな壁を『原子爆弾』は容易く崩した。それはこれまでの欧州によるアジアへの優位を覆す事態に発展するのではないか、とダラティエは危機感を覚えていた。アメリカ人とならまだ“共通の価値観”というものが残っている。だがアジア人とは――その“共通の価値観”さえない。そもそも人種からして根本的に違い、しかも長きに渡ってヨーロッパに虐げられてきたのに分かり合える筈がないではないか……。野蛮なアジア人が望むのは“創造”ではなく“破壊”なのである。そうダラティエは思っていた。
「癌は早めに除去せねば、死を招きます」
「そうはいってもだな……」イーデンは困ったように言った。「首相、まさか貴方は12月の総会で日本の除籍処分でも要求する気なのかね? それは現実的とは言えんよ、日本は我々にとっても重要な経済パートナーであるし、米国に対する防波堤の役割を担っている。対ソビエト戦争でも、かの国は立派にアジアの防波堤を務め、ソ連の南下を食い止めたではないかね。それに原爆を保有しているのは米国とて同じこと。今日本を失えば原爆の盾が無くなり、米国はこのロンドンや貴国に原爆を投下することだって十分にあり得るのだぞ?」
そんなイーデンの意見を聞いたダラティエは静かに頷いた。
「……確かに、それは私も承知しています。しかし一方で日本がこの欧州本土に原爆を投下する可能性があるのは、首相とて知っている筈では?」
と指摘されたイーデンは、ばつの悪そうに俯いた。確かにダラティエの指摘通り、大日本帝国は長距離戦略爆撃機『富嶽』を保有しており、それが航続距離1万キロを超えることをイーデンは知っていた。何しろ『富嶽』は英独伊の3ヶ国も携わった『対米戦略爆撃機計画』――のベースモデルなのだ。各国はこの『富嶽』を主体として、イギリスの『アブロ・ノーウィッチ』やドイツの『Ta400』などの超重戦略爆撃機を開発していった。そのため、イギリスは『富嶽』の航続距離は勿論のこと、その搭載性能もまた理解しており、これらは自国の爆撃機開発でも大いに応用されたのである。
「今とは言いません。しかし、いつの日か――決して遠くない将来、大日本帝国がEUに対して原爆による恫喝を行い、最終的に敵国として戦争に発展してしまう可能性も含んでいると考えてもおかしくはないでしょう。私はそうなる前に、その息の根を止めるか首輪を付けるべきだと思うのです」
とダラティエは熱弁し終えると、温くなったダージリンティーを一口啜った。
「ならば、我々も対抗して原爆を持てばいい」イーデンは言った。「首相、貴方が言う『内なる敵』は日本だけではない。反ユダヤ人政策を水面下で進めるドイツや、中東・アフリカでの領土拡大政策を進めるイタリアもまたその『内なる敵』と言えるだろう。またシベリア社会主義共和国でも、密かに原爆研究が進められていると聞く。そんな中で、次に原爆を保有出来た国がこの『核抑止戦争』のイニシアチブを握ることが出来るだろう」
『核抑止戦争』――アンソニー・イーデンが提唱するその戦争は、いわゆる『核開発競争』によって日米両国が多数の核兵器を保有しながらも、その威力を理由に使用を躊躇し、睨み合いを続けるという史実の『冷戦』に相当するものだった。無論、それは史実とは異なり、代理戦争ではなく直接戦争の中で誕生したものであり、いわば国力で『核開発競争』に敗北すると結論付けている大日本帝国が、米国との全面的核戦争を回避するために行われている――いわば“諸刃の剣”のようなものであった。そしてイーデンは、そんな日米両国の均衡の中で第三の核保有国が誕生したその瞬間、上手くいけばその第三国がこの戦争でのイニシアチブを握ることが出来る、と考えていたのだ。
「だが、第三国となるのはあくまで中立的陣営――この戦争に直接介入していない我々でなければならないだろう。そこで原爆の保有を背景に、この戦争を講和に持ち込めるかもしれないからだ」イーデンは言った。「だが仮にドイツやイタリアが先にそれを達成してしまえば、米国は危い立場に立たされ、判断力を失うだろう。そこで何らかの“アクシデント”が発生すれば、アジアやヨーロッパ――いや、最悪の場合、世界規模でその影響を受けることとなってしまうかもしれない。そんな未来を防ぐためにも、我々は一日も早く原爆を完成させ、この世界の主導権をもう一度握らねばならんのだ……」
1947年11月26日の英仏首脳会談は、英仏両国の関係強化を図るとともにEU内における日独伊への警戒心を強めることとなった。この会談で英仏両国はまず、これまで軍事面でドイツ軍によって掌握されていた『EU軍総司令部』の“統合作戦指揮権”をドイツ軍から一部独立させ、イギリス軍やフランス軍にも移譲する案を12月のEU総会にて提出することを合意決定し、更に両国合同での原爆開発を推進していくこととなった。とはいえ、フランスは核開発分野でイギリスを始め、ドイツ・イタリアにも劣っており、実際にはイギリスにおんぶにだっこの状態で進めていくこととなる。それでも欧州列強二国による共同核開発というのはとても頼もしいものであり、特にイギリスは原爆保有に大きく前進することとなったのだ。
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