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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第12章 戦時の大和~1947年
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第164話 パラナ攻防戦(前)

長らく小説投稿を休止していたキプロスです。本日から再開させていただきたいと思い、投稿しました。更新ペースは遅めとなりそうですが、よろしくお願いします。あと、実は色々あって現在使用しているPCのキーボードがイカレていまして、誤字・脱字等が今まで以上に増えそうなので、よければ報告お待ちしてます。

 第164話『パラナ攻防戦(前)』

 

 

 1947年4月8日

 大日本帝国/カムチャッカ半島

 

 カムチャッカ半島の付け根付近、オホーツク海北東部のシェリホフ湾に接した海岸から8kmほどパラナ川を遡った右岸に位置しているのが、パラナという都市である。かつてはコリャーク民族管区の州都たるパラナだったが、大日本帝国によるコリャーク民族管区とカムチャッカ地方の併合により、地方都市の1つと位置付けられていた。そんなパラナは1947年3月以降、日米両軍による戦闘を繰り返し、爆弾と砲弾の雨が引っ切り無しに降り注ぐ激戦地と化していた。

 制海・制空権を掌握する大日本帝国軍はシェリホフ湾経由にて海岸から多数の物資を揚陸させ、市内での兵站を繋ぎ、戦っていた。その戦闘スタイルはゲリラ戦法。1ブロックずつを強固な防御陣地へと変え、神出鬼没の奇襲攻撃、巧妙に仕掛けられたブービートラップを用いて敵の侵攻、そして士気を挫いていた。

 対する米軍は陸路より物量的作戦で物資運搬を行い、この戦闘を継続させている。多数の日本兵捕虜を用いて建設中の鉄道線が完成すれば、その兵站能力は飛躍的に向上するだろう。そしてその完成は5月にも迫っていた。またこの鉄道線も走る前線基地コルフには、2000m級滑走路を擁する大型空軍基地が存在しており、アラスカやチュクチより空路での大規模な物資運搬、そしてB-29『スーパーフォートレス』を始めとする大型戦略爆撃機の運用も可能としている。これがパラナの戦闘を長期化させている要因の1つでもあった。

 そして4月1日、米軍はパラナ攻略作戦の最終段階として予備兵力も含めた全兵力を以ての一大反攻作戦――『バイキング作戦』を発動した。作戦はパラナ市内を大きく迂回して同地南西部に進出し、帝国陸軍の比較的薄弱な翼面を突破、海岸線に回り込んで揚陸拠点を奪取。同時に北方からも軍を侵攻させ、挟撃して包囲・殲滅するというものだった。同時に米海軍潜水艦部隊によるシェリホフ湾の通商破壊も開始され、増援兵力や物資の揚陸を阻止する。この作戦には米軍の主力中戦車M4『シャーマン』と、M26『パーシング』重戦車が大量に投入され、機動性の高い作戦を行えた。総司令官はジョージ・S・パットン大将。『荒くれパットン』の渾名で知られる彼は、言わずと知れた戦車戦の名将である。

 作戦は1個戦車大隊・1個空挺師団による陽動と、偽の暗号電の漏洩を以て開始された。それは米軍の主力がパラナ南東部から侵攻してくると思わせる為の作戦であった。この報に慌てた帝国陸軍が防衛線強化を図るべく南東部に兵力の大部分を振り分けた頃合いに合わせて北部から米軍主力が南下。同時に大きく迂回した別働兵力が南西部に進出し、海岸線の揚陸拠点を制圧するのだ。

 「この作戦に必要なのは油――だ」

 前線基地コルフへと移転された米陸軍北方方面軍総司令部の司令官テント。その中では、『荒くれパットン』ことジョージ・S・パットン大将と参謀長ダニエル・A・モーガン少将、そして北方方面軍隷下の師団長達が肩を並べていた。『バイキング作戦』に合わせた作戦会議――それも最終的な詰めに入っており、作戦開始は秒読み段階といったところであった。

 「なのに台湾のマッカーサーとワシントンが出し渋ってやがる。どういうことだか分かるか?」

 「恐らく、台湾攻略の予想以上の難度。そしてワシントンに関してはドイツ・イタリア軍による東海岸本土上陸に備えての“保険”でしょう」

 と、語るモーガン。実際彼の言っている事は正しく、米政府上層部は『本土侵攻』という目前の危機に対処すべく、石油を始めとする軍事物資の国内での確保に取り組み、結果として対日戦線への補給を滞らせていたのだ。それはパットンやマッカーサーのような現地にて指揮を下す者達には死活問題であった。大日本帝国軍は着実に防衛態勢を整え、徹底的な抗戦に突入しつつあったからである。特に空海における“質”での大敗北――『コルフ航空戦』(1947年2月)や『第二次ベーリング島沖海戦』(1947年3月)――を喫してまだ間も無いこの時期である。ここで更に米国最大の強みたる“量”まで抑えられては、勝てる戦も勝てないというものだった。

 「モーガン。ワシントンに連絡を取れ」パットンは言った。「内容はこうだ『俺達は遥か極東の辺境で戦っている……。フロリダやワシントンに貯めこんでいる使いもしない武器や油を全て、こちらに送れ』――と」

 腕を組み、憤怒の表情を浮かべるパットン。それとは対照的にモーガンの顔色は青ざめていた。

 

 

 1947年4月9日。この日、パラナは数ヤード先まで視界が利かない程の猛吹雪に見舞われていた。しかしその悪天候は大日本帝国陸海軍や統合戦略航空団が迎撃機を飛ばすのを阻み、制空権において不利な立場にある米軍を助けることとなった。総兵力70万名、戦車890輌、火砲6000門を有する米軍――それに対してパラナ防衛を担う帝国陸軍は総兵力20万名に過ぎず、配備された戦車や火砲も旧式のものが多く、例によって過酷な状況であった。しかしパラナ市内に張り巡らされた地下要塞線と地上に鎮座するレンガ建築物は、連日に渡る米軍の空襲を耐え、現在もなお存在し続けている。帝国陸軍の兵士達も『冬戦争』や『日ソ戦争』以来の古参が多く、練度も高かった。そして何より、これらの指揮統括しているのがあの名将――栗林忠道大将であった。

 3月、『コルフ事件』を機にカムチャッカ方面軍総司令官から更迭され、予備役編入となった牟田口廉也陸軍大将に代わって就任した栗林大将。『コルフ事件』では現地司令官として指揮を下し、結果的に防衛成功の対価として第八八師団を壊滅させてしまった彼だが、その戦果は『大和会』にとっては称賛にあたるものだった。その功績としてカムチャッカ方面軍総司令官に任命された栗林大将がまず行ったことこそ、このカムチャッカ半島の要――パラナ増強である。

 パラナはカムチャッカ半島中央に位置する町であり、戦略的にも重要な拠点であった。ここを落とせば南にあるペトロパブロフスク・カムチャツキー攻略への足掛かりともなるし、帝国海軍の潜水艦基地や補給港がある沿岸都市マガダン攻略にも適した前哨拠点でもあった。そうなれば帝国海軍によるベーリング海での通商破壊作戦に多大な影響が出るだけでなく、カムチャッカ半島での優勢も危ぶまれる。また約1年後に発動される『HI作戦』のためにも、カムチャッカ半島は何としても死守せねばならなかった。そこで栗林大将はパラナの要塞化を進め、ゲリラ戦術や航空打撃によって米軍の進撃を挫いてきたのだ。

 しかしそれも限界に近付きつつあった。その発端となったのがこの米軍による一大反攻作戦――『バイキング作戦』であった。


 午前6時30分。激しい吹雪の中、約3000門の火砲が咆哮を上げた。無数の砲弾が灰色の空で弧を描き、そして重力に従って一気に地上へと降り注いだ。パラナ南西部に展開する帝国陸軍陣地は突然の攻撃に動揺を隠せなかった。嵐に乗じたこの進撃を予知できる筈もなかったからだ。司令部から届けられた情報では、米軍は南東部から攻撃を開始したとされていた。しかしそれは米軍の陽動に過ぎず、事前に流された暗号電も偽の情報であった。不意を突かれた南西部陣地は崩壊、壊滅した。米軍は帝国陸軍2個師団、18000名を捕虜とし、次なる攻撃を加えた。

 4月10日、米軍第8軍はアンソニー・C・マコーリフ中将による指揮の下、沿岸部の帝国軍揚陸地点への攻撃を開始した。南西部の防御陣地を突破した第8軍は兵力約10万名、新型のM26『パーシング』重戦車を多数保有していた。また前日とは異なり、天候が回復したためコルフからの航空支援も可能となり、米軍の攻勢は勢いづいていた。

 だが米軍の攻勢はそれだけではない。更にシェリホフ湾では米海軍潜水艦部隊による通商破壊作戦が既に開始されており、帝国海軍の輸送船団が次々と雷撃によって沈められていた。帝国海軍は駆逐艦や護衛空母による掃討戦を開始したものの、収束には時間が掛かりそうであった。

 一方で、米軍はアラスカ経由にて多数の兵力を陸伝いに注ぎ込んでいる。パットンの要請が届いたのかどうかは定かではないが、ワシントンは彼の要求を呑み、東海岸の物資を次々と送り込んでいた。



 ――米軍は徐々にカムチャッカ半島の要衝パラナを包囲しつつあった。

 

 

 

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