第162話 第一次カリブ海海戦(中)
第162話『第一次カリブ海海戦(中)』
1947年3月28日
キューバ共和国/カリブ海
「旗艦『フリードリヒ・デア・グロッセ』撃沈ッッ!!」
米海軍大西洋艦隊旗艦、モンタナ級戦艦『オハイオ』はその時、沸きに沸いていた。艦内外にて戦闘任務に従事する兵員は勿論のこと、艦橋に詰める大西洋艦隊司令部の幕僚達も喜びを抑えずにはいられなかったのだ。何しろ敵艦隊の旗艦、それも20インチ砲搭載の怪物を仕留めたのである。大きい獲物であればあるほど、狩人にとっては旨味があるというものだが、今の大西洋艦隊司令部はまさにそれであった。 しかしただ一人、米海軍大西洋艦隊司令長官のチェスター・W・ニミッツ海軍大将は歓喜の声を上げることもなく、ただ沈黙を保ち続けていた。彼はいつものごとく仏頂面を浮かべつつ、「なるほど。そうか……」と呟き、頷くだけだった。
「……参謀長。敵艦爆隊は?」
「レーダー班が捕捉しました。本艦より80マイルの位置です」
米海軍のSC・SK対空レーダーは200km以上の探知能力を誇る。その実力は史実の『マリアナ沖海戦』――“マリアナの七面鳥撃ち”と揶揄される対空迎撃戦闘において実証済みだった。またこれに加え、米海軍大西洋艦隊は“VT信管”も配備しており、その対空迎撃能力は非常に高かったのである。
「数、凡そ150」
「対空戦闘用意。レーダーという眼を頼りに敵艦爆隊を迎え撃て!」
米海軍大西洋艦隊に向け、ドイツ海軍のJu87艦上爆撃機とイタリア海軍のRe.2006艦上攻撃機はカリブ海上空を横断中であった。いわずと知れたJu87J『シュトゥーカ』は、ドイツ海軍用に改修を受けた型で、LTF.5b航空魚雷1本を搭載可能とする等、雷撃能力を付加されていた。無論、急降下爆撃能力も健在であり、その破壊力は圧倒的だった。
「対空弾幕を張れッッ!! 奴らを近付けるなッッ!!」
しかしそんなJu87も1947年の今となってはもはや古く、鈍重な機体となってきていた。それに対抗するのがVT信管である。史実では1942年8月に開始された初のVT信管運用テストは、今物語では1946年9月、ワシントン州チェサピーク湾にて行われた。目標物に接近すると適切な距離で起爆、炸裂するというその性能は今日の対空迎撃戦闘のスタイルを一新させるものであり、開発に携わった米国科学者と海軍関係者達は歓喜していた。何しろVT信管は“意思を持つ砲弾”に他ならないものなのだ。
「敵機撃墜!」
「いいぞ……。効いているらしいな……」
旗艦『オハイオ』防空指揮所より蒼穹を引き裂く漆黒の帯を見据え、そう呟くニミッツ。彼はこの時、米海軍の技術力と根性がドイツ人やイタリア人よりも遥かに勝っている、と確信していた。事実、ドイツ海軍のJu87は対空砲火と邀撃戦闘機部隊によって屠られ、その数を着実に減らしていた。またイタリアのRe.2006も性能面ではJu87に勝るが、米海軍大西洋艦隊の抵抗を前に着実な結果を出せずにいた。
しかし米海軍の戦艦『ウィスコンシン』は窮地に立たされていた。米海軍の輪形陣を突破した空母『ペーター・シュトラッサー』艦爆隊のJu87は次々と翼を翻し、戦艦『ウィスコンシン』や他の護衛艦めがけて急降下を行った。猛烈なG、圧倒的な対空砲火、そして追撃を試みる敵機に阻まれながらもJu87のパイロット達は怯まなかった。刻一刻と変化する高度計や僚機の有無を確認しつつ、Ju87のパイロット達は操縦桿を前へと押し倒していった。
肉薄するJu87の群れに対し、戦艦『ウィスコンシン』は38口径Mk.12/5インチ砲やボフォース40mm機関砲で対抗した。その対空砲火はSK対空レーダーと連動したMk.37射撃管制レーダーによって統制され、敵機を自動追尾。兵員が弾薬庫から砲弾を装填台へと運び入れると後は自動装填され、対空砲手によって砲弾が解き放たれた。VT信管が搭載されたその対空砲弾は人の手で設定されたタイマーによって炸裂するのではなく、砲弾自体が目標を自動検出して炸裂する。その一連の流れはまさに革新的であり、対空戦闘に新たな時代をもたらすこととなったのである。
急降下を開始するJu87に降り注ぐ鋼鉄の洗礼。VT信管は目標に接近すると自動起爆し、その破片を拡散させた。急降下体勢のJu87にとってそれは命取りである。破片によって翼が捥がれ、コクピットの風防は砕かれ、Ju87やパイロットの命を奪った。また濃密な対空弾幕を前に及び腰となり、攻撃を断念するパイロットも現れた。
しかしそれでも数機のJu87はこの対空砲火の嵐を突破し、戦艦『ウィスコンシン』に肉薄する。次の瞬間、急降下するJu87の胴体下部から懸架していた900kg爆弾を投下、そのJu87は操縦装置によって自動的に上昇を開始し、高度を回復させた。
勢いよく解き放たれた900kgは戦艦『ウィスコンシン』艦橋に直撃。艦長以下艦橋に詰めていた人間全員を戦死させた。艦橋は爆発によって木端微塵に粉砕され、戦艦『ウィスコンシン』の指揮系統は遮断された。艦長や副長、砲術長までもが爆発に巻き込まれていたのだ。現場の兵員達は当惑し、誰に指示を仰げばいいのか分からず、ただひたすらに砲弾を撃ち続けていた。
しかしそんな中でも攻撃は続く。3機のJu87が低高度で戦艦『ウィスコンシン』右舷へと接近し、LTF.5b航空魚雷を投下したのだ。計3発の航空魚雷のうち、2発が艦舷に直撃した。1発は戦艦『ウィスコンシン』の機関部を破壊し、1発は弾薬庫を破壊。数分後、弾薬庫は誘爆し、戦艦『ウィスコンシン』は轟沈した。
このような一連の戦闘において、米海軍大西洋艦隊は戦艦1隻、空母1隻、重巡洋艦1隻、駆逐艦2隻を喪失した。しかし輪形陣・対空レーダー・射撃管制装置・薬莢式弾薬・自動装填・目標自動追尾・新鋭戦闘機・そしてVT信管によって独伊海軍による対艦攻撃を退けることに成功する。それは米海軍にとって輝かしい戦績であり、同時に独伊海軍にとっては屈辱的な戦績でもあった。
「――バイ提督。グアンタナモの空軍基地より電信が届きました」
戦艦『ティルピッツ』艦橋。ドイツ海軍第1空母機動部隊参謀長のゲオルグ・ミューラー海軍少将は、ドイツ海軍第1空母機動部隊司令長官であるエーリヒ・バイ海軍大将に告げた。バイは旗艦『フリードリヒ・デア・グロッセ』撃沈によるヴィルヘルム・マルシャル海軍上級大将の戦死後、ドイツ海軍遣米艦隊司令長官を兼任しつつ、艦隊指揮を続けていた。史実では第二次大戦におけるドイツ海軍最後の戦艦同士の砲撃戦を指揮したことで有名だが、今物語では航空屋へと転身し、航空主兵主義に対する独自の見解を持つ有識者となっていた。
「Hо229の出撃準備が完了したとのことです」
そう告げるミューラーに対し、バイは静かに頷いた。
「“例の爆弾”は搭載しているのだな?」
「勿論です」
バイが訊くと、ミューラーは答えた。
「残念なことにアレは実戦運用の経験が無い。46年以降の度重なる標的実験でその効果は実証されているが、新兵器にとって肝心なのはその威力よりも戦術ドクトリンを確立することだ」バイは言った。「戦術ドクトリンは実戦においてその長所と短所が明確となる。そしてそれを基に培われるのだ……。だからこそ経験というのは必要なのだよ」
バイが語るその“新兵器”とは『Bonbentorpedo』――“爆弾魚雷”であった。
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