第154話 戦略爆撃の目覚め
第154話『戦略爆撃の目覚め』
1947年3月7日
アメリカ合衆国/ワシントンD.C.
先の『ハワイ真珠湾攻撃』『第一次ハワイ沖海戦』。そして『第二次ベーリング島沖海戦』における米海軍の喪失は、お世辞にも軽微とは言えないものだった。ノースカロライナ級・アイオワ級戦艦計2隻撃沈、エセックス級航空母艦計8隻撃沈。太平洋でこれだけの喪失を経験する中、大西洋でもそれは例外ではなかった。開戦から既にドイツ海軍Uボート艦隊による通商破壊で100万tに相当する商船が撃沈され、米海軍大西洋艦隊にも多大な被害が加えられていた。
――しかし驚くべきは米国の工業力である。米東西海岸各所に造船所が開設され、“週刊空母”こと『ベーリング』級護衛空母――史実の『カサブランカ』級に相当――や“日刊駆逐艦”の『ギアリング』級駆逐艦の建造を開始。更にUボートや伊号潜水艦によって沈められた輸送艦の代替にはかの『リバティー』級を充てるべく、昼夜休まず建造体制が敷かれていた。また主力艦の建造に関しても新たにエセックス級空母8隻、そして新型空母の『ハワイ』級空母12隻の建造計画が密かに進められつつあった。この『ハワイ』級は旧ソ連海軍が米企業に建造を委託し、開発された『オクチャブルスカヤ・レヴォリューツィヤ』級航空戦艦を基に正規空母としての修正が施された艦で、史実の『ミッドウェイ』級に相当する基準排水量6万t規模の大型空母だった。米海軍はこれを新鋭戦闘機F8F『ベアキャット』と並行し、建造していく。そして更にはジェット戦闘機搭載も視野に入れ、ジェット対応飛行甲板の研究も着々と進められつつあった。
このように圧倒的国力・工業力を以て大建艦計画を遂行する米国だが、それを看過しないのがEU――ヨーロッパ同盟の英仏を始めとする中立主要国であった。幾ら宥和政策を取っているとはいえ、この米国の大建艦計画は『パリ海軍軍縮条約』と欧州の安全保障を踏み躙る行為であり、流石の英仏もこの件には一切の妥協を許さなかった。そもそもこれまで英仏は先の『欧ソ戦争』の悲劇を繰り返さない為にと、米国に甘い部分があった。そして実の所、日米間の『ベーリング島領有権問題』においてEUの英仏グループはこの解決策としてベーリング島やコリャーク民族管区の領土割譲を容認し、戦争回避を画策していた。これは史実における『ミュンヘン会談』――ドイツのズデーテン地方割譲を英仏といった欧州諸国が承認した――に似ている。つまりは大日本帝国の領土など取るに足らないという風潮が英仏政府首脳陣の中にあった訳で、実際にこれが今回の中立化を招いてしまっていたのだ。
しかしこの建艦計画が明るみに出ると英仏も掌を返して猛抗議する。当然だろう。海軍増強はほぼ必然的にその国の“侵略戦力”の強化に繋がる。特に大西洋を隔てる米国と欧州では明らかだった。しかしそれが発覚し、問題視させるにはもうしばらくの時間を要する。
1947年3月7日。ワシントンDCに佇む米合衆国大統領官邸『ハワイトハウス』は物々しい空気に包まれていた。先日、ドイツ空軍のジェットステルス戦略爆撃機Ho329『ゲシュペンスト』がホワイトハウス上空を飛来したのだ。幸い、爆弾が降り注ぐことは無かったものの、この事件は結果的に米国のレーダー技術の未熟さと防空体制の穴を露呈する事態となった。“ステルス”――という概念については仮想敵国イギリスとカナダが配備する『デ・ハビランドモスキート』から対策が検討されてはいたが、カーボン塗料やエンジンの排熱抑制といった10年以上先を見越した新機軸の技術を盛り込んだHo329は全く次元の異なる機体であり、米軍は事実上手が出せない状況にあった。
そんな中、ホワイトハウスに居残る米合衆国第33代大統領ハリー・S・トルーマンは戦々恐々としていた。何時何時爆撃されてもおかしくないその状況。それは嵐の日に忙しなく降り注ぐ雷に恐れる様に似ている。上空には常時、邀撃戦闘機のレシプロエンジンの咆哮が響き、オーバルオフィス前に広がる広大な庭園『ザ・エリプス』では米陸軍のボフォース40mm高射砲が天に睨みを利かせていた。それは『米英戦争』以来、ワシントンDCが経験する緊急事態であった。
「ワシントンの半径50km範囲内に防空部隊を配備中です。広域防空レーダー網の拡張、及び飛行場の増設、迎撃戦闘機の配備を急ピッチで進めており、現状1週間以内での完了を見込んでおります」
そう語るのは米陸軍航空軍第1空軍司令官のトーマス・D・ホワイト中将だ。ニューヨーク州を拠点とする米陸軍航空軍第1空軍の長たる男で、ワシントンを始めとする米北東部の防空を担当する。そんな彼が相手取るのは、B-17並のスペックを誇るイタリア空軍の戦略爆撃機P.108やドイツ空軍の主力ジェット爆撃機Ar234『ブリッツ』等だった。
「でなければ私は今日にもお陀仏だよ」
トルーマンはデスクに腰を下ろし、深い溜息を吐いた。
「ドイツ空軍がキューバを掌握している限り、この東海岸に明日は無い。準備が整えられれば、すぐにでも主要都市への戦略爆撃を敢行するからだ……。そうだな? ルメイ中将」
「サー、大統領閣下」
と、トルーマンの呼び掛けに答えるこの男――『鬼畜ルメイ』の渾名で世に知られる米陸軍航空軍極東爆撃軍団司令官のカーチス・E・ルメイ陸軍中将は不意にオーバル・オフィスの暗がりからその姿を露わにした。しかしその風貌は史実の彼とは大きく異なっていた。無機質な金属の光沢を放つ右脚――それはいわゆる“義足”である。今物語の1945年11月12日、ルメイはアラスカにて事故に遭った。帰宅時に自動車を運転中、崖から転落。何とか一命は取り留めたものの、事故によって右脚切断を与儀無くされたのだ。そして義足を付けながらも軍人を続け、遂には極東の戦略爆撃の最高司令官にまでのし上がったのである。
「ドイツ・イタリア空軍はキューバを拠点に東海岸の各都市へ戦略爆撃を敢行するでしょう。これは『欧ソ戦争』でも報告されていることですが、両空軍による戦略爆撃は壮絶なもので、スターリングラードやレニングラードといった都市群が戦闘終了後、瓦礫しか残らなかったと」ルメイは言った。「これは悲惨なものですが、同時に戦略爆撃の効果を実証する優れたサンプルともなっています。そこで我が極東爆撃軍団もB-29やB-17を用いた満州、朝鮮、そして大日本帝国本土への戦略爆撃を視野に入れ、日々訓練に励んでいた次第です」
トルーマンは頷いた。「第1目標は?」
「私見では――満州です。あそこには大日本帝国陸海軍航空機の一大生産拠点たる奉天を始め、軍事・経済面での重要拠点が各所存在しているからです。満州を叩けば、日本の軍事生産力やインフラ基盤を破壊でき、北方戦や後の本土決戦でも効いてくるかと……」
ところがそのルメイの思惑は叶わない。何故ならば満州はEUアジア経済の一大拠点であり、数多のEU外資が参入していたからだ。そんな満州に対しB-29で戦略爆撃など行おうものならば、イギリスを始めとする欧州諸国は黙ってはいないだろう。EUとの対立をこの時期避けたいトルーマンは、当面の間は満州に対する攻撃の一切は命令しないつもりだった。
「残念だがそれは却下だ。しかし私は君を評価し、期待している。君が出した戦略爆撃案が理論とはいえ、素晴らしい出来だったからだ」トルーマンは言った。「そこで、だが……。まず君は『マンハッタン計画』と呼ばれる開発計画を知っているかね?」
と訊かれたルメイは困惑した表情を浮かべ、首を横に振った。
「いえ、それが何か?」
「……『マンハッタン計画』とは、新型爆弾の開発計画だ」トルーマンは言った。「この計画に際し、凡そ60万名以上の人員と国家予算の2割に相当する資金を注ぎ込んだ。そして現在、開発中なのが核反応兵器――『原子爆弾』と呼ばれる代物だ。その威力は……専門家によると原子爆弾1発でこのワシントンのような都市1個を消し去ることが可能らしい」
「都市1個!?」
それはにわかには信じ難い話だった。
「あくまで理論上は、だ。ある専門家などはこの地球自体を破壊し尽くす威力を秘めているという。生憎、私にもプロジェクトチームにも予測不可能だが」
「もしそれが本当だとすれば、その原子爆弾はこの戦争の在り方を革新してくれることでしょうね。しかし……国家予算の2割もあれば、侵略する軍隊を何個揃えられることか」
と皮肉交じりに語るホワイトだが、それは至極当然の考えともいえる。
「ホワイト中将。確かにそれは一理あるが、しかしその新型爆弾にはそれ以上の価値がある――そう“恐怖”だ。都市1つを破壊するに足る威力を秘めた爆弾。果たしてそれを敵国が保有していると知った時、我々に何が出来るだろうか……? 答えはNoだ。軍隊ならばその動きを殆ど掴むことが出来る。だがしかし、爆弾を積んだ航空機など何時何処から飛来してきてもおかしくはない。そうだ、先日のドイツ空軍による偵察飛行もそれだ」
熱を込めて語るルメイにホワイトも渋々頷いた。
「ルメイ君。やはり君は私が見込んだ通りのようだ。1年後にはあのB-36も完成する。原子爆弾も計3発の製造を予定しているから、君はまずそれを東京に投下することとなるだろう。そこから我々の反撃は始まる。次にベルリン、そしてローマに投下し、両国とEUを恫喝。講和へと持ち込む算段だ。無論、EUとの対立は避けれんだろうがな」
「今月中もそうですが、私は日本本土への大規模空襲を画策しております。新型爆弾完成前に日本本土は灰と化し、生きる者も皆苦しみと絶望を背負って日々を歩むこととなるでしょう」
「……1年後を楽しみにしている」
トルーマンは笑みを湛え、ルメイと握手を交わした。
「――その時は東京の最期でしょうね」
ルメイは不敵な笑みを漏らし、囁いた。
1947年3月7日
大日本帝国/神奈川県
『太平洋戦争』開戦から1週間。先の二大海戦において米海軍が計8隻のエセックス級航空母艦を喪失する中、大日本帝国海軍もまた同様に計8隻の正規・軽空母を撃沈されており、他人事では済まされない艦艇喪失を味わっていた。その中には退役直前の『サラトガ』、『インディペンデンス』といった鹵獲空母が含まれてはいたものの、それでも現役続行の空母6隻の喪失は痛いものだった。特に米国とは違い、国力的な差が有り過ぎる大日本帝国にとって、空母8隻喪失のショックは米国のそれとは異なり、あまりにも強烈なものだったと言えた。
開戦初頭早々、太平洋上で合計16隻の空母が沈んだ今物語の太平洋戦争は血で血を、核で核を洗う凄惨なる戦争へと発展しようとしていた。米軍はフィリピン、アラスカ、チュクチ民族管区を拠点に南方、北方の2方面からの侵攻作戦を画策、実行に移した。北方ではコルフを拠点に米軍が蠢動、同時に枢軸国陣営に加わったシベリア社会主義共和国と接する国境線上に防衛線を敷き、二正面作戦に移行。対する南方では極東方面軍総司令官のダグラス・マッカーサー元帥指揮の下、フィリピン軍を含めた大軍が輸送船団に乗り込み、『台湾攻略作戦』に向けての準備を進めている最中であった。
このように太平洋方面での戦況が激化する中、横須賀の料亭『小松』では開戦後初めてとなる『大和会』会合が行われようとしていた。しかしその会合の席には当主たる藤伊一の姿は無かった。退役、そして『大和会』からの引退を果たしたからだ。
「僭越ながら私、山本五十六がこの『大和会』の代表として選ばれましたこと、心より嬉しく思っております。『大和』――日本の為にこの身を捧げる次第で御座います」
そしてその後継者たる中心的指導者に選ばれたのが帝国海軍軍令部総長、山本五十六海軍大将だった。『大和会』随一の古株であり、この根幹を支える『海軍三羽烏』――山本五十六・米内光政・井上成美の3名――筆頭たる彼がこの重責を担わされたのは当然といえば当然であった。帝国海軍における航空主兵主義の先駆者であり、こと軍政にかけては才のあった山本。そんな彼だからこそ、『大和会』を支えられると藤伊は判断し、指名したのである。とはいえ、『大和会』という組織に明確な後継規則などはなく、山本もまた藤伊に指名されたという流れ的に後継者となったのであって、実質的な支配力を持ち合わせているかといえばそうではなかったのだ。
「山本さん。先ずはこの『大和』を頼みます」
そう告げたのは『帝国陸軍の異端児』――謀略家石原莞爾陸軍大将だ。陸軍参謀総長と『帝機関』長たる彼は謀略の天才であり、その配下にはあの辻政信陸軍少将も控えていた。そして同時に、『原爆使用推進派』に属する人間でもあった。
「全力を尽くします」山本は言った。
「えぇ。それで『第二次ベーリング島沖海戦』の戦果ですが……」と、石原は新聞紙を広げる。本日付の“朝日新聞”だ。「ここには敵空母5隻撃沈に対し自軍は空母2隻喪失、1隻中破と書かれていますが実際は?」
「……4隻撃沈、1隻中破です」
ふむ、と石原は顎を擦った。「安く見積もりましたな」
「この戦争は五分五分の戦。絶対に負けてはならぬ戦なのです。ですから私は報道とプロパガンダについては、極論的な部分にまではいかずとも積極的に使っていこうかと考えています」山本は言った。「綺麗事も敗北すれば言い訳にしかならない。だからこそそんなものは捨て、確実に勝っていかねばならんのですよ」
と熱を帯びた山本の主張に石原は静かに頷き、同意した。
「確かに。歴史とは勝者が築くものです。だからこそ、我々は勝つためならば如何なる手段に訴えようとも許される――そう、理論的には」
その石原の発言に対し、山本は眉を顰めた。
「どういうことですかな?」
「原爆ですよ、山本さん。あれを使えばこの戦争は終わる」石原は言った。「確かに米国は広大だ。圧倒的国力もある。しかしその生産の中枢は大都市に集中している。そこを叩けば……」
「“肉を切らせて骨を断つ”とも言います」山本は言った。「アメリカならば切らせる肉も分厚いでしょうから有り余るほどにあるでしょう。そしてその時、我々はしっぺ返しとして全身の骨を切り刻まれ、粉砕されてしまうのです。それにEUのこともあります。もし我々が原爆を使用すれば、欧州の国々は黄色人種国家たるこの国に対し、戦争まではいかずとも国際社会からの排除を行ってくるでしょう。そうなれば我が国は世界からの信用を失い、世界から孤立してしまうのです。だからこそ、原爆使用は極力控えていかなければなりません」
そして山本は更に話を続けた。「現在、我が帝国海軍の戦略は2つです。1つは日本本土及び植民地領土近海に侵攻する敵艦隊を主力艦隊、潜水艦によって漸減。そしてもう1つは、来たる1年後の『HI作戦』に備え、トラック諸島を絶対死守することです。『HI作戦』開始後は米海軍機動艦隊に決戦を仕掛け、これを撃滅。更に陸軍・海軍陸戦隊によるハワイ上陸作戦を支援することにあり、最終的目標はオアフ島攻略です」
『HI作戦』――それは帝国陸海軍による『ハワイ侵攻作戦』の暗号名であった。このHI作戦の主な目標はオアフ島を占領し、西海岸に向けた橋頭堡・空軍基地を確保することにある。また米国に対し『早期講和』という道を見出す為の作戦でもあった。
「そのHI作戦だが、やはり先ずはフィリピン攻略がネックとなりそうですな」
そう告げたのは『海軍三羽烏』の一人、井上成美海軍大将である。
「フィリピンには史実と違い、凡そ40個のフィリピン軍新師団。装備面では敵わないものの、その数の兵士がゲリラ化すればやっかいなことになるでしょう」
「その為、陸軍は『フィリピン攻略』を約半年近くで完了させ、更に半年でハワイ攻略のための兵力を用意せねばなりません。そして同時に北方防衛にも努めなければならず、我々としては忙しいかぎりですよ」
そんな石原の発言に山本は頷く。
「もしハワイを占領出来れば、我が軍は西海岸攻撃の橋頭堡を得られることとなる。西海岸に対する継続した戦略爆撃が可能となり、更に『富嶽』による東海岸への爆撃も夢ではないでしょう」山本は言った。「防衛線構築による北方での守りに徹した戦闘の継続化と、戦争終結のためのハワイ、西海岸への侵攻作戦。この二正面作戦に果たして我が国の生産能力が耐えられるか……。それが問題となってくるでしょう」
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