第153話 第二次ベーリング島沖海戦(後)
第153話『第二次ベーリング島沖海戦(後)』
1947年3月6日
アメリカ合衆国/コマンドルスキー諸島
米海軍第3艦隊から出撃したTBF『アベンジャー』艦上雷撃機の大編隊は現在、コマンドルスキー諸島ベーリング島を南下。一路、帝国海軍聯合艦隊に向けて驀進を続けていた。その大編隊の一翼たる空母『バンカーヒル』VF-16飛行隊所属のジョージ・H・W・ブッシュ中尉は、TBM-3『アベンジャー』艦上雷撃機パイロットとして従軍を果たしていた。言わずと知れた未来の大統領――俗に『パパ・ブッシュ』の渾名で知られる彼は、史実では高校卒業とともに海軍へと志願、1942年には護衛空母『サン・ジャシント』へと乗り込み、太平洋戦線を戦い抜いた。そして今物語においても彼はその史実を繰り返さんとしていたのだ。
TBD『デバステーター』艦上雷撃機の後継機として登場したTBM-3『アベンジャー』はその爆弾・魚雷搭載能力において、当時世界の単発雷撃機の主流だった機体下面への外装式ではなく、大型兵装倉への内装式を採用した機体であった。その兵装搭載量はMk.13航空魚雷1発または900kg爆弾1発、若しくは230kg爆弾4発。また機銃兵装として12.7mm機銃を両翼に各1門ずつ、後部機銃座に1門、そして7.62mm機銃を機腹部に1門の計4門搭載である。そしてエンジンにはTBDからの速度性能の大幅な向上を図るべく、1900馬力のライトR-2600『ツイン・サイクロン』空冷星型14気筒エンジンの搭載を行っている。これにより高い高速・飛行性能を確保することとなり、TBDの欠点を克服することとなった。
そんなTBM-3を駆るブッシュは、帝国海軍第一航空艦隊の空母『瑞鶴』に対し、その牙を剥かんとしていた。眼下に広がる暗青色の海原には、その『瑞鶴』の巨大な飛行甲板が聳え立ち、三式艦上戦闘機『紫電』を次々と吐き出していた。TBM-3編隊に先行するF4U『コルセア』艦上戦闘機部隊がその出撃に呼応し、急降下を開始する。しかしそのF4Uは次の瞬間、上空に飛来した五式戦闘機『烈風』の一閃を受け、突如として混乱に陥った。それも無理はない。帝国海軍が誇る新鋭艦上レシプロ戦闘機の『烈風』はF8F『ベアキャット』やこのF4Uに対抗すべく開発された機体であり、優れた機動性能と火力を有する機体であった。更にそのパイロットも『日ソ戦争』時代からの古参兵ばかりであり、技量・機体性能ともに凌駕していたのだ。
F4U『コルセア』が翻り、銃撃を仕掛けてきた『烈風』の追撃を開始する中、TBM-3編隊は護衛を失った状態のまま、空母『瑞鶴』への攻撃を開始した。対空砲火と『紫電』の機銃掃射が上空を迸り、TBM-3は次々と炎に包まれていく。
「くそッ! ジャップのファイターが来るぞッッ!?」
ブッシュは慌てて操縦桿を引き下げ、急降下を始める。その正面には『紫電』が1機。次の瞬間、その『紫電』は数条の火箭を放ったものの、それはブッシュ機の真上を虚しく切るのみに留まった。そして続く形で『紫電』が真上を駆け抜ける。
「やれやれ、だな……」
何とか窮地を脱したブッシュは安堵の吐息を漏らした。
「前方を見て下さい中尉! ジャップの対空砲火が張ってやがりますッ!」
安堵するブッシュを、無線手のスチュアート・A・エリオット軍曹の声が“戦場”という名の現実へと引き戻す。空母『瑞鶴』を軸とし、戦艦『御嶽』を中核にして形成された空母機動部隊の輪形陣は、米海軍機を葬り去らんとして築かれた“死のサークル”である。その対空投射弾数は圧倒的で、多くの巡洋艦・戦艦はこれに加えて対空噴進砲による威圧攻撃も加えている。一部の空母も個艦防空能力としてこの噴進砲の搭載を行っているが、この『瑞鶴』のみに関して言えばそれは無かった。
「敵艦の間合いに入った!!」
猛烈な対空砲火を抜け、空母『瑞鶴』の鼻先へと到達したブッシュは思わず顔を綻ばせる。その身体は吐き気のような得も言われぬ感覚に陥っていた。指先がピリピリと痙攣し、脚に加わる力は心なしか強くなっている。その手は既に魚雷投射スイッチに添えられていた。
「ジャップめ、これでも喰らえッ!!」
刹那、機体下面の大型兵装倉が鈍い音を立てて開閉し、固定されていたMk.13航空魚雷が空中に解き放たれる。そして海面に突き落とされたMk.13航空魚雷は海水を掻き回しつつ、航跡を描きながら一直線に『瑞鶴』右舷へと猛進する。そのブッシュの雷撃の数秒後には、同じく数機のTBM-3からMk.13魚雷が投下され、同様に『瑞鶴』への雷撃を行っていた。
『瑞鶴』は必死の回避行動を取っていたが、Mk.13魚雷は容赦無くその艦体右舷に突き刺さり、爆発した。『瑞鶴』は絶叫し、右に大きく傾斜する。飛行甲板でエンジン音を轟かせ、出撃準備を整えていた『紫電』を始めとする艦載機は次々と海中に投げ出され、水柱を上げた。
「よしッ! やった――」
無事、雷撃を成功させたTBM-3だが、その大半は上空での直掩に回っていた『紫電』の追撃によって撃墜された。母艦をこのような有様にされたこともあり、『紫電』パイロット達は相当に憤っていた。その射撃は苛烈なもので、TBM-3が火を噴いたとしても追い打ちの如く銃撃を続けていた。そしてそんな復讐劇の犠牲者には未来の大統領――ジョージ・H・W・ブッシュ中尉も含まれていたのだ。
「艦爆が来るぞッ! 各員対空射撃を密となせッッ!!」
空母『瑞鶴』が壮絶な最期を迎えようとしている中、数十キロ離れた地点を航行する空母『大鳳』にも危機が迫っていた。『大鳳』艦橋では、第二機動部隊司令官の横井忠雄少将と『大鳳』艦長の島岡一大佐が並び、上空を埋め尽くす敵機を睨み付けていた。相手はTBM-3『アベンジャー』艦上雷撃機とSB2C『ヘルダイバー』艦上爆撃機、そして護衛としてF6F『ヘルキャット』艦上戦闘機を装備している。対する第二機動部隊は三式艦上戦闘機『紫電』や五式艦上戦闘機『烈風』を上空直掩に駆り出すも、敵の猛烈な攻勢を前に押され気味であった。
「敵機接近!」
見張り員の悲鳴にも似た叫び声が轟く。その視線の先には、900kg爆弾1発を搭載したSB2C『ヘルダイバー』艦上爆撃機の姿があった。SB2CはR-2600エンジンを猛々しく震わせ、華麗に空中を翻り、急降下の体勢に入る。胴体下面には900kg爆弾が顔を覗かせていた。そんなSB2Cは十数機で列を成し、急降下を行ってきた。慌てて直掩の戦闘機部隊が回る。また対空砲もこれまで以上の苛烈な攻撃で重厚な対空弾幕を張り、SB2Cの急降下爆撃を妨害しようとしていた。
「右舷雷撃機接近!」
それに遅れてTBM-3の一団も『大鳳』右舷から低空での接近を試みていた。無論、その腹にはMk.13魚雷を抱えている。『エセックス』級空母等を参考にして設計された装甲空母『大鳳』は、900kg爆弾の急降下爆撃にも耐えられる装甲飛行甲板を備えているものの、水中防御面では従来の空母とさほど変わらず、弱点として存在し続けていた。だからこそ、そこを突かれれば痛いのは当然の話であった。
「右舷魚雷接近!」
「面舵一杯!」
上空と右舷からの挟撃という危機的状況下の中、報告を聞いた艦長の島岡は務めて冷静に指示を下していく。排水量3万t以上の巨躯が海原をかき分け、右に大きく傾きつつ回避行動を取る。しかし魚雷は計6本、それが扇状に展開しての波状攻撃であるから、回避にも限度があった。最初の3本は見事回避したものの、残る3本の雷撃は見事に空母『大鳳』の右舷部を貫き、鋼鉄の巨躯を切り裂いたのだ。幾つもの閃光と衝撃が走り、『大鳳』の艦体は悲鳴を上げた。そのうち魚雷の1本が機関部に命中し、ボイラー室に大量の海水を送り込ませることとなった。
「第1・3ボイラー室浸水!」
「ダメコンチームに復旧作業を急がせろ!」
島岡の命令一下、空母『大鳳』のダメコンチームは艦内を駆け抜ける。高温物体のボイラーと海水が接触すれば海水は忽ち蒸発し、気体の急激な体積増加――即ち水蒸気爆発に繋がる。その威力はかの戦艦『武蔵』や『大和』を葬ったともされ、絶大である。それを防ぐためにも、ボイラーの火を止めることと損傷の復旧は可及的速やかに解決しなければならない。
しかし、全ては遅過ぎた。ボイラーへと到達した大量の海水は瞬く間に熱せられ、蒸発。そして水蒸気爆発へと繋がったのだ。まるで爆弾が飛び込んできて炸裂したかのような爆発の前に第1・第3ボイラー室は崩壊。そしてその爆発は艦体を引き裂き、更なる浸水をもたらした。
「敵機直上! 急降下ッッ!!」
そんな最中、SB2C艦上爆撃機は急降下し、『大鳳』に対して容赦無く900kg爆弾を叩き付けた。曳光弾の網をすり抜け、見事な急降下爆撃を果たしたSB2Cは高速で上空を駆け去っていく。そしてその後も、計3発の900kg爆弾の直撃を『大鳳』は受けたのだ。その爆撃の前にはたとえ装甲甲板といえど、ひとたまりも無かった。飛行甲板はずたずたに引き裂かれ、昇降機や艦橋をも吹き飛ばされた。また艦内格納庫にも1発の900kgが突き抜け、炸裂していた。
「くそッ……。総員離艦せよ……」
手の打ちようが無かった。幕僚の手で何とか起き上がった横井は、その血塗れの顔を拭い、虫の息で告げた。打ち砕かれた窓ガラス、燃え盛る業火、足元に転がる誰かの腕――。朦朧とする意識の中では、そのようなものは見えていないに等しく、横井はおぼつかない足取りでそれらを踏み越えようとしていた。そで慌てて幕僚の一人が駆け寄り、誘導する。
数十分後、空母『大鳳』は弾薬庫への誘爆によりその艦体を真っ二つに引き裂かれ、海に没した。
「報告します。空母『瑞鶴』、『大鳳』撃沈。『海鷹』中破。戦艦『甲斐』、『御嶽』中破。重巡洋艦『鳥海』撃沈。『愛宕』中破。軽巡洋艦『酒匂』撃沈。駆逐艦、『綾波』、『玉波』、『雪雲』撃沈。『葉月』、『紅雲』中破」
聯合艦隊旗艦『大和』艦橋にて、聯合艦隊司令部参謀長の中島親孝少将は粛々とその報告を読み上げた。その報告を聞くのは聯合艦隊司令長官の小沢冶三郎大将である。彼は長官席に陣取り、訝しげな表情を浮かべつつ、黙ってその報告を聞いていた。
「少なくない被害です。しかし我が軍は既に敵空母3隻、軽巡1隻、駆逐艦3隻を撃沈。更に戦艦2隻、重巡1隻にも多大な被害を与えました。また空戦面での敵機撃墜数は我が軍の圧倒的優位であると確信しても宜しいでしょう。勝利とは言い難いですが、痛み分けにはなったかと」
「……当初の戦略目標は敵艦隊の撃滅だ。戦術的には勝利したとしても、戦略的に勝利せねば意味がない」小沢は言った。「第2次攻撃だ。次の攻撃で決着がつく」
米海軍第3艦隊の空母3隻を葬った第1次攻撃に続いて開始された第2次攻撃には、計117機の艦爆・艦攻と計135機の艦戦――総勢252機が参加、第3艦隊に襲い掛かった。帝国海軍第2次攻撃隊はこの攻撃で米海軍の空母『オスカリニー』、『アンティータム』の計3隻、戦艦『ルイジアナ』の計1隻、重巡洋艦『クインシー』の計1隻、駆逐艦1隻が撃沈され、軽巡洋艦『マイアミ』と駆逐艦1隻が中破した。
対する米海軍第3艦隊の第2次攻撃隊は周到な準備を済ませた上、空母5隻喪失に対する報復攻撃を実行した。この第2次攻撃において米海軍第2次攻撃隊は空母『千歳』、『神鷹』の計2隻、重巡洋艦『古鷹』、『那智』の計2隻、軽巡洋艦『大淀』の計1隻、駆逐艦3隻を撃沈。更に尾張型戦艦――改大和型戦艦『甲斐』が猛烈な航空攻撃によって中破し、多大な損害を被った。また空母『鳳鸞』、『翔鶴』の計2隻、重巡洋艦『鈴谷』の計1隻、駆逐艦1隻が中破した。
これらの第2次攻撃及び第1次攻撃を纏めると――。
■大日本帝国海軍聯合艦隊
戦艦『甲斐』:中破
『御嶽』:中破
(戦艦7隻/2隻中破)
航空母艦『大鳳』:撃沈
『瑞鶴』:撃沈
『神鷹』:撃沈
『蒼鷹』:中破
『千歳』:撃沈
(航空母艦11隻/4隻撃沈、1隻中破)
重巡洋艦『鳥海』:撃沈
『那智』:撃沈
『古鷹』:撃沈
『鈴谷』:中破
『愛宕』:中破
(重巡洋艦11隻/3隻撃沈、2隻中破)
軽巡洋艦『酒匂』:撃沈
『大淀』:撃沈
(軽巡洋艦8隻/2隻撃沈)
駆逐艦:撃沈(6隻)
:中破(3隻)
(駆逐艦62隻/6隻撃沈、3隻中破)
■アメリカ合衆国海軍第3艦隊
戦艦『ルイジアナ』:撃沈
『ノースカロライナ』:中破
(戦艦6隻/1隻撃沈、1隻中破)
航空母艦『イントレピッド』:撃沈
『バンカーヒル』:撃沈
『サラトガⅡ』:撃沈
『オスカリニー』:撃沈
『アンティータム』:撃沈
(航空母艦8隻/5隻撃沈)
重巡洋艦『クインシー』:撃沈
(重巡洋艦12隻/1隻撃沈)
軽巡洋艦『ニュー・へヴン』:撃沈
『マイアミ』:中破
(軽巡洋艦10隻/1隻撃沈、1隻中破)
駆逐艦:撃沈(4隻)
:中破(2隻)
(駆逐艦72隻/4隻撃沈、2隻中破)
「キル、ジャアァァァァァァァァァァップ!!」
米海軍第3艦隊旗艦『モンタナ』に響き渡るその絶叫は、第3艦隊司令長官たるウィリアム・F・ハルゼー大将のものだった。帝国海軍との初の大海戦となった今回の『第二次ベーリング島沖海戦』において、このハルゼー大将に対する意見は様々なものがあった。空母8隻中5隻という、事実上機動艦隊の壊滅を意味する被害を出した“愚将”や、帝国海軍聯合艦隊に空母5隻、戦艦1隻、重軽巡5隻、駆逐艦6隻という大出血を支払わせた“名将”などである。しかしこの時代においては、正規空母5隻の喪失は正直な所、史実の(帝国海軍側の)『ミッドウェー海戦』にも相当する大敗北と捉えるしかない。
実際の所は痛み分け――米国の国力を勘定すれば決してそう言えない訳ではない――の第二次ベーリング島沖海戦は、低気圧により発生した嵐の襲来によって唐突な終わりを迎えた。土砂降りの雨が炎上する艦艇に降り注ぎ、海面に放り出された乗組員達の体温と気力を吸い出していくというそんな中で、ハルゼーはこの被害に怒り狂っていたのだ。
「くそッ……。くそッ……。敗北だ。ジャップに負けちまった……」
「確かに今回の戦いは我々の負けかもしれません」
怒りから醒め、消沈するハルゼー。そんな彼に声を掛けたのは第8任務部隊時代のかつての参謀長、現在は第32任務部隊司令官のマイルズ・ブローニング中将だった。彼は第2次攻撃で旗艦たる空母『オリスカニー』を喪失。そこで救助され、旗艦『モンタナ』への移乗をはたしていた。
「しかし、これからの戦いで敗北すると決まった訳ではありません。報告では我々もジャップの空母を4隻、撃沈したと聞いています。これにベーリング島のスネーク・アタック(第一次ベーリング島沖海戦)とハワイ沖でのスプルーアンス提督の戦果を合わせれば、我が海軍は既に計8隻の敵空母を沈めたことになります」ブローニングは言った。「パリ海軍軍縮条約での排水量制限上、敵は今回の海戦とハワイ沖に出現したものが主力空母の全てと考えるべきでしょう。そのうち8隻を撃沈した訳ですから、敵の主力空母はあと6隻。総合的な機動戦力では我が軍に負けていることになります。何しろ我が海軍は大西洋を含めれば、10隻以上の正規空母を保有している訳ですから」
ハルゼーは静かに頷いた。
「パナマさえ修復すれば、東とも繋がるからな。そうなれば東海岸で新たに建造された空母を回航してくることが可能となる」
「――そうなるとやはり、この半年が勝負です。パナマとハワイの復旧、そして新型空母が完成すれば、この敗北など問題ではなくなるでしょう」
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