第151話 第二次ベーリング島沖海戦(前)
第151話『第二次ベーリング島沖海戦(前)』
1947年3月6日
アメリカ合衆国/コマンドルスキー諸島
EU(ヨーロッパ同盟)主要諸国が中立を宣言し静観する中、米国対日独伊同盟国という対立構図の下、勃発した“太平洋戦争”は『ベーリング島攻撃』・『ハワイ真珠湾攻撃』という2つの奇襲攻撃によって幕を開けた。この2つの攻撃は大日本帝国による対米宣戦布告から約1時間後、ほぼ同時進行的に実行された奇襲攻撃であり、その2つの攻撃は目標に対して甚大なるダメージを与えることに成功している。ベーリング島では、兵力2万以上の米海兵隊第6海兵師団を支える物資集積所、燃料集積所、飛行場、海軍基地、通信施設が破壊され、ハワイのオアフ島では真珠湾を始めとする軍事拠点を撃破された。これにより、ベーリング島防衛及び真珠湾の軍事機能壊滅という2つのダメージが残ることとなり、米国は改めて今後の対日戦略を見直す必要に迫られたのである。しかし、当初の“日本側宣戦布告によるEUの介入阻止”が果たせていた以上、これらの損害は許容範囲のことだった。
そんな折、対米宣戦布告から2日後の1947年3月3日早朝。大日本帝国陸軍1個師団1万8000名を乗せた輸送船団、及び聯合艦隊主力がベーリング島沖に集結。2日前同様、激烈な砲爆撃を島に浴びせ掛けた後、輸送艦が沿岸部に進出。上陸舟艇を吐き出し、帝国陸軍によるベーリング島奪還作戦を開始したのである。これに対し、兵力が1万名近く割り切っていた第6海兵師団は水際防衛を画策するも兵力・練度・装備の差で完敗。そのまま後退を開始するも、帝国陸海軍による航空攻撃の前に隊列を崩され、成す術も無く島内陸へと逃げ出したのだった。
敗走を続ける中、第6海兵師団師団長のアルバート・S・サヴィッチ少将は第6海兵師団の再編成、及び増援部隊と米海軍第3艦隊の支援を要請する。これは帝国陸軍による大々的な反攻作戦への最初の対応であり、同時に戦史最大級の海戦へと繋がる重要な一場面となった。
要請を聞いたアラスカ方面の米軍だが、その対応はあまりに適確――というよりも滑稽だった。何しろ、増援として送り出したのが6000名弱の1個旅団のみと、猛将ウィリアム・F・ハルゼー海軍大将率いる米海軍第3艦隊だったからである。その結果、1個旅団6000名程度というあまりにもお粗末な増援兵力を、空母8隻、戦艦7隻、重巡洋艦12隻、軽巡洋艦10隻、駆逐艦72隻という規定外の大艦隊で護衛するという奇妙な絵が生まれた。
このような状態となったのには2つ理由がある。1つは対日開戦を果たした今、離れ小島で設備拡大の限界も知れているベーリング島が戦略的価値を持たないこと。そしてもう1つは、軒並み中立を宣言するEU傀儡国の中にあって唯一、対米宣戦布告を行ったシベリア社会主義共和国の存在である。特にシベリアは、サボ共和国とチュクチ民族管区が陸続きで睨み合う位置にあることから既に戦闘が行われており、アラスカ・チュクチの米軍はその戦力を対シベリアに回さなければならなかったのだ。そのため、それほど戦略的価値を持たないベーリング島を奪還する必要性は低く、回す戦力もある程度でいいと判断されたのである。
しかし、カムチャッカ半島戦線のことを考慮しても、同海域の制海権確保は重要課題であった。そこで米海軍第3艦隊はベーリング島奪還を支援すべく張り付けとなっている帝国海軍聯合艦隊に海戦を仕掛け、ここで撃滅せんと画策していたのである。もしここで連合艦隊が壊滅すればカムチャッカ半島近海は完全に米海軍の手中に落ち、更には日本本土防衛のための海軍戦力を消耗させることが出来る。そして何より、敵を見たら突進せずにはいられないハルゼー提督の性分もあって、第3艦隊はベーリング島に向けて南下を開始したのだった。
1947年3月6日。ベーリング島近海には米海軍第3艦隊の長大な戦列が出現し、沿岸監視哨、偵察機、哨戒艇の日本兵らは度胆を抜いた。それは聯合艦隊の雄姿を傍目から静観していた彼らにとって、あまりにも絶望的な光景だったと言わざるを得ない。しかし同時に、ベーリング島で死闘を繰り広げる米第6海兵師団の海兵隊員達にとってすれば、それは一抹の希望の光――この地獄から脱することの出来る“蜘蛛の糸”に等しい、神々しい光景だったのだ。
■大日本帝国海軍聯合艦隊(司令長官:小沢冶三郎大将)
戦艦:(7隻)
『大和』『武蔵』『尾張』『甲斐』
『武尊』『御嶽』『生駒』
航空母艦:(11隻)
・正規空母『鳳鸞』『翔鸞』『焔龍』『蒼鳳』
『大鳳』『翔鶴』『瑞鶴』
・護衛空母『神鷹』『海鷹』『蒼鷹』『千歳』
重巡洋艦:(11隻)
『衣笠』『青葉』『摩耶』『古鷹』
『愛宕』『鳥海』『那智』『羽黒』
『筑摩』『利根』『妙高』
軽巡洋艦:(8隻)
『阿武隈』『大井』『大淀』『仁淀』
『酒匂』『矢矧』『鈴谷』『能代』
駆逐艦:(62隻)
■アメリカ合衆国海軍第3艦隊(司令長官:ウィリアム・F・ハルゼー大将)
戦艦:(6隻)
『モンタナ』『アイオワ』『ルイジアナ』『サウスダコタ』
『ノースカロライナ』『ワシントン』
航空母艦:(8隻)
『エンタープライズ』『イントレピッド』
『タイコンデロガ』『バンカーヒル』
『サラトガⅡ』『エセックス』
『アンティータム』『オリスカニー』
大型巡洋艦:(2隻)
『アラスカ』『グアム』
重巡洋艦:(12隻)
『サンフランシスコ』『ロサンゼルス』『ヘレナ』
『スクラントン』『ノーフォーク』『シカゴ』
『ミネアポリス』『アストリア』『クインシー』
『ボルチモア』『ポートランド』『インディアナポリス』
軽巡洋艦:(10隻)
『アトランタ』『サンフアン』『オークランド』
『フレズノ』『クリーブランド』『ファーゴ』
『マイアミ』『ニュー・ヘヴン』『スプリングフィールド』
『ニューアーク』
駆逐艦:(72隻)
――以上の両海軍艦隊、総勢209隻に及ぶ水上艦艇が集結する『第二次ベーリング島沖海戦』は、間違いなく日米海軍史に残る大海戦だった。帝国海軍は聯合艦隊主力の総出撃であり、その思惑は猛将ハルゼーと第3艦隊が目論む“敵海軍戦力の撃滅”に他ならなかったのだ。両者ともに目標は一致し、戦力も五分五分と来れば、後に残るのは有能な人間である。司令長官始め、各軍艦の艦長、士官、下士官達の底力――技量の差が必要とされる訳だ。とはいえ、それにしても両者ともに秀でているのは確かなので、この海戦の行方は神のみぞ知る――といった所かもしれない。
ともあれ、『第二次ベーリング島沖海戦』はその幕を開けた。
帝国海軍が誇る主力艦上偵察機『彩雲』は、鳳鸞型航空母艦第1番艦『鳳鸞』の噴進対応式飛行甲板――アングルドデッキ――から勢い良く蹴り出し、宙を舞う。偵察機ながら、その快速はかのF6F『ヘルキャット』を凌駕。“我に追いつくグラマン無し”との電文がその性能面での優秀さを証明していた。そんな彩雲を遠巻きに眺める一人の男――鬼をも殺さんばかりの気迫と根性の据わったその面構えは帝国海軍の猛将、山口多聞海軍大将その人に間違い無かった。
史実1942年6月、ミッドウェー海域で壮絶なる最期を遂げた彼はこの物語には存在しない。その代わりとして存在するのがこの山口多聞大将だ。聯合艦隊隷下第一航空艦隊――帝国海軍の正規空母の全てが所属、管理下に置かれているこの一大機動艦隊を任せられたのはひとえに、彼の技量の高さと『大和会』によるところが大きい。ともあれ、当人はそんなことには興味を示さず、ただ仕事をやり終えるだけだと呟く。それこそが帝国海軍人のスタイルなのだから……と。
「全機、発艦したようですね」
空母『鳳鸞』運用長の佐々木博少佐はいつの間にか山口の右横に立ち、視線を向ける。同艦のダメージコントロールを担う彼は、『鳳鸞』が被った傷を修復すべく働く。
「奴さんが何処に隠れてるか……それが厄介なんだ」山口は言った。「いくら電探が発達しようが、結局は肉眼で敵の位置を把握せにゃ話にならん。電探っていうのは単にその敵の大まかな位置を確かめるための補助的なものだからな」
「また“霧の一突き”をされちゃあ敵いませんからなぁ」
“霧の一突き”とは1947年2月12日。『第一次ベーリング島沖海戦』と呼称される日米間の戦闘に際し、濃霧に紛れて米海軍潜水艦が行った奇襲攻撃――俗に『トルーマン・サプライズ』と呼ばれる行為での雷撃を表すフレーズである。この雷撃によって帝国海軍は雲龍型空母『翔鳳』と金剛型戦艦『金剛』を喪失している。
「にしては、楽しそうじゃないか」
「はは……。最近の新米共は口だけ一流、腕は二流って具合ですよ。ここで一発、大きな事故でもおこさねぇと奴等、練習どころか何にもできやしねぇですからね」
そう呟く佐々木に、山口は密かにほくそ笑んだ。
「まさに“鬼”だな」
「“本物の鬼”――『鬼多聞』様に言われても、痛くも痒くも無いですねぇ」
と、茶化すように佐々木は言い、笑みを漏らした。
「違いない。手前でいうのも何だがね」山口は言った。「まぁそういうことだというのは理解したつもりだ。せいぜい、新米共をしごいてやってくれ」
小沢冶三郎海軍大将は、米海軍第3艦隊の出現に備え、聯合艦隊における戦闘準備が整うのを待ち侘びていた。戦艦『大和』の長官席に陣取り、粛々と行動する幕僚達の姿を目で追いつつ、“その時”を待つ。しかし、空母『鳳鸞』が艦載する三式艦上偵察機『彩雲』から報告が届いたのは、そんな時だった。
「長官。『鳳鸞』の艦偵が敵艦隊を捕捉しました」
そう報告する帝国海軍聯合艦隊参謀長の中島親孝海軍少将は史実、太平洋戦争において独自の――戦史からすると適確な――情報分析を行った参謀として知られる人物で、『あ号作戦』における米軍の攻撃目標をマリアナ諸島と的中させる等、その情報分析能力は確かなものだった。ところが、当時の帝国海軍に蔓延していた情報軽視の結果、それらの予言じみた予測は一蹴され、米軍との戦いで後手に回ることとなった訳である。しかし情報重視の今物語においては、先見の明を持つ中島は重宝され、聯合艦隊参謀長というポストにまで招かれている。
「敵艦隊は戦艦8(『アラスカ』級大型巡洋艦を戦艦と誤認したため)、空母8、重巡12、軽巡10、駆逐艦多数の大艦隊。軍令部からの情報を照合するに、これはハルゼー提督隷下の米海軍第3艦隊でしょう」中島は言った。「しかし1個艦隊でこれだけの戦力を保有しているとは……凄まじい海軍力です」
「流石はアメリカ……ということだ」
沈黙を続けていた小沢の言葉に中島は頷いた。
「正規空母8隻といえば、我が帝国海軍のほぼ総戦力。アメリカは計16隻の『エセックス』級、計3隻の『ヨークタウン』級、そして計2隻の『ハワイ』級と、現在、合計21隻の正規空母を保有しているとされます。護衛空母に関しては10隻に満たない――就役していないものは含めませんが――数ですが、大西洋側でドイツのUボートが暴れていることを考慮しましても、シーレーンの確保と対潜に目覚めることは時間の問題でしょう」
『パリ海軍軍縮条約』において、最大の保有枠を確保したアメリカ合衆国はエセックス級、アイオワ級といった主力艦の増艦計画に加え、新鋭艦の開発計画を諦めなかった。というのも、パリ海軍軍縮条約はこれまでの“ワシントン”や“ロンドン”と異なり、新型艦の建造を制限しなかったからである。更に新型艦の建造のみならず、保有枠の排水量に余裕があればその新鋭艦が完成、就役するまで既存の艦艇を保有することが許されていたのである。即ち、『モンタナ』級が完成するまで『ネバダ』級のような旧式艦を置き、新鋭艦就役までの空白期間を埋めることが許されたのだ。無論、その新鋭艦が就役すれば、その空白を埋めていた艦艇は処分命令が下され、EUの査察団による監視の下、スクラップへと還す訳だ。この仕組みは対EUたるアメリカとの技術的差を付けないこと。そして列強各国が超弩級戦艦等の建造に莫大な予算を掛けていたことが当てはまる。1940年の戦艦『Y』世界公表後、列強諸国は『Y』にも劣らぬ――いや、凌駕する戦艦を完成させるべく、莫大な予算を建造費に回したのだ。もしそんな状況で新鋭艦を残らず廃艦にするといえば、当然自国民や自国経済が黙っている筈も無く、それがこのような歪な海軍軍縮を生み出したのだ。
結局、『パリ海軍軍縮条約』は“軍縮”という観点からすれば、ただ廃艦確定の艦艇を手早くスクラップにしたに過ぎず、根本的な問題解決には役立っていないようにも思える。しかし、排水量保有枠――という制限がある以上、各国の海軍力が一定以上の上昇を見せないのは当然のことだった。が、それは単に保有枠内の話であって、ドイツのようにはなから保有制限無視での艦隊整備を秘密裏に続けるような国に対しては意味を成していない。そもそも制限を破った場合の処分等も決められておらず――といっても、EU内で糾弾され、除名されるのがオチだろう――やはり軍縮条約としては不十分だった。
「早々とカタを付けたいな……。この海戦がターニングポイントだろう」
この海戦で米海軍は太平洋方面主力の第3艦隊を。我が帝国海軍は聯合艦隊の主力戦力を集結させ、両者ともに偵察機の飛ばし合いによる索敵を継続中であった。そんな折の帝国海軍に舞い込んだ『敵艦隊発見』の報。それはスピードこそを必須とする航空戦においては、先手をとることが許されたに等しい報告であった。
「こちらには新鋭噴戦の『旭光』があります。制空権の確保にはそう時間は掛からないでしょう」中島は言った。「そしてそれは同時に、『鳳鸞』や『翔鸞』が我々のアキレス腱でもあることを示しています。この2隻を喪えば、残るは五式艦戦『烈風』。これでも十分といえるでしょうが、相手がF8F『ベアキャット』を配備しているとなれば、勝敗は見えなくなります」
小沢は静かに頷いた。
「2隻に関しては、対空輪形陣の増強で何とか手を打つしかない」
「それが宜しいかと」
中島は小沢の対応に賛同した。
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