第146話 幻号作戦(中)
第146話『幻号作戦(中)』
1947年3月1日
アメリカ合衆国/ハワイ準州
『大和会』主導による『大日本帝国陸海軍合同会議』開催から約2週間後。1947年3月1日――ハワイ時間では1947年2月28日午前4時半、かの藤伊一海軍大将率いる帝国海軍第八艦隊機動部隊は、オアフ島北方約200海里地点にまで進出していた。それは片道約3500海里、約6000km以上の長征であった。無論、それだけの航続距離を有する艦は旧式の米海軍艦艇で埋められた第八艦隊には存在する筈も無かった。そのため、艦内には所狭しと重油の詰まったドラム缶が積まれ、非常に危険な船旅となっていた。だがそれでも満足な量とはいえず、途中で洋上補給を行うべく、油槽艦7隻を伴っていたのだ。
その長征――太平洋の遥か彼方に位置するオアフ島まで米軍の監視の網に捉まらず、奇襲攻撃を仕掛けるという大胆過ぎる作戦は、かの『真珠湾攻撃』として知られる史実の1941年12月の出来事を基に、再び立案された作戦の下、とり行われていた。米海軍の鹵獲艦艇を中心に“架空の米艦隊”を編制、北太平洋ルートでオアフ島まで迫り、空母4隻が有する航空兵力を以てオアフ島に奇襲を仕掛けるというのが、同作戦の大筋だ。しかし、その主目標とされているのは戦艦や空母のような米艦艇ではなく、海軍工廠や燃料施設、飛行場、物資集積所、港湾設備等であった。それは真珠湾の軍事機能を約半年近くまで使用不可に陥れるための乾坤一擲の攻撃だ。成功すれば米太平洋艦隊はサンディエゴといった西海岸の海軍根拠地まで撤退せねばならず――アンカレッジでは本格的な艦艇整備等が困難――米国は対日戦略の大幅な見直しに迫られることは確かであった。
「東京経由の情報によりますと、真珠湾内にはエセックス級空母1隻の他、追加として同級空母1隻、アイオワ級戦艦2隻が来航し、停泊しているとのことです」そう語る第八艦隊参謀長の伊藤整一中将はその表情に不安の色を浮かべていた。
「サンディエゴからの増援か?」
第八艦隊司令長官であり、史実日本より逆行してきた伊藤整一――藤伊一中将は静かに訊き、薄明の白みがかった空と、暗い海面に視線を向けた。
「恐らくは。米海軍とて、対日侵略の拠点の1つをまるまる留守にするような真似はせんでしょうから」伊藤は答えた。「真珠湾を失えば、米軍は少なくとも太平洋方面からの侵攻作戦が困難になります。アラスカの軍事能力が容量をオーバーしている以上、その膨大な兵力を太平洋から北上させてこないとは限りませんからね」
藤伊は静かに頷いた。
「――だからこそ、この奇襲攻撃は成功させねばならん。確実に」
帝国海軍第八艦隊は、空母4隻、戦艦4隻を基幹とする機動艦隊だった。しかしその大部分を担うのは、艦齢10年以上を誇る老齢艦ばかりであり、いわば使い捨て艦隊としての側面が強かった。元々が鹵獲した艦艇で構成された艦隊なだけに、その意識は強かったのだ。しかし、米海軍の技術を回収したり、仮想敵の米艦隊となってとても水準の高い対米演習を行える等、その帝国海軍における役割は非常に大きく、技術力・経験の両方において、とても有意義なものを得ることが出来たのである。
■帝国海軍第八艦隊(司令長官:藤伊一大将)
戦艦:(4隻)
『アーカンソー』『ニューヨーク』
『ネバダ』『ペンシルベニア』
航空母艦:(4隻)
『サラトガ』『インディペンデンス』
『蜃龍』『幻龍』
重巡洋艦:(4隻)
『ペンサコーラ』『ソルトレイク』
『最上』『熊野』
軽巡洋艦:(2隻)
『川内』『神通』
駆逐艦:(28隻)
油槽艦:(7隻)
■第1次攻撃隊編成:(オアフ島攻撃隊)
○第1集団 特別攻撃隊(隊長:森山栄吉中佐)
機種:二式艦上攻撃機『流星』:38機
(九一式改6航空魚雷、五式50番500kg対艦爆弾搭載)
主目標:戦艦、空母、他艦艇
・第1特別攻撃隊:空母『サラトガ』(隊長:森山栄吉中佐)
・第2特別攻撃隊:空母『インディペンデンス』(隊長:阪東次男少佐)
・第3特別攻撃隊:空母『幻龍』(隊長:岡谷一大尉)
○第1集団 水平爆撃隊(隊長:安藤芳樹少佐)
機種:三式艦上攻撃機『天山』:42機
(五式80番800kg陸用爆弾搭載)
主目標:地上施設(燃料タンク群・海軍工廠等)
・第1攻撃隊:空母『蜃龍』(隊長:安藤芳樹少佐)
・第2攻撃隊:空母『幻龍』(隊長:三浦直大尉)
・第3攻撃隊:空母『サラトガ』(隊長:河瀬三郎大尉)
○第2集団 急降下爆撃隊(隊長:関行男少佐)
機種:二式艦上攻撃機『流星』:48機
(四式25番250kg陸用爆弾搭載)
主目標:飛行場
・第4攻撃隊:空母『蜃龍』(隊長:関行男少佐)
・第5攻撃隊:空母『幻龍』(隊長:飯島勇大尉)
・第6攻撃隊:空母『サラトガ』(隊長:寺脇啓次大尉)
○第3集団 制空隊(隊長:藤田怡与蔵少佐)
機種:三式艦上戦闘機『紫電』:40機
主目標:敵機
(一部機体、四式25番250kg陸用爆弾搭載)
・第1制空隊:空母『サラトガ』(隊長:藤田怡与蔵少佐)
・第2制空隊:空母『インディペンデンス』(隊長:宮崎勇大尉)
・第3制空隊:空母『蜃龍』(隊長:金山仁大尉)
■総航空機数:317機(第1次攻撃隊168機)
空母『サラトガ』保有機数:91機
空母『インディペンデンス』保有機数:40機
空母『蜃龍』保有機数:93機
空母『幻龍』保有機数:93機
その時――二式艦上攻撃機『流星』が埋め尽くす空母『サラトガ』の飛行甲板の上では、粛々と発艦作業が進められていた。それは真珠湾第1次攻撃隊に属する機体で、真珠湾の軍事拠点を壊滅させるという本作戦では要中の要というべき戦力であった。そんな『流星』の一パイロットであり、空母『サラトガ』第1中隊長である芳田英次大尉は、何者もおらず、視界を遮るものも無い上空6000mの高みを駆り、真珠湾に向かい、直走っていた。周囲には、膨大な数の流星艦攻機が並んでおり、このオアフ島の空をまさに支配している最中であった。
「第1次攻撃隊の攻撃目標は多岐に渡る」
ふと、脳裏に浮かぶ数日前の光景――。それは自身も所属する『サラトガ』艦攻隊(第1集団特別攻撃隊、通称“特1”)隊長を務める森山中佐が、空母『サラトガ』のガンルーム内で、芳田を始めとした艦爆隊士官達に講釈を垂れている光景であった。森山少佐はあの『第二次日本海海戦』でも活躍した猛者で、その海戦当時は『鬼の多聞』こと山口多聞中将隷下の空母『飛龍』にて、艦爆分隊を率いていた。
「――飛行場、物資集積所、軍港、兵器廠、そして重油タンク群まで」森山は言った。「そしてその中でも、貴様ら『サラトガ』特1隊が任された獲物は格別だぞ?」
「何が格別だと言うのですか? 森山中佐」
迷わず訊く芳田に、森山は苦笑いを口許へと讃えた。
「貴様らに任せる攻撃目標は――艦艇だ」
「艦艇……と、言いますと?」
「駆逐艦、輸送船、ボート、巡洋艦の類を指す」森山は言った。「だが、情報によると真珠湾にはアメリカの新型空母も潜んでいるという話だ。貴様らにも攻撃のチャンスはあるだろう」
それを聞いた艦爆隊員達は歓喜と興奮に満ち満ちた。やはり帝国海軍のパイロットとなったのだ。陸助まがいの地上攻撃は味気無く感じてしまうのもまた事実であり、それを考えるとやはり敵の空母や戦艦といった主力艦――を沈めたくなるのが性なのである。
それに2月上旬の米潜水艦による空母『翔鳳』、戦艦『金剛』への奇襲攻撃事件もまた、その破壊欲求に大きく訴える要因となっていた。大日本帝国のマスメディアはこの事件に対し、政府からの要望で、積極的でも消極的でも無く、淡々と事実を伝えることのみに留まっており、国民世論を煽るようなことはしていなかった。しかし、多くの国民がこの事件を米国の横暴と批判し、憎み、『開戦』を願っていたのだ。そしてその中でもぐんを抜いて対米憎悪が強かったのが――帝国海軍だった訳である。
「ベーリング島の借り……返して貰うぞ……」
芳田はそう呟き、眼下に広がってゆくオアフ島の銀色に輝く狭隘な大地に目を向けた。それはオアフ島を貫くようにして存在する楯状火山群、ワイナアエ山脈の大自然の姿であった。そこを越えれば、眼前に飛び込んでくる光景は大平原――“セントラル・オアフ”であり、米太平洋艦隊母港の真珠湾だったのだ。
刹那、信号弾が上がる――数は1発だった。
それは真珠湾第1次攻撃隊総隊長である森山中佐が放ったものだ。その意味は1発ならば『奇襲』、2発ならば『強襲』の合図を意味し、その後の行動展開にも異なりを見せる。1発――即ち奇襲成功となれば、その高度を大幅に引き下げ、敵艦や地上施設に向けての攻撃を敢行。2発ならば急降下爆撃隊が先陣を切って、敵対空砲陣地や飛行場を制圧し、残る隊が攻撃に移るというものだった。しかし今回、厳重な無線封止と防諜、米海軍の暗号通信の解読や艦隊の擬装効果、そして何より1時間前まで『宣戦布告』が告げられていなかったこと――約1時間、ワシントンDCの駐米大使館は宣戦布告をトルーマン大統領に通知していた――もあり、史実と同じように奇襲が成功したのである。
ハワイ時間2月28日7時30分。オアフ島北岸のカフク岬を経由しつつ、一早く攻撃目標に到達した急降下爆撃隊――第4攻撃隊は二式艦上攻撃機『流星』の大編隊を以て、米陸軍航空軍のホイラー飛行場に襲い掛からんとしていた。飛行場に殺到する流星――それを率いる第4攻撃隊隊長兼急降下爆撃隊隊長の関行男少佐は、振り返って後部座席に座る機銃手の中西飛行兵曹長に突撃の合図を送る。彼は頷き、それに答えると、五式13mm旋回機銃を握り締める両手により一層の力を込めた。
先行する第1制空隊の露払いを受けるまでもなく、ホイラー飛行場からの抵抗は皆無に近かった。地上に乱雑する戦闘機、爆撃機は1機として飛び立つ気配も見せず、対空機銃座は空席のままだった。ただ、遮蔽物も無く、格好の標的となるであろう滑走路では、第1制空隊の三式艦上戦闘機『紫電』による機銃掃射を受け、まるでドミノ倒しのように次々と地面に崩れ落ちる米兵の姿があった。
「25番、投弾ッッ――!!」
降り注ぐ鋼鉄の雨を前に、ホイラー飛行場は成す術も無かった。『流星』胴体に搭載された25番250kg陸用爆弾が金切り音を轟かせ、飛行場に降り注いだ。と同時に、紅蓮の華が至る所で咲き誇り、全てが崩壊していく。滑走路には深々とクレーターが穿たれ、ハンガーに並んでいた戦闘機や爆撃機は次々と大破、崩れ去る。格納庫も呆気無く破壊された。また、250kg爆弾の1発が管制塔を襲い、根元から切断されてしまっていた。破壊と悲鳴と絶望と――爆音と黒煙と業火がその地上を支配する。無論、第4攻撃隊も手痛い目に遭っていた。攻撃した機体のうち、4機が撃墜されたのだ。本当に微々たる被害ではあったが、それは優秀なパイロットを少なくとも4名失ったことを意味していた。
ホイラー飛行場が壊滅的打撃を被る中、第5攻撃隊と第6攻撃隊は第2制空隊の直掩の庇護を受けつつ、南下する。第1集団の特別攻撃隊と水平爆撃隊がオアフ島西岸に沿って侵攻していたが、第5攻撃隊と第6攻撃隊は内陸部を通過し、そこから二手に分かれた。一派はオアフ島東岸、カネオへ湾の南端に位置する米海兵隊のカネオへ飛行場。そしてもう一派は内陸部をそのまま南下し、一路真珠湾を目指した。それを護衛する制空隊もまた、露払いとして追随する。
ホイラー飛行場の攻撃、そして大日本帝国による対米宣戦布告によって迎撃準備が整えられていたカネオへ飛行場上空は激戦地と化した。この戦闘の結果、帝国海軍側に戦闘機4機、艦攻7機の損失が発生したが、それでも作戦継続に支障が出る程では無かった。
早朝、米太平洋艦隊司令長官のウィリアム・S・パイ海軍大将は、その日に限って妙な胸騒ぎを覚え、いつもより早くから自宅を出発し、米太平洋艦隊司令部に向かっていた。従兵であるロバート・D・ヘンダーソン准尉の運転するパッカードに乗り込み、出発を促す。
その普段と異なる胸騒ぎの正体を知ったのは、その移動の最中であった。真珠湾を望む丘陵を駆け抜けるその時、パイ大将はその肉眼に存在する筈の無い“あるもの”――を確認し、瞠目した。蒼い空を埋め尽くす無数の黒点。一見、乱れているように見えながらも、よくよく調べてみると整合しているその光景はまさに、大日本帝国軍の航空機編隊そのものであった。機体側面に描かれた紅い丸は、俗に米軍の間では『ミートボール』と呼ばれるものだ。
「……くそッ。くそッくそッくそッタレがあああああああああ!!」
迷わず怒号を放つパイ。その時、彼は絶望的なまでの無力感と、今まで築き上げてきた何かが崩れ落ちていく“音”をその耳でしかと捉えていた。
そんなパイを嘲笑うかのように、その頭上を4機の三式艦上戦闘機『紫電』が駆け抜ける。そして低空飛行で真珠湾に侵入するその機体に続き、十数機の『紫電』が追従する。更にその背後には、第6攻撃隊の流星艦攻機の姿もあった。
『トトトトト…………』
その時、真珠湾西部上空では、ワイアナエ山脈を越え、湾内への侵入を果たした第1次攻撃隊総隊長の森山中佐による『ト連送』――“全軍突撃”の号令がまさに下されていた。高度500mまで降下した特別攻撃隊を先頭に、西岸ルートで回ってきた水平爆撃隊、制空隊もそれに追随し、真珠湾へと雪崩れ込んだ。米海軍の大海軍根拠地、真珠湾の空は清々しく晴れ渡り、微風が抜けていた。迎撃機の数は少なく、問題は無いかに思われた。
「――我、敵艦を捕捉す。戦艦2、空母2、重巡2、軽巡5、駆逐艦多数!」
「どうやら情報通りのようですね」
そう言ったのは、森山機の後部機銃手、綾野信少尉だった。
「ああ。これで部下達も喜ぶだろう」
真珠湾内には、米海軍の最新鋭戦艦である『アイオワ』級戦艦『イリノイ』、『ミズーリ』、そしてエセックス級航空母艦『ワスプⅡ』、『レプライザル』の計3隻が停泊していた。その周辺には巡洋艦、駆逐艦、水上母艦、工作艦等が寄り集まっており、その数は2月中旬に確認した数を大きく上回っていた。
「とはいえ、予想外の数だな……」
その大半の艦艇は、西海岸のサンディエゴや東海岸から回航されてきたもので、対日戦を意としていることは明白であった。
『中佐、敵機接近中です』
「了解。制空隊を前面に出せ!」
無線からの報告を受けた森山は、適確に指示を送る。
そして制空隊が特別攻撃隊の前と側面に展開し、カバーを始めた。迫り来る敵機は米海軍の主力艦上戦闘機F6F『ヘルキャット』だ。対する『紫電』はF6Fを基に開発された機体だが、自動空戦フラップや機体構造面での改良が施されており、オリジナルとは一風違う個性を秘めていた。
次の瞬間――両者は激突する。機首と機首が向き合い、20mm機銃と12.7mm機銃の閃光が交錯する。そこからは如何にして敵機の背後を取るかどうかの争いであった。両者は素早く翼を翻し、旋回を始めた。巴戦の開始である。真珠湾の蒼い空に白い螺旋が描かれ、閃光が煌めく。両者は類似しているため、その対立は拮抗しているかに見える。
しかし、機体の旋回性能やパイロットの力量からして、分があるのは帝国海軍の『紫電』であった。更に数の面からしても、その優位性が揺らぐことは無かったのである。F6Fは2機3機の紫電に囲まれ、容赦無い攻撃の前に屠殺されるしかなかったのだ。
「くそッ! これじゃあキリがねぇぞ」
雄大な右旋回を繰り出しながら、藤田怡与蔵少佐は一人愚痴た。中華民国天津市出身のこの男は、史実では『真珠湾攻撃』、『セイロン沖海戦』、『ミッドウェー海戦』といった有数な海戦に参加し、撃墜機総数は39機(不確実を含めると約50機)を誇るエースパイロットだった。今物語では『第二次日本海海戦』に空母『飛龍』のパイロットとして参加したことがあり、森山中佐やあの伊藤整一の息子である伊藤叡少尉とも面識を持つ。故に第1次攻撃隊の中でも森山総隊長や伊藤叡と友人関係があるとして、一目置かれる存在であった。
だが、彼の真髄はやはり空戦の才能にある。『第二次日本海海戦』を含め、『日ソ戦争』中に彼は計23機という数の敵機を撃墜しており、名実ともにエースパイロットの称号を冠していたのだ。一時期はあの特別第零海軍航空隊――通称『特零空』のパイロット候補にも挙がっていたが、エースを集中運用するがための弊害として生まれた“戦力の空洞化”が目立つようになり、取り止めとなったのである。もしそれが無ければ、今頃は坂井や篠原といったトップエース達と肩と並べていただろう。
――閑話休題。藤田は現状に対し、不安と懸念を抱いていた。今作戦はガラ空きとなった真珠湾を叩き、その軍事機能を奪うことが目的なのだが、湾内には予想以上の空母が揃えられていたのだ。当然のことだが、空母は航空機を有する。しかも、米海軍の正規空母は常用機数が90機以上を超えるものがその大半であり、非常に厄介な相手なのだ。それが計2隻も存在するというのは、確かに艦攻乗り達にとっては夢のような話だが、艦戦乗りからしてみれば迷惑な話であった。ただでさえ航空兵力が不足する中、急遽、艦上戦闘機の紫電が徹甲爆弾を搭載されて対艦任務に回されたのだ。その分、エアカバーが欠けるのは妥協するとしても、爆弾を載せた紫電がお荷物になることだけは看過し難かった。それに加えた敵機の執拗な来襲が、藤田を始めとする制空隊の指揮官達を悩ませたのである。
「あの戦艦をやるぞッ!」
同時刻、真珠湾上空に進出していた第1特別攻撃隊第1中隊長の芳田大尉の視界には、米海軍の最新鋭戦艦、アイオワ級戦艦第5番艦の『イリノイ』の艦舷、即ち第1中隊の『流星』編隊に面している戦艦『イリノイ』右舷がそっくり収まっている。だが、そこはボフォース40mm機関砲やMk.32/12.7cm連装速射砲によって埋め尽くされており、いわば針鼠の如き様だった。迂闊に近付けば、それらの対空射撃の餌食となるのは目に見えていた。しかも雷撃となれば、高度50m以下という超低高度を維持しつつ、飛行しなければならない。一瞬でも操作を間違えれば海面とキスする派目になるし、かといってそのことばかりに気を取られれば、『イリノイ』の対空弾幕にぶち当たって終わりだ。芳田はそのことを事前に察知し、対処を考える。
――針鼠は未だ目覚めが悪い。寝起きの今を突けば、楽に倒すことが可能だろう。そう考えた芳田は、一気に間合いを詰め、雷撃によって撃沈することを考えた。次の瞬間、流星は低高度を維持しつつ、スロットル全開で戦艦『イリノイ』との距離を詰める。それに対し、イリノイのボフォース40mm機関砲の数門が対空砲弾を吐き出した。とはいえ、その反撃はお世辞にも強烈とはいえず、お粗末なものであった。
右舷では、敵機来襲の報を受けて戦闘配置に向かう乗組員達の姿が確認出来た。イリノイは確実に応戦の準備を整えつつあった。他の艦艇も同様である。しかし流星もまた、速度を上げて攻撃準備を整える。両者の勝敗を喫するのはまさに――時間であった。
刹那、40mm機関砲座とともに、エリコンFF25mm機銃とMk.32連装速射砲が火を噴き始めた。突然の大火力の襲来に、1機の流星が大破し、宙を舞う。右翼からまるで赤黒い血のようなガソリンの黒い尾を曳く流星。その風防は血によって紅く染まり、項垂れるパイロットの姿が確認出来た。
続いてもう1機の流星が対空砲火の閃光に飲み込まれ、次の瞬間には火達磨となって海面に突き刺さった。イリノイの対空火力は確実に増していた。しかし流星も既にイリノイの懐に潜り込んでおり、攻撃準備は完了していた。
「九三式航空魚雷、投下ッッッッ!!」
戦闘開始から約10分弱。真珠湾を駆け抜け、敵駐留艦隊の中核たる戦艦『イリノイ』に斬り込みを入れた第1中隊と第3制空隊は、右舷を集中しての飽和攻撃を開始した。鋼鉄のシャワーと黒い対空弾幕を何とか受け流した数機の流星が、九一式航空魚雷を次々と投下していく。重量1000kgのその鋼鉄の鮫は、真珠湾の浅い海底を縦横無尽に突き進んだ。しかし、一方のイリノイといえば、その艦体を微動だにすることはなかった。彼ら米海軍はこの真珠湾では雷撃が全く意味の無い攻撃であると断定しており、よって避ける必要も無いと考えていたのだ。確かに通常の魚雷では、それは常識ともいうべきことではあった。だが、独自の安定装置によってその常識を解決した九一式航空魚雷に対し、その判断は間違っていると言わざるを得なかった。
航跡も見えず、イリノイへと忍び寄る計8本の九一式航空魚雷。イリノイの命運は尽きた。次の瞬間、戦艦『イリノイ』の右舷に突き刺さった計8本の九一式航空魚雷――総重量8000kgの衝撃は、まさに想像を絶する力だった。刹那、海底火山の噴火が如く、イリノイ右舷に面する海面が一気に沸騰し、巨大な水柱が聳立する。
次の瞬間、イリノイの右舷部が悲鳴を上げ、あっという間に傾斜する。それはまさに氷山にぶち当たった豪華客船のようだった。いや、それ以上というべき光景であろう。何故なら、傾斜とともにイリノイの右舷部が轟音を迸らせ――分断されてしまったのだ。そしてその直後、弾薬庫への引火、誘爆とともにイリノイは大爆発を引き起こし、海中に没してしまったのである。
「せ……戦艦撃沈ッッ!!」
――それはまさに帝国海軍と航空機の勝利であった。
『トラ、トラ、トラ。ワレ、奇襲ニ成功セリ!!』
戦艦『イリノイ』撃沈から約1時間。そのたった1時間の間に米海軍が受けた損失は絶望的なものだった。ホイラー飛行場、ハレイワ飛行場、カネオヘ飛行場、バーバースポイント飛行場、エワ飛行場、ヒッカム飛行場が壊滅的打撃を被り、航空機200機以上を喪失した。また真珠湾では戦艦『イリノイ』と空母『ワスプⅡ』、軽巡洋艦『アトランタ』、駆逐艦1隻を撃沈され、戦艦『ミズーリ』小破や空母『レプライザル』中破等、他の艦艇にも甚大な被害を被ったのである。
しかし、帝国海軍の主目標であった地上施設の破壊率は芳しく無く、海軍工廠は壊滅されたものの、燃料タンク群に至って目立った傷も付いていなかった。そのため、第八艦隊司令長官の藤伊大将は、既に飛行甲板上に待機させておいた第2次攻撃隊を以て、その撃滅を敢行するのであった。
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