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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第10章 戦前の大和~1946年
131/182

第125話 欧ソ戦争戦勝記念日(前)

 第125話『欧ソ戦争戦勝記念日(前)』

 


 1946年4月26日

 イギリス/ロンドン


 『ザ・マル』と呼ばれるその通りは、19世紀後半から20世紀前半にかけて、儀式用の道路として建設された。その沿道にはプラタナスの並木と、大英帝国の象徴たる“ユニオン・ジャック”が掲げられている。その道路はウェストミンスター南西端のバッキンガム宮殿と、北東端のトラファルガー広場を結んでいる。そんな中を数十台のオープンカーが蛇行しつつ、一列に並んで走り抜ける。両端の沿道には、歓喜に満ちたイギリス国民の観衆が埋め尽くしており、花や紙吹雪を飛ばしていた。誰もがユニオン・ジャックを片手に掲げ、強弱様々に振っている。そんな姿を見て、英首相でありEU(ヨーロッパ同盟)理事長たるアンソニー・イーデンは、思わず表情を綻ばせた。

 ――『欧ソ戦争』終結から1年。ソ連を打倒し、事実上、ユーラシア大陸の覇者となったEUは、まさに輝ける黄金時代を過ごしていた。特にイギリスは、海外へと向けた軍派遣が多かったものの、海に隔てられていたためにソ連空軍の空襲を受けず――ドイツ、フランスは首都空襲等も経験している――復興に膨大な予算を奪い取られることが無かった。それどころか、EU主要参戦国として『シベリア社会主義共和国』から多額の賠償金と、欧州・極東の旧ソ連領を獲得し、戦争で消費した膨大な軍費を補いつつ、それまで疲弊していた経済を建て直すことが出来たのである。結果、イギリスがEUでも屈指の経済成長を遂げ、EUから除け者にされたアメリカ合衆国のドルがその価値を大きく落としてしまったこともあり、“ポンド”が世界通貨へと舞い戻ることとなった。

 1945年4月の終戦以降、イギリスは旧ソ連領の併合、資産回収、大資源地帯の確保により、世界恐慌直前以来の好景気に舞い上がった。無論、大陸からの復員兵の帰国や旧ソ連領の復興支援、また莫大な戦費等、厄介事は多かった。が、ソ連の潤沢な大地と資源は、その問題を一手に解決する。旧ドイツ帝国への遺恨を『賠償金』という形で請求しようとしながらも、実質それが不可能に近く、回収もままならなかった第一次世界大戦。連合国の多くが“金マルク”と現物による賠償金回収を行ったがそれでも足りず、膨大な債務を背負うこととなったのだ。

 しかしそれとは異なり、欧ソ戦争は旧ソ連――シベリア社会主義共和国に対し、苛烈な締め付けを行いながらも、スターリン時代の膨大な国庫と母なるロシアの広大な大地から、きっちりと回収することが出来たのである。また、旧ソ連領の土地開発も停滞するEU経済を活性化する薬となり、EU間での活発な貿易と自由経済化を大幅に推進させたのである。また、1946年頃には『欧ソ戦争』や戦費等で価値が暴落した各国の通貨が安定化を見せ始め、市場回復によってEU全体が好景気に沸くこととなった。そしてこの時、最も得をしたのが――イギリスであった。

 海洋国家として、EU理事国として、そして植民地帝国として、世界経済の牽引役を担うイギリスが、その恩恵を受けないことは有り得なかった。アジア、アフリカ、中東、そして東ヨーロッパに新たな市場(マーケット)を見出し、その開拓に務めたのである。

 そんなイギリスの首相たるアンソニー・イーデンと彼の内閣の支持率は80%台を大きくを上回っていた。これは『冬戦争』開戦以降、最も高い数値にあたり、彼の人気ぶりがよく理解出来た。首相職としては若い年齢と、その卓越した外交・軍事手腕。『欧ソ戦争』では“積極的介入”を強く訴え、倦厭される時期もあった。だが、戦争終結を迎え、空前の好景気に沸くイギリスにおいて、彼を非難する人間は殆ど居なかった。年来の仇敵である労働党でさえ、軽々しく批判の声を挙げることは無かった。彼の対外政策はそれほどまでに完璧であり、同時に絶大な国民の支持と権力を有していたのである。


 『ザ・マル』を抜け、アンソニー・イーデン首相を乗せた黒のロールス・ロイスは、バッキンガム宮殿の正門を潜り、その荘厳な宮殿の敷地に足を踏み入れた。バッキンガム宮殿前には既に人の波が出来上がっており、ユニオン・ジャックを掲げて「国王陛下万歳!」や「大英帝国万歳!」といった歓声を次々と沸き立たせていた。壮重たるそのバッキンガム宮殿の屋上には、“王室旗”が掲げられていた。この王室旗が掲げられているということは、現在バッキンガム宮殿に大英帝国国王――『善良王』ことジョージ6世が御滞在しているのだということだった。因みに、王室旗ではなくユニオン・ジャックが掲げられているというのは、国王は不在であることを意味する。

 しかし今日――『欧ソ戦争戦勝記念日』の1年目を迎えた今日、『善良王』ジョージ6世は国民の期待に応えるべく、バッキンガム宮殿を離れる訳にはいかなかった。ラジオや新聞で度々、EUの行動を支持し、『冬戦争』や『日ソ戦争』における大英帝国の支援を訴えたことは、『善良王』と呼ばれる所以であった。偽善的な平和主義者と異なり、戦争に真っ向から対峙し、打倒することをジョージ6世は訴えたのだ。その気高い志はイーデンを始め、多くの英国首脳陣に支持されることとなった。

 「イーデン首相」

 その緋色の正服を着飾る御方こそ、『善良王』ジョージ6世であった。彼は威厳に満ちた、しかし近寄り難いほどではない表情を浮かべ、厳かにイーデンに顔を向けた。

 「国王陛下、ご機嫌麗しゅう」

 一方、紺色のスーツと黒のホンブルグ・ハットで決め込むイーデンは、複数の衛兵の監視の中で、ジョージ6世にお辞儀を行った。すると、ジョージ6世はにこやかな笑みを漏らしつつ、お辞儀を返す。2人は暫し沈黙を貫いたが、それをジョージ6世が破った。

 「本日は良い天気だ。そうは思わないか?」

 窓の外に広がる蒼い空を眺め、ジョージ6世は言った。

 「全くです。今日は素晴らしい、幸ある一日となるでしょう」

 「うむ。頼む」

 と、ジョージ6世は頷き、言った。

 「ところでイーデン首相。ルイスは元気だったかな?」

 ジョージ6世の語る“ルイス”とは、ルイス・フランシス・アルバート・ヴィクター・ニコラス・マウントバッテン伯爵のことである。バッテンベルク家のルイス・A・マウントバッテン初代ミルフォード・ヘイヴン候爵と、英国女王ヴィクトリアの孫娘の間に生まれたルイスは、若い頃から傲岸不遜な性格と数々の噂で何かと有名であった。青年時代はジョージ6世同様、ダートマス海軍兵学校に入学し、そこで学ぶこととなった。その後、32歳の時に三軍中将(格)へと任ぜられた。何しろ、ルイスはイギリス女王ヴィクトリアの曾孫に当る。それだけの厚遇を受けようとも、何ら不思議ではない血筋だったのだ。

 そして第二次世界大戦では、東南アジアの連合軍(SEAC)総司令官に就任。ビルマを主戦場として帝国陸軍と対峙し、1945年には遂に撃破する。その戦果が評価され、彼は『ビルマのマウントバッテン』と謳われ、賞讃を浴びることとなったのである。

 今物語におけるルイス・マウントバッテン伯爵は、EU東南アジア方面軍(第15軍団:司令部シンガポール)総司令官職に任ぜられ、その軍務を粛々と執り行っていた。『欧ソ戦争』ではインド、マレー、ビルマといった英領及び、欧州植民地軍をその指揮下に収めて極東ソ連領へと派遣され、中国同盟軍と協同してソ連極東方面軍の撃滅に尽力した。そして1945年4月に終戦を迎え、現在もEU東南アジア方面軍総司令官として、在職中であった。

 「マウントバッテン卿は御元気でした」

 先月、イーデンは対外政策の一環として、東南アジアを訪れていた。無論、シンガポールにも立ち寄り、マウントバッテン大将とも小一時間ほど、談話を行っていたのである。

 「それは何よりだな」

 ジョージ6世は小さく頷いた。「近年は植民地領での反乱運動が過熱化していると報告を聞く。ルイスも手を焼いていることだろう。出来れば1日でも早く訪問したいのだが……」

 大英帝国国王として、ジョージ6世の執務スケジュールはぴっちり詰め込まれていた。国内での執務、他のEU諸国への親善訪問、各地視察、儀式等がある。

 が、その他にも問題はあった。それは――欧州各国の植民地領における独立運動である。その遠因にあるのは、『欧ソ戦争』を経て実現した旧ソ連衛星諸国の独立と、EUへの加盟だった。実際には“独立国”とは名ばかりの傀儡国家が多かったが、それでも植民地国にとっては宗主国が旧ソ連衛星国同様、独立を承認してくれないものかと、期待していたのだ。また、米国がフィリピンを独立させる――未だ実現には至っていない――ということもまた、植民地国に希望を持たせていた。そこに民族間・宗教間の対立の火種が燃え上がるとともに、独立運動の激化へと繋がったのである。そんな状況下においてジョージ6世が気軽に植民地へ赴くことは許されず、国内での執務と友好国への訪問に留まっていたのだ。

 「そういうわけには参りません。先日も、南アフリカのヨハネスブルクで警官隊と民衆の衝突沙汰があったばかりです。植民地全体の治安が悪化している今、陛下の身を危険に晒すこととなってしまいます」

 イーデンは慌てて言った。

 「ふむ。そういうものかな」

 「そういうものなのです」

 ジョージ6世が訊き、イーデンが答える。2人はバッキンガム宮殿の荘厳な廊下を颯爽と歩きつつ、そんな会話を続けていた。やがてバッキンガム宮殿正面のバルコニーへと到着する。その前には、ジョージ6世の妻、エリザベス王妃とその愛娘、エリザベスとマーガレットの姿があった。

 「さあ、始めよう」

 ジョージ6世はそう告げ、扉を開け放ち、バルコニーへとその身を乗り出した。その眼下には、宮殿の周りを埋め尽くさんばかりの無数の人混み。蒼穹には飛行船が飛び、5機の『スーパーマリン・スピットファイア』戦闘機がアクロバット飛行を行っていた。宮殿の敷地内には近衛兵達が整然と並び、礼砲を空に向けて撃ち放つ。甲高い爆発音が1回、2回と鳴り響いていた。

 「大英帝国万歳!! 大英帝国万歳!!」

 そんな民衆の歓喜を耳にしたジョージ6世は、微笑を漏らした。




 1946年4月26日

 フィンランド共和国/ヘルシンキ


 『欧ソ戦争』の発端――『冬戦争』の舞台となったフィンランド共和国は、戦争初期には多大な犠牲を払っていた。国土を蹂躙され、無数の兵士と民間人がその命を落とした。1943年以降の反攻勢においても、フィンランドはEU参戦国の一国として、戦力の抽出が求められ、疲弊したフィンランド軍が駆り出されることとなったのである。『冬戦争』における戦費は、ソ連軍による猛攻の末、EU諸国や中立国スイスに対する借款の増大に伴い、予想外の重荷となって政府を苦しめた。が、1945年4月の終戦以来、フィンランドは目覚ましい経済成長を遂げた。隣国スウェーデンを始めとするEU諸国の復興支援の賜物であった。また、シベリア社会主義共和国から回収した賠償金22億マルク――現在の日本円にして約2兆2000億円――に加え、家畜や資源といった現物資産、ヘルシンキ=レニングラード間を走るシベリア鉄道の権益等をフィンランドは獲得しており、これもまた復興に役立ったのである。

 現在、フィンランド首都ヘルシンキは、そんな1年に及ぶ復興と戦争終結経過を迎え、笑顔と歓喜に満ち溢れていた。EU諸国の例に漏れず、急速な経済成長と発展を続けているフィンランド。旧ソ連領と接し、シベリア鉄道やレニングラードにおける多数の権益を有するこの国は今まさに――絶頂期を謳歌していたのである。


 首都ヘルシンキ中心地にある大統領官邸は、ヘルシンキ大聖堂や海に面したマーケット広場(カウッパトリ)を臨む、非常に開放的な立地の公的施設だった。塀といった遮蔽物を持たず、その目の前を公然と市電が走り、ヘルシンキ市民が憩う。何ともテロリズムの標的にされそうな、呆気からん建物ではあったが、その内部のセキュリティは万全であった。常時衛兵が詰め、大統領や政府高官らの生命と安全を保障する。1942年夏の『モロトフ事件』――“EU首脳陣暗殺未遂事件”と銘打ったドイツの謀略――以降は更にセキュリティが厳重化されていた。

 そんな大統領官邸の一角――大統領執務室には、フィンランド議会によって第7代フィンランド共和国大統領へと就任したカール・G・マンネルヘイムの姿があった。『冬戦争』最大の功労者、フィンランドで最も敬愛される男――フィンランド軍最高司令官として、マンネルヘイム線を盾にソ連軍との攻防戦を繰り広げた彼だが、現在は書類の山と、EU諸国の外交圧力に対峙する日々であった。かつての勇猛さは薄れ、逆に窶れているように見える。

 無理もない。第7代フィンランド共和国大統領という肩書きは素晴らしいが、それに伴う負担は尋常なものではなかったのだ。これまで、ソ連軍を相手にしてきた彼だったが、今やその軍事的経験は殆ど役に立たず、慣れない外交交渉や公的執務に追われる日々であった。

 「お疲れ様です、元帥閣下」

 聞き覚えのある声だと思い、マンネルヘイムが視線を上げる。と、そこには現フィンランド軍最高司令官、エリック・ハインリッヒス元帥の姿があった。エリック・ハインリッヒス――『冬戦争』時は参謀総長として、フィンランド軍の作戦・諜報を担う最高責任者であったこの男は、かの『5月決戦』を構想し、それをマンネルヘイムに具申して見事に通してフィンランドを救った“救世主”でもあった。マンネルヘイムは『冬戦争』中、このハインリッヒスを最も信頼し、絶大な権限を与えている。また終戦以降も付き合いが長く、こうして度々私的に顔を合わせることも多かった。

 「エリック、久し振りだな。どこかにでも隠れてたのか?」

 羽筆を走らせつつ、マンネルヘイムは片方の眉を吊り上げて見せた。

 「いや、まさか。軍の方が何かと立て込んでおりまして……」

 「整備品の統一化……かね?」

 ハインリッヒスは頷いた。

 「『欧ソ戦争』以降、我が軍は多種類の兵器を使いこなしてきましたからね」ハインリッヒスは言った。「戦車にしても、T-26にビッカースにⅢ号戦車。果ては極東、日本の一式戦車まで。とにかく我々は、使えるだけの兵器を使い、この戦争に勝利しました」

 マンネルヘイムは頷き、視線を向けた。

 「そうだ。が、それではフィンランドの安全保障は成り立たない。どれだけ弱い国でも、どれだけ中立を謳う国であろうと、ただ自国すら守れない民族を他国が助けてくれる筈が無い。そういうことだよ、エリック。君は仇敵のソ連が崩壊したからといって、油断しているのではないかね?」

 ハインリッヒスは静かに頷いた。

 「だろうな」マンネルヘイムは言った。「『欧ソ戦争終戦記念日』にこんなことを言うのも何だが、まだ戦争は終わっていないんだ。この人類が歩んできた歴史の中において、人々が憎み合い、殺し合わなかった時代というのは、無きに等しいと言っていいだろう。それが人間の“性”だからな。『Si.vis.pacem.para.bellum』――“汝平和を欲さば、戦への備えをせよ”と、よく言うだろ?」

 「またはこう言いますよ。“汝平和を欲さば、戦争を理解せよ”」

 それはイギリスの戦略思想家、ベイジル・リデル=ハートの言葉だ。

 「戦争を理解しろ、か……。ふむ、まさに永遠のテーマだな。興味はあるよ」マンネルヘイムは言った。「が、しかし私には、女という生き物同様、人生を全て掛けても答え切れないと思うよ。君ならば、その答えを見つけ出すことも出来るだろうがね」

 ご冗談を、とハインリッヒスは首を振った。

 「ハハハッ。私は冗談だけは言わないのが自慢でね。だからこれは本心のことだと思ってくれて構わない。確かに戦争という存在を理解するのは、我々軍人であっても、その一生を賭けた所で出し得られない永遠のテーマなのだろう。しかし君は、それに最も近付くことの出来る男だと信じているんだよ。何しろ君の軍事手腕は、このフィンランドを救ったのだからね」

 と、マンネルヘイムは窓に視線を向けた。

 「見たまえ、あの民衆を。英雄として私を褒め称える者達だよ。だが本来、あの賞讃の声を浴びせるべきなのは、私ではなく君の方なのだよ」

 ハインリッヒスはかぶりを振った。

 「私はただの参謀であって、英雄ではありません。例え『5月決戦』の構想を築いたのが私であったとしても、閣下がフィンランド最大の英雄であることに、代わりは無いのです」

 「……謙虚だな、君は」

 マンネルヘイムは微笑を顔に湛えながら言った。




 1946年4月26日

 シベリア社会主義共和国/オムスク


 旧ソ連の負債を背負う形となったシベリア社会主義共和国は、今まさに困難な時代に突入していた。EU主要参戦国及び戦争関連国(植民地国含む)への賠償が命ぜられ、ありとあらゆる資産が強奪され、没収されてしまったからだ。これに困ることとなったのが、シベリア社会主義共和国だ。元々、シベリア地域ではその厳寒な気候故、ろくな農作物が育ち難かった。そこでそのシベリアの食糧問題を解決すべく築かれたのが――シベリア鉄道である。現在、シベリア社会主義共和国内でシベリア鉄道は掌握していた。他国も何ら問題は無い、として見くびっていたのである。

 「同志トロツキー。食糧生産量が予定よりも低い数値です」

 「うむ……それは問題だな……」

 その遠因にあるのは、EUだった。そもそもシベリア地方では、東西方面から食糧を輸入していた訳だが、今やその指導権はEUにある。EU加盟国間では自由関税制度が制定されていたが、その決まりはあやふやであった。整備状況が各地域において異なる、ということもあれば、欧州のEU主要加盟国の思惑が関わっているということもあった。そんな中、東ヨーロッパ地域では『欧ソ戦争』での償いとして、欧州各国がそれぞれ独自に保有する“関税自主権”の下に、輸入品には法外ともいえる関税が加えられ、旧ソ連諸国の国力を削り取ったのである。

 故に、各国は自国での食糧の自給自足を推進し、大規模な農業政策を実施した。シベリアもまた、そんな国々の一国である。前述の通り、気候条件から農業に不向きなシベリアだが、その問題を解決すべく、脚光を浴びたのがアルタイ地方であった。アルタイ地方はシベリア社会主義共和国南部に位置する地方で、シベリアにおける食糧総生産量の32%を担っていた。そのため、『シベリアの穀倉』と呼ばれ、重要な資源地帯として、大きな期待が寄せられる地域であった。

 「アルタイ地方の農業政策――あれを前倒しにしろ」トロツキーは側近の男に言った。「EUに売却予定だった農業用トラクターは何とか残して、代わりのものを献上するしかあるまい。鉄鉱石をタダ同然でやるのは辛いが、人民が飢えるのだけは避けなくては……」

 側近の男は頷いた。「軍部では、T-26をトラクターに改造する計画が進んでおります。また科学アカデミーでは、ヴァヴィロフ博士が順調に研究を進めているとの報告が入っております」

 ヴァヴィロフ――ニコライ・I・ヴァヴィロフ博士は、ソ連屈指の植物・遺伝学者である。史実では『メンデルの法則』を真っ向から否定するトロフィム・ルイセンコ一派との対立の末、1940年遂に「ブルジョア的エセ科学者」として解雇・逮捕され、1943年に栄養失調のため監獄内で死亡している。しかし今物語では、シベリアにおける革命で何とか生き残り、解放された後、トロツキーが新たに新設した『シベリア社会主義共和国科学アカデミー』の植物部門責任者に任命され、その手腕を揮っていたのである。現在、彼が研究するのは寒さに強い稲品種の品種改良であった。これが成功すれば、厳寒なシベリアにおいても稲作が可能となる――という夢のような話だった。

 「当面は、軍事費を削減して農業政策に力を注ぐ」トロツキーは言った。「問題はあるが、人民が飢えない為には最善の策だ。余裕が出てくれば、こちらとしても考えるのだがな……」

 側近の男は頷いた。

 「そう言えば軍部から、新型小銃の開発要請が届いておりましたが……」

 「無理だな。残念だが、当分は旧式のモシン・ナガンで我慢するしかあるまい」

 「報告によると、新型の自動小銃……とのことなのですが……」

 トロツキーは唸った。「設計者は誰だ?」

 側近の男は数枚の書類を捲った。「報告書によると名前は……“ミハイル・チモフェエヴィチ・カラシニコフ”。アルタイ地方出身、年齢26歳、ソ連赤軍時代は第5親衛戦車師団第3戦車大隊に所属、1944年5月に、南部戦線において負傷、戦線後方に移送されています。銃器設計技師に転身したのは、どうやらその頃からのようです」

 「若いな。若過ぎる気もするが、この国がこうも廃れてしまったのも、元はといえば若者を戦争に駆り立てる無知な老害共のせいだからな……。新しい風を取り入れるのも必要だろう」

 トロツキーは呟いた。

 「設計図はこれです」

 「と……言われてもな。私には分からんよ」トロツキーは言った。「幸いにも我が国は、自動小銃の製造を禁止されていない。海軍の保有と、空軍での爆撃機の保有を禁じられているだけだ。私は機を見て、この赤軍を再起させるつもりだ。その時には、この自動小銃も必要になるだろう……」

 それは事実上の――“採用”であった。そのミハイル・カラシニコフ設計の新型自動小銃は、史実における『AK-47』に非常に酷似する、とても洗練されたデザインで、カラシニコフの天才性を垣間見せていた。1947年、この新型自動小銃は史実同様『AK-47』と命名され、赤軍に配備されるのだった。

 



 1946年4月26日

 満州国/新京

 

 『欧ソ戦争』の裏にあった戦争――『日ソ戦争』を戦い抜き、満州国は正式にEU準加盟国の席を得ることが許された。EU加盟を果たし、旧ソ連領を編入させた大日本帝国や欧州各国との外交・経済関係を盤石のものにした満州国は、いよいよ先進国への仲間入りを果たそうとしている。先の『日ソ戦争』で国土を蹂躙され、多大な犠牲をもたらされた満州国。しかし満州国の指導者、愛新覚羅溥儀皇帝の下、満州国は復興を終えることとなった。シベリア社会主義共和国から回収された賠償金10億マルクを受け取ると、いよいよ満州国は発展を遂げ、アジア随一の重工業国家へと成長したのだ。

 そんな満州国首都――新京の駅前で、山師の野口義昭は満州鉄道を介し、繋がっていく鉄道案内図に何度も何度も見直した。山師――とは、鉱山の発掘、開発そして鉱脈を見つけ出すことにより、その生計を立っている人物である。

 「もうすぐ……だな」

 新聞紙を畳み直し、野口は呟いた。彼は1943年9月以来、極東戦線を転々と移動してきた。彼はそこで多くのものを見てきたが、中でも心を奪われたのが極東――旧ソ連領の肥沃で広大な平原であった。彼はこの時、本業に復活した時には、必ず開拓に向かおうと考えていたのである。

 「野口……さんですね?」

 突然、声を掛けられた。全く見ず知らず――というか、見た事も無い人種。それも無理はなかった。相手はイタリア人だったからだ。緋色の背広でビシッと伸び上がった身長差は、流石は欧米人――といったところなのだろう。

 「ああ。それで?」

 「申し遅れました。私、イタリアの資源開発企業の者です」

 野口は「ほぅ?」と、疑念を抱きながら呟いた。

 「実は昨日、知り合いの方々から推薦が御座いまして。わが社の新たなプロジェクトの一員として、採用させて頂きたいのですが」

 どうしようもない連中だと、野口は胸の中で呟いた。

 「それで……1つ聞きたいんだが」野口は言った。「資源開発と聞いたが、やはり旧ソ連領の開拓を行うんだよな?」

 しかし、イタリア人は首を振った。

 「違います。今回の計画地とは此処――満州です」

 「成程……となると、金か? それとも銀脈でも見つかったか?」

 イタリア人は首を振る。

 「石炭、いや鉄鉱石か?」

 「いえ、それでもないのです……」

 その言葉に、野口は舌を巻いた。

 「じゃあ……一体何を探す気だ!?」


 悲鳴にも似た声が野口から漏れ出るとともに、イタリア人はようやく口を開いた。



 「油田です。それも未曾有の」

 



 油田――それは史実で言う所の、『大慶油田』である。石油生産国の多いアラブや欧州各国にとっては小規模な油田だったが、日本や中国のような国々にしてみれば、その存在はまさに雲の上。それを獲得するためには、それなりの実力と技術、そして根気が必要であっただろう。そしてそれは野口を始め、多くの山師にとって求められる条件でもあり、越えなければならない壁でもあった。

 


 

 1946年4月26日。


 その日から――戦争の歴史は再びその幕を開けた。



 

 

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