第121話 大艦巨砲の黄金期(後)
第121話『大艦巨砲の黄金期(後)』
1945年7月24日
イギリス/ロンドン
1940年の戦艦『Y』公表をきっかけに、列強各国の海軍は多くの人員と予算を、対『Y』新型戦艦の建造に注入するようになった。そしてそれは、世界有数の歴史と戦力を誇る大英帝国海軍――ロイヤル・ネイヴィーでさえ、例外では無かった。いやむしろ、熱心であった。英海軍は1度、46cm主砲を搭載した戦艦の建造を本気で考えていた時期もあり、500年以上の歴史は伊達では無かった。衰退と繁栄を繰り返し、栄光ある大英帝国の海軍として欧州各国にその尊厳を見せ付けた英海軍は、この20世紀においても世界に冠たる実力と戦力を有する大海軍として、欧州では他の追随を許さない筈だった。
ところが1945年7月。突如、ドイツ国防海軍が18インチ砲戦艦『フリードリヒ・デア・グロッセ』を就役させたことにより、その既成事実は脆くも崩れ去ろうとしていた。戦艦とは海軍の要であり、国家の象徴である。国民に愛されるべき存在である。今まではそれが、ドイツで言う所は『ビスマルク』であり、イギリスは『マイティ・フッド』であった。ところが今や、ドイツのそれは『フリードリヒ・デア・グロッセ』と呼ばれる超弩級戦艦に代わったのである。
そもそも英海軍は従来、斬新な新技術の導入、飛躍的な発展等は他国に任せ、成功を見た後でそれに追随するスタイルを取っていた。これなら致命的な欠陥を持った艦を保有せずに済み、尚且つ成功した艦を高確率で獲得することが出来る。それがやれるのはひとえに、大英帝国の国力による所が大きいのだろう。EUの創設後、その流れは顕著なものとなっていた。
そこで誕生したのが――『ライオン』級戦艦である。
■『ライオン級戦艦』性能諸元
基準排水量:48,000t
全長:247.0m
全幅:35.3m
吃水:10.8m
機関
主缶:アドミラリティ式三胴型重油専焼水管缶×8基
主機:パーソンズ式オール・ギヤードタービン×4基4軸推進
(出力:140,000hp)
最高速力:28.5ノット
航続距離:20ノットにて8,500海里
兵装
45口径45.7cm三連装砲:3基9門
50口径13.3cm連装両用砲:8基16門
60口径ボフォース40mm六連装機関砲:10基60門
UP/17.8cm二十連装ロケット砲:6基120門
装甲
舷側:374mm
甲板:149mm
主砲防盾:347mm
艦橋:112mm
搭載機:4機
『ライオン』級戦艦は史実の1938年、『第二次ロンドン海軍軍縮会議』の“エスカレーター条項”の発効によって誕生した戦艦だ。当時、イギリスを始めとする第二次ロンドン海軍軍縮会議の参加列強各国は、大日本帝国が16インチ砲を搭載した4万t級戦艦の建造に着手したという情報を知る。そこでイギリスは、帝国海軍の新型戦艦に対抗する40.6cm主砲9門、基準排水量48,000tの大戦艦を建造することとなった。これがライオン級戦艦である。
ところが1940年、戦艦『Y』の公表により、英海軍上層部は戦慄した。主砲18インチ砲9門、基準排水量6万t級というその超弩級戦艦は、従来、イギリスを始めとする列強各国が認識していた帝国海軍の新型戦艦の情報から逸脱する規模であり、各国は戦艦の建造計画を大幅に見直すことを迫られたのである。真っ先に動いたのはアメリカ、次いでイギリスが動き、誕生したのが18インチ砲搭載の『改ライオン級』――とでもいうべき超弩級戦艦であった。
「『ライオン』級はポストY級戦艦です。ドイツのH級には到底敵わんでしょう」
ロンドン、ホワイトホールの一角に位置する海軍本部。その一室である第一海軍卿執務室では、英首相でありEU(ヨーロッパ同盟)議長であるアンソニー・イーデンと、第一海軍卿のアンドリュー・カニンガム大将が机越しに向き合い、真剣な眼差しを交差させていた。その机の上には、『デイリー・テレグラフ』の1面紙が無造作に置かれていた。羅列する英文と巨大な戦艦を写した白黒写真。それは、ドイツ海軍の新鋭戦艦――『フリードリヒ・デア・グロッセ』級の就役を紹介するものだった。
「では、どうする?」
イーデンは苛立ちを顔に浮かべながら、至極当然の疑問を投げ掛けた。
「首相閣下。獅子は群れを――徒党を組むのです」カニンガムは苛立つイーデンを諭すように言った。「『ライオン』級の真髄は、安定した性能にあります。相手が18インチ砲連装4基でくるのでしたら、こちらは三連装砲3基で迎え撃つのみです。投射数や重量の観点から言えば、こちらに有利なのは見えた話。そしていざ海戦となれば、勝負の鍵を握るのは――数です」
1940年当時、ライオン級戦艦は計4隻の建造が予定されていたが、EUの結成と米国との関係悪化に伴い、2隻分を増加した計6隻の建造が既に決定していた。それぞれ、大西洋・本国・地中海・北海・東洋といったEU海軍の各方面拠点に配備され、それぞれの方面艦隊の旗艦として就役する予定だった。配置としてはイギリス本国方面に計3隻、残り3隻がその他の地域にそれぞれ振り分けられる。
「何としても今年度中に1隻でも就航させろ。でなければ、英国が苦境に立つことになる」
イーデンのその言葉には、政治的・軍事的戦略の思惑が交錯していた。ライオン級戦艦の就航による国威発揚とEU諸国への牽制――という政治的パフォーマンスと、独仏伊海軍との間に築かれた絶対的なパワーバランスの維持がその目的であった。
1945年7月25日
イタリア王国/ヴェネト州
『アドリア海の女王』の名を冠するヴェネト州州都、ヴェネツィア。アドリア海の海上の潟の上に築かれたその都市は、7世紀末期から18世紀末期に至るまでの1000年以上の間に渡り、繁栄を築いてきた海洋国家――『ヴェネツィア共和国』の首都の歴史を持つ、由緒正しき都市だった。鉄道路線と土手を走る車道が島々とイタリア本土を結び、ラグーナの外側の長い砂州や海岸の防波堤がこの街を波から守っている。またヴェネツィアには150を超える運河が築かれており、400に渡る橋が架けられていた。ヴェネツィアが『水の都』と呼ばれる所以である。
そのヴェネツィアに存在する海軍工廠には、第40代イタリア王国首相のベニート・ムッソリーニの姿があった。紅い軍帽にベージュのオーバーコート、そしてゲートルという出で立ちだ。両脇には、イタリア海軍最高司令官のカルロ・ベルガミーニ大将と、海軍参謀総長のアルトゥーロ・リカルディ大将が控えている。そして、そんな3人の眼前には、天を衝かんばかりに聳え立つ1隻の巨大戦艦の巨躯があった。ヴェネツィア海軍工廠の第3番船渠に鎮座するその超弩級戦艦は、イタリア王国海軍が世界に誇る新型戦艦――『レパント』であった。
■『レパント級戦艦』性能諸元
基準排水量:62,000t
全長:270.0m
全幅:39.0m
吃水:10.5m
機関
主缶:ヤーロー式重油専焼缶×4基
主機:MAN・CANT式ディーゼルエンジン×8基2軸推進
:ブルッゾー式蒸気タービンエンジン×4基4軸推進
(出力:187,000hp)
最高速力:32ノット
航続距離:19ノットにて12,500海里
兵装
47口径45.7cm三連装主砲:3基9門
55口径15.2cm連装両用速射砲:4基12門
50口径90mm単装高角砲:20基20門
60口径ボフォース四連装機関砲:30基120門
65口径20mm単装機関銃:20基20門
装甲
舷側:410mm
甲板:200mm
主砲防盾:580mm
艦橋:450mm
搭載機:6機
この『レパント』級は、帝国海軍の『大和』型戦艦を基に設計、建造されたイタリア海軍の新型戦艦である。主砲はOTO社製の47口径45.7cm三連装砲、副砲は15.2cm連装両用速射砲4基で、申し分の無い対艦戦闘能力を有していた。また対空火砲については、ドイツの88mm高射砲に比肩する性能を秘めたイタリア軍の至宝――アンサルド及びOTO社製50口径90mm単装高射砲である。その性能は、重量10kgの砲弾を仰角45度で13000mまで、最大仰角の75度で最大射高10800mまで届かせることができ、非常に優秀な性能を持っていた。レパント級は副砲でもある15.2mm連装両用速射砲の大火力で敵機を牽制、そして対空火力の要たる90mm高射砲で攻撃し、ライセンス生産されたボフォース40mm機関砲を以て残機を殲滅する――それが防空戦術であった。更に、試作段階の艦対空ミサイル『サジッタリオ』を配備し、対空火力をアップするという計画も練られていた。
「参謀総長。この『レパント』はいつ頃、就役出来そうだ?」
何気無く顎を擦りながら、ムッソリーニは訊いた。
「ヴェネツィア海軍工廠によると、約束通りの工期で完成させられるとのことですが……」リカルディは言った。「『レパント』建造が開始されたのが、5年前のことです。工期は5年間の予定ですので、今年中には就役が叶うでしょう」
4年前――即ち1940年、帝国海軍から『大和』型戦艦の設計図を受け取った年、ムッソリーニはこの世界最強の戦艦を基にした更なる強大な戦艦の建造を命じた年である。この時、イタリア海軍は『大和』の設計図を基に、その性能要求案をイタリア有数の造船会社でもあるアンサルド社に委託。その後、幾つかの改設計がなされ、誕生したのが『レパント』級戦艦だ。
レパント級戦艦は、長き歴史を誇るイタリア海軍の中でも異色の軍艦だった。元々、太平洋戦略を視野に設計された『大和』型を基にしていることもあるが、イタリア海軍の軍艦としてはあまりにも――そう、あまりにも“攻撃的”なのだ。それは、イタリア海軍の信条とする『現存艦隊主義』と、帝国海軍が信条とする『艦隊決戦主義』という、2つの正反対な思想が互いに激突し、鬩ぎ合う結果であった。
『現存艦隊主義』――または決戦回避主義、艦隊保全主義等とも称されるその海軍戦略思想は、艦隊決戦を回避し、自軍の艦隊を温存・拘置させることにより、敵側に積極的な運用を阻ませることを目的とする海軍戦略である。敵側に対し、常に大規模な戦力が手元にあることを意識させ、積極的な攻勢に出るのを躊躇わせて戦闘を回避する――それこそ、現存艦隊主義の真髄なのだ。この海軍戦略思想は、いわば“消極的戦略”というべきものであった。というのも、確かに現存艦隊主義は戦闘を極力回避させることにはとても有効な手段なのだが、海軍において肝心要の『制海権』を掌握出来ないというネックがあった。
一方、艦隊決戦を以て敵側を撃滅し、一挙に制海権を奪取する――という『艦隊決戦主義』はまさに対極の考えであった。1度の――若しくは数度の――大海戦によって敵艦隊を撃滅し、全ての片を付けるという、非常にさっぱりとした海軍戦略である。が、艦隊決戦主義は戦略というよりはむしろ、戦術の方にそのウェイトが大きく傾いている。何十回にも渡る敵の猛攻を温存した大艦隊という抑止力を以て牽制する温存艦隊主義とは異なり、その大艦隊をぶつけて全ての勝利を1度に掴む――というのが艦隊決戦主義の真髄であった。その2つは、全く対極にある戦略だが、圧倒的戦力差にある敵を相手とする場合に重宝される――という点においては、共通する戦略でもあった。
そしてこのレパント級は、そんな2つの海軍戦略の下に誕生した超弩級戦艦だった。が、その色は艦隊決戦主義に近いというのが現実でもあった。敵艦隊を圧倒する火力と、敵戦艦の砲撃に耐え得る装甲、そして艦隊を追尾する高速性。それは艦隊決戦主義ならば常に求められる最低限の要求だ。その極限値を求め、誕生した『大和』型の血筋を引くレパント級は、潜在的にその能力を秘めていたのである。
1つとして挙げられるのが、何と言っても“火力”である。レパント級の主砲は、『大和』型でさえ搭載し得なかった47口径45.7cm三連装砲を搭載している。無論、その破壊力はこれまでのイタリア海軍の軍艦の中において、最高レベルを誇ることは言うまでも無い。カタログスペック上では、2万~3万mの砲戦距離では“対46cm砲”装甲を付加した戦艦を除き、あらゆる戦艦を沈めることが出来る。『大和』や『フリードリヒ・デア・グロッセ』を始めとする超弩級戦艦に対しても、効果的な威力を発揮することが可能だ。しかしそれは同時に、列強海軍に双肩するレパント級にとっても46cm砲は脅威であるということを遠回しに暗示している事実であった。
故にレパント級の装甲は頑強である。レパント級戦艦の船体は、舷側防御は傾斜装甲を採用しており、410mmもの装甲を20度傾斜し、張られていた。その結果、レパント級戦艦の舷側装甲は、傾斜による付加分を加味しても、500mmを下らない防御性能を秘めていたのである。そもそもが『大和』型から端を発するレパント級。全身を装甲という装甲で覆い尽くし、2万~3万という一般砲戦距離において完全無敵の『不沈戦艦』を目指したが故の結果であり、恩恵であった。
しかしその一方、『大和』型のネックと呼ばれるのが――速力と航続距離である。艦隊決戦において、逸早く決戦場に辿り着くのは、1つのアドバンテージである。戦は“先手必勝”――が勝利の決め手であると、相場は決まっている。無論、それは戦術レベルでの話であり、戦略レベルでは何の意味も無いこともあるのだ。だが、戦術レベルの勝利を直接戦略に繋げようとする艦隊決戦においては、その条件は絶対的に必要不可欠なものであった。
ことにイタリア海軍は元来、高速性を重視する海軍だった。魚雷艇や潜水艦は勿論、主力艦たる戦艦等も例に漏れない。イタリア海軍はこの高速性獲得の為、独自の船体設計や装甲の軽量化を図り、この仕様に応えてきたのだ。ところが、『大和』型は速さを捨て、重防御と大火力に重きを置いた戦艦であった。そしてこの『大和』型を基とするレパント級もまた、本来はそのネックを背負う筈だった。
それを解消したのが、MAN社とイタリアのCANT社の共同開発により、完成した新型ディーゼル機関であった。レパント級戦艦はこのMAN・CANT式ディーゼルエンジンを8基、そして従来のブルッゾー式蒸気タービンを4基の計12基のディーゼル・蒸気タービン機関を併載し、『大和』型の弱点である航続性能と高速性を実現したのである。
レパント級――それは、2つの対極した戦略思想の下、誕生した超弩級戦艦。よく言えば“ハイブリッド”、悪く言えば“キメラ”と称されるべき、異形の存在であった。
「悪くない。悪くはないが……」
と、ムッソリーニは何かを考えるような仕草を取って言った。「戦争は何時、再燃するか分からない。予は国家の象徴を戦艦如きに務まらせられる筈が無いと考えているから、その点は問題にしないくても良い。ただ、戦略レベルでの1年の遅れは、敵と対峙して2年、いや3年以上もの差をもたらす。そのことを肝に命じ、1日も早い就役を期待している」
彼はそう言い、左隣のベルガミーニに顔を向けた。
「ベルガミーニ司令長官。準備は?」
「ルビコン河はいつでも渡れます」
そのベルガミーニの言葉に対し、感慨に浸るムッソリーニ。だが彼は一時の暇も持て余す人間では無かった。俯く顔を奮い立たせ、眼前に聳える戦艦『レパント』を見上げた。何人をも寄せ付けぬ怒りの化身が如く、憤然と立ち塞がるその存在を見たムッソリーニは、密かに呟いた。
「――“歴史”よ、我は汝に勝てり」
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